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ローティ・チャナイ

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マレーシアのどこの町にも
インド系マレーの食堂があり、其処に
「ローティ・チャナイ」という料理がある。

ローティと呼ばれる薄焼きナンにカレーを
つけて食べるいたってシンプルな料理で、
値段は街にもよって多少違うけれど、
首都クアラルン・プールの自分がよく行く店は
たしか0.8RM(リンギット/1リンギット=約30円)。
コピ・アイス(アイスコーヒー)が1.2RMほどなので、
飲み物よりも安いのだよ。

もちろんローティ・チャナイの他にも
「ローティ・バナナ」とか「ローティ・アヤム(鳥肉入りカレー)」とか
「ローティ・なんとか」と言うメニューがたくさんあるのだけれど、
やはり自分は一番ベーシックな「ローティ・チャナイ」が好きだ。

旅の途中の朝飯は、たまに中華系の店で粥を食べたり、
フレンチトーストだったりもするけれど、
なんせ旅の期間が長期な上にそんなに裕福な旅でもないので、
値段のお手頃感も手伝い、ほとんどがこのローティ・チャナイ。
初めて訪れた町や村の散策に疲れた時も、
すぐにコイツがある店を探し休憩する。
で、コピ・アイスとローティ・チャナイで一服。至福のひととき。

roti.jpg

今日は夜風も冷たくは感じない。
1日1日暖かくなるのは、それはそれで嬉しいコトなのだけれど、
去年から今年にかけての冬は、何処にも旅をしていないせいか、
冬に何かをし忘れたような気分になり、
少しだけ淋しかったりするのも事実なのだよ。

いよいよ明日から

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いよいよ明日から第2の故郷、沖縄・伊平屋島に
一年に一度の里帰りとも言える旅に出るのだよ。
こんな忙しい時期に何故?と、お思いの方も
いるだろーけれど、仕方ない。これが自分のライフワーク。
伊平屋島の自然と島の人々との触れ合いが、
自分のパワーの源のひとつでもあるのだから。

なのに週末からの風邪で、体調は最悪。
伊平屋島に行き始めて15年間で出発前のトラブルは
今回が初めてで、普段の荷物に加えて、
咳止めやら解熱剤やらの薬類が増えたけれど、
行くからには思いっきり楽しんで来るのだ!!
ゴホゴホ。

伊平屋の土産話(水難事故寸前)

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相変わらず伊平屋の海は真っ青で、喜び勇んで、
水中カメラ片手に岸からリーフの際を目指した。

途中、リーフ内に棲むたくさんの熱帯魚に見送られながら、
やっとこさリーフの際に到達。急に水深が15mほど深くなり、
水中の色はエメラルドグリーンから碧に変わる其処は、
自然の美しさと畏怖を同時に感じられる場所。
2007_iheya02_02.jpg

感嘆のため息を漏らしたその時、自分の体が
沖に向かって急激に流されている事に気づいた。
離岸流だ!! すぐにUターンをして必死で
フィン(足ヒレ)をかけどもかけども、まったく前に進まない。
こういう時は、岸に向かって真っ直ぐ泳いでも
体力が消耗するだけなので、岸に向かって斜めに
泳ぐと少しずつだけれど、岸の方に進んでゆける。
なんとか離岸流から離れ、立ち泳ぎをしながら
さっきまで自分の居た場所を振り返ると・・・。
「あっ・・・。」
今回シュノーケリング初体験のド素人である
FくんHちゃんの存在をすっかり忘れていたのだよ。

「Fくん! Hちゃん! 大丈夫かーっ!?」
「や、やばいです、ゴボゴボゴボ。」
2人とも沖に流されパニックになり溺れている。
このまま2人を見捨てて、もしも2人が死んだりしたら、
きっと後味が悪いし、なんせ、素人をリーフの際に
連れて行った自分にも責任があるしなぁ・・・。
どうせなら助けるだけ助けてみて、自分も一緒に
流されて死ぬ方がまだマシか_________。
溺れている2人の居る場所へ泳いで向かった。

2人の間に入り、2人の脇をそれぞれの手で掴んで、
顔が水面から出るように持ち上げる。
自分の顔はどっぷりと水の中なわけで、
それでも瞬間瞬間に顔を水面にあげて、
「絶対・・・ゴボゴボゴボ・・・帰れるから・・・ゴボゴボゴボ・・・、
 落ち着いて・・・ゴボゴボゴボ・・・、
 一生懸命・・・ゴボゴボゴボ・・・斜めに泳げ!! ゴボゴボゴボ。」
と、海水をたらふく飲みながらも2人を励ます。

数十分後。
ヘトヘトにくたびれて寝ころぶ
FくんとHちゃんの姿が砂浜にあった。
その姿を確認した後、再び海に入り、
水深3mほどの浅瀬で浮かびながら水中撮影を再開。
____おい人間。海を舐めちゃあイケないよ。
ファインダー越しにクマノミがせせら笑った気がした。

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伊平屋の土産話(石のごとく)

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台風の余波が徐々に出てきた水曜日。
午前中、リーフ内でシュノーケリングを楽しんだ後、
午後には友人であるホテル西江の若主人に
水上バイクを出してもらい、湾内で遊ぶ。

FくんとHちゃんの乗ったボートが水上バイクに
引っ張られドンドン加速してゆく。
間もなくして、ボートから振り落とされ、
水面をチョンチョンと跳ねて
水中に藻くずのように消えてゆく2人の姿を見て、
幼い頃に遊んだ石投げのを思い出した。
2007_iheya03.jpg

 


___夕方5時半。島の子供達の水浴びの監視をしながら、
一足先に島を後にするFくんとHちゃんの乗った
避難便フェリーを見送った。
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伊平屋の土産話(台風前日)

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台風が沖縄に接近。風が強くなる。
普段穏やかなエメラルドグリーンの海も
今日は荒れて、そのトーンを濁らせている。
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ちなみにこの日の夕食はこんな感じ。
2007_iheya05.jpg
伊平屋に遊びに来るようになって15年。
気を利かしてエビを出してくれるのは有り難いのだけれど、
毎年ともなると、さすがに食い飽きた。
エビ好きの人、来年ご一緒しませう。

夕食を済ませ、懐中電灯を持って部屋に上がる。
 
真夜中2時、強風で電線が切れ、伊平屋島内が停電。
強風で窓は開けられないので、
エアコン無しの寝苦しい夜を過ごした。

伊平屋の土産話(台風最接近)

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ゴォーゴォーゴォー。
風が鳴る音を久しぶりに聞いた気がする金曜日。
潮水混じりの猛烈な風と雨で、ホテルのすぐ目の前の
道の防風林さえ見えない。
停電のためテレビも観られないので暇を持て余し、
日中、ホテルの食堂で島の子供達と過ごす。
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夕方6時過ぎ。
蝋燭の灯された食堂での夕食。
夜8時過ぎ、ホテル内の電灯が一斉に突くと、
子供達の歓声が食堂に響き渡った。
すぐさまTVのスイッチを入れ、
「クレヨンシンちゃん」を観始める子供達。

___おいおい、とりあえず台風情報見せろって。

伊平屋の土産話(台風一過)

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根元からポッキリ折れた防風林。
児童公園の汽車の屋根。
海辺の砂。
ヤドカリ。
ウミヘビの死骸。
エイの死骸・・・etc。

どれもこれも台風で飛んできたり、
浜に打ちあげられたモノ。

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何故か生きたスッポンまで。淡水生物なのに。
スッポンはホテルの子供達が飼い始めた。
"ポンちゃん"と命名。
「喰おう。」と言ったら子供達に怒られた。
午後、ポンちゃんの餌を獲りに、
子供達と海岸へカニやエビを捕まえに行く。

___太らせて、来年来た時にでも喰ってやろう。

伊平屋の土産話(伊平屋最後の日)

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朝食を済ませ、新宿2丁目常連軍団とビーチへ。
泳ぎ慣れたいつものビーチではなく、
今回は新しいトコロをみつけようと、
初めての場所へ行ったのだけれど、
あまりにも浅すぎる上に、
丁度、干潮とも重なったので、
フィンを履く気にもなれない。

マリンシューズだけ履いて海の中をザブザブ歩き、
珊瑚の周りに魚を見つける度に、
その場にしゃがみこんでゴーグル越しに
餌付けをする。水深は1mあるか無いかくらい。

海に入るのも今日が最後。
余った魚肉ソーセージを水中で
「ほれっ! 夏のボーナスじゃーっ!!」と
惜しみなく指ですり潰してやると、
「シャチョーッ!! シャチョー!!」と熱帯魚たちが
集まってくる。
「ワハハハハ。くるしゅーないくるしゅーない、よきに計らえ。
 来年もきっと来るぞよ、ワハハハハ。」
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↓気分を良くしてビーチを後にするの図。
2007_iheya10.jpg

帰京ー照るしの島からー

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その土地の人達と仲良くなればなるほど、
その土地の様々な問題が見えてくる。
故はらたいら氏に連れられて
生まれて初めて行った沖縄、そして伊平屋島。
沖縄・伊平屋島に遊びに行くようになって15年。
この島が抱える現在の問題は、即ち、
この島に住むキラキラした瞳を持つ子供達の
未来の問題でもある。そんな子供達の為に、
自分に出来る事はいったい何があるだろう。
今年もそんな憂いと、もう少し伊平屋島に
居たい名残惜しさを胸に、本日帰京_____。

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引き籠もり再開

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午後、伊平屋島から自分が送った荷物が
郵便屋さんの手によって、もう届いた。
恐るべし! 日本の郵便屋さん!

夜遅くまで、しばてん魂レヴュー03の
フライヤー作製に追われ夕ご飯を食べるのを
すっかり忘れてしまった。
腹も減ったけれど、それより何より
三線練習して〜。

夏の残り香

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仕事の合間に、伊平屋島で使ったマリンシューズ等を
陰干ししようと昨日送られてきた段ボール箱を
開けると、かすかに海の匂いがした。

東京地方は未だ梅雨明け宣言も出されていないのに、
もう夏の思い出に浸っている金曜日の午後。

BGMはサザン・オールスターズで「Oh! クラウディア」。

ミャンマー便り

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某銀行から某銀行への転職が決まり、
現在は「束の間の無職」を楽しんでいる友人Kちゃんから、
先日こんな写メールが届いた。
tai_myan.JPG

この河はタイとミャンマーの国境を流れていて、
川向こうがミャンマー。タイから入国する場合、
空路以外は滞在1泊分のビザしかおりないらしく
(不法滞在者がタイでの観光ビザが切れそうになると、
この手を使ってミャンマーからタイに再入国する)、
写真は彼がミャンマーから出国した船上から送ってきたモノ。

ボクも東南アジアを旅していて感じるのだけれど、
国境際の町はその国の首都や内陸部の町村と違い、
一種独特な雰囲気がする。
海水と淡水が混ざり合った汽水のような、
混沌とした曖昧さが漂っている。
島国ニッポンの中ではあまり感じられないこの感覚を、
友人Kちゃんも楽しんでいるのだろう。

それにしても「英語の勉強しに行く」とか言っといて、
タイ語マスターになって帰って来るんじゃないの?(笑)
つーことは将来はタイ支店長か。
今頃はプーケット島辺りでトロピカルジュース片手に
「タイ・イングリッシュ」のお勉強をしているかもね。

BaliでもPariでも

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新宿2丁目。
バリ島話で盛り上がるけれど、
実はボクはバリ島には一度も行った事はない(笑)。
あ〜何処か旅に出たいぃぃぃぃぃ!!
旅の虫が疼いてきたのでこの辺で。
スラマッマラム(おやすみなさい)。

物は言いよう考えよう

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久々に我が家を訪ねてくれたルイス夫妻を
玄関先で見送った後、遅い夕食作りにとりかかる。
「夕食作り」といっても、料理の出来ないボクが、
冷蔵庫に食材をストックしているはずもなく、
昨夜の残り飯と「ドライカレーの素」とを中華鍋の中で
混ぜ合わせ、具無しドライカレーを作るのが精一杯。

テーブルの上、具のないドライカレーが盛られた皿一枚。
皿以外の余白のスペースにバツイチ独身男の侘びしさが
わんさかと載っかっているけれど、そんなのは何の腹の
足しにもならない。
「そーだそーだ、冷凍唐揚げがあったんだ。」と、
それをレンジで温めてテーブルの余白を少しだけ埋めて
はみたものの、そんなので侘びしさが拭い切れるはずもなく。

「と、とりあえず喰うべ。」
右手のスプーンでドライカレー。左手には唐揚げ。
それらを交互に口に入れ、目を閉じてみると・・・・・・。
おぉ!! まさしくマレーシアのインド人街食堂の味!!
おぉ!! マレーだ!! 懐かしのインド人街だ!!
通りのどこかしらから聞こえてくるインド音楽独特の
甲高い女性ボーカルとジャカジャカサウンド。
一気にマレーシアのインド人街にトリップした気分になり、
さっきまでの侘びしさも何処かへ素っ飛んでしまった。

なんて「単純な人間」だと自分自身でも思うけれど、
イマジネーションや考えようひとつで、その時間を楽しく
過ごせるのなら、それを幸せと感じられる人間で
在り続けたいと改めて思った土曜日。
_______________ごちそうさまでした。

おかえりKちゃん

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転職が決まって前の金融会社を退職後、
英語レッスンを受ける為に何故か東南アジアに
行っていた友人Kちゃんが約3週間ぶりに帰国。
一緒にもんじゃ焼きを喰いながら、
真っ黒に日焼けした彼の旅の報告を聞いたのだけれど、
案の定「英語レッスン」なんか受けてはいなく、
タイのバンコクを基点にラオスやミャンマー、
ベトナムにまで足を伸ばし、最後の一週間は
タイ南部のプーケット島やピピ島でのんびり
過ごしたそうな。

Kちゃんの旅の土産話に、
「うらやましぃ〜。行きてぇぇぇぇぇっ!!」と
鉄板の上のもんじゃを吐瀉物に見えるぐらい
グチャグチャにかき混ぜてやったのだけれど、
所詮子供レベルの嫌がらせ。詮無き事かな嗚呼虚し。

そんな大人げない自分に彼がくれた土産がコレ。
miyage_t.jpg

東南アジアらしいっちゃーらしいけれど・・・。

旅にね、出ようかと。

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10月だよ、10月。今年もあと3ヶ月。
年頭に誓った「今年はモテ系でいく!」の所信表明も
結果なしくずし。

henssimoのライブも残すところあと2回あるかないか。
CD販売も含めてなんとかせねばと思ってはいるものの、
既に心は年末年始をどう過ごすかを考えているダメダメな
自分だけれど、やっぱり考えてしまうのだよ。

で、年末は久々に一ヶ月ほど東南アジアに旅に出ようかと。
もちろん年越しも現地で迎えようと思っているのだけれど、
☆ひろさん夫妻からは「大晦日遊びに来るんでしょ?来てね♪」と、
半分強制命令のようなお誘いを受けているし、う〜ん困った。
いや、だってね、本当は去年1人旅に出る予定だったのだけれど、
アルバムの製作やいろいろあって行けなかったし、
来年はひょっとしたら素敵な彼女に「行っちゃいや〜。」って
泣かれてるかもしれんでしょ。だったら今年しか無いかなと___。

旅支度その1

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晴れ。
朝も早くから、通勤サラリーマンの行軍で賑わう駅構内の、
その隅っこの『インスタント証明写真』のブースの中で、
曲がった襟を正してみたり、坊主頭を出来る限り整えてみたり。
この歳で就職活動?いやいやそんなはずはなく。
で、出来上がった写真片手に高層ビル群を抜けて都庁まで。

本日、有効期限の切れていたパスポートの申請を済ませた。
来週にも出来上がってくるパスポートの顔写真は「髭&坊主」で、
おまけに襟のはだけた柄シャツ。
これから先10年間、ボクは「ガラの悪いニッポン人」として、
各国の入出国管理官やホテルのフロントマンに訝しがられるのだ。

なにはともあれ、旅の準備は
普段しない早起きまでして着々と進行中。

Take me home Country Roads

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今度の日曜日に、友人の居酒屋で開催される
恒例の「ブルース・イン・ザ・キッチン」で演る曲を
そろそろ決めなくては。

FくんとHちゃん2人にも手伝ってもらうのだけれど、
ベースとカホンと「つたない」アコギで何を演ろう___。

以下は『カントリーロード』のメロディーで。


♪Almost jungle, West Malaysia,
 どこまで行っても フェニックスのジャングル
 席の壊れたバスに揺られ
 隣りのインド人 やたら目が合う

 Country Roads, take me home to the Place
 I belong West Malaysia , 旅は続く
 Take me home Country Roads

♪パームツリーの海岸線抜けて
 マラッカの夕陽を窓に浴び
 あとどれくらい揺られるんだろう
 隣のインド人 まだボクを見てる

 Country Roads, take me home to the Place
 I belong West Malaysia , 旅は続く
 Take me home Country Roads

♪カーブを曲がるその度にバスは
 悲鳴にも似た軋む音を上げ続け
 客の誰もが不安を隠し切れない そんな中でも
 例のインド人 笑ってる

 Country Roads, take me home to the Place
 I belong West Malaysia , 旅は続く
 Take me home Country Roads

_________Take me home Country Roads.

旅支度その2

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なんでだろ。
仕事の時は朝なかなか起きられないのに、
遊びとかになると早起き出来てしまう自分。
いやいや、遊びじゃないってばよ。
自分にとって旅はライフワークだもの。
と、見えない誰かへの言い訳をしながら、
本日出来上がったパスポートを受け取りに
朝も早くからテクテクと都庁まで。

そもそも東京に居るこの間も、
ボクにとっては旅なのだけれど、
自宅から都庁まで一切道に迷うことなく行けてしまうくらい、
すっかり慣れすぎたこの街を少しの間離れる事で、
自分の心に「アクセント」が生まれるのだよ。

と、再びの言い訳を晴れた空の下で繰り返す月曜日____。

旅支度その3

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飛行機の予約をしたのだよ。
あとは、旅先での滞在費だけなのだけれど、
銀行の預金通帳に記された残高では、
とても旅している場合ではない現実に
一瞬負けそうになる火曜日。

冬と日曜と夕方と

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たとえ冬の日曜の夕方に
世界の終末のような寂しさを感じても、
時は誰にも等しく粛々とその時を刻む。
ただその時間軸は人それぞれで、
アナタが言う「ずっと」も
ボクにとっては「少しだけ」かもしれないし、
その逆だってある。

ボクはずっと旅をしている。
そしてボクは少しだけ空を見ている。

旅支度なのだけれど

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そろそろ旅支度をせねばと、
クローゼットの中から愛用の45リットル容量の
リュックを出してきたまでは良かったのだけれど、
20代の頃ならともかく、この歳になってもまだ、
この後荷物の詰まるであろうその重いリュックを
背負って旅をするのかと思うと、少々ゲンナリと
してしまうのが本音なのだよ。

別に道無き道を旅するわけでもないし、
「放浪の旅はリュック!!」などという
変なポリシーを持っているわけでもない。
今流行りのキャスターの着いた旅行バッグを
ガラガラと引きながらでも構わないはずだ。

けれど、もしもフーテンの寅さんこと車寅次郎や
裸の大将こと山下清画伯が、今の時代果たして、
楽だからと言ってあのキャスター付きのカバンを
引き摺って旅をするだろうか。
カバンをグッと持ち上げたその己の肩に、
荷物以上に重い何かを背負って、
それでも涼しい顔で青空や雨雲の下を歩いてゆくのが
男ってもんじゃ〜ないのかぃ、え〜?おいちゃん!

などという能書きばかりを言って
全然荷造りのはかどらない週末_________。

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荷物が重いぞ!!

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荷造りをしていて思った事だけれど、
今回の旅はデジタル機器がやたら多い。
「放浪の旅とは」などと息巻いていた
その舌の根も乾かないうちにこの有り様だ。

デジカメでしょ。
メモリに収まりきらない画像を
ストックしておく記録媒体代わりのipodでしょ。
(メモリの方が軽くて嵩張らないけれど高くて買えない。)
今使用している携帯電話でしょ。
もう一台、海外専用の携帯電話でしょ。
↑いやね、今使用しているdocomoのヤツだけでも
別にいいのだけれど、なんせ海外での通話料がバカ高いのだよ。
だから、数年前に購入したモトローラ社の海外専用携帯電話を
持って行って、渡航先でプリペイドのSIMカードを買って、
それをコイツに差し込んで使おうかなと。

デジタル機器だけでも重いのに、その他にも、
現地の友人たちに配るhenssimoのCDやら
何故か友人への土産のトルクレンチセット(バカ重い)やら、
果たして成田空港まで行けるかどうか、
自分でも不安になるほどの重い荷物を背負っての今回の旅。
大丈夫なのか?

余計な飾りは大嫌い だけど裸じゃいられない
それでも軽めがいいみたい とりあえずパンツは3枚 放浪三昧
             「人生ライダー/henssimo」より

ということで、今回もパンツだけは3枚なのだよ。
焼け石に水なり。

行ってきます!!

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・・・リュックに入りきらんがな。
ま、なんとかなるさケセラセラ。

現地から不定期にリポートします。
では行って来ます。

皆さん、元気な顔で、元気な顔でまた逢いませう。

旅の始まり

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昨日夜、マレーシアに入国。
日本からの機内は、まだ冬休み前だと言うのに満席。
けれど何故かボクの隣席だけが空席で、
隣席とのひじ掛けを上げて、即席ビジネスクラスな感じで
居眠りしたり、映画をみたり。

PM8:40、クアラルンプール国際空港に到着。
日本で預けたバッグをベルトコンベアから取り、
イミグレーション(入国審査)もすんなりパスし、
最後の税関には職員の姿もなかったので
税関の前を素通りして出口へ。
とにかくタバコが吸いたかったのだよ。
建物の外に出た瞬間にモァンとした暑さが体を包む。
「おぉ!この蒸し暑さ!夏だぁー!」

一服しながら傍に居た白タクの客引きとKL市内までの
値段交渉をする。もちろん、エクスプレス電車の方が
全然安い(35RM 1RM=約30円)のだけれど、
朝早かったせいもあり疲れていたので、
65RM(約1950円)でKL市内のチャイナタウンまで行く。

チャイナタウン前でタクシーを降り、歩いて宿まで。
予約は取っていないけれど、ボクの定宿は必ず空いている。
なんせ半ば連れ込み宿みたいなホテルなので。
相変わらずホテルの玄関とは思えないほどの
片開きのドアだけの入り口の前には、
娼婦たちが客を引いている。
その彼女らの間を縫うようにしてホテルへ。
一泊=55RM(約1650円)。
室内も相変わらずで、決して綺麗とは言い難く、
たまに壁をゴキブリ達が行ったり来たりしている。
うぅ・・・。

何はともあれ、ボクの旅の始まりなのだ。
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再会

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朝、チャイナタウンの定宿をチェックアウトし、
重い荷物を背負ってプゥドゥラヤ・バスターミナル(以下:PBT)まで歩く。
昨日、こっちで使用する為のプリペイド携帯電話も買ったし、
もぅこんな東京みたいな都会には用はない。

PBTの食堂で朝食ナシゴレン3.5RM(約105円)&コピアイス1.3RM(約39円)
を食べ、腹も満たされたAM10:30、定刻より少し遅れてルムッ行きのバスが発車。
目指すはパンコール島♪

バスの旅約4.5時間。途中、イポーとシタワンで客を降ろし、
ようやくルムッに到着した。フェリーターミナルで往復チケット10RM(約300円)を
買ってフェリー乗り場へ。ホリデーらしくすごい人の行列が出来ていた。

フェリーは約30分弱でパンコール島に着く。
タクシーでTelok Nipah(ニッパー・ベイ)まで10RM(約300円)。
代金はルムッ行きのバス車内で知り合った
フランス人のご夫婦に出してもらった。

Telok Nipahに到着。ボートトリップなどのビーチサイドビジネスを
生業としているノンさんとの約3年ぶりの再会。
他のみんなもボクの事を覚えていてくれて、
口々に「トゥカサー♪トゥカサー♪」と笑顔を見せてくれる。
なんだか故郷に帰って来たみたいな気分だ。

ノンさんに日本からの土産の「トルクレンチセット」を渡す。
実を言うと、これがボクの荷物の中で一番重かったのだよ。
だからいの一番にこの島に来たってわけで・・・。

とにかくこの島でゆっくり過ごそう___。

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のろまなカエルくん

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日中は海で泳いだり、ボート屋の
ハンモックで昼寝をしたり、
夕日が沈むのを眺めたり。

夜はノンさん家で食事をしたり、
一人で海辺の食堂でナシゴレンやミーゴレンを食べたり。
ホント、ゆーーーっくりと時間が流れているのだよ。

そういえばボクが定宿としているバンガローがあいにく満室で、
臨時で泊まっている四畳半ほどのオンボロバンガロー
(1泊50RM約1500円。もちろん水シャワーのみ)の室内の隅に
カエルが一匹居る。
最初の晩はまったく動かず、ボクはてっきり誰かが置いた石だと
思っていたのだけれど、ある晩、その石がノソッと動いたのを見て、
どれほど驚いた事か。


ま、カエルは虫を食べてくれるので「友達」って事で、
踏み潰さないように気をつけて同居しているのだけれど、
コイツはボクが石だと勘違いしていたほど動きがのろくて、
なかなかボクの為に働いてくれない。
おかげで昨夜はムカデが天井から落ちてくるわ、
床は相変わらずアリ達が運動会してるわで、
おちおち寝てられないのだよ。
それでもたまーに、壁を這うアリをペロッと食ってくれるので、
ただで居させてやっている。

といっても入居したのは彼よりボクが後なのだけれど___。


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ノンさん家にて

Happy X`mas

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海岸に打ち上げられた友人の大型ボートを
男15人で波打ち際まで押す。
もちろんボクもかりだされ、
「サトゥ、ドゥア、ティガ(いち、に、さん)」の
掛け声を掛け合いながら押す。
クリスマスイブだというのに、いったい自分は何やってんだろ(笑)。

夜は夜で、現地の友人ノンさん家の近所で彼らと食事を摂った後、
バンガローまでノンさんにバイクで送ってもらっている途中、
ノンさんが
「おっ、あそこで漁師が投げ網漁をしている。見ていこう。」と
バイクを止めて浜辺に降りて行ったので、しかたなく後をついてゆく。
いつ投げたか、いつ魚が上がってくるのかも解らない投げ網を、
暗い浜辺でノンさんと二人で見ているクリスマスイブの夜。

クリスマスパーティーで賑わう地元観光客たちの歓声を
すり抜け、バンガローに戻る。
一人マットに寝転び、日本から持って来たiPodの
ヘッドフォンから流れる曲は、John LenonでHappy X`mas___。

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よいお年を

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日本から持って来た携帯電話の調子が悪く、
昨日5時間かけてクアラルンプールに戻って来たのだけれど、
解決策は見出されず。
ま、こっち専用の携帯電話がある事だし、大丈夫でしょ。

ということで明日からまたクアラルンプールを離れるのだよ。
新年をどこで迎えるのか自分でも解らない(笑)。
日本語のインターネット環境が整っていない所が
ほとんどなので、たぶんこの日記が今年最後になるだろう。

皆さん良いお年を。そして来年もヘンシモを宜しくお願いします。

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パンコール島での年越し

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再びパンコール島に戻った年の瀬。
大晦日の夜、こちらには当然年越し蕎麦なんていうものは
ないので、晩飯代を少しだけ奮発して、
チャイニーズレストランでミースープ3.5RM(約105円)を
注文。海老と魚のすりみ等の入った海鮮スープに中華麺が
入っている。これを年越し蕎麦代わりにした。
あと、牛肉のチャイニーズステーキ12RM(約360円)を注文。

食後、一旦バンガローに戻って、
マレーシアの紅白歌合戦みたいな番組をみながら、
何故か「日本は紅白どっちが勝ったやろ?」と、
マレーシアより1時間早く2008年を迎えた日本の事を
考えていた。

年明け10分前。外に出て海岸沿いの道を散歩。
砂浜では少々気の早い地元の若者達が放つ打ち上げ花火が、
パンパンと夜空で弾けては闇に消え、
再び波の音が辺りを包む。風が気持ち良い。
海沿いのレストランから漏れ聞こえるテレビでは
いよいよカウントダウンが始まった。
「さようなら、2007年。ようこそ2008年。」

そんなパンコール島の海沿いの道で、
ボクは日本に居る家族や仲間達の事を思い出していた。
日焼けした腕をポリポリ掻きながら_________。

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元旦で真夏

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新年明けましておめでとう♪
今年も宜しくね。

ボクはパンコール島で元旦からずっとイカ釣り三昧。
釣ったイカをレストランで調理してもらって食べる。
旨いのだけれど、毎日イカばかりだとやはり飽きるのだよ。

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風邪と疲れで脳みそがフリーズしかけているので、
日記は後日書き直すのだ。

パンコールで知り合った日本人の方々、
一緒にすごしてくれてありがとうね♪

2008.01.06ネットカフェより

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目指せティオマン島!!

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マレー半島東海岸に点在する島のひとつである
ティオマン島を目指し、首都クアラ・ルンプールから
バスで5時間半かけて、島への船が出る港町メルシンへ。

バスがメルシンのバスターミナルに到着した頃には
外はあいにくの雨模様。
この時期の東海岸はモンスーン期(雨期)なのだ。
ほとんどの外国人旅行者が敬遠する中、
3年ほど前にもちょうど今ぐらいの時期に
この港町に来て、そして荒波の中をティオマン島へと
渡った記憶がある。

とりあえず前に泊まった事のあるホテルに荷物を下ろした後、
釣具屋で釣り竿(45RM=約1,350円)とリール(50RM=約1,500円)、
釣りに必要なその他の道具を購入。

夜、麻婆豆腐がとびきり旨い中華レストランがあった事を思い出し、
その店へ向かい、その店の女店主と再会。
あいにくこの日は麻婆豆腐用の豆腐が品切れしていた為、
女店主の薦める「鉄板豆腐」(10RM=約300円)を食べたけれど、
あまり旨くはなかった。

とりあえず明日はティオマン島を目指すのだ!!

ゲロゲロフェリー

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フェリー乗り場の待合所。
人々の会話も聞こえないほどトタン屋根を激しい雨が打ち付ける。
2ヶ月ほど前、エンジントラブルで100人余りが海に投げ出され、
6人もの死者を出したという「いわく付き」のフェリーは、
普通なら欠航してもおかしくない気象状況の中、
たくさんの客を乗せて午前10時過ぎにメルシンの港から出航した。
船室のシートを埋める客のほとんどが島へ戻る島民で、
こんな雨の多い時期に、島に渡る「ヘソ曲がり」な旅行者は
さすがに少なく、ボクを含め10人程度しかいない。

出航して間もなく、船員がやって来てビニール袋を配り始める。
船酔い用の吐瀉物を入れる為のそのビニール袋に
客席のあちこちからたくさんの手が伸びる。
そして数十分後・・・。
港を出航したばかりの時には、大きく揺れる船室で、
まるで遊園地のアトラクションを楽しむかのように
はしゃいでいた子供も、サングラスを頭にかけて、
隣の彼女に粋がってみせていた若造も、
誰もかれもがそのビニール袋に顔をうずめている。
その悲惨な光景と微かに匂ってくる吐瀉物の香りに、
船の揺れには強いという自負を持つボクまでもさすがに気持ち悪くなり、
隣席に置いてあった自分のリュックにもたれながら目を閉じて、
パーカーをマスク代わりに鼻と口にあて、
日本から持参したMP3プレーヤーのヘッドホンを耳深く指した。

ゲロゲロ大会の続く周囲から自身の五感を完全に遮断した、
そんなボクの耳の奥に流れてくる曲は、
松田聖子で『青い珊瑚礁』______________。

ティオマン島滞在記

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晴れ。
初日こそ、3年前に世話になったバンガロー「ナザリー2」の
オーナーと再会を喜び合い、現在彼の経営する「ナザリー1」
(1泊40RM=約1,200円/エアコン・ホットシャワー付き)に宿泊したものの、
その所在の変化ゆえか、なんだか自分の気持ちが馴染めず、
3年前に泊まった「ナザリー2」のそば、
丁度アイル・バタン村の端に位置するABCシャレーに宿を移す。
マレー語が話せる上、5泊するという条件も手伝い、
エアコン・ホットシャワー・冷蔵庫・湯沸かし器付きで、
本来ならこの時期でも1泊85RM(約2550円)という
ビーチサイドシャレーを65RM(約1950円)にまけてもらったのだけれど、
ボクからすれば昨日の宿に比べ750円も値上がったのだから、
有難味は薄いのだけれど、それでもやっぱり毎日この場所から、
遊歩道を通り、桟橋に釣りに出かける行動パターンがボクには
しっくりくるのだよ__________________。


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島唯一のレストラン

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モンスーン期(雨期)のこの時期は、
旅行客も少ないので、宿もレストランも
そのほとんどがクローズ状態なのだけれど、
この時期アイル・バタン村で唯一開店している
某レストランに食事の度に足繁く通っている。

3年前は坊主頭で、ボクの中で『くりりん』と命名していた
ウェイターも今では髪の毛がすっかり伸びている。
けれど天然パーマらしく、違った意味で『くりりん』なのだけれど、
今回は『ぱーまん』と改名してあげた。
常に半開きの口元は今でも健在のこの少年が、
ぶっきらぼうにテーブルに置いてゆく
ナシ・ゴレン(4RM=約120円)と
コピ・アイス(ミルク入りアイスコーヒー2.2RM=約66円)を
水平線に沈む夕日を眺めながら腹に流し込んだ後、
オオコウモリの飛び交う宵闇の遊歩道をバンガローへと戻る。
途中、夜空で輝き始める星座の位置を確認しては、
「日本はあっちかぁ。」などと思ったりしながら_____。

食欲に勝るモノ無し

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どうしても食パンが食べたいのだけれど、
アイルバタン村のどの商店にも食パンが売ってなく、
この島で一番栄えている港町・テケッまで、
歩いて食パンを買いに行く事にした。
サンダル姿でアイルバタンの遊歩道を端から端まで歩き、
峠を越え、車が走れるくらいの道路に出ても、
またまたそこからひたすら歩く。遠い。本当に遠い。
こうして炎天下の中を1時間ほど歩き、途中昼食を摂る為に
立ち寄った食堂で、食パンを売っている商店の所在を聞き、
やっと食パンを手に入れる事が出来た。
食パン1袋1.5RM(約45円)とミックスジャム1瓶3.5RM(約105円)と
インスタントコーヒー等を買って、再び1時間かけて歩いて戻る。

帰り道、既に顔なじみになった村人たちに会う度、
「テケッまで歩いて食パン買いに行ってたよ。」と、
手に提げたビニール袋を見せると、誰もが
「よくやるわ。」と呆れ気味で笑う。
それでもボクは、食パンが食べられる嬉しさで幸せだった。
自分のバンガローに戻り、致命的なミス、
つまり、この部屋にトースターなどという有り難いモノは
無いと気づくまでは。

夕方、ミックスジャムを塗っただけの冷たい生の食パンを
口にくわえたまま、子供達の自転車修理を手伝う金曜日____。

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星降るバー

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夕食を済ませた後、バンガローへの帰り道にある
海岸沿いの青空バーへ立ち寄るのが日課になりつつある。

昨夜はこのバーにたまたま来ていた島の知人の紹介で、
この島に遊びに来ていたマレーシアでは結構有名な
シンガーと知り合い(しかし名前を忘れてしまったのだよ)、
ギター片手に互いに持ち歌を歌い合ったり、
即興でセッション等を楽しんだ。
翌朝早くには彼ら一行は島を出てK.Lに戻るらしく、
ボクは楽しい時間を過ごせた礼に、彼にヘンシモのCDをプレゼントした。
喜んだ彼は「ツカサ。この曲カバーしてもいいか?」と
言ってはくれたものの、著作権法が浸透していないこの国では、
それはカバーというよりも「盗作してもいいか?」と
聞いているのと同じなわけで・・・。

昨夜、ボクと彼の歌をうっとりした瞳で聴いていた
とびきり可愛い台湾ガールも、ヤキモチ焼きのイタリア人彼氏と共に
この島を出たらしく、その姿はどこにも見あたらない。

星降るバーでは今夜も、タイガービールと
クオリティの低いガンジャを売りさばく店員たち、
そしてそれらを消費しながらまったりとした夜を過ごす男達からの
「スローなヤツをやってくれ。」というリクエストに応えた
ボクの歌声とアコースティックギターの音色が
潮風に乗って闇に溶けてゆく_________________。

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↑彼はシンガーではなく、島民です。

終わりと始まり

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ティオマン島でのボクは、それはそれは規則正しい生活なのだよ。

どんなに前の晩が遅かろうと、必ず朝9時には目を覚ます。
そしてまずポットで湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れ、
それらとタバコや灰皿、それとマレー語の辞書と会話本を
テラスまで持って行きテーブルに並べた後、テラスの椅子に腰掛け、
午前11時過ぎぐらいまでマレー語の勉強をしたり、
ふと思いついた「言葉」をメモ用紙に書いたりする。

正午近くになると、テラスのテーブルに置いてあったそれらの
荷物を部屋の中に仕舞い、部屋着からTシャツと短パンに着替え、
釣り竿を片手に遊歩道を桟橋へと向かう。

桟橋を一旦通り過ぎ、さらに歩いて、この時期この島で
唯一開いているレストランに着く頃がちょうど午後12時過ぎ。
そこでナシ・ゴレン(焼き飯:4RM=約120円)と
コピ・オー・アイス(ミルク無しアイスコーヒー:2RM=約60円)の
昼食を済ませ、再び来た道を桟橋へと戻る。
そして夕方5時くらいまで、桟橋に集まる地元の釣り師や
桟橋から資材を運ぶ職人たちと他愛も無い話をしながら釣りをする。

夕方5時過ぎ。傾けどまだまだ沈みそうも無い夕日があたる
その桟橋を後にして、一旦バンガローに戻りシャワーを浴び、
夜着に着替えた後、再びテラスの椅子にもたれて、
バンガローの周りで遊ぶ島の子供達のはしゃぎ声と波の音を
聞きながら、本を読んだり歌詞を書いたり。

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夜7時過ぎ。空がようやく夕闇色を見せ始め、
子供達の遊ぶ声も少しずつ消えてゆく頃、再びテラスを片付けて、
桟橋を右手に見ながら遊歩道をレストランへと向かう。
店に着き、注文した料理が運ばれてくる頃には、
夕日はまさに椰子の木越しのその海に沈もうとしていて、
その美しさやどことなく物悲しい感じを誰かに伝えたくても、
悲しいかな一人旅。当然のように一人のテーブルで、
周囲の外国人ツーリストの会話をBGMに、
美しいサンセットを眺めながら黙々と食事をする。
食後のアイスコーヒーとタバコを十分楽しみ、店を出る頃には、
辺りはもう暗く、オオコウモリが飛び交う遊歩道を歩いて帰る。

帰り道、自分の宿泊するバンガローの手前にある
『星降るバー』に立ち寄り、
「オマエ実はモスリム教徒なんじゃねーの?(笑)」などと、
酒を口にしないボクをからかう店員から手渡された
ノンアルコール飲料(2RM=約60円)をチビリチビリと飲みながら、
午前11過ぎまで、ギター片手に歌を唄ったり、お喋りしたり。


そんな緩いながらも規則正しい生活も今夜が最後。
明日にはこの島を出なくてはならない。
何故かって?
話は少し前後するけれど、昨日、左足のくるぶし付近に
水泡が出来てしまい痒いったらありゃしないのだよ。
「ありゃりゃ、また変な虫に刺されたか・・・。」
前回、前々回の旅と同様の症状に、慣れっこと言えば慣れっこな
わけだけれども、1日でも早く病院に行く方が治りが早い事も
重々承知なので、明日一旦メルシンまで船で戻り、
病院に行く事を決意。

こうしてティオマン島滞在は、島を離れるきっかけはともかく、
日程通りに終えたのだけれど、
それは、これから先約1ヶ月間も続く長い「病院通いながら旅」
始まりに過ぎなかったのだよ_________________。

食物連鎖、その実際

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1.
桟橋の周りを泳ぐ黒い絨毯を敷き詰めたかのような
小魚の群れ目掛けて、まずは静かに「引っ掛け用」の針を
投げ入れ、タイミングを見て素早く竿を引く。

2.
針に引っ掛かった小イワシのような小魚を別の針に付け替え、
それをエサに、中型魚を狙う。

3.
うまい具合に中型魚が釣れたら、
今度はその中型魚をエサとして大きめの針に付け替え、
海に投げ入れ、大型魚が針にかかるのを待つ。
そして大型魚が釣れたら、村のレストランに持って行き、
調理してもらって喰う。

4.
そしてそれらはやがてボクの体内から出て、プランクトンに
分解され、そのプランクトンを小魚達が喰い、
1に戻り、その小魚達の群れ目掛けて再び・・・。
これぞ素晴らしき食物連鎖!!

だが実際は口で言うほど上手くゆくはずもなく、
小魚がなかなか針に引っ掛からず、たった一匹引っ掛けるのに
1,2時間も要したり、やっとの思いで引っ掛けた小魚を別の針に
付け替え海に投げ入れた瞬間に、「海のギャング」と
地元の釣り師達から忌み嫌われている『ダツ』が、一瞬で小魚を
針ごとかっさらっていったり、『エサ取り』と呼ばれる熱帯魚たちに、
細かく細かく食い千切られて、終いには魚たちにエサとして認識して
もらえない状態で、プカリプカリと波間を浮遊し続ける『元・小魚』の
姿は儚い事この上なかったり。

「あーぁ、また小魚を引っ掛けるトコからかぁ。」と、
目の前の真っ青な海を恨めしく眺める。
そんな繰り返しだけれど、それでも釣りは楽しいのだよ。

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怪しいインディー

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「実はティオマン島で虫に刺されて、左足に水泡が出来たのよ。」

「OK、ミスター・トミオカ。では、まず15RM(約450円)払って、
 それからこの番号札が呼ばれるまで待ってて。はい、次の方。」


___港町メルシンの病院の待合室。
今朝、ティオマン島から戻ったボクは、ホテルに荷物を下ろしてすぐに、
メルシンの公立病院に行った。

「次の方。スワヒリ・アブディル・タンマットラ。
 ・・・居ないのか?スワヒリ・アブディル・タンマットラ!!」

病院の受付スタッフがやたら長い名前を、
大声で繰り返し呼ぶその度に、ボクの背後では10人ほどの
インド系マレー人(以下インディー)グループの一人が立ち上がってみては
また座り、また別の一人が立ち上がってみてはまた座り。
まるで往年の名クイズ番組「本物は誰でしょう?」の、
クイズの答えが明かされる時のような、本人と偽者たちの
立ったり座ったりの光景が繰り広げられるのだけれど、
彼らの表情や態度はクイズ番組のそれとはかけ離れ、
笑みも余裕も談笑もまったくなく、ただただ落ち着きなくソワソワしている。
その中のリーダー格の男が係員の所に行き、名前を確認した後、
「オマエだ、オマエ。早く来い!!と、苛立ち混じりに
グループの内一人に手招きをすると、
手招きされた男は、オドオドした表情を隠せないままで受付の前まで行く。

「今日は何処が悪いの?」という受付スタッフの質問に、
隣に立つリーダー格の男のどことなく強制的な促しの後、
自身の額に手をあてながら、
「あ、頭が痛い。ね、熱があるかも。」と、
たどたどしい言葉で答えるインディーA
そして前払い制の治療代をリーダー格の男が支払った後、
インディーAは挙動不審なオーラを放ちながらグループの輪に戻ってゆく。


「はい、次の方。インディーBさん!インディーBさん!」
再びやたら長い名前が繰り返し呼ばれる中、
ボクの背後では第2回「本物は誰でしょう?」が行われ、
先ほどと同じくリーダーのイライラ手招きがあり、
その中の一人が、またオドオドしながら受付に向かい、
受付スタッフの質問に、
「あ、頭痛い。ね、熱があるかも。」と、
前のインディーAとまったく同じ仕草をしながら同じ台詞を吐いた後、
リーダーがイライラしながらお金を払い、そいつは輪の中に戻ってゆく。
これがその後インディーJまで8回繰り返された。
もうほとんどデジャヴのようなそのやりとりに、病院スタッフたちも
怪訝そうな表情を見せるものの、受付拒否などはしない。

日本のような保険制度が無い代わりに、何人も医療を受けられるようにと、
治療費(薬代込み)も極めて安いマレーシアの公立病院。
それゆえに、クスリ欲しさにそのシステムを悪用する輩も
確実に存在するようで。


「でも、あんな訴えで手に入るのは、
 所詮は風邪薬程度やろ。」

診療終了後、薬局で抗生物質と抗ヒスタミン剤を受け取り病院を出て、
ホテルに戻る帰り道。
怪しくもおマヌケなインディーたちが少し可笑しく思えた。

11年振りの村へ

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晴れ。朝11時。
昨日メルシンの病院で「水泡」の薬も手に入れた事なので、
次なる目的地を求め、メルシン・バス・ターミナル(以下M・BT)へ。

次の目的地の「チェラティン村」へは、
11年前の記憶通りだと、ここからまず長距離バスで3時間かけ
クアンタンという比較的大きな町まで行き、
そこからローカルバスに乗り換えなければならないのだけれど、
M・BTにあるバス会社の端末コンピューターが壊れ、
予約・発券が出来ないらしく窓口は閉鎖状態。
しばらく窓口付近で途方に暮れる。
目的地を違う場所に変更するという手もあるのだけれど、
11年前に一度だけ行ったチェラティン村への郷愁が、
それを選択させないでいた。

「急ぐ旅でもないし、もしも今日乗れなきゃ明日でもいいや。」と、
気持ちを切り替えると、だいぶ気分も楽になったのだけれど、
すぐにホテルに舞い戻るのもなんとなくつまらない。
丁度窓口付近のベンチには、客待ちをしながら
時間を持て余しているタクシー運転手たちがいる。
マレー語マニアなボクがこれを黙って見逃すわけもなく、
すぐに仲良くなり、やれ日本のナシ・ゴレン(焼き飯)は600円はするだの、
日本のタクシーの初乗り運賃のバカ高さ等、日本とマレーシアの価格差の
話に花が咲き大盛り上がり。

「ところで、日本人のアンちゃん。
 今日はいったい何処へ行くつもりなんだい?」
そう聞いてくるタクシー運転手の一人に、事情を説明すると、
「あー。確かにここの窓口は今日はダメだ。でも、バスは確実に来るぜ。
 街中の窓口で発券してるだろうしな。」という答えが返ってきた。
「どうだい、アンちゃん。5RM(約150円)出してくれりゃ、
 街中の窓口まで乗せて行って、また此処のBTへ戻って来てやるぜ。」
彼の言っている事がすぐには信じられなかったボクは、交渉の末、
もしもバスチケットが手に入ったなら彼の言う通り5RM支払い、万が一
手に入らなかった場合はビタ一文も支払わないという約束を取り付けた。
「そうと決まったら後ろに乗りな。おっと、このヘルメットを
 被ってくれよ。」____バイクタクシーだったのかっ!!
結果、「クアンタン行き」のバスチケットは街中の窓口で
なんなく手に入り、再びBTに戻って来たボクは、バイクを降りた後、
彼に5RMを支払いながら礼を言った。
「な?本当だったろ?」と、親指を立てながら、わざと気障っぽく
顎を突き出した彼の自慢気な笑顔が印象的だった。

間もなくして「クアンタン行き」の長距離バスが到着。
すぐに出発かと思いきや、エンジントラブルらしく、修理の間、
ボクを含めた乗客は車内にも乗れず外で待たされっぱなし。
ボクの傍では、仲良くなったタクシー運転手たちが
「コンピュータートラブルの次はエンジントラブル。
 もしかしてその次はドライバートラブルかもな。
 たまに居眠り運転してるもんな、ハッハッハッ。」と笑っている。
彼らにつられてボクも笑ったものの、実際乗る方としては
それだけは勘弁して欲しいと本気で願ってしまった。

修理を終えたバスは定刻より1時間遅れでメルシン・BTを出発。
眠い。でも事故が不安で熟睡も出来ない。そんな中途半端な眠りを
数十回繰り返しているうちに、バスは午後4時過ぎに無事クアンタンの
BTに到着した。
たしかチェラティン村行きのローカルバスターミナルは、
此処から少し離れた場所にある。そこまで歩いて再びバスに乗って、
チェラティン村に到着するのがだいたい午後6時。
それから辺りが暗くなる日の入りまでおよそ2時間弱。
重いリュックを背負い、おまけにリール付きの釣り竿まで片手に
提げている状態で、気に入った宿がみつかるまで、
一件一件宿を回るには時間的にかなり無理がある。
かといって、此処クアンタンでのお気に入りのホテルまでは
徒歩で20分ほどかかる。
ひとまずベンチで休憩しようと、バスを降りてすぐに目の前のベンチに
腰をかけ、自分の乗って来たバスをぼんやり見ていた。
すると、バスの前面窓に掲げられていた「クアンタン行き」の札が
「クアラ・トレンガヌ行き」の札に差し替えられている最中。
ひょっとしてこの長距離バスはチェラティン村も通るんじゃないか、
と思い、一応運転手に聞いてみたら、案の定通るし、チェラティン村での
乗り降りも可能だと言う。
しかしボクは此処クアンタンまでのチケットしか買っていない。
かといって、此処から長距離バスで20分ほどのチェラティン村へ
行く為に、此処から4時間もかかるクアラ・トレンガヌまでの
チケットを買うのは何だか割高過ぎる。
ダメもとで「チェラティン村まで幾ら?」と運転手に聞いてみた。
「座席が空いてりゃ、そーだなー、5RM(150円)でいいぜ。」
「座席が空いてりゃ?」
「おぅ。ちょっとそこで待ってな。」
と、運転手はバスを降り、BT2階への階段を上がって行き、
間もなくして再び階段を下りて来た。
「大丈夫だ。乗りな。」
どうやらBT2階にある窓口で座席予約状況を確認して来たようだ。
「2階でチケットを買って来なくていいのか?」とのボクの問いかけに、
「俺に払ってくれりゃいいよ。」と小声で答える運転手。
そうか。コイツの小遣い稼ぎってわけか。
「それとよ。そこの欧米人のオッサンオバサンもどうやら
 チェラティン村に行きたいらしいんだが・・・。」
「?」
「オレは英語得意じゃねぇんだ。アンちゃん、その欧米人に
 1人5RM、2人で10RM貰ってくんねぇか。」
「なんだ、そんな事か。OK。」
ボクは欧米人の老夫婦に運転手の意向を伝え、
2人から10RM(約300円)を受け取り、自分の分も含めた金を
運転手に渡した。

こうして、午後5時前にはチェラティン村のバス停に降り立つ事が
出来たわけだけれども、11年振りのチェラティン村は、
かつて砂利道だった小道も大幅な拡張工事とアスファルト舗装が施され、
その脇にはたくさんのシャレーやレストランが建ち並んでいる。
ボクから「懐かしむ」という楽しみを奪ってゆくのに十分過ぎるほどの
その見知らぬ風景の中、何軒かの宿を回って値段交渉をし、
最終的に「チェラティン・コテージ」に泊まる事にした。

「チェラティン・コテージ」。1泊40RM(約1200円)。
エアコン・テレビ・ホットシャワー付き。
しかしホットシャワーは壊れていて水しか出ない。
けして若いとは言えない肌に水シャワーはかなり辛いのだよ____。

変わらない場所

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曇り。
昼、海岸に出てみた。
自殺志願者にここでの入水自殺は無理だろうと
思わせるほどの遠浅の海。
浜辺には小ガニたちの住みかである無数の穴が空き、
海鳥たちが羽を休めている。
ここだけは11年前と変わっていなかった。

左足首付近に出来た水泡は薬のおかげで
どうにかこうにか治まりつつはある。

食事は安いマレー食堂をみつけた。
ナシ・ゴレン3.5RM(焼き飯:約105円)。
コピ・オー・アイス1.2RM(ミルク無しアイスコーヒー:約36円)。
ソトン・ゴレン5RM(イカのフライ:約150円)。

再発!?

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左足首付近の水泡がおさまりつつあったのに、
左足ふくらはぎに一カ所、そして左手首付近に一カ所、
水泡が出来てしまった。痒いし痛い。
メルシンの病院で手に入れた薬も効かないようだ。
何故毎回こっちに来る度にこんな症状になるのだろう。
蚊やダニは日本にでもいるのに、いったい何の虫に刺されると
ここまで立派な水泡になるのか、さっぱり解らない。
しかも今回は左ばっかり。
この『左』というキーワードは何を意味するのだろう。
そんなミステリー的な事をも考えたくなるほどの立派な水泡。
何度も言うが、痒いし痛いのだよ。

此処チェラティン村に医療施設があるのかどうかも分からないし、
クアンタンまで戻るのもなんだか悔しいしで、
とりあえず明日の朝にはここを出て、次の目的地である
クアラ・トレンガヌで病院に行こうと心に決める。

日が暮れてからの水シャワーはとっても寒いので、
散歩から帰って来た夕方にシャワーを浴びる。
ん?お湯出るじゃんか。なんで?
しかもよりによって最終日に出ることないのに。
中途半端なマネしやがって。
オトコならそのまま最後まで壊れとけっ!!
と、シャワーに八つ当たり。
外は降り出した雨がさらにその雨あしを強めていた____。

真夜中。パジャマの腰の辺りがやけに冷たくて目を覚ます。
自分の腰を手で触ってみると、濡れている。

え?おねしょ!? この歳でやっちゃった!?

慌ててベッドから飛び起き、部屋の灯りをつけ、
その付近を見てみると、ベッドシーツと掛け布団の一部が
グッショリと濡れていて、その上を見上げると、
天井に出来た染みの隅っこから水滴が生まれては落ちてきている。
雨漏り。しかし受け皿なんて物はないので、部屋にあったゴミ箱を
ベッドのその部分に置き、パジャマのズボンとパンツを着替え、
部屋の灯りを消した後、すぐ隣のベッドに移動し再び横になった。

再び暗闇に戻った部屋の中、屋根を叩く激しい雨音に混じって、
ゴミ箱に捨ててあった空のペットボトルが
「タッ・・・、タッ・・・、タッ・・・。」と一定のリズムで
その湿った音を鳴らし続けているチェラティン村での最後の夜___。

グッバイ・チェラティン

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国道沿いのバス停。
雨宿りをしながらクアラ・トレンガヌ行きのバスが来るのを待つ。

バスを待つ間、ここ数日間のチェラティン村での出来事を
思い返してみたけれど、遠浅の海岸が昔と変わっていなかったという
事だけで、あとは部屋のハプニングぐらいしか印象になく、
11年前のここでの楽しかった思い出を更新するには
不十分過ぎる数日間だった。
けれど見方を変えれば、「懐かしむ」事に重点を置きすぎて、
その変わりようにショックを受け、新たに楽しむ事をしなかった
ボク自身の非でもある。

「昔付き合っていた彼女に11年振りに逢って、
 その頃と同じ笑顔を見せてくれって言っても、
 そりゃあ虫が良すぎるよなぁ。」

バス停の屋根の下、メンソールのタバコ(1箱6.7RM=約201円)を
燻らせながら、そんな事を思ったりしているうちに、
向こうからバスがやって来た。
重い荷物とメルシンで買った釣り竿を持ってバスに乗り込んだボクは、
左手首とジーンズの中でパンパンに腫れ上がり、昨日よりも一層
痛みを増した水泡をかばいながら、ゆっくりとシートにもたれた。

「痛ぇな・・・。」

水泡のそれとは何処か違った痛みを胸の奥の方で感じながら、
走り出したバスの窓の外で、降りしきる雨に白くかすんで
消えてゆくチェラティン村に別れを告げた__________。

ヤブ医者めっ!!

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午後4時前、クアラ・トレンガヌの長距離バスターミナル(以下BT)で
バスを降り、宿探しをする。チェラティン村同様、この町も11年振りで、
その変わりように驚きながら町を歩く。チェラティン村で降っていた雨も
ここまでは追いかけて来なかったようで、空は晴れていて蒸し暑い。
一刻も早く宿を決めて今日中に病院に行きたかったので、
ガイドブックに掲載されていた目当ての宿よりも、
はるかにBTに近い『ALAMANDA HOTEL』(1泊60RM=約1800円)
チェックインした。

エアコンの効きが悪いけれど、それは後からスタッフにでも言えばいい。
部屋に荷物を下ろして、少しだけ休憩をした後、
「病院よりクリニックの方が良いって。
 もうじき斜向かいのクリニックが再開するはずだから。」
というスタッフの忠告を聞き流し、病院に行く為にホテルを出た。
市街地から病院までは片道2kmと、徒歩で歩くには少々嫌気がさす距離なので、
先程のBTまで徒歩で戻り、ターミナルの前で客待ちをしているタクシーに
乗って病院へ。タクシー代8RM(約240円)。足もとを見られたカタチで少々高め。

自分が思っていたよりはるかに大きな病院の敷地内。
そこの救急外来用の受付前でタクシーを降り、
メルシンの病院でしたのと同じような手続きを済ませ、
薬代込みの診察料を支払うのだけれど、
メルシンの病院と違うのはその料金。
マレーシア人は1RM(約30円)なのに対して、外国人は50RM(約1500円)
メルシンは一律15RM(約450円)だったのに、州が違うとこうも違うのか。
日本に居る感覚なら安いのかもしれないけれど、いかんせん今は予算の
決められた一人旅。安ホテル1泊分に相当するこの金額は正直痛い。
50RM札をしぶしぶ支払い、番号札を受け取り、待合室で順番を待ち、
自分の番号が表示された診察室に入り医師の診察を受けた。
その際、メルシンの病院で貰った薬を医師に見せながら、
「この薬が効かない。自分としてはもっと効き目の強い薬が欲しい。」
と説明をしたにもかかわらず、診察終了後、薬局で受け取った薬は
抗ヒスタミン剤数錠とマルチビタミン数錠、それとカーマインローション。
どれも既に自分が持っている物ばかり。
こっは、タクシー代と合わせ60RM(約1800円)も余計な出費をしている。
その結果がこれでは、なんだか腹が立つ。
すぐに診療室に戻り、既に別の患者を診ていた医師にクレームを入れるも、

「ここは外来だから、とりあえずそれしか出来ないわよ!!
 ちゃんとした薬が欲しければクリニックにでも行きなさい!!」
と、愛想の悪い女医師に逆切れ気味に開き直られる。

「持っている薬が効かないからわざわざ此処に来たんだろ!!
 ちゃんと理解しろっ!!このヤブ医者!!」
なんて事を言えるほどの語学力はさすがに持ち合わせて無く、
結局は舌打ちをひとつ、捨て台詞代わりに残して診療室を出た。

「あー悔しい。あー悔しいったらありゃしない。」
片道2km。流しのタクシーの通らないその道を歩いてホテルまで帰って来た。
 
 
ホテルに戻り、ホテルのスタッフに病院でのいきさつを説明すると、
「ホラごらんなさい。とんだ出費だったわね。もうじき斜向かいの
 クリニックが再開するから、そっちへ行ってみなさい。」
と、再度促された。ボクは「今度は素直にそうする。」と、
何度も頷きながらエレベーターに乗り込んだ。

エアコンの効かない部屋で少し寝た後、部屋を出て、
ホテルの裏手に位置するマレー食堂で遅い夕食を摂る。
ピンク色のサフランで炊かれたご飯と鶏肉カレー(3.5RM=約105円)
それとコピ・オー・アイス(ミルク無し砂糖入りアイスコーヒー1RM=約30円)
 

食後、ホテル斜向かいのクリニックへ行き、受付兼看護師の女の子に
パンパンに腫れあがった左手首の水泡を見せて病状を説明する。

「医師の診察を受ける?」と聞いてくるその子に、
「いや、とりあえず今持っている抗生物質より
 効く薬が欲しいだけだから。」と答えるボク。
間もなくして、彼女が薬品棚から取り出してきた2種類の薬のうち、
「やっぱり値段の高い方が聞くの?ホントに?ホントに?」と、
道化混じりで訪ねるボクを見て、他の看護師たちもクスクス笑う。

結局は彼女を信じて値段の高い方の抗生物質(60RM=約1800円)
購入したのだけれど、ボクの財布からは再び50RM札と10RM札、
それぞれ一枚ずつが消えてゆき、今日一日だけで100RM(約3000円)余りもの
余計な出費に、思わず泣き出しそうになってしまうのだよ。

夜中、左手首の水疱の痒みで何度も目を覚ます
11年振りのクアラ・トレンガヌ初夜_____。

心地良い午後

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「11年振りなら、セントラル・マーケットでも見てくれば?
 あそこも昔とはずいぶん変わってるよ。」
ホテルのスタッフに促されるまま、丁度おやつを食べに行く
ついででもあったので、セントラル・マーケットまで。
途中、州立モスクの脇を通りながら、青空に突き刺さるような
真っ白いモスクやクアラ・トレンガヌの街並みを
携帯電話のカメラに納めながら歩いてゆく。

昔のそれとは様変わりしたセントラル・マーケットの片隅で、
山積みにされたみかんを売る男性や、お菓子や乾物を説明しながら
売る売り子さんに承諾を得てはカメラで撮影して歩いた。
「ちゃんと撮れたか?(笑)」
「アラ。買って行ってくれないの?(笑)」
誰もが笑顔を返してくれる。

セントラル・マーケットを後にして、帰りはチャイナタウンを通り、
軽い迷子になりながらも、見覚えのあるバスステーションの横に出た。
通りを歩いてホテルの前まで戻って来た時に、クリニックの外で、
携帯電話で誰かと話している看護師の女の子と目が合う。
何度もクリニックに足を運んだボクの事を覚えていてくれたらしく、
ニッコリと微笑んでくれたので、こちらも電話の邪魔にならない程度の
笑顔を返した。
空の青、吹く風、人々の笑顔。
11年前もそうだったけれど、此処クアラ・トレンガヌは
なんとなく居心地の良い町だ。

おやつを食べる店探しをすっかり忘れてホテルに戻った。

TV番組から学ぶ

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モスクや礼拝堂、そしてTVから、毎日決まった時間に
流れてくるコーラン。そのメロディーが耳から離れなく
なってしまった。

TVは基本的に、女性のヌードやエッチなシーンは禁止なので、
外国の映画を放映する時などは際どいシーンの寸前でカットされ、
シーンの変わった辺りから再び放送される。
これではストーリー性が不自然になったり、
キャラクターの奥深さが出ないのではないか、などと思うのは
ボクがスケベィだからだろう(笑)。

お気に入りのドラマは『ムティヤラ・ハティ』。
日本の『おしん』のようなドラマで、主人公の女の子と
その母親が、あからさまに意地の悪そうな人達に
虐められながらも、アラーの神を信じ、強く生きてゆくドラマ。

『プトュリ』はコメディタッチのホームドラマで、
主人公のプトュリ役のノラ・ダニスが可愛いくて、
このドラマを観るのが毎週欠かせなくなっている(笑)。

日本の子供向け番組もこちらでは人気で、
『NARUTO』『名探偵コナン』『鋼の錬金術師』などが
放送されているけれど、すべてマレー語吹き替え。
これが意外とマレー語の勉強になったりするので面白い。

また、こちらのクイズ番組の賞金の額から、
マレーシアの人々の金銭感覚を探ってみたり、
最近はほとんど理解出来るようになったニュース番組を
毎晩のように観ている。

そして部屋の灯りも消えた午前0時過ぎ。
ニュース番組の最後に流れる世界の都市の天気予報。
「TOKYO 5℃」の文字に、
「まだ帰りたくないねぇ。」と独り言をつぶやきながら、
TVの灯りだけが照らされるその部屋で、ボクは今夜も眠りにつく。

コタバル哀歌

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コタバル哀歌   詞/曲 冨岡ツカサ


(イントロ)

この日気温は30℃
クアラ・トレンガヌ後にして
背もたれ壊れた前の席
つっかえ棒は頼りなく
倒れて来ては膝を打つ
ところでエアコン効いてんの?
間違いなくこれ送風ね
そんなオンボロバスに乗り
ブロロン ブロロン 3時間半
やっと来た町よ コタバル

(間奏4小節)
 
何度も言うけど 30℃
目当てのホテルへ行ってみりゃ
名前も値段も様変わり
再び歩く炎天下
肩に食い込むショルダーと
誰もが見ている釣り竿を
時々捨てたくなる衝動
Tシャツに浮いてくる汗が
未練たらしいオンナのように
まとわりついて離れない

(間奏4小節)

しつこいでしょうか?30℃
やっと見つけたこのホテル
1泊60リンギット(約1800円)
遅い朝食 今日2食
晩飯食べたその足で
インターネット屋巡るけど
日本語環境どこも無く
疲れて眠る真夜中に
ゴゾゴゾ えたいの知れない虫を
潰せば真っ赤な血 オレの?

 

※スブリエナ・コート:1泊60リンギット(約1800円)


アタシャ、テロより虫怖い

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実は昨日の昨日まで、国境を越えてタイに行くのは
実のところ迷っていたのだよ。
ボクが向かおうとしているタイの南部は、
ここ数年、地域独立という理念を掲げた過激派ゲリラ達のせいで、
情勢不安で治安も悪く、つい数日前もヤラーという町で
無差別銃撃テロがあったのをニュースで知っていた。
マレーシアのどこかの島に行き、釣りと海水浴をしながら過ごすか、
それともタイの南の町で過ごすか、どちらを選ぶか
昨日まで決めかねていた。

そして、昨晩。ふと目を覚ますと、なんと枕元に米粒大ほどの虫がいた。
慌てて飛び起き、恐る恐る指でその虫を弾くと、つぶれて真っ赤な
血だけがシーツに残った。
___え?オレの血?吸われた?どこを?
未だに、左手首と左ふくらはぎの水疱痕も癒えないというのに、
この上さらに水疱が出来たりしたら、たまったものではない。
よし! 明日タイに行こう! タイなら物価も安いし、ココと同じぐらいの
ホテル代(1泊60RM=約1800円)も払えば、清潔で綺麗なホテルにも
泊まる事も出来る。そこでのんびりと過ごしながら傷を癒そう。
ボクの心の奥の方、いつもは優柔不断な天秤がガタンと音を立て
傾いた瞬間だった。

朝。ホテル隣りの食堂で朝食を済ませた後、ホテルをチェックアウトし、
バスターミナル(以下B.T)に向かった。
間もなくしてやってきたNo.29のオンボロバスに乗り込み、車内で
3.9RM(約117円)を支払い、自由席のシートにもたれた。

コタバルのB.Tを出発して1時間、途中、物々しい検問を通過して、
バスは国境の町・ランタウパンジャンの国境ゲート前に到着。
バスを降り、国境ゲートに向かう。ゲートの向こうには幅50mほどの
川が流れ、その上に橋が架かっていて、橋の向こう側がタイランド。
ボク自身は11年前と7年前に二度ほどここを訪れている。
昔と変わらないその風景。ただ唯一違うのが、数年前にタイ側の
国境ゲート付近で爆破テロ事件があった事に代表される治安の悪さ。
普通の旅行者なら、この国境ルートは避けるのが普通で、
現に外国人ツーリストの姿は、ボクとバスの中で一緒だった
若いイギリス人カップルだけ。
ちなみにこのイギリス人カップル。どうやら初心者バックパッカーの
ようで、これから待ち受ける危険を承知で国境ゲートをくぐろうと
している割には、落ち着きがなく、不安な目で周囲をキョロキョロ。
優しく話しかけてくるマレー人たちにも、怪訝そうな表情を見せて、
フレンドリーの欠片も無い。
そんなんじゃ、テロリストの恰好の的になるぞ!
ワタシを見習え!このミスターフレンドリーを!
ワタシならテロリスト達ともきっとオトモダチになれるのだ。

あっ、『無差別』テロじゃフレンドリーも糞もないか。

マレーシア側のイミグレーションで、パスポートに出国スタンプを
押してもらい、途中、休憩中の国境警備員と
「その釣り竿置いていけよ。」
「やだよ。またこっちに戻って来て使うんだから。」
と、ボクの釣り竿の話題で盛り上がった後、いよいよ国境に架かる
橋を渡る。少し雨が降ってきたので、早足で橋を渡りきり、
タイ側のイミグレーションの軒先で雨宿り。
出入国カードに適当に(というかほとんどいい加減に)記入してから
出入国審査場へ向かう。
審査官に「タイの何処へ行くのか?いつまで滞在するのか?」とか
根掘り葉掘り聞かれるも、そんな事は自分にも解らない。
明日マレーシアに戻るかもしれないし、居心地が良ければ
タイの上の方に北上するかもしれない。
そうボクが答えると、審査官は無愛想な表情をくずさないまま、
ボクのパスポートにドンッと入国スタンプを押して、パスポートを
こちらに突き返した。
入国審査官の彼からすれば、
「なんでまたこんな危険な町に、しかも危険な時に来るのかね。」
と、呆れているのかもしれないけれど、ボクにしてみれば、
テロの危険をおかしてまでココに来る理由があるのだよ。
「アタシャ、テロより虫怖い。」

入国審査をパスし、バイクタクシーに乗り(3RM=約90円)、
国境の町・スンガイコーロクへ。国境の町というだけあって、
マレー語を話せるタイ人も多く、ボクを乗せてバイクを走らせる
この親父も例外ではない。ボクがマレー語で、
「ヤラーの辺りで無差別銃撃テロがあったんだって?」と、
確認がてらに彼に訪ねると、彼からは予想もしない答えが返ってきた。

「あぁ。つい2週間前にも、ここスンガイコーロクでも爆破テロ
 あってよぉ。・・・ったく、危なくってしょーがねぇぜ。」

え? 爆破テロ?
ヤラーの事件はTVニュースで知っていたけれど、
それはニュースでやってたっけ?(汗)
「爆破テロ騒ぎなんてしょっちゅうさ。幸い、この間のは死人も出な
 かったし、ニュースにもならなかったんだろ。ワッハッハ。」

___ワッハッハじゃないでしょ。

爆破テロの町で

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スンガイコーロクの街中にあるメルリンホテルに宿泊。
1泊41RM(約1230円)
クィーンサイズベッド、エアコン、ホットシャワー、TV、冷蔵庫等々、
この旅の最中、今までに泊まったホテルの中で一番綺麗で清潔だ。
あぁ、これで虫におびえる夜とも、病院や薬局に足繁く通う日々とも、
しばらくの間おさらば出来る。万歳!!タイランド!!

昼食は、ホテル近くのマレー食堂。
ナシ・カンビン(山羊肉カレーとご飯:3RM=約90円)を食べ、
コピ・オー・アイス(ミルク無し砂糖入りアイスコーヒー:1RM=約30円)
飲みながら、サリーをまとったイスラム教徒の女性と、ミニスカートで
バイクにまたがるタイ人の女の子たちが混在する、その不思議な風景を
眺める。
ここスンガイコーロクは、「国境の町」というだけあって、
マレー語も通じる上、全部の店でというわけではないけれど、
マレーシア通貨であるリンギットでの支払いも可能。
「売春で成り立つ町」という汚名はあるけれど、
そのおかげかどうか、道行く女の子は可愛らしいし、
自分の泊まっているホテルの受付嬢の笑顔は素敵だし、
テロさえなければさぞかし過ごしやすかろうに、テロさえなければ


夕食は、ホテルと交差点を挟んだ向かいの食堂で
豚の角煮とご飯(5RM=約150円)
コピ・オー・アイス(1RM=約30円)を注文。
夕食を食べている最中、店の前の交差点に大型ジープが停まり、
後部の荷台から小銃を脇にかかえた治安部隊らしき隊員が数名、
素早い動きで降りてきた。
その中の1人は両手に『爆弾探査機』のような機械を持ち、
機械の先を周囲に振りながら、慎重にゆっくりと、一瞬にして封鎖された
その道の真ん中を歩いてゆく。
その隊員の周囲には、常に体を外側に向け、
「いつでも撃てまっせ。」
と、小銃の引き金に指をかけた治安部隊員たちが、
中央の隊員を囲むカタチを保ったまま、周囲の様子を窺っている。
そんなピリピリとした空気を放つ彼らの周り、
封鎖された道の脇では、赤、紫、黄色といった原色のランプが連なる
バーの軒先で、肌を晒したオンナたちが客待ちをしている。
彼女らのけたたましい笑い声と、
氷のように冷たい表情を崩そうとしない治安部隊員たちの緊張感。
対照的なそのふたつが奇妙に混じり合う、そんな満月の夜。


食後、店を出て、昼間少しだけ顔見知りになったバイクタクシーの
男たちが客待ちをしている詰め所のような場所に向かう。
「よぅ。オンナ要るかぃ?」
「要らないよ(笑)。ところで、爆破テロってこの町の何処であったの?」
そこ。ホラ、コンクリートの壁が崩れてるだろ?
 バイクも8台くらい燃えちゃって、大変だったぜ。」
男の1人が、ボクたちの場所から10mほどしか離れていない、
道の斜向かいを指さした。
「ほ、ほぉ〜・・・。そ、そうかぁ〜(汗)。」
平常心を装いながら、彼らに別れを告げて足早にホテルに戻った。

只今、深夜12:30。何か飲み物が飲みたくて仕方ないのだけれど、
コンビニエンス・ストアはすぐ近くにあるのだけれど、
やっぱり怖くてホテルを出られないでいるのだよ_______。

空と雲と人々と

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食事の席にまで押さえきれない性欲を
持ち込んだかのような下品な笑みを浮かべる
中華系中年親父らが食事するその傍らで、
つまらなそうに携帯電話をいじりながら、
時おりこちらに意味深な目配せをする
若き娼婦の女の子たち。

ボクが買い物に行く度に、いちいちタイ語を
教えてくれるコンビニエンス・ストアの中年の女主人。

ボクが席につくだけで、まだ注文もしていない
アイスコーヒーを作り始めてくれる食堂の女主人。

意外とモテモテな毎日と、ホテルの清潔さに、
もっと此処に居たいとも思うのだけれど、
結局のところ、無差別テロが怖くて、
ホテルから200m四方ぐらいしか散歩もしていない。

「あー釣りしてぇなぁ。」
心地よい風が入ってくるホテルの窓のその外側で、
真っ青な空を流れてゆく白い雲たちを
ベッドに寝ころんで眺める火曜日。

部屋の壁に立てかけられた釣り竿。
そろそろマレーシアにというか、
海のある場所に戻ろうと思うのだよ。

マレーに戻る

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再び国境に架かる橋を徒歩で渡り、マレーシアに戻って来た。

コタバルのAZAM HOTELに宿をとる。1泊70RM(約2100円)。
虫は居ないけれど、今朝まで居たタイのホテルに比べれば、
値段も高い上に、部屋も狭いビジネスホテルみたいな感じ。
スタッフ達が明るいのが唯一の救い。

日本語環境のインターネット屋をみつけた。
ホテル前にあるセブンイレブンの2階。1時間1.8RM(約54円)。

晩ご飯は、チャイナタウンまで歩いてワンタンミー(大:3.6RM=約108円)と、
マレー屋台でサティ(焼き鳥)を食べた。

旅に必要な時間

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「ここ東海岸のコタバルから、なんとか楽に西海岸に出られないものかね。」
ホテルの部屋で、もうかれこれ2時間、ガイドブックに付いている
マレーシアの地図を睨み続けている。
コタバルから各地に伸びるそれぞれの主要道路を指でなぞってみては、
その距離の長さに挫けてしまう自分。

手足に出来た水泡痕の傷も気にはなるのだけれど、
ホテル前の薬屋で「抗アレルギー剤」やガーゼも買った事だし、
そろそろ何処かの島で、再び釣りと水浴びの日々を過ごしたいのだよ。

飛行機だとね、結局クアラ・ルンプールまで戻らなきゃいかんのだよ。
今回の旅で何回首都クアラ・ルンプールに戻ってるんだ?
ということで空路はすでに却下。
あとは陸路しか残されておらず、「楽に西海岸まで」は無理な話。

どのみち苦の道。ならば・・・。
知り合いも多いパンコール島に戻ろうと、
島との船の発着場所にあたるルムッまでのバスチケットを購入。
予定よりもだいぶ早く戻るカタチになるけれど、まっいいか。

コタバル→ルムッのバスチケット代38RM(約1140円)。
明日はルムッまで7時間のバス移動になる。正直ゲッソリ。

でもね、地図と睨めっこしながら、その道の先にある町や島、
果たしてそこは自分にとって「当たり」なのか「はずれ」なのか、
などという期待と不安を胸に、いろんな事をイメージするのも
ボクの旅には必要な時間なのだよ_____________。

帰ってきたぞパンコール!!

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「ツカサ!! ツカサが帰って来たぞー!!」
「ツカサ!! 旅はどうだった?」
いつもの海岸沿いでタクシーから降りるやいなや、
ボート屋の友人たちの歓迎を受ける。
パンコール島を離れてまだ20日ほどしか経っていないのに、
ずいぶん長い時間が流れたような気がする。

「ティオマン島で釣りしてたよ。」
「また水泡が出来ちゃって病院巡りだったよ。」
「クアラ・トレンガヌのセントラルマーケットが新しくなってたよ。」
「タイの南にも行ったんだけど、爆破テロがね・・・。」
土産話は尽きない。

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宿は毎回のことながら、Nipah Bay Villa(ニッパーベイビラ)。
ここでも宿のオーナーやスタッフたちが
「あはは。ツカサがまた帰って来たよ。」と笑ってはくれるけれど、
あいにく、いつも泊まっているシャレータイプ
(1泊95RM=約2850円朝食付き)の部屋が空いていないので、
宿の敷地の一番奥のアパートメントタイプの一室に腰を下ろした。

この建物、約2週間後のチャイニーズ・ニューイヤーに
この島にやって来る多くの宿泊客に向けて、
急ピッチで建設の進む未だ未完成の建物。
「ツカサは毎回ウチを使ってくれて知らない間柄でもないし、
 今回もロングステイだから。」
というオーナーの特別のはからいもあり、破格の値段で
新築、いや未完成のアパートメントの入居者第1号にさせてもらった。

もちろんの事ながら、部屋もシャワールームもエアコンもピッカピカ。
「ワーイ♪」
新品のベッドに大の字に倒れ込むボク。
「これだけ新しいと、さすがに虫はいないよね?虫は。」
と、水泡の一件ですっかり虫恐怖症になっているボクに、
部屋まで案内してくれたオーナーが言う。
「予定ではあと2日は、この建物には虫どころか、
 ツカサしかいないんだよ。
 あっ、でも夜は出るかもなぁ。虫じゃなくて・・・オバケ。」
________________それは虫と同じくらい嫌。



■Nipah Bay Villa
虫嫌いなボク専用にと、殺虫スプレー剤も部屋に常備(笑)。
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風に溶ける時間

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この島でボクは何をするわけでもなく、
毎日ボート屋の木陰でスタッフや地元の観光客たちとお喋りしながら、
船が帰って来たら船から投げられたロープを砂浜のアンカーに縛りつけたり、
戻って来た客達に貸し出していた救命胴衣やシュノーケリングセットを
受け取ったり、レンタル用のシーカヤック(カヌー)の修理をしたり、
時には客たちと船に乗り、船のへさきに立ち、碇が結ばれたそのロープを
たぐり寄せたり、海岸を歩く外国人観光客の客引きをしたり、
船の燃料が足らなくなれば、ボート屋の主人であるノンさんと一緒に
バイクに2人乗りし、片道8kmもの距離を空のプラスチックタンク2個を
提げて行き、帰りはそれに満タンのガソリンを入れ、ヨロヨロしながら
帰って来たり・・・。

ここまで書いているうちに、なんだかやたら忙しいんじゃないか?
と、誰もが思うかもしれないけれど、
実際はホントのんびりのんびりで、照りつける陽射しに混じって吹く潮風も、
バイクの後部座席で感じる風も、本当に気持ちが良いのだよ_______。

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モウカリマッカ?

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毎朝9時に起き、ズボンの下に水着を履き、
ホテルのレストランで焼いて貰った食パン2枚とフルーツジュース、
それとコーヒーの朝食をとった後、
サンダルをズルズル鳴らしながら海岸沿いの通りへ出て、
顔見知りの店主やタクシードライバーたちと
「スラマッ パギ〜♪(おはよう)」と笑顔の挨拶を交わしながら
ノンさんのボート屋まで。

日本語で「おはようっ!」と左手を高くあげるボクに対し、
ボート屋のみんなも「オハヨウ!」と手を挙げて応えてくれる。
しかし、最近ボクが変な日本語を教えたせいで、
誰もが言うようになったのが「モウカリマッカー!?」。

最初の頃は、ボクも面白くて「ボチボチでんなー!!」と応えて
いたのだけれど、朝だけでなく顔を合わせるその度に、
「モウカリマッカー!?」「モウカリマッカー!?」と聞いてくるように
なってしまい、挙げ句の果てにボート屋のスタッフたちばかりか
島の子供達も大きな声で
「モウカリマッカー!?」「ボチボチィーデンナー!!」。

「あのね。これは大阪の商売人同士で交わされる挨拶だからね。」
と、一応意味も教えたのだけれど、彼らにとっては意味など関係ない
様子で、その言葉の響きと、標準語とは違う、ちょっとしたスラングを
覚えた嬉しさで、それはそれは何度も何度もオウムのように繰り返す。
「モウカリマッカー!?」「ボチボチィーデンナー!!」。
オマエらしつこい・・・。
「モウカリマッチャー!?」「ボッチボッチデンバー!!」
しかも勝手にアレンジしてるし・・・。

仕事そっちのけで、ヘンテコな日本語を連呼するスタッフや
子供達の輪の少し外側で、
ボート屋の主人のノンさんが1人海をみつめながら、ボソッとつぶやく。
「モウカリマセン・・・。」

結婚式ナノダ!!

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海岸沿いの道路脇に止められたバイクのシートに寄りかかりながら
日光浴をしているボクのトコロに、
Nipah Bay Villa(ニッパーベイビラ)のオーナーがバイクで通りかかった。
どうやら知り合いの結婚式に行く途中だそうで、
「そうそう見られるモノではないから、是非ツカサも一緒に来なさい。」
と、自分の乗るバイクの後部シートをポンポンと軽く叩く。
「短パンにTシャツだし遠慮しとくよ。」
と一度は断ったのだけれど、大丈夫だと彼が言うので、
やはり好奇心には勝てずバイクにまたがった。

こちらの結婚式。初日は式場で、二日目は新郎の実家で、
三日目は新婦の実家で、計三日間も行われるそうで、
今日はその二日目らしい。
ちなみに花嫁のお色直しは、多いトコロで十数回もあるらしい。
道中、そんなオーナーの説明をバイクの後部座席で聞いているうちに
村に到着。

Nipah Bay (ニッパーベイ)から約10km離れたオーナーの住む集落は、
ボート屋の友人ノンさんの住処と一緒。
海岸から内陸へと幾つもの路地が複雑に入り組み、
素朴なマレー風建築の家々が立ち並ぶその場所は、
そこで暮らす人々の息づかいが身近に感じられる。
ニッパーベイやパシール・ボガ、パンコール・タウンらの島の観光地
しか知らない人が訪れたら、きっとある種の感動と郷愁を覚えるに
違いないその風景も、ほぼ毎晩のようにノンさん家に晩ご飯を
ご馳走になりに来ているボクにとっては、
「また来ちゃった感」の方が強い。

話を結婚式に戻して・・・。
新郎の実家の敷地にはテントが張られ、その下の長テーブルには
たくさんのご馳走が並べられている。
大勢の人の間をすり抜けるようにして歩いて行くと、
一番奥のテントの下に、綺麗なマレー民族衣装を来た
花嫁さんと花婿さんが座っていた。
「ご結婚おめでとうございます。写真撮ってもいいですか?」
お祝いの言葉もそこそこに、携帯電話のカメラ片手に
不躾なお願いをする短パン・Tシャツ姿の日本人に対しても、
穏やかな微笑みを返してくれる。
それどころか、写真を撮り終えたボクに
「隣りに座って食事をして行って。」と、日本で言うところの
『仲人席』を指さす。
「いや、誘われてちょっと見物に来ただけだし、
 ご祝儀もあげていないし、それに何よりも・・・、
 離婚して1年ちょっとしか経っていない奴が
 其処に座っちゃ縁起が悪いってもんでしょ。」
と思ったけれど口には出さず、彼らの勧めをサラリと笑顔でかわしてから、
さらに会場内を見学。

手伝いに来た近所の家々の主婦達の中に、ノンさんの奥さんをみつける。
「あらツカサ。今晩も来るでしょ?」と笑顔で聞いてくるけれど、
実は昨夜、ノンさんの奥さんは風邪で寝込んでいた。
その為、昨夜の晩ご飯は、一日中仕事をしたノンさんが
ボクや彼の子供たちの為に用意してくれたのだ。
ノンさんの奥さんも顔は平静を装って結婚式の手伝いをしているけれど、
昨日の今日では正直辛いだろうと思い、
「今夜はニッパーベイで友人と食事する約束をしてあるから。」と、
嘘をついて彼女の誘いを断った。

帰り、新郎新婦の親族から、一輪の造花を手渡された。
その造花には網に入った『ゆでタマゴ』がしばられていて、
それは花の実に例えているらしく、お祝いに来てくれた人一人一人に
『人生の花を咲かせ、幸せが実るように』と配られる、
日本でいうところの『引き出物』のような物。
引き出物にしては質素だなと感じる人もいるかもしれないけれど、
『恥ずかしすぎる文字の入ったワイングラス』だとか、
『置き場所に困るだけの使いようのない皿』だとかよりも、
この一輪の造花とゆでタマゴの方が心の深いトコロで有り難〜く感じられるのだよ。

 

ボート屋まで戻った後、木の枝に挟んだその造花を眺めながら、
「オイラもあんな風にたくさんの人に祝ってもらったっけ。
 それなのに申し訳ない。」などと、自分の犯した事を
しばし猛省していると、ボート屋のスタッフの1人であるジェイボン
(ボクはコイツをバカボンと呼んでいる)が、造花にくくりつけられた
ゆでタマゴを取って、パクリ。
「あっ、この野郎!!オイラの幸せの実を喰いやがったな!?」
と、半分冗談で怒るボクに対して、ジェイボンは憶する事もなく言う。
「オレ、腹減ってたネ。シアワセじゃないネ。
 コレ食べる。お腹イッパイでシアワセ。
 それに、幸せは置きっぱなしじゃ腐るネー。

コイツはたまに正しいトコロを上手に突いてくる。
やっぱりオマエはバカボンだ(笑)。
そうだ、コレデイイノダ___。

楽しき日々

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マレー人にインドネシア人にロシア人にサウジアラビア人に
イタリア人にイギリス人にオーストラリア人にアメリカ人に
アフリカ人にフランス人に日本人に韓国人に中国人に・・・・。

いろんな国からやって来た、
それぞれいろんな癖を持つ客たちをボートに乗せ、
コーラルアイランドに運んだり、ボートトリップ(島巡り)をしたり、
時にはノンさんと2人、船の上のお客をほったらかしで
イカ釣りをしたり。そのイカにスミを吐かれ真っ黒になって
みんなで笑いあったり。

忙しくとも楽しい日々なり________________。

破れた鼓膜

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水深5mの海の底。
其処に大きなイカが悠然といたのだよ。
それはそれは美味しそうなイカなのだよ。
大きく吸った息を肺に止め、一気に底まで潜り、
左手に握りしめた銛を勢いよくイカの背中に突き刺す。
スミを吐き抵抗するイカ。次の瞬間・・・。

「バシュッ!!チューッ!!」

水中で三半規管をヤラれると、どちらが上か下かも判らなくなる。
突然襲ってきた左耳の激しい痛みに、肺に溜めていた息もほとんど
吐き出してしまっていた。
何度も言うけど、此処は水深5mの海の底。
1秒も早く海面に出て酸素を吸いたいという生存欲求と、
それをも諦めてしまいそうになるくらいの激痛とが戦う海の底。
「こりゃ、鼓膜破れたな。」
「アレ?どっちが上だっけ?」
「諦める?それともやるだけやってみる?」
「まったく、調子に乗るといつもこうだよ。」
本当にそれは一瞬の事なのだけれど、
生存欲求と激痛に支配されているはずの心のどこかで、
まだそんな冷静でいられる自分自身が可笑しく思えたから、
だったらとりあえず上っぽい方を目指せと・・・(笑)。
痛みで固く閉じてしまいそうな瞼と目元の間の狭い視界から見える
水中メガネ越しの明るい方を目指して必死で水を掻きバタ足をした。

間もなくして水面に出たので、口元のシュノーケルを外し大きく息を
吸い込み、シュノーケルを再びくわえ直した。
ひとまずこれで生命の危機は遠ざけたのだけれど、
この気の狂いそうな激痛を我慢して、遠くに見える浜辺まで泳げるか
どうか不安で仕方ない。
といっても、泳がないとやっぱり溺れ死んでしまうので
またまた必死で泳いだ。

岸までたどり着くまで、痛みを紛らわせようと、
シュノーケルを噛み千切ってしまいそうなほど
歯を食いしばったその口元から、振り絞る声で唄う歌。
『ケ・セラ・セラ』________________。

オマヌケ・リーズン

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聞こえない左耳。
聞こえないだけならまだしも、膿まで出始めたので、
1日中ティッシュを詰めておいた。
想像してごらん。
左耳からティッシュの先がヒョロッと飛び出た姿を。

そんなおマヌケ格好で、ボクと顔を合わせる誰もに対して、
昨日の事をいちいち説明というか、言い訳をしなきゃ
いかんのが面倒臭いし、それをいちいちしている自分が
一番オマヌケなのだよ。

島のクリニック

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とうとう旧正月(チャイニーズ・ニュー・イヤー)に突入。
普段静かな島にドッと観光客がやって来たこの日。

普段とは比べようのないほどの忙しさに朝から追われ続け、
うんざりした表情を浮かべるボート屋のスタッフたちと一緒に、
「早く夜にならんかな〜。」などと言いながら見上げていた太陽が
ようやく向かいの小島・マンタンゴ島の端に沈む夜7時半過ぎ。
船の掃除や道具の片付けを済ませたボート屋の主人ノンさんの
運転するバイクの後部座席にまたがり、左耳の診療の為、
島のクリニックに行く。
 クリニックに到着。旧正月を祝う花火が打ちあげられ、
爆竹が鳴る外の喧噪とは正反対に、薄暗い蛍光灯の光が
隅まで届かないその待合室には、旧正月だというのに、
それぞれ付添人に付き添われた具合の悪そうな子供や
老人たちが診察の順番を待っている。
旧とはいえ、正月に病院来なきゃいけないそれぞれの事情を
持つ人達の中にボクも確実に入っているわけで、
なんだか凹んでしまう。

受付でノンさんに手伝ってもらいながらの手続きを済ませて
約1時間半後。ようやく自分の診察の番になり、ノンさんと
診療室へ。
初老のマレー人ドクターの診断は、ボクの予想通り「中耳炎」。
おまけに鼓膜も破れていて、そりゃ聞こえないはずだ。
診療後、45RM(約1,350円)の支払いを済ませ、薬を受け取り、
クリニックを出る。

誰かが放った打ち上げ花火の破裂音も、
距離感を失ったボクの左耳には、どこか虚しく聞こえる夜____。

笑い飛ばすといふコト

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「ツカサ、今日はオレがおごるよ!!」と、
昼飯も晩飯も夜食も気前良く奢ってくれるマッツ。
彼はボート屋のスタッフの1人で、
ボクと一番仲が良い。
日本でいうところのナンバーズくじがマレーにもあり、
それで200RM(約6,000円)が当たったのだ。

「マッツ、ハティハティ〜〜!!(太っ腹〜〜)」と、
ボクがわざと大げさに彼を褒めると、
「サヤ ミスキン(ボクは貧しい)。
 タピ〜・・・タァダ マサラ〜♪(でも〜・・・問題な〜い♪)」

この「タァダ マサラ〜♪(問題な〜い♪)」の部分は
ボクも一緒に言うのが2人の間で流行っていて、
普段何らかのトラブルに見舞われるその度、どちらかが
「タピ〜(でも〜)・・・」と言葉を振ると、2人声を合わせて
「タァダ マサラ〜♪(問題な〜い♪)」と笑顔で言い放つ、
端から見れば、超前向きな『バカコンビ』。

数ヶ月前に実兄が交通事故で死に、
実兄の忘れ形見の幼子を預かって育てているマッツ25歳。
「働けど働けど金は無く、彼女も出来ねぇ。
 おまけに独身なのに急に子持ちになったんだ。
 ノーマネー!ノーハニー!」の彼の嘆きの台詞通り、
生活はかなり厳しい。
それでもそんな泣き言の後に彼は必ず「タピ〜(でも〜)・・・」と
目元と口元が緩む。
そして今日もボクらの声が、真夜中の食堂に響く。

「タァダ マサラ〜♪(問題な〜い♪)」

ボクはこの言葉と彼が大好きだ_________。

2008.02.09.jpg

別れの夕食

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とうとう明日、この島を離れ首都クアラ・ルンプールに戻る。
ということで、今夜は島の中華レストランでノンさん一家と最後の晩餐。
エビチリ、渡り蟹の揚げ物、牛肉の炒め物、サテー(焼き鳥)等々、
みんなで腹一杯食べて楽しい一時を過ごした。

実は今日の日中、旧正月休みでこの島を訪れていた華僑観光客の子供が、
海水浴中にボートのスクリューに巻き込まれ死亡するという島で初めての
海難事故が起きてしまった。
明日から、ノンさんをはじめ事故とは関係の無いこの島のボート屋全員が
事情聴取されるそうな。大変だね、ノンさん。

今までもあわやという場面はビーチの各所でたまに見られ、
問題にはなっていたらしく、この事故をきっかけに、
海水浴客の泳ぐ場所とボートが走る場所を区切るルール作りに
一気に拍車がかかりそうだ。
「ルールかぁ・・・。そんなの無くっても十分安全に
 みんな楽しくやってこられたのにね。」
というボクに対し、
「だんだんこの島も変わってゆく。それも仕方ないさ。」と、
ノンさんが寂しそうに遠くを見つめながら言った。
その口からイカの足がはみ出てはいたけれど___________。

友へ

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Awak kawan saya. (キミはボクの友)

Contohnya bila awak merasa sepi, lalu mahu menangis,
(たとえばキミが寂しくて泣きたい時は)

Sila mengingati saya. (ボクの事を思い出してくれ)

Kurana Awak sunyi bukan.(キミは独りではないのだから)

2008.02.11.jpg


____________________パンコール島を後にし、首都K.Lに戻る。

強盗なのだよ!!(前編)

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ついに日本へ帰国する夜。時刻はPM8:00過ぎ。
大きなリュックを二つ、体の前後に抱えたり背負ったりして、
空港に向かう為にプドラヤ・バスターミナルからマスジッ・ジャメ駅へ、
いつも歩き慣れた通りを歩いていたのだよ。

「アイム ツーリストポリス!」
という男の言葉が、突然耳の傍で聞こえたかと思うと同時に、
数人の男達に両脇を抱えられ、道路脇の薄暗い砂利道に引き摺りこまれた。
「やべぇ!強盗だ!」
ここからはまるでフィルムの早回しのような展開で、
ボクの体から二つのリュックを無理矢理剥がそうとする力に、
「日本のみんなに買った土産や、マレーの友人たちに
 貰った土産をテメェらにくれてやるわけにはいかねぇー!!」

と必死で抗う。
そして四方八方から飛んでくるパンチやキックを顔に胴体に太ももに浴びる。
ところが、幸か不幸かその攻撃のどれもが、
ボクの物欲、もとい『友を思う気持ち』を萎えさせるには至らなかった。
それに決して喧嘩は弱い方ではないという若かりし頃限定の思い出と過信が、
「かかってこいやぁー!! くぉらぁーー!!」
という雄叫びになってしまった。
しかし前に抱えたリュックをしっかりと押さえておく為に片手はふさがり、
もう一方の腕だけで応戦するという、なんとも情けない反撃。
しかも相手のパンチを避けようにも、バカ重いリュックのせいで
身動きも自由に取れない。
応戦していた腕も自然と顔の防御に回ってしまう。
「痛てててて。う〜・・・さすがにこりゃ勝てんか〜。」
かといって荷物を強盗に渡すのだけは絶対に嫌だった。

火事場のクソ力とはこの事か、
「トロン!!トロン!!(助けて!! 助けて!!)」と、
大声で助けを求めながら、リュックを引っ張る強盗数人を
逆にジャリジャリ引き摺って大通り近くまで戻る事が出来た。
「いったいどうした?」と、大通りの方から多くの野次馬達が集まって来た。
と同時に、砂利道を大通りと反対の方へ走って逃げ始めた強盗たち。
砂利道の途中にある店の裏戸から出てきたオヤジが、逃げる強盗の1人を
蹴飛ばす姿を見届けた次の瞬間、体から力が抜け、その場にしゃがみこみそうに
なり、自分の足もとを見ると、そこには砂利一面に広がる血だまり。

「え?誰の血? も、もしかして・・・。」

野次馬たちが心配そうに指さす自分の左腕を見てみると、
パックリと口を開けた二カ所の傷口からは、
ある程度出血した後だからなのか、すでに出血は収まりかけていて、
そのおかげで、見事に切断された皮下組織と筋肉、それに真っ白い腱までが
丸見え状態だった。
「え!? えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
気が高ぶっているせいかほとんど痛みはないのだけれど、
ただでさえ『マレー限定虫アレルギー』なのに、
なんなのこの「剥き出し状態」は!?

後編につづく

強盗なのだよ!!(中編)

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野次馬達が「 救急車! 誰か救急車!!」と、ただ事ではないテンションで
騒いでいるその輪の中、強盗達のナイフで切られた左腕は、
気持ち良いくらいにパカッ!と口を開けていて、
それを見た瞬間に、ヘナヘナと地面に片膝をついてしまった。
と同時に、左胸と右腰にこれまでに覚えのない激痛が走った。
どうやら思った以上に負傷しているようだ。
「こりゃ今晩の飛行機に乗るのは無理だろーなー。」
と思い、航空会社に電話をしようと、ジーンズの後ろポケットに
手を伸ばしたら・・・。___ありゃ?携帯電話が無い!?
ならば、と、前ポケットに入れておいたもう1台の
プリペイド携帯電話を・・・。おりょりょ?それも無い!?

ライターを灯して地面を照らし携帯電話を探したけれど見つからない。
「ヤツラに盗られたなこりゃ・・・。
 あぁー、携帯カメラで撮ったたくさんの旅の思い出が・・・。」


野次馬の1人で、ボクの次に近くで強盗団の顔を見た飲食店のオヤジが
「あれはマレー人じゃなかったな。ミャンマーかネパールだ。」
と、他の野次馬達に話しているけれど、犯人がどこの国のヤツかなんて、
こちとら知ったこっちゃないのだよ。あぁ携帯電話が。思い出の写真が。
と、落ち込んでいる暇もなく、次から次へとこれから自分がしなきゃ
いけない事が頭の中をかけめぐる。
あっ!そーだ! まず盗られた日本の携帯電話サービスを至急止めなくちゃ!!
悪用とかされてバカ高い請求書が来たら・・・。おー止めなくちゃ止めなくちゃ!!

「誰か携帯電話貸してくれ!!
 大至急、日本に電話しなきゃいけねーんだ!!」

幸い財布は無事だったので、そこから50RM札1枚(約1500円)を取り出し、
野次馬達の目の前でピラピラさせてみると、
マレー人は一般的に親切だからか、それとも金に目がくらんでか、
すぐに携帯電話を持つ手が数本、ボクの目の前に伸びてきた。
そのうちの一台を借りて、バッグの中のメモ用紙に記してあった日本の友人の
電話番号に電話をかけてみる。

「はい、もしもし。」___出た!! ラッキー!!

ツカサやけど。実はね、明日帰国するって言ってたやん?
 それが、ついさっき強盗に襲われて携帯電話を2台とも盗られたのよ。
 でね、do○omoに連絡とってオレの携帯を大至急止めてくれんかね?」

「へ?強盗って?だ、大丈夫!?」

「こうやって話せるんやから意識はある。けど体中痛い。泣くほど痛い。
 左腕ナイフで切られて、もぅ見るも無惨。誰かが救急車呼んでくれた
 みたいで、あ、救急車の音が聞こえてきた。
 で、携帯電話の件やけど・・・。」

「わ、わかった。大至急do○omoに電話してみる。」

「あ、それとね。この分じゃ今日の便に乗れそうにもないし、
 J○Lに電話して、事情話しといてくれんかね?  あ、救急車が来た。
 これから病院やし、この電話、野次馬の1人から借りてる電話やから、
 もう切るね。携帯電話盗られたからアレやけど、また連絡出来る状態に
 なったらすぐに電話するから、do○omoの件とJ○Lの件ヨロシク。
 ホント迷惑かけてすまんね。ぢゃ。」


駆けつけた救急隊員に救急車の中に半分押し込まれながら、
電話を切って持ち主に返した。
携帯電話を貸してくれたマレー人とは別のマレー人の1人が
病院までボクをフォローしてくれるという。マレー人は親切な人が多いのだよ。

救急車に乗り、病院へ直行と思いきや、ボクが普段見慣れた界隈をウロチョロ。
何?してんの?と思っていたら、明らかに病院ではない商店街の一画で
救急車は停まり、ガチャッと開いた後ろのドアから、頭から流血している
インド系マレー人の兄ちゃんが担架に乗せられ運びこまれてきた。
「えぇっ!? 相乗りですかーっ!?」
日本では考えられない状態のその車内で、
道中ずっとビィビィ泣く担架の上のインド系マレー人の兄ちゃんに、
「うっさい!! 泣くな!! オマエの怪我なんてたいした事ないやろっ!!
 これ見てみぃ!! 左腕ザックリやぞザックリ!!」
と、
慰めにも自慢にもならぬ事を言ってはみたけれど、当然泣きやまないわな。

あーこれから病院行って警察行って・・・、長い夜になるんやろーなー・・・。
日本にいつ帰れるんやろ・・・。今晩ホテルどうしよ・・・。
というか帰国するつもりやったから所持金少ないやんか、ハァ・・・。
なんでこんな事になったんやろ、ハァ・・・。

けたたましいサイレンを鳴らしながら走る救急車の内側。
インド系マレー人兄ちゃんの泣き声とボクの膨大な量のため息が
青白い光が煌々と照らすその車内いっぱいに、うずたかく積まれてゆく。
その隙間からぼんやり眺めていた、フロントガラスに浮かび上がる
病院までの見知らぬ、ホント見知らぬその夜道___________。

強盗なのだよ!!(後編)

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病院に着くと、そこで救急車から荷物ごとドサッと降ろされ、
救急隊員が指さす「緊急外来入り口」へびっこを引きながら
向かうジーンズも靴も血だらけのボク。
パーテーションで区切られた医療室で、左腕になんだかワケの
解らぬ注射を打たれた後、このまま緊急手術かな?と思いきや、
注射を打ってくれた看護師いはく、
「じゃ、受付で手続き済ませて治療の順番待って。」

おひおひ。
左腕の中身剥き出しのまんまでオレはどーすりゃいいの?

しばらく駄々をこねてみるも通用せず、荷物ごとロビーに
追い出されてしまったので、仕方なく受付で手続きを済ませ、
50RM(約1,500円)前払いし、治療の順番待ちカードを受け取り
他の患者たちで賑わうロビーの長椅子に腰掛けた。

風邪か何かで病院に来たのだろう。パジャマ姿の幼い女の子が
歳の変わらぬ姉妹と2人、両腕もジーンズも靴も血だらけのボク
周りをキャッキャッと走り回る。異様な光景だ。

なかなか自分の順番が呼ばれないのにしびれを切らし、途中、
病院の隣りにある警察署に行き、事件の報告をした後、帰国便の
出発時間が迫っていたので、電話を借り、帰国便の変更手続きを
しようとしたのだけれど、航空会社となかなか連絡が取れない。
困り果てて日本大使館に電話を入れて事情を話してみたけれど、
結局、日本大使館は何もしてくれないと言う事が理解出来た次の瞬間、
「この役立たず!!」と言い放って電話を切っていた。

ボクの為に、自宅から病院まで車で片道1時間の距離を駆けつけ
てくれたマレー人の友人・ボウイの手助けもあって、帰国便の件は
なんとか解決し警察から隣の病院の建物に戻る。
やっぱりというか何というか、順番はとっくに抜かされていて、
受付でさんざん怒られた後、再び順番カードを受け取り椅子に
腰掛け、再び順番待ちをさせられる。
まったく・・・、ツイていない時はこんなもんだ。

やっと順番が回ってきて診察室に入り、医師の指示で一番痛む
胸部のレントゲン写真を別室で撮った後、その足で手術室へ
手術室では別の医師と看護師の2名がボクを待ち受けていて、
彼らに促され手術台に横になり、左腕の縫合手術開始。

医師「あー派手にヤラれたねぇ。ナイフかなんか?」
ボク「はい、ナイフです。強盗に遭って・・・。」
医師「へぇー。ちょっとチクッとするよ。」
麻酔注射を左腕に打ちながら、その医師の口は止まらない。

医師「で、キミ何人?」
ボク「日本人。」
医師「へぇー。マレー語上手いねぇ。こっちに住んでるの?」
ボク「いや、単なる旅行ですよ。」
医師「ほぉー。学生さん?」
ボク「いや一応・・・ミュージシャン、シンガーやってます。」
医師「へぇー!! そりゃ凄いっ!! 腕の感覚もぅ無い?コレ痛くない?
   じゃあ縫うよ。・・・ところでキムタク知ってる?
ボク「知ってますよ。」
医師「友達なの!?」
ボク「いやいや。彼は超有名だもん。誰もが知ってる。
   ボクは有名じゃないし(笑)。」
医師「キミはどんな歌を唄ってるの? ちょっと唄ってみてよ。
ボク「無理。今、息をしたり体を動かしたりすると
   左胸がすんげぇー痛いんですよ、ホント気ぃ失うくらい。」
医師「小声でいいから、ちょっとだけ唄ってみてよ。

人前で唄う時はどんな状況でも決して手を抜かない主義のボクは、
『イルカの居る場所・居ない場所』のワンフレーズを熱唱した。
手術台の上で、気絶するほどの左胸の痛みを堪えながら。

「ほぉ上手いじゃないか(笑)。」
医師からお褒めの言葉を頂いた後、しばらくして縫合手術終了。
また来いよ。いや、病院じゃなくマレーシアに(笑)。
「うん!」
手術室の前で陽気な外科医と別れた後、左腕11針と右腕3針
縫ったその体で診察室へ戻り、レントゲン写真をろくに見よう
ともしない診療医に胸と腰の痛みを訴えるも取り合ってもくれず、
診療室を追い出されるカタチで薬局へ。

薬局で飲み薬を受け取り、マレー人の友人・ボウイの車に乗り込み、
警察署(本署)まで行き、私服警官から事情聴取を受け、数時間前に
チェックアウトしたホテルに再びチェックインした時、
ホテルロビーの時計の針はもう夜中の3時をとっくに過ぎていた。

すでに顔なじみになっていたホテル従業員たちの心配顔に
見送られながら、エレベーターに乗り込み自室へ。
胸と腰の痛みのせいで荷物が持てないボクに代わって、
ボウイが部屋まで運んでくれた。
「明日また様子を見に来るから。それまでホテルから一歩も
 出るんじゃないぞ。そんな体で出歩いたら本当に危険だぞ。」
忠告を残して部屋を出て行くボウイを見送った後、
そろりそろりとベッドに仰向けになった。痛みで寝返りさえうてない。

ベッドランプだけの薄明かりの中、傷だらけの自分の腕を眺めながら、
本当なら今頃帰国便の席で映画を観ているか寝ているはずだった
もう一人の自分を思い浮かべたり、携帯電話が盗まれた悔しさや
後悔ばかりが後に立ち、なかなか眠れぬ夜明け前_______。

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一夜明けて

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友人ボウイの忠告をよそにホテルを出て、左胸と腰の激痛に
襲われながらも、こんな危険な大都会で痛そうな顔をして
びっこを曳いて歩こうものなら、それこそ犯罪者たちの格好
のエサになってしまうと思い、半袖のTシャツの袖から覗い
ている腕の傷以外はいたって普通に振る舞おうと、普段通り
に胸を張り、普段通りの姿勢とリズムで歩きながら、炎天下
のもと、まずはチャイナタウンで偽時計を売る屋台に行き、
すでに顔馴染みになっていたチンピラ風の店の主人から、
半ば強引に借りたナイフをポケットに入れた後、そこから
少し離れた事件現場に向かい、自分の血が残るその砂利道の
脇や水たまりや側溝をくまなく探すも、昨夜無くした携帯電
話はみつからず、ならばと、強盗団が潜伏している可能性の
高い、仕事にあぶれたミャンマーやネパールからの出稼ぎ労
働者たちが朝から晩までたむろするその区画まで行き、うご
めく人混みの中から、昨夜暗がりの向こうに見た男達の顔を
探したけれど、うる覚えの記憶ではみつかるはずもなく、
仮にそいつらがみつかったところで、「この野郎! 携帯電話
返しやがれ!」と喰ってかかる力など手負いのボクには到底
無理だと解っているのに、それでもホテルの部屋でじっと
しているよりかは、自分が納得出来る方へと動く、
それがボクのやり方なのだよ_____________。

さらばマレー

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粗い縫い目を露わにした左腕。
姿勢を変える度に気が遠くなるほどの
痛みが走る右胸と尻。
そして破れたままの左耳の鼓膜。
旅の中盤に出来た手足の水疱跡もまだ生々しい。
これが日本に帰国する日のボクの体。
旅の最後のボクの体。正直ボロボロだ。

それでもボクは笑っている。
仲良くなったホテルのスタッフ達と。
街の安食堂の店員たちと。
2月半ばでも気温30度を越すこの町で、
ボクは今日も誰かと笑っている。

____「体が治ったらきっとまた来るよ。」
空港までボクを車で送ってくれたボウイ夫妻に、
財布の中にわずかに残っていたマレーシア紙幣を
すべてあげたボクは、二人にお礼と別れを言って、
イミグレーションへのエスカレーターを下った。
そこから機内の自分の席に座るまでの記憶は、
体中を駆け巡る痛みのせいで薄く白濁していて
今でも思い出せない。
そんなマレーシアの旅の終わり_______。

日記復活

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相変わらず今年の2月で止まったままのこれ。
周りから「もう書かないのか?」と聞かれるコトさえも
無くなってきた今日この頃。
旅の最後の日の分は後日補足するとして、また再びコレを書く。

日記を書いていない間も、
今年のボクにはいろいろなコトがあり、
楽しかったり
悲しかったり
嬉しかったり
悔しかったり
愛しかったり
痛かったり
ホントにホントにたくさんのコトがあったのだよ。

それらを全部呑み込んで今日もボクは笑うのだ、わっはっは。
早朝のゴミ出しを終えて_______________。

彼岸の中日

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丁度、京都・清水寺で24年に1度という
ご本尊のご開帳行事が行われていたので、
先祖供養も兼ねてお参りしようと
三年坂をゼェゼェ息を切らしながら上る。

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愚かしき旅愁

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隣台のおばちゃんに、
「コレ、どうやって打つのん? ちーとも回らへん。」と聞かれたので、
丁寧に教えてあげ、「おおきに。」と礼を言われたその言葉に、
あーここは京都だったんだと改めて感じる愚かしき旅愁____。

朝からドタバタ

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今から高知だ。
仕事だ仕事。
甥っ子たちと遊ぶ為じゃないってば。
ぢゃ行ってきます。

5月の高知

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日差しは強いのだけれど、湿気がまだ少ないので
カラッとした陽気で過ごしやすく、
また食べ物もこの時期が一番旨い5月の高知。

前を歩く母親の説教を無視して、カメラをその空に向ける___。

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甥っ子

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弟夫婦の躾が良いのか、甥っ子たちは物分かりが良い。
「このカメラは絶対触ったらいかんで。」と言うと、
ボクがその場を離れても、絶対に触れたりしない。
キッチンの換気扇の下でタバコを吸いながら、
遠目で彼らを見ていると、
触りたくてウズウズする衝動を抑えているのだろう、
体をモゾモゾさせながらそれでも己の欲求に耐えている、
そんな健気な姿はまるで賢い犬のようだ。
しばらくしてこちらに向かって大きな声で、
「ボクらがさわれるカメラ持って帰って来てやぁ。」と、
もっともな事を言うところは賢い犬よりちょっとだけ賢い。

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キラキラの場所ー柳町編ー

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路地の一辺。
その料理屋の勝手口から漏れる酢飯の香り。
黄色い幼稚園帽を被ったボクは、
その料理屋の勝手口から特別に出前してくれる
「蒸し寿司」が大好きだった。
晩ご飯を食べ終え、母の店から家に連れ帰られる頃には、
その路地は、各店の看板やネオンの明かり、
そこを歩く大人達の大声などが混ざり、
昼間とは全く違う顔になっていて、
キラキラしたそれらを見上げながら帰った。

振り返れば、ボクは物心つく前から、
酒の匂いの染みついた建物が並ぶ
この路地で遊び育ってきた____。

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柳町にもたれ 酒くさい息を吐く(キラキラ/henssimo)

立派なオッチャンや!!

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午前はテレビ局で打ち合わせ、
一旦実家に立ち返り、
再びスポンサーとの2度目の打ち合わせに出かけ、
帰りにその足でCMソングでお世話になった企業に立ち寄り・・・。

結果、あまり進展の遅さに「これが現実かぁ。」と痛感しながら、
「足休め」と称して逃げ込むパチンコ屋。
くわえタバコでヤケクソ気味にパチンコを打つボクに、
「あら、ツカサくんもんて(戻って)来ちゅうが?
 まぁしばらく見んうちに、大きゅうなったねぇ。」と、
声をかけてくれる顔馴染みのおばちゃんの
その懐かしい笑顔にホッとしたり照れくさかったりするけれど、
おばちゃん、「大きゅうなったねぇ。」言われても、
ボクもう立派なオッチャンやで______________。

オレは何屋だ!? 伝える人だ!!

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午前、実家の近所の喫茶店で、
スポンサーサイドが連れてきた制作スタッフのK氏と
初顔合わせをした後、スポンサーを含めた3人で3度目の打ち合わせ。

まぁ各自いろいろな事情や思惑が腹の中にはあると思います。
なので、この際ぶっちゃけて申しますけれど、
「若者に向けて」「次世代の為に」だとか、
そんな何処か押しつけがましい気持ちは実はさらさら無く、
ボクはただ単に自分が楽しいと感じるモノを作りたいだけで、
それを見てくれた人聴いてくれた人が、
「なんかコレ面白いやん」と思ってくれたらそれだけで十分で、
そこから何が波及してゆくかは、その「楽しさ」を感じ取った人が
自ら発信し行動してゆく事で、その段階でもうとっくにボクみたいな
作り手・送り手の範疇から飛び出し、受け手だった人たちが
作り手・送り手となって言葉や行動で次に伝えてゆくモノだと思うのですよ。
それはTVや音楽の世界に限らず、どんな業界でもそうだと思うのです。
だから今のボクが「楽しい」と感じる事、時に「悲しい」と感じる事を
伝えてゆくのが、ボクの使命だと思うのですよ。

ということで3度目の打ち合わせを終了。
スポンサーのS氏、お忙しい中お疲れ様でした。
ディレクターのK氏、熱のこもったお話ありがとうございました。
色よいお返事お待ち申し上げておりまするるるる。

羊たちの夜

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「ボクちなみに体年齢26歳で。すごいやろ?」
と、客のボクが言えば、
「ボクなんて体年齢60歳。
 おまけにあっちも還暦やろか、
 途中でフニャフニャになるし、
 しょっちゅうイッたフリして
 相手にバレんよーに終わらすけんど、
 なんか悲しゅうてねぇ。」
と、高校の同級生で今はバーテンの友人が言う。

体年齢の自慢やらイ○ポの話で盛り上がる
ええ歳のオッチャンらのすぐ傍で、
20代の女性スタッフがひきつった愛想笑いを浮かべる
そんな楽しくも何処か侘びしい高知の夜______。

チュー

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「ツーちゃん、チュー。」
と、ボクのタバコの匂いも無精髭も嫌がらず、
無条件にボクの頬にキスをしてくれる甥っ子兄弟。
それはそれで嬉しいけれど、オマエらが他人で、
しかもオトナの綺麗なオンナだったら
伯父さんはもっと嬉しいぞ!

食べ物や飲み物を付けまくった口でも
お構いなしでチューをしてくる彼ら。
おかげで、ボクの頬はヨーグルトだったりリンゴジュースの匂いがする。

2009.05.16.jpg

帰京ー半煮えのままー

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仕事の打ち合わせも半煮えのまま、最終便で帰京。
空港からその足で新宿2丁目の馴染みの店に行き、
高知土産「ちりめんじゃこ」をマスターに渡し、
夜半帰宅。

自分への土産は、
甥っ子兄弟を代わり番こに肩車した両肩の痛みだけ。

織り姫は何処ぢゃ

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短冊に書いた願い。
いい加減、左耳が治りますように。

くしくも明日は七夕。
南の空に織り姫探しの旅に出よう。
しばらくさらばぢゃ。

2009沖縄・伊平屋島の土産話(初日)

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梅雨空の東京を飛行機で抜け出す事2時間半。
那覇空港に降り立った瞬間に、照りつける太陽と
うだるような暑さに見舞われる。
「・・・暑いな。」
今回沖縄初体験のくせして、普段と変わらぬクールな
友人Fの隣で、
「やっほー! 夏や夏やー!」と、年甲斐もなくはしゃぐ
今回で沖縄18回目のボク。

友人Fが運転するレンタカーで沖縄本島を北上。
高速道路の北の終わり許田インターで一般道に降り、
途中「道の駅」で昼食。
ボクの沖縄の旅は毎回「ソーキそば」で始まる。
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昼食を済ませ再び車に乗り込み、目指すは「沖縄美ら海水族館」。
今晩泊まるホテルの在る名護市を通り過ぎ、海岸線をなぞるように、
国道449号線を県道114号線をひた走り、途中のコンビニで
割引きチケットを買い、間もなく「沖縄美ら海水族館」に到着。
ここもボクは今回で3回目だけれど、沖縄初めての友人Fが、
普段無口で他人と目を合わせて話す事もほとんど無いほど
人見知りでクールな友人Fが、珍しくボクの目を見て、
どーしても行きたいと言ったので連れて来てやった。
運転してたのはヤツだけれど、「連れてきてやった」。
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ジンベエザメでお馴染みの巨大水槽を始め、一通り水族館の中を
見終わり、一旦はイルカショーの会場ベンチに腰を降ろすも、
うだるような暑さにまだ体が慣れていないというか、
歳のせいというか、すでにバテ気味。
しかもイルカショーを観るのもこれで3回目。
それにええ歳のオッサン二人で仲良くイルカショーっていうのも
いかがなものかと思い、友人Fも一緒の思いだったかどうかは
定かではないけれど、ショー開演10分前の会場を背にしながら、
駐車場へと向かい、友人Fの運転でホテルの在る名護市まで戻った。

 

夕方。
名護市の中心にある某ホテルの一室に荷物を降ろす。
昔から名護で一泊する時は必ず泊まるこの某ホテル。
建物から設備まで、おせじにも綺麗とは言えぬこのホテルに
毎回泊まるその理由は、スタッフのみんなが親切だから
なのだけれど、今年通された部屋は西日のあたる角部屋で、
おまけにエアコンがまったく効かず、あやうく部屋の中で
熱中症になるところだった。
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部屋を替えてもらい、熱中症は免れたけれど、
別部屋の友人Fからは、
「洗面台のトコロに25年ぶりに見るハサミ虫がおるけんど・・・。」
「熱いシャワーというか、人肌レベルの温水シャワーも出んけど・・・。」
という連絡がボクの携帯に入る。
その度にボクは同じ返事をヤツに返す。
「それも旅の醍醐味ぢゃ。」__________________。

 

夜7時。
馴染みの居酒屋「春海」で沖縄初日の夜を祝う。
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ラフティと島らっきょうの天ぷら


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モズクの天ぷら


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ゴーヤーちゃんぷるー


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ソーミンちゃんぷるー


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店のマスターがサービスで出してくれたデザートのパッションフルーツ
この他にも魚料理を始めたくさん食べたのだよ。
どれも美味しゅうございました。


夕食の帰り、散歩がてら名護市のシンボルとも言える
「ひんぷんガジュマルの樹」を見に行く。
夜の空に浮かぶ明るい月と、それを時折隠す薄雲のせいで、
あいにく今夜は天の川どころか星さえも見えない。
「織り姫様は何処ぢゃー!!」
ボクの叫び声が名護の町に空しく響く七夕の夜_____。
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晴れ。午前9時30分。
「もし今度沖縄来ても別のホテルに泊まる。」
と、ボクの定宿の良さを理解しない友人Fとタクシーで、
伊平屋島へのフェリーが出ている運天港に向かう。
運天港に着いて、フェリーターミナルが新しくなっていた
事に驚いた。

旧フェリーターミナル:コンクリート造平屋1階建
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新フェリーターミナル:鉄筋2階建(しかも建物内中心は吹き抜け)
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午前11時。伊平屋島に向けて運天港から出航するフェリー。
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出航して間もなく、甲板から船室内の雑魚寝フロアに移り、
そこで仮眠を取る。1時間後再び甲板に戻り一服。
水面を飛ぶトビウオたちの向こう側に2年ぶりの伊平屋島が見えてきた。
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午後12時20分。伊平屋島・前泊港にフェリーが着き、
下船して辺りを見回すも迎えの車は見あたらず。
毎回の事なので慣れてはいるし、昔は港からホテルまで
よく歩いたものだけれど、けっしてもう若くはない体に
今日の日差しは過酷過ぎる。
他のホテルの送迎車に乗り込む観光客を見送りながら、
自分たちのホテルに電話を入れると、
「あれ?ツカサ、もう着いたの? 歩いて来ないの?
 はいはい、ちょっと待っててね。」

送迎車でホテルまで。
「ただいまーっ!」「はい、おかえりっ。」という挨拶の後すぐに、
「朝飯抜きでフェリー乗ったからお腹ペコペコ。
 おかーさん、なんかある?」と、
自分の部屋に向かう前に食堂のテーブルにつく。
本来、宿泊内容に昼食は付いていないのだけれど、
そんな図々しい事を平気で言えるボクの方も、
またそんなボクに、
「これしかないけどしっかり食べときなさい。
 どーせすぐ海行くんでしょ? 空腹で海行ったらダメよ。」
と、自分の子に対してかのように言うおかーさん始め、
他のホテルスタッフも、またその子供たちも、
互いが互いを家族同然に思っている。18年間という時は
けして長くもないけれど短くもないのだ。

 

昼食を食べ終え、部屋で水着に着替えた後、車を借りて、
いつものビーチへ向かう。
丁度引き潮で、満ち潮の時には海中に隠れているリーフや岩が
顔を出し、また、外海からの波をリーフがブロックしているので、
リーフ内はプール状態。相変わらずの海のその青さに喜びを隠しきれず、
今回沖縄初めて、しかもシュノーケリングも始めての友人Fをほっぽって、
いまだ左耳の鼓膜は完全に塞がっていないけれど、粘土タイプの耳栓を
耳の穴にしっかり詰めた後、早速海に入る。
やっほーっ!! 伊平屋の海に帰ってきたぞーっ!!
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海でひと泳ぎした後、自称「島限定免許」のボクの運転で、
灯台や島の西側をまわって、新たなビーチを探索したり、
野生化した山羊たちの帰宅ラッシュを窓から眺めながら、
ホテルまで戻る夕方_________________。


夜。ホテルでの夕食を済ませた後、東京からの土産袋を下げて、
馴染みの居酒屋に行く。オーナー夫妻と再会を喜び合い、
シャコ貝のバター炒めをつまみに、12日夜に行う予定のミニ・ライブに
関しての機材の確認や、昔話に花を咲かせる。
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そんなボクらの背後の壁。
18年前、ボクを初めてこの島に連れて来てくれた
漫画家はらたいら氏が生前、「酔った上での酔狂ぢゃ。」と、
この島に来る度に起こったハプニング等を描いたマンガが
今年の夏もボクたちを見守ってくれている________。
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「テントを張る練習はしておいてね。」
という新宿2丁目のオカマ&常連たちの合流日まであと2日。
けれどこんな炎天下でテントなんか張ってられるか。
テント張り練習は明日に延期ぢゃ。
ということで、せっかく東京から送っておいた
大型タープ型テント2張りをホテルの倉庫にしまったまま、
ビーチチェアだけを車に載せ、午前中は伊平屋島の南、
野甫島の架橋下でゆっくり過ごす事にする。

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ふぃー。海からの風が気持ち良いやね。
架橋下に出来た日陰に設置したビーチチェアに腰を降ろし、
うっちん茶片手に海を眺めるボクの目の前で、
「島の日差しをナメちゃいかん。」というボクの忠告を無視し、
上半身裸でビーチマットに寝そべる友人F。
容赦無く照りつける太陽に肌身を晒す事数十分。
クールで几帳面な性格ゆえ、寝返りどころか、その姿勢を少しも
崩さないまま、顔だけをバスタオルで覆ったその恰好でビーチマットに
横になっていた友人Fのその胸元にコントラストのハッキリした、
たぶん来年まで残るであろう天然の白いペンダントが完成した事は
言うまでもない。

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ボクはボクで、昨日と同じく左耳にしっかりと耳栓を詰め、
海の中に入ってはみたものの、底が白砂なので海の見栄え
こそ綺麗だけれど、珊瑚が少なく魚影も濃くはないので、
すぐに水から上がり、あとは白砂の上をゴゾゴゾと行き交う
ヤドカリたちを捕まえたりして時間を過ごした。

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ヤドカリ拉致にも飽きた午後。再びビーチチェアを車に積み込み、
野甫島を後にして、昨日探索しておいた島の西側の海へ向かう。
島の西側。灯台に行く手前の浜に降りて、車で待つという友人Fを
尻目に海に入る。
おーっ! 透明度も良いし魚の種類も多いじゃんか。
急に深場になるのとガンガゼ(オニウニ)が多いのが初心者には向か
ないけれど、ここは当たり。みんなが合流したら教えてあげるのぢゃ。

 

__夜。ホテルで夕食終了後、12日のミニ・ライブのリハーサルも兼ねて、
島の運動公園に向かう。前もって連絡をとっておいた島在住の元ギタリスト、
現在は漁師兼食肉加工業を営む津田 隆氏(通称ゴリさん)と、その息子である
隆行も間もなく合流。この親子ともやはり18年の付き合いだ。
知り合った頃は17歳の少年だった隆行も今年結婚、そして一児の父となって
いた。自然、ボクらからは「おにーちゃん」というあだ名で親しまれている
隆氏はおじーちゃんになり、そのジジ馬鹿たるや、彼を昔から知っている
ボクらが想像もつかないほどの変貌ぶりだった。そんな二人に、かねてから
henssimoでやっているスローバラード「照るしの唄」を唄って聴かせる。

東京では何度もライブで唄っているこの歌も、
実はこの島に住む人達に聴いて貰うのはこれが初めてなのだ。
そしてその第一号はこの親子でなければいけなかった理由がボクの中に
あった。
そもそもこの歌の詩の内容は、ボクがこの島を初めて訪れて以来、毎回、
おにーちゃんである津田 隆氏にいろいろな話を聞かしてもらい、そんな
様々な話をしてくれたおにーちゃんの傍にはいつも息子の隆行が、時に
は尊敬の眼差しで、そして時には反抗の眼差しで父親を見ていた。
そんな彼らの話や気持ちをボクなりに理解し書き上げたのが、この
「照るしの唄」なのだよ。

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そんな「照るしの唄」を始め、ギター担当の友人Fと二人、
12日のリハーサルがてら、用意してきたナンバーを聴いて貰った後は、
「さぁ、久しぶりにセッションでもしよーか。」
と、みんなでセッションを楽しんだ。

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初孫の抱き過ぎで指の動きは多少鈍ったけど、その鋭いタイミングは
相変わらず健在のおにーちゃんや隆行に出逢えた事をあらためて嬉しく
思いながら見上げた空には、余す所なく全てを照らすような月明かりと、
それに負けぬくらいの無数の星が輝く、そんな伊平屋2日目の夜___。
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新宿2丁目のマスターが自分の名前を勝手に付けた
いつものビーチで、内股のオジサンY氏が作ったカレーを
ご馳走になった後、この日夜のミニ・ライブの準備の為、
みんなより一足先にホテルに戻る。
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ホテルの庭のデッキに津田氏から借りた機材を運び込んだ後、
西江家の長男・トモくんと次男・テルくんらが照明や
会場セッティングをしてくれるその傍らで、
サウンドチェックを済ませる。_________準備完了。
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夜8時。酒やつまみ片手にみんなが庭に出てきた。
島の人たちも集まってくれた。
さぁ、いよいよライブの始まりだーーー!!
この日の為に創った新宿2丁目のマスターの歌
「Oh! カマSummer!」を皮切りに、カバー曲あり、
オリジナル曲あり、要するになんでもありのライブ。
それでいいのだ。みんなの楽しむ顔が見られる限り、
ボクはヒーローにも道化師にもバカにも成れる。
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そして、いよいよこの島の人たちへ伝えたかった歌の番に。
観客の後ろの方で聴いているホテルのおかーさんの傍には、
孫たちの姿。生まれた頃から知っているコイツらも来年は
高校進学の為に、島から離れ本島に行く。

この小さい島はホントにいろんな事情がある。
小さい島だけに、いろんな人間の事情が時にはぶつかり、
誰もがいろんなしがらみに縛られて素直に笑えなかったりする。
本島に行ったら行ったで、新しい環境にとまどったり、
向こうで出逢った友達やオトナたちに影響されて、
ひょっとしたら、この島の出身だという事さえ
口にしたくなくなったりするかもしれん。
でもな、良く聞けオマエら。
日本の、いやアジアのどこに行ったって、こんな綺麗な海が
見られる島は数少ないぞ。胸張っていいぞオマエら。
ワタシたちは綺麗な海のある伊平屋島の出身ですって。
そしてこの綺麗な海を守ってゆくのも壊すのも、
この島に住むオトナたちと、そして次の時代を背負うオマエら次第。
ええか。来年本島に出たら、この事を、オマエらより少し先に
この島を出て行ったニィニィやネェネェに伝えてあげてくれ。
唄うぞ。___________________「照るしの唄」。

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ボクと友人Fがhenssimoのナンバーでもある
「Yatteiki-chiya!」でライブの第一部を締めくくった後、
今度は西江家のおとーさんの三線と唄にのせて、
子供達が踊りを披露してくれたり、
目の前のオカマに怯えながら、いや違った、
慣れないステージに照れながらも三線や唄を聴かせてくれた。
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子供たちのステージが終わった後は、西江家主人であるおとーさんの
沖縄民謡オンステージ。今朝、腰の筋をちがえたとは信じがたいほど、
次から次へと唄ってくれる。あげくの果てには
「ツカサも一緒に唄えるだろ。唄いなさい。」と、
再びボクまでステージに呼ばれ、不慣れな民謡を唄わされるはめに。
ところでおとーさん、この歌いったい何番まであるのよ?
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やがて、他の場所で飲んでいた島の友人がやって来たので、

新たにライブの第二部、と言っても最初に演った
「Oh!カマSummer!」と「照るしの唄」の2曲だけ唄い、
ライブは無事終了したのだけれど、この島の宴がそう簡単に
終わるはずもなく、人々の楽しい語らいはまだまだ続き・・・。

深夜1時。最後まで残った島の仲間たちも帰った後、
テーブルの上の空き瓶や皿を一通り片付け、長いため息を
つきながら玄関の扉を閉めるボクと友人Fの二人を、
窓のヤモリが見送ってくれた______________。
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照りつける太陽の下で、島に1人だけいる駐在さんと二人、
いつものビーチで現場検証。

今朝、みんなでビーチに行くと、昨日ビーチから帰る時に
置いていったはずの、テントポールやロープはおろか、
ビーチチェア8脚の他、バーベキュー用具などを入れて
おいた段ボール箱まですべて無くなっていたのだ。

「ワタシ赴任して来て1年になるけど、こんな事初めてだなぁ。」と、
頭を掻く駐在さん。
いやいや、この島に来始めて18年のボクも初めてだっつーの。
「とりあえず、みんなが見かけたその漁師さんに、
 怪しい人物を見なかったか、話を聞きに行ってきますね。」
と、駐在さんは吹き出す汗をタオルで拭きながらビーチを後にした。


他のみんなは、各々ホテルで待機していたり、
失せ物を探し出す為に車で島を廻っている。
ただ1人を残して・・・。
ビーチの端の方に目をやると、はるか彼方の波打ち際で、
砂にはまって動かぬバギーにまたがったまま、体を前後に
揺らし続ける友人Fの姿が、小さく、ホント小さく見える。
朝、みんなでビーチに来て、消えた荷物に唖然とし、
全員で一旦ホテルに戻り、ホテルに駐在さんが来るのを待って、
その駐在さんを連れて再びこのビーチに戻って来た今の今まで、
回転数の上がらぬオンボロバギーで砂浜から上れるその場所を
友人Fは1人探し続け、結果あんな遠くに行ってしまい、
かすかに小っちゃく揺れている。さぞ暑かろうに。


♪胸に残る 白いペンダント
 日焼けしてない 其処だけ白いペンダント
 砂浜走る 白いバギー
 回転数の上がらぬ 錆びた白いバギー

 Oh! バギー! オマエの名を何度も呼ぶけれど
 海岸線のその片隅で砂にはまって動けぬバギー
 Oh! バギー Oh! バギー 哀しき日焼けのバギー♪

                   「日焼けのバギー」より


さて、次はアイツの救出の番や。あー面倒臭い。

4WDの軽トラックに縛り付けたロープで、えんやこらとバギーを
砂浜から上げている最中に携帯電話に連絡が入る。
「お巡りさんから連絡あったよ。荷物全部見つかったって。
 漁師さんが忘れ物だと思って預かっておいてくれてたらしいよ。」
見つかって良かった。やっぱりこの島に泥棒はいなかった。
本当に良かった。______このオンボロバギー以外は。

 

バギーを砂浜から上げた後、漁師さんの家に荷物を取りに行く。
ボクらを笑顔で出迎えてくれた漁師さんは70過ぎのご老人で、
奥さんと二人暮らし。礼を言うボクの視線を指で促すその先に、
ボクらのテント用具一式とビーチチェア8脚とバーベキュー用具を
入れた段ボール箱が丁寧にしまわれていた。
これらをこの老人1人で砂浜から運び出して持ち帰るのは、
さぞや大変だったろうと、その漁師さんに伺うと、
「上って下りて上って下りて、3回往復して難儀したさー。」と、
笑う白髪の老人。
ボクの隣に立っていた島の駐在さんが小さな声でボクに言う。
「小さな親切、大きな迷惑とはこの事さー。」
漁師さんの奥さんから頂いたスイカを頬ばりながら、
荷物を車の荷台に積み込み、漁師ご夫妻と駐在さんにもう一度礼を
言った後、ホテルに戻った。
駐在さんの言う通り、有り難迷惑だけれど、
なんだか嬉しい、そんな珍事件で始まった伊平屋最終日_____。

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メンバーの1人がホテルの厨房を借りて作ってくれたスパゲティを皆で食べた昼過ぎ。
この炎天下で、一旦引き抜かれたテントポールを再び立てるのも難儀だし、
ここは野甫島の橋の下に出来た日陰で過ごそうと、野甫島に移動。

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けれど、ここはは海は綺麗だけれど魚が少ないので、どーしても日陰でビールが
飲みたいというワガママなオカマ連中を残し、シュノーケリング希望者を連れ、
野甫島の裏手にある秘密のスポットへ。

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一昔前に起こった海水温度の上昇による珊瑚の白化現象で、この島の珊瑚も
甚大な被害を受けたのだけれど、それでもしぶとく生き残ったそれら色とりどりの
珊瑚や多くの魚が出迎えてくれるこの場所で、今夏最後のシュノーケリングを楽しんだ。

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____________そしてその日の夜。
ホテルの夕食には、毎年恒例のネコのようなデカさのエビが。
この島に来始めて18年。その毎回毎回食べてきたこのエビ。
今では見ただけで食欲を失くしてしまうそのネコのようにバカデカいエビを、
東京からわざわざ持参して来たオリーブオイルやドライガーリックや
めんたいマヨネーズで手を替え味を変えなんとか食べ終えた。
ちなみにサザエやトコブシはまだまだ食べ足りないくらいだけれど、
残念な事に今年は一度もお目に掛からなかった。


夕食を終え、夜に花を開いて朝には落ちるというサガリバナをみんなで
見学しに行ったその足で移動した馴染みの居酒屋のテーブルに運ばれて
来たのは、やはりエビ。

「もう無理・・・。バギー、オレの分も食べてくれ。」と、昼間の一件で
ボクらからすっかり『バギー』呼ばわりされている友人Fに救援要請。
ヤツはこの島も初めてだし、まだエビも食べ飽きていない。
クールな性格ゆえ、顔色ひとつ変えず、半身6つ、個体にすると3匹を食べた友人F。
ヤツのニックネームが『バギー海老』に進化した事は言うまでもない、
そんな伊平屋最後の夜_____________________。
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その真っ直ぐな瞳に 苦笑いなんて通じない

その真っ直ぐな瞳に 裏も表も通じない

その真っ直ぐな瞳に オトナの事情も通じない

その真っ直ぐな瞳に 汚れた心も通じない

ボクらはずっと試され続けている
その真っ直ぐな瞳に____________。


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_____そのまっすぐな瞳に 背中押されて本日帰京。

一緒にどーですか?

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「冨岡ツカサと行くマレーシア・パンコール島の旅」

1日目
成田空港→6.5h→クアラルンプール(以下K.L)空港→50分→K.L市街ホテル着
夕食→自由行動→就寝
**********************************************************************
2日目
プドラヤ・バスターミナル→高速バス(途中パーキングエリアにて昼食)4h→ルムッ着
→フェリー15分→パンコール島フェリーターミナル→TAXI→ホテル着
ホテルはビーチから徒歩1分のバンガロータイプ(エアコン・シャワー・TV完備)

ホテルからビーチへ→ボートにてアイランドトリップ&シュノーケリング
※オプションにてジェットスキー、シーカヤック、バナナボート等も可能です。

夕食まで自由行動→夕食はマレー系(ナシ・ゴレン等)もしくはチャイナレストラン
※アルコール類をお求めの方はお気軽にご相談下さい。

→自由行動→就寝
**********************************************************************
3日目
ホテルのテラス型レストランにて朝食→終日自由行動
※レンタル・バイクで島を巡るも良し、
 スキューバダイビング(インストラクター付)も良し、
 ボートをチャーターして釣りも良し、
 気合いを入れてペナン島まで日帰りドライブも良し、
 ご予算に合わせてアレンジ出来ます。

→夕食(マレー系、中華系)
※特に脱皮したてのワタリガニの素揚げがめちゃめちゃ旨い!!
**********************************************************************
4日目
朝食→パンコール島→K.L市街ホテル着→自由行動
→夕食→チャイナ・タウン散策(ショッピング案内)→ホテル戻・就寝
**********************************************************************
5日目
朝食→夕方まで自由行動※K.L市街散策(ショッピング案内・食事案内も可能です)
夕方ホテル→K.Lセントラル駅→K.L国際空港にて解散になります→夜間フライト
**********************************************************************

この他、「冨岡ツカサとブルーモスクとマレー市場を見に行く旅」や
「冨岡ツカサとシンガポール経由で雨期のティオマン島に行く旅」もございます。

 

__________アナタもご一緒にどーですか?所詮妄想ですけれど。

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ドリアン好きですか?

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果物の王様と呼ばれるドリアン。
マレーシアのチャイナタウンや市場(マーケット)に行くと、
ワゴンにうずたかく積まれているのを旅の途中よく見かけた。
大好きな人と大嫌いな人がはっきり分かれる理由のそのひとつに、
あの独特の匂いがあげられる。
なんというか、ガス漏れの匂いというか、菌持ち女の性器というか、
嫌いな人にとっては何とも耐え難いその匂い故に、ホテルや機内への
持ち込みが禁じられている場合が多い。
実際シンガポールの地下鉄の車内には、禁煙マークや飲食禁止マーク等と
並んで「ドリアン持ち込み禁止マーク」が貼られているほどだし。

ここまで書いて、あー自分はドリアンが好きではないのだと自分で思う。
正確には食べた事が無い。食べる以前にあの強烈な匂いがダメだ。
いや、高校生の頃、その当時付き合っていた彼女の親戚だったか
知り合いだったかの家で出されたよーな出されなかったよーな・・・。
当然、他人様に出された物はたとえそれが自分の嫌いな物でも
口を付けなさい、美味しそうに食べなさい、という
厳しい教えのもとに育てられたええトコのボンのボクは、
きっとソレを食べたのだろーけれど、その時の味がどーだったのかも
覚えていないというのは、ドリアンとのファースト・インプレッションが
あまりにも強烈過ぎて、自分の脳みそが「忘れてしまいたい思い出」として
消去してしまったのだろう。もっと辛い思い出は数々あるにもかかわらず。

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「今度来たときにドリアン食べさせてあげる。」

突然携帯に届いたマレー語のそのメールに、
「すごく行きたいけどすごく行きたくない。」と独り言を吐く連休の終わり__。

忘年会in高知

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帰省。
同じく帰省組の友人Fと、
新宿ゴールデン街のママと3人で
知り合いの店数軒をはしごしまくっての忘年会。
もう一人、ブルースミュージシャンのROIKI氏も
帰省していたので誘ったのだけれど、
諸事情で実家に自主的に軟禁中らしい。残念。

ま、なにはともあれ、
来年は友人Fに彼女が見つかるとえいねぇ。

お父ぉも怒るまい

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夏のそれに比べれば、雑草の生え具合も少ないし、
蜂とかも飛んで来ないので楽ちん極まりない。
数年ぶりに家族全員が揃って迎える正月を前に、
みんなで家の近所にあるボクの父親、甥っ子たちから
すれば祖父の墓を掃除する。

幼い甥っ子たちも張り切って父とその隣の
ご先祖様の墓を水拭きしてくれるのはいいのだけれど、
かろうじて神様や仏様はうっすらと認識はしているものの、
それらに対する「畏怖」の念はまだまったくないので、
自分の背丈の届かない箇所は当然のように平気で
墓石に上っての作業となるけれど、自主的に頑張って
拭き拭きしてくれているその幼気な姿を誰が叱る事が出来ようか。

おぅおぅ上れ上れ! おぅおぅ跨げ跨げ!
お爺ちゃんにはオレから謝っちょくき!!

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静かな夜に

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ふと目を覚ますと______________。
つけっぱなしのTVから流れるNHK「紅白歌合戦」。
コタツに体半分突っ込んで座椅子にもたれたまま、
口を半開きに開けて寝る母親。
数時間前の甥っ子たちの賑やかさが嘘のような、
そんな母と子二人きりの大晦日。

母を起こさないようにそっと居間を出て、
外の自動販売機に飲み物を買いに行く。
シンとした冬の空気に肩をすくめた自分の影が
アスファルトに映っているのに気づき、
空を見上げれば夜空のてっぺんに綺麗な満月が上っていた。
来年はボクとボクの周りのみんなが、
まーついでに、ボクと関係の無い人も入れちゃろか、
ということで皆がなるべく笑って過ごせますように_____。

不謹慎な元旦

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金の価値の解らぬ年端もいかぬ甥っ子二人に、
一人5000円のお年玉はやり過ぎかもしれぬけれど、
結局は弟夫婦の懐に入るのだし、
その弟夫婦に母の面倒を押しつけて、
東京で好き勝手生きさせてもらっているのだから、
そう考えれば安すぎるのだけれど、
今はこれだけで勘弁してくれと、まるで背後の弟夫婦に言うように、
ウルトラマンのお年玉袋を甥っ子二人に手渡す正月の朝。

その後は高知に帰省した日から毎日続く
「シンケンジャー」ごっこでボクの体はさすがにクタクタ。
甥っ子二人との格闘の途中ですぐに「タイム。タバコ休憩。」と
度々台所に逃げ出す怪獣役のボクの後ろから甥っ子たちの声がする。

「またタバコ〜?つーちゃん早うこっち戻ってきてやぁ〜。」(甥っ子兄)
「きてやぁ〜。」(甥っ子弟)
シチュエーションこそ違えど、同じような台詞を
遠〜い昔に何処かの女の子から聞いたような。
今では甥っ子たちに期待される身。怪獣役で。
そりゃあ顎の髭も白くなるはずや。

そんな正月にして不謹慎な思い出とタバコの煙が
換気扇に吸い込まれてゆく2010年元旦____________。

皆様今年も宜しくお願いいたしまする。

力の無駄使い

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数日前の暮れの話__________________。

二階屋の実家の台所の窓からは道の向かいの喫茶店が見える。
ある時はその窓から差し込む日差しの暖かさを感じながら、
またある時は窓の外の景色をぼんやり眺めながら、
そうやって換気扇の下でゆったりとタバコを吸うのが
甥っ子たちが実家に遊びに来た時の我が家のルールで、
丁度、風の強いその日も、換気扇の下に立つボクの背後では
甥っ子たちが「シンケンジャーごっこ」に夢中になり、
彼らからタバコ休憩をもらったボクは、
窓の向こう側で、こんな風の強い日に暮れの大掃除に勤しむ
喫茶店の若いウエイトレスの姿をぼんやりと、ホントぼんやりと
眺めながら、ゆったりとタバコを燻らせていた。

タバコを持つボクの左手首には、昨日ボクを常日頃から応援
してくれている知り合いから「これには力が入ってますから。」
と薦められ頂戴したばかりの有り難い数珠が巻かれていて、
タバコを口に近づけた時、ボクはふと何気に
「本当に力があるんやろか。」と、思いながら、
再び窓の外の景色をぼんやりと眺めていたその時、
閉めた窓の内側にも聞こえるほどの風の音がしたと同時に、
道の向かいの喫茶店の外で看板掃除をしていた若いウエイトレスの
女の子のスカートが捲れ上がった。慌てた様子でスカートを手で
押さえて建物の中に消えて行く若いウエイトレスの様子を
ぼんやりと、ホントぼんやりと眺めながら、
ボクは風が吹く前と同様、再びゆっくりとタバコを口に近づけ、
ゆっくりと吸った後、ゆっくりと煙を吐きながら思った。

水玉黒パンかぁ。____これは力があるかもしれんなぁ。」

アイデンティティ2010

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自分はいったい何者なのだろう。
こんな歳になってもその不確かな存在に
思い悩む時がある。

そんな時、重ねたその小さき手のひらが、
勇気をくれる。
「つーちゃんは怪獣役。」

そう。今は怪獣役。
少し体が軋む音がするけれど、
この子らの笑顔が見られるなら、
しいては周りの人の笑顔が見られるなら、
ボクは何にだって成れる_______。

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帰京2010

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という事で東京に戻った夜。
羽田から一旦自宅に荷物を置きに帰り、
その足で新宿2丁目の馴染みの店へ。

今年は頑張ります!
と、ホラを置きみやげに帰るぜよ。

アナタはどっち派?

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最初からお膳立てされ現地でもスケジュールが決められ、
いたれり尽くせりな旅行が単につまらないと思うボクの
ような人間はどうやら少数派のようだ。

そこでアナタはどっち派か?以下のチャートで試してね。
場所はとりあえず「暖かい南の国」。

質問1:ホテルは
A: プール付き等の比較的上級以上のホテルで
  ゴージャス感を満喫したい。

B: 以前は水シャワー&ファンのみでも平気だったけれど、
  正直な体の為に、とりあえずお湯のシャワーが出て
  エアコンが付いていればOK。
_____________________________________________

質問2:ビーチでは
A: プライベートビーチの日避け付きビーチマットで
  日本から持って来た音楽やら本やらを楽しみながら、
  時折シュノーケリングを楽しむ。

B: 現地人やら世界各国のツーリストがごちゃ混ぜ状態の
  ビーチで、シュノーケリングしたり釣りをしたり
  出逢った人らとお喋りしたり困っている日本人観光客の
  手助けしたりしている間に日が暮れる。
_____________________________________________

質問3:夕食は
A: イタリアン、日本食などがメイン。

B: 基本的に現地の料理がメイン。
_____________________________________________

質問4:部屋のトイレの水が流れない
A: フロントに連絡して直してもらうか部屋を替えてもらう。

B: フロントに連絡する前に自分で直してみて直ればOK。
_____________________________________________

質問5:チップは
A: 気前よく払う方が多い。

B: 一度は遠慮してみるものの、結局頂く方が多い。
_____________________________________________

さて、アナタはどっちが多かった?
A派のアナタは現地の為にお金を落としてくれるODA型日本人。
B派のアナタ、現地待ち合わせでよければボクが迎えに行きます。

疼く

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疼く___________________________________。
背負った十字架のその重みとこの冬の寒さで
膝が疼くのも事実あるのだけれど、
胸のもっともっと奥の方で疼くのだよ。
ドキドキやらワクワクやら。
言葉にしてしまえば、なんだか陳腐なモノに
成り下がってしまいそうな、そんな得体の知れぬ
モノの「疼き」をどうやらもう止められそうもない。

なので旅に出る_____________。
もちろん今でも時折、強盗団との格闘のシーンが
フラッシュバックし身がすくむ感覚を思い出すし、
未だ左耳は完治しておらず、もうじき通院予定日
なのだけれどそれもキャンセル。
ついでに来週予約を入れていた歯医者もキャンセル。

今日から再び入院する新宿2丁目のマスターを含め、
henssimoを応援してくれる人たちに対しての
多少の後ろめたさが心の何処かにあるのか、
はたまた未だ多少顔を覗かせる「鬱」というヤツのせいか、
未だ何ひとつ、荷造りすらも出来ていないのだけれど、
とりあえず今はこの「疼く」モノの指し示す方へ___。

BGMは桑名正博で「月のあかり」にしようと思ったの
だけれど、そんなにシリアスな状況でもないし、
ここはやっぱりhenssimoで、「人生ライダー」。

ワハハハハ!

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良い死に方はしないぞと奴が言う
ああたぶんそうかもねとボクは笑う
それでもそれでも信じているんだ
あの日魅せられたHEROの指
先っちょの遙か遙か彼方

ワハハハハハハハさらばじゃ!
少しくたびれたマントをなびかせ
ワハハハハハハハさらばじゃ!
何ひとつ変わらないバカが一人
明日も何処かの街で
ボクはきっと笑ってみせるから___。

 

 
という事で明日からちょっとの間だけ旅に出ます。

行ってきます

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いろいろ迷惑かけるけれど頼んだで。ぢゃ。
BGMは長渕 剛で「逆流」_______。

騙したつもりはないのだけれど

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現地時間の夜8時前。
クアラ・ルンプール市街のボクが定宿にしているホテルに
チェックインする。丁度2年前は、このホテルの窓から
見える通りを300mほど歩いた所で6人組の強盗団に遭い、
それはそれはひどい目に遭った。
(2008年02月13日:強盗なのだよ前編/後編)

けれど今回、少なくとも1週間は大丈夫な気がする。
バイクや車のクラクションが鳴りやまない相変わらず喧騒な
窓の下の風景を懐かしい思いで眺めた後、ボクの口車に
まんまと乗せられ日本から一緒にやって来た友人二人と
夜のチャイナタウンに飯を食いに行った旅の始まりの夜。

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いざ!パンコール島へ!

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プドラヤ・バスターミナルの食堂街での朝食。
朝食は「焼豚飯」。
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4RM(約120円)ほどだったか?覚えてない。
正確に言えば、1RMは現在約27円ほどなのだけれど、
リンギッが二桁以上になると計算が面倒臭いので
いつも「だいたいサンジューエン」で済ませている。
なので今朝の朝食はだいたい120円。


AM9:00。
パンコール島への入り口である港街ルムッまで
約4時間のバスの旅の始まり____________。
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島での定宿

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ボクが定宿としている「NIPAH BAY VILLA(ニッパーベイビラ)」。
中長期滞在する欧米人宿泊客が多い。
周辺の他のバンガローやシャレーに比べると
値段はやや高めなのだけれど、オーナーやその家族、
スタッフとももうかれこれ10年近いつき合いだし、
やはり此処が一番落ち着く。

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1シャレーを三人でシェアすれば宿泊代がかなり安くなるし、
その為のファミリー用のシャレーがある事も重々承知ながら、
南の島まで来て、ええ歳のオッサン同士で相部屋って言うのは
なんとも色気もクソも無いのでやはりここは1人1シャレーでしょ。

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ワンモア烏賊(イカ)

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南の国独特の太陽がギラギラと照りつける船の上、
「腹も減ったし、そろそろ帰ろうぜ。」という船尾からの
友人2人の声を完全無視し、ひたすら釣り竿を振るのには
それなりの理由があり、かつて素潜りでイカを追い回して
いる最中に耳の鼓膜が破れた2年前のあの日以来、
(2008年2月5日「破れた鼓膜」参照)
左耳も未だ根治に至らぬがゆえに、海で生きた烏賊を見る
機会もなく、思い出ノートという物がもしもあるならば、
「烏賊(イカ)」の項目の最後に記されているのは「痛い」であり、
このままでは烏賊に対する印象が「烏賊=痛い」という
まとめになるおそれもあるその記憶のページを
「烏賊=捕りたては旨い!」と最新に書き換える必要が
あるからなんじゃーーーー!!

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↓友人K氏が釣ったイカ
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パンコールでの食事情

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朝は朝食付きという条件で泊まっている定宿で
出されるパンと卵焼きとフルーツジュースorフルーツと
紅茶orコーヒー。
言えばウィンナーソーセージも付けてくれるのだけれど、
朝は小食と決めている上に、さらにボート屋のノンさんが
朝からあれやこれや買ってきてくれるので、これだけで
十分昼過ぎまで持ってしまう。

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↑この日のジュースはウォーターメロン(スイカやね)


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↑ノンさんが持って来てくれたロティ(ひとつ1RM約27円しないぐらい)

 

さて、昼と夜はどうするかと言うと、
毎日ナシ・ゴレン(マレー風焼き飯)や
ミー・ゴレン(マレー風焼きそば)といった
油で炒めている物ばかりではさすがに飽きてくるので、
たまに中華系食堂に入って、ランプイ(中華飯5RM=約140円)や、
マレー食堂でもナシ・プティ(白飯)とオカズを注文したりする。
たまにピッツァやスパゲティーが食べたくなるけれど、
高い店でしか食べられないのでそれは我慢するのだよ。
ラーメン?それは大丈夫。中華系食堂に行けば、鶏や魚介ダシの
利いたミー・スープが食べられるから。

↓ランプイ(粘り気が足らん感じの中華飯)
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↓ナシ・プティ(白飯)1人前1RM=30円、
 海老のスィート&サワーソース炒め(ミディアム:18RM=約500円)、
 烏賊のスィート&サワーソース炒め(ミディアム:14RM=約380円)
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昼飯と夜飯の間に腹が減ったら、
ピサン・ゴレン(揚げバナナ)やマレー風薩摩揚げなどを摘むか、
ガッツリ食べたければバーガーという手もある。

↓ピサン・ゴレン(揚げバナナ) 1RM=約27円もあれば十分
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↓マレー風薩摩揚げというか串揚げ
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↓バーガー(2.5RM〜) 出来上がるまで時間がかかるのでそのつもりで
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どない顔ライダー

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ジリジリと肌を焦がすような正直なその日差しと
心地良いくらいに吹く風の中
ええ歳をしたオッサンが どない顔で走らせる
速度計の壊れたバイク
あの日の少年が見た空の下で________。

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注:
島でもヘルメットは一応義務付けられているので
決してマネしないやうに。

ピラニアビーチへようこそ

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ボクが日中過ごすビーチの浜辺からボートで2分
くらいの沖合に、ギアム島と呼ばれる小島がある。
ローカル観光客や外国からの観光客のほとんどが
そこで地味な色の魚相手にシュノーケリングを
楽しんでいるのだけれど、ボクはどーもその地味で
人慣れし過ぎた熱帯魚たちが好きになれない。

普段はボート業務の手伝いがてらその島に渡る客を
乗せたボートでその島まで行き、現場に着けば
魚が見たい客の為に船の上から食パンをちぎっては
水面に投げる。
ウジャウジャと寄ってきてはバシャバシャと水面で
音を立ててパンを奪い合う地味な熱帯魚たちを
物珍しそうにカメラにおさめる観光客たちの背後で
ボクは何度ため息をついた事か。

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かといって、一度もこの地味な熱帯魚たちを見せず
して友人2人を日本に帰すわけにもいかない。
なので一緒にギアム島に行ってみた。
そして友人K氏にシュノーケリングをするよう促し、
彼が船から水中に身を移したと同時に、船の上から
彼の周りに、というか彼をめがけて食パンを投げて
みた。予想通り彼めがけて熱帯魚の群れがわんさか
寄ってきて、彼の周りのパンを貪るように食べ始めた。

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「やばいです! ちょっとストップ! あ痛たたっ!」
シュノーケルを咥えたままのK氏が叫ぶ。
「ほぉ。やっぱり痛いかえ。」
他人事のような口調で船の上から彼に声をかけながらも、
食パンを投げる動作をやめようとしないボクと友人Fの
顔はすでにいじめっ子の顔になっている。
魚たちから逃げるように水面を泳ぎまわるK氏めがけて
食パンを投げ続けながら、低く小さい声でボクは言った。
「ようこそピラニアビーチへ。」_______。

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ご馳走だ!!

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一足先に日本に帰国する友人二人に
とっては今晩がこの島で過ごす最後の晩なので、
島に連れてくる誘い文句のひとつでもあった
「殻ごと食べられるワタリガニの唐揚げ」を食べる為に、
パシボガにあるチャイナレストラン「Yee Lin」に行く。
パシボガはボクらが滞在しているトロッニパーから車で10分ほど。
フェリー乗り場のあるパンコールタウンとトロッニパーの
中間辺りに位置する。

この島に来て以来、毎日世話になっているノンさん家族を
招待する事は始めから三人で決めていた事なのだけれど、
ノンさんの家には車がなく、ノンさんの家がある村から
ここまで全員揃っての移動はなかなか困難を要する。
そこで、以前ノンさんのボート屋で働いていた事もあり、
ボクとも古いつき合いのマッツに車で来てくれるように
頼み、これでなんとか一人も欠ける事なく総勢9名、
無事にテーブルを囲む事が出来た。

で、この日のメニューはというと、
まず近所の屋台から持ち込みの鶏のサテー(焼き鳥)。
↓手前の甘辛ピーナッツソースにつけて食べる。旨い。
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次に、これも材料は持ち込みで、
数日前ノンさんの息子サイフルが捕まえた3kgの大イカ。
その身1kgほどを持ち込んでの唐揚げとオイスターソース炒め。
↓イカの唐揚げ
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↓イカのオイスターソース炒め
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↓そして次に、蒸し魚の甘酢かけ。
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↓それと、シュリンプのサクサク揚げ。これもめちゃめちゃ旨い。
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↓で最後に、脱皮したてのワタリガニのシャクシャク揚げ。
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食感がサクサクというよりシャクシャクなのでシャクシャク揚げ。
そりゃあ誘い文句にもするだろうと一同が納得する一品!!


この他にも「揚げ出し豆腐の甘酢かけ」や
「煮キャベツのガーリックソースかけ」やスープ、白飯、
それに各自の飲み物+チャイニーズティーなどを頼み、
テーブルの上は大賑わいな状態。
ノンさんがスープやオカズなどの給仕をしてくれる中、
みんなで楽しく食事をし、さぁ会計は......。
合計金額155RM(約4200円)。9人で腹一杯食べても4200円。
持ち込みサテー(焼き鳥)と材料のイカ切り身はノンさん持ち
という事もあるけれど、それにしても安い。しかも旨い。

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さて明日はいよいよ友人二人を首都クアラ・ルンプールまで
無事に送って行ってやらねばならぬ。子供じゃあるまいし、
一人で帰れるだろ。いや二人ならなおさらの事。
あーなんて面倒臭いったらありゃしない。
後で払うからとりあえず此処まとめて払っておいて____。

意外とキツいバス移動

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一足先に日本に帰国する友人二人を首都クアラ・ルンプールまで
送る為、友人らと一緒に一旦島を出て、港町ルムッから
長距離バスに乗る。
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____PM4:30過ぎ、

クアラ・ルンプール市街のプドラヤ・バスターミナルにバスが到着。
バスを降りたその足でターミナルの上に位置するプドラヤホテルに
チェックイン。
部屋に入り荷物を置くと同時にベッドにうつ伏せの状態で倒れ込む。
荷物のほとんどを島のホテルに預けて手提げカバンひとつなので、
普段の移動に比べるとその分楽なはずなのだけれど、
冷房の効きすぎたバスに片道約4時間も揺られるのは正直キツい。
明後日には今来た道を再び一人で戻る事を憂鬱に思いながら、
ベッドにうつ伏せになったままの状態でぼんやり窓の外を
眺めるボクの視線の先で、K.Lタワーとツインタワーが
南国特有の低い雲を突き刺していた_____________。

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Cittin Hotelを挟んで、左:KLタワー  右:ツインタワー

旅の教訓その1

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日本から持ってきた旅行カバンとこっちに来てさらに増えた
土産物入れ用のバッグやらなんやらで大荷物の友人二人を
無事クアラ・ルンプール・セントラル駅まで
ぼったくりTAXI(15RM=約410円)で送り届ける。
こっから先は国際空港まで直通特急電車が走っているし、
日本語の案内も書かれているので、
なにも空港まで同行する必要もないだろうと、
当初の約束をあっさりと破り、特急電車専用ホームに
降りてゆく彼ら二人を改札の外で見送った後、
一人になったその足で近郊電車の乗り場へ急ぐ。
さて、こっから泣いても笑っても一人旅。

電車の中、ボクはすっかり暗くなった外の景色と
車内の地元民たちの両方を映し出すその窓を眺めながら、
パンコール島最終日にボクが友人らに言った
「今回の旅で感じた事」をふと思い出し、
改めてそうだとシミジミと実感し、
他の乗客に気づかれない程度に小さく頷いた。
そんな教訓めいた言葉とは....、

「南の島は男3人で来る所じゃないね」______。

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島に戻る

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午前中にホテルをチェックアウト。
プドゥラヤ・バスターミナル内で朝食を済ませ、
その足で、再びクアラ・ルンプールから高速バスに乗り、
3時間半かけて港町ルムッまで行き、
そこからフェリーで30分、そしてTAXIで15分、
やっと帰って来たよフゥ〜〜〜。

披露宴でした

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島に戻って二日目の午後。
ボート屋のノンさんの奥さんの姪っ子の結婚披露宴に出席。
マレーシアでは披露宴を1度めは花嫁の家で2度目は花婿の家で
という風に、2度行われるらしく、今回はその1度目の披露宴。

披露宴が行われる村では前の日から準備で大忙し。
披露宴が行われる家の庭では、およそ3000人もの出席者に
振る舞われる料理や飲み物を大鍋で作る大人たち。
家の中では子供達が太鼓を叩きながら祝いの歌らしき歌を唄い、
宵の口から夜中までずっと続けられるその歌声と太鼓の響きは
周辺の村々まで聞こえていて、この島では昔からそうやって
周辺の住民に披露宴がある事を知らせているそうな。
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_____________さて、話を披露宴当日に戻して。
披露宴に出席するのに短パンにTシャツでは失礼だろうと思い、
一応短パンからジーンズに服を着替え、一人バイクを運転し、
幾つもの峠を越え、昨夜ノンさんに初めて連れて行ってもらった
花嫁の家がある村になんとか迷う事無く到着。

今回もてなし側で大忙しのノンさんに会うやいなや、彼に連れられ、
まったく知らない人たちを次々に紹介されるけれど、
ただでさえ人の名前を忘れてしまうボクがその名前を覚えられる
はずもなく。ボクと10年近くつき合いのあるノンさんの奥さんの
名前すら思い出せないっちゅーのに。
ちなみに花婿は会場にまだ到着していないそうで、
それが普通らしく、この後しばらくしてから花婿が花嫁を迎えに
来るという、いわゆる対面の儀式みたいな事が行われるらしい。
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一通り紹介を終えた後、空いている席に促され、ノンさんが運んで
きてくれた料理や飲み物を食べるのだけれど、何度もこっちを
チラ見する周囲の視線が気になる。そりゃあ島の人からすれば、
知った顔ばかりの披露宴の席に見知らぬ外人が居て、
手づかみで食べる地元民に混じり一人フォークとスプーン使って
飯喰ってるんだから珍しいのは解るけど、ずっと見られてると
食べにくいんじゃっちゅーの。
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食事を終え、テントの隅で飲み物片手に一服していると、
道の向こうから昨夜聞いた太鼓の音と子供達の歌声が聞こえてきた。
花婿の到着らしい。綺麗にラッピングされた花嫁へのプレゼントの
数々を抱えた花婿側の家族親戚だろうか。その列の中心に花婿が居る。
それと同時に花嫁側の家からは、顔を扇で隠した花嫁が登場し、
双方の距離がいよいよ近くなってから、花嫁の顔の前の扇がどかされ、
めでたくご対面。そして花婿の日傘に入り二人並んでから記念撮影。
一通り記念撮影を終えた後、花嫁の家の中に進み、そこに設けられた
新郎・新婦席それぞれの席につき、そこで再び記念撮影。
室内は暑く、花嫁が汗をかかないように扇をあおぐ係の人までいる。
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こうして記念撮影を終えた二人は再び家の外に設けられた
仮設テントの下の新郎新婦席に移動して、お祝いにかけつけた
人々らと共に食事をするのだけれど、二人が家の外に出た後、
何気に家の中を覗くと、先ほどの室内の新郎新婦席に
たぶん未婚であろう若い女性たちが交互に座り、
はしゃぎながら銘々が写真を撮っていた。


イスラムだろうが何処の国でも乙女心っちゅーのは変わらんな、と
その様子を見ていたボクに、
たまたまそこに居合わせたノンさんの奥さんが、
ツカサ。新郎席に座って写真撮ってもいいわよ。」と言う。
「いやいや、オイラはブッディストやし、いかんでしょ?」
とボクが言うと、
「ツカサは家族同然なんだから、何の問題もないわよ。」
と優しい微笑みを浮かべて言ってくれる。
その微笑みに促され新郎席についたボクは、
隣の新婦席に座ってくれた心優しい見ず知らずのマレー女性に対し、
日本流に深々とお辞儀をしてこう言った。

「末永く宜しくお願いいたします。
___________バツイチですけど。」

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ウタ唄いの性

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1曲目 Stand By Me
2曲目 Tears In Heaven
3曲目 ブン・ブン・ブン
4曲目 照るしの唄(弾き語り)
5曲目 やっていきちや!(最後の走りも当然有り)

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ここんところほとんど毎晩のように
トロッ ダラム リゾートという高級ホテルに呼ばれ、
そこの特設ステージに立ち、日本語の解らぬお金持ちな
宿泊客を相手に、マレー語でのMCを交えながら
唄っているのだけれど、当然ノーギャラなわけで。
良かった事と言えば、最初の頃はホテルの敷地への
入り口で守衛に止められていたのだけれど、
それが顔パスになった事ぐらいや________。

↓Teluk Dalam Resort, Pangkor
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↓2年振りに再会したホテル専属ミュージシャンたちと
   (彼らの名前を忘れてしまい困っている)
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↓オマエんとこのベースはすげぇクールだな! と
   ルイスのベースを絶賛していたギター兼バンマス
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タマキン爺さん

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先日、いつもの海岸で知り合ったご年配の日本人観光客Tさんへ。

浜から波打ち際に向かう貴方が履いていたそれが海水パンツではなく、
普通のブリーフだという事に気づいた時点で、ボクはこの後起こる事を
多少は予測出来ていたのかもしれません。
しかしながら、まさか貴方がそこまで潔い日本男児だとは、
知り合って間もないボクごときに理解出来るはずもなく、
ただただ事の成り行きを見守る他ありませんでした。
そして貴方が海から上がってこられたあと、
貸し浮き袋の影とはいえ、バスタオルも巻かずに
濡れたブリーフをおもむろに脱ぎ、フリチン姿になられた時には、
いつもは静かなビーチが一瞬どよめきに包まれたほどでした。
海岸に居た誰もが、そう、ブランコに揺られていたカップルまでもが、
生まれたままの貴方の姿を一瞬見ては、そこから視線を逃がす事と
その後の互いの気まずさを取り繕う事だけに集中し、
ボクと仲の良いボート屋の若いスタッフたちにいたっては、本気で
「アイツはクレイジーか!? ここはイスラムだぞ!」
貴方と同じ日本人であるボクに詰め寄る始末。
彼らのその言葉に対する満足な反論を見つけ出せない未熟なボクは、
敢えて
「彼は、いや彼こそカミカゼだ。」と一度は貴方を擁護する側に
立ってはみたのですが、当然のように周囲の動揺は収まらず、
このままでは日本とマレーシアの友好関係も危ぶまれると
危惧したボクは、真っ白いお尻をこちらに向けながら
濡れたブリーフをしっかりと絞った後、前屈みの状態でゆっくりというか
ヨロヨロとよろめきながらズボンを履こうとする貴方の
お尻の間のモノを指さし、わざと落ち着き払った態度で取り繕いながら、
こう言いました。
「ビッグワン。」(リバーブ深めで)

大先輩の貴方に若輩者のボクが忠告など本来は出来るはずも
ないのでしょうけれど、ひとつだけ言わさせて頂きますと、
ブリーフを絞るのはズボンを履いた後でも良かったのでは
ないでしょうか___________________。

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パンコール島のビーチボーイたち

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ビーチボーイは危険か?と問われれば、
パンコール島に関してだけ言えばNoである。
ビーチで声をかけられ怖い思いをしたという
日本人観光客の声をよく耳にするけれど、
商売の為に声をかけているだけであって、
ナンパしているわけではない。
そりゃ色黒で顔の造りが濃く、どう見ても
怪しそうな目つきの兄ちゃんが多いし、
そんなヤツラから声をかけられたら、怖いとは思うよ。
それにしても彼らを無視して通り過ぎる日本人のなんと多い事か。
ボートを利用する気がないのなら普通に
「ノーサンキュー」か「また今度ね」と断ればいいし、
利用する気があるなら、ちゃんと事細かく料金交渉すればいい。
無理な金額なら彼らから「他に行け」と断って来るし、
たとえ他に行っても無茶な金額を言えば、
そこでも罵声を浴びせられるはずである。
大切なのはお互いがハッピーになる事で、
値切りに値切ってハッピーなのはアナタだけなのだよ。

オッチャン興奮してしもーたせいで話が脱線してしもた。
とにもかくにもこの島のビーチボーイたちは安全である。
しかし夜ともなれば、これはビーチボーイに限らず、
島の若者や外国人バックパッカーも含めて、たまに目が
血走っていたり、逆にトロンとしていたり、明らかに
何らかの薬物を使用している輩がチラリホラリ見受けられる。
そういう時の彼らとは関わりを持たない方が安全。
他の島などで薬物をすすめられて怖い思いをしたというアナタ。
昼間話せ昼間。
彼らも昼間は至って穏やかで人懐っこいヤツらなので、
昼間限定のお付き合いをすればいいだけの事。
昼間でもクスリをすすめてくるようなヤツだったら、
ソイツは根っからアウトなヤツなので、そこで縁を切ればよい。

何度も言うようにこの島のビーチボーイたちは安全である。
そりゃ時には「夜景が綺麗な所に連れて行ってあげる。」
なんて誘われるかもしれない。
安全ではあるが中にはプレイボーイもいるしスケベイも多い。
つーか男はみんなスケベイなんじゃー。
但し、この島のビーチボーイに限っては、強姦するわけでも
なけりゃ、しつこく金品を要求してくるわけでもない。
肉体関係を迫られた所でアナタがちゃんと断れば、
彼にしてみれば「チェッ。口説けなかった。」で済むし、
アナタにしてみれば、食事を奢ってもらった挙げ句に
バイク運転手付きのナイトドライブが出来てラッキー。
この島だけに関して言うと、全て自己責任でどうにでも
なるのだよ。
でも、いざその場になったら断る自信がないかもというアナタ。
すべてはこの島の海に沈んでゆく夕陽の綺麗さのせいに
してしまえ。

という事で今日も夕陽が綺麗でヨカッタヨカッタ_____。

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島から島への"観光旅行"

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もはや旅とも呼べない「旅だったよーな気がする」
そんな首までどっぷり浸かりきったパンコール島での日々に
少しだけ変化をつけようと、普段から仲の良いボート屋の
友人マッツを誘って島を出たのが朝の8時半。
そして今ボクは、どういうわけかランカウイ島にある、
床には蟻が這い、おまけに水シャワーしか出ないシャレーの
ベッドの上で体の痛みと闘いながら、隣のベッドで寝ている
マッツのいびきを聞いている。

経路を簡単に説明すると、
港町ルムッ→長距離バス(6時間)→クアラ・プルリス
→フェリー(1時間)→ランカウイ島→出迎えてくれた友人の車(30分)
→チェナン海岸→ホテル探し→チェックイン。
マッツを誘った時点でもはや1人旅でもなんでもない、
そんな島から島への観光旅行。
パンコール島を出たのが朝の8時半で、ホテルの部屋に荷物を降ろした
のが夜の7時半。フェリーや車の待ち時間も含め合計11時間もの
移動時間を要した初日。
ボクもマッツもランカウイ島初心者という、なんとも頼りない二人して、
その移動途中で何度「ランカウイ バハヤー(危ねぇー)。」と、
田舎者丸出しな言葉を口にした事か。

で、現在真夜中。
晩飯の後、長時間に及んだ移動の疲れを取ろうと入ったマッサージ屋で、
背骨が折れるかと思うほどの強烈なマッサージを受け、その痛みの
せいでろくに眠る事も出来ない。
初日にして早くもパンコール島を恋しく思う気持ちはあれど、
いやいや今日海岸で見たこの島の夕陽も綺麗だったし、明日はリベンジ
するつもりで、ランカウイを楽しんでやるんじゃー! あ痛たたたっ。

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↑ランカウイ島 パンタイ・チェナン

死を身近に感じる時

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___旅先で死ぬとしたら、ひょっとしてコレかも。
と、今までに何度か思った事がある。
1度目はベトナムのとある田舎町で頭にライフルを
突きつけられた10数年前。
2度目は最初に手足に水疱が出来て、その痛みと
痒みに苦しんだ8年前。
3度目は2年前のクアラ・ルンプールで遭った強盗団と
言いたいけれど、それよりもパンコール島の海で
鼓膜が破れた瞬間。
そして4度目がまさしく今なわけで。
万が一助かっても普通の怪我じゃ済まんだろーね、うん。

そんな事を頭の片隅でずっと思いながら、
宙ぶらりんの足下に広がるランカウイの海や
遠くに見える島々を鳥の目線で眺めた数分間。
いや高いのなんのって。正直怖かった。

↓なすがままの状態
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↓着地する少し前。ベルトが股間に食い込んで痛いんじゃっちゅーに。
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※パラセイリング1ラウンド60RM(約1,650円)

待てども待てども

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待てども待てどもバスは来ず___。

目印の無いバス停で
待てども待てどもバスは来ず。
真夏日和のクアラ・クダー
待てども待てどもバスは来ず。
まだまだ先は長いのに
待てども待てどもバスは来ず。

その時僕らの目の前に
停まったSUZUKIの軽ワゴン。
ドライバーのオヤジが言う
オマエら何処まで行くんだ?と。
アロースターと答えると
それなら15と指立てる。

隣で同じバスを待つ
別のオヤジが持ちかける。
3人で割りゃ安いだろ?
それとも来ないバス待つか?
返事も途中に腰上げて
乗り込むSUZUKIの軽ワゴン。
内装ヒョウ柄 軽ワゴン
ダッシュボードもフッサフサ。

たぶんおんなじバスを待つ
ヨーロピアンのカップルよ
羨ましそうに見られても
おまえら座る席は無し
そんなに哀しい目をするな
このウタやるから唄っとけ。
待てども待てどもバスは来ず_________。

 ※15RM=約420円

↓クアラ・クダーのバス停にて
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※ランカウイ島からパンコール島への帰路ルート

パンタイ・チェナン→TAXI(30分)→ランカウイ島フェリーターミナル→
フェリー(1.5時間)→クアラ・クダー→闇TAXI(30分)→
アロー・スター→バス(1.5時間)→バターワース→バス(3時間)→
ルムッ→フェリー(30分)→パンコール島(

日々勉強なり

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ボート屋業務を終えたノンさんのバイクの後ろに
またがって、ほとんど毎晩のようにノンさんたちが住む
その村に行き、家の前にテーブルを出してそこで涼んでいる
ノンさんの親戚たちと他愛もないおしゃべりをしたり、
子供たちの宿題を見てやったりするのだけれど、
その子供たちの宿題が難しい。
いや、所詮は小学生の宿題なので算数にしても理科にしても
問題自体は簡単なのだけれど、質問がすべて「英語」で
書かれている為、英語の苦手なボクにとって、
その質問を読み解くトコロで詰まってしまう。
「う〜んとね、ちょっと待ってよ・・・。」


半ばあきれ顔で頬杖をつく子供たちと
真剣に頭を抱えるボクの頭上で、
今夜もまばたく冬のオリオン_____________。

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道草ワインデイング・ロード

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どんなに疲れていようと、毎夜、村から定宿のあるビーチまで、
片道だけで30分弱はかかるその道を、文句のひとつも言わず
バイクで送ってくれる優しい男ノンさん。
けれど帰り道に知り合いの顔を見つけては、
そこで長い時間話し込んだり、真っ暗な海岸で
いつ上がってくるかも分からぬ地引き網漁を意味もなく
見学してみたりするので、今まで一度たりとも
30分で帰れた試しがない。
ボクの方も彼にわざわざ送ってもらっている立場なので、
「早く帰ろうや。」ともなかなか言えず。
そして今夜も_____________________。


「おっ、開いてる。」
バイクを止めて彼と入って行く散髪屋。
「旧正月も近いし、小綺麗にしとかんと。」

店の主人と他愛も無い世間話をしながら髪を切ってもらう
ノンさんの様子を待合椅子に座って眺める事30分。
店を出て再びバイクにまたがっての帰り道。
どれだけ小綺麗にしようが、彼のトレードマークというか、
こだわりというか、そんな「ジャンボ尾崎より長い襟足」が
夜風にたなびいて、後部座席のボクの鼻の穴をくすぐる。
「ヘックシュン!」
「どうした?ツカサ、風邪か?
 よし、あそこの店で温かい物でも飲んで行こう。」

解ってはいたけれど、
今夜も真っ直ぐ帰れそうにない。ま、いっか_______。

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世界共通ウラオモテ

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「ツカサ〜ン♪良いオトコねっ♪」と、
鼻にかかった甘え口調でそう言ったかと思えば、
すぐにそっぽを向き、さっきより1オクターブ低い声色で
「でもアタシのタイプじゃないのよね。」
と、早口で吐き捨てる彼。
そう、彼はオカマである。

「NIPAH BAY VILLA(ニッパーベイビラ)」の
スタッフの中では古株の彼。ボクが一番最初に
この島にやって来た10年前は、それはそれは
純情そうなオカマ少年だったのに、今では厭味のひとつどころか、
ふたつもみっつもこれでもかと言うくらいの「立派なオカマ」になった。
そんな彼とお喋りをしながら、
なるほど、オカマの仕草や厭味の言い方は世界共通なんだな、と、
仲の良い新宿2丁目のマスターやその友人を思い出すひととき。

ちなみに彼はインドネシア出身。
ミス・インドネシア。バナナジュースをちょうだい。」
そっぽを向いた彼にそう言うと、
「あらぁいやだぁ〜。超特急で作らせるわね〜♪」
と、弾んだ声の返事が返ってくる。

なるほど、喜ばせるコツも世界共通らしい_____。

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わがまま一貫

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「辛い物が苦手だったら、東南アジア来んなっ!」
と、人前では「辛い物通」ぶっているボクも、実は最近、
辛いのが苦手になり、島の友人たちとの食事の時などは、
食堂の店員に、メニューや食材を指差し、
「これサンバルソースじゃなく、オイスターソースで炒めて。」と、
相手からすればなんとも面倒臭いニッポン人な今日この頃。

なので今はボート屋のノンさんの奥方までに余計な気を使わせている。
元レストランシェフの腕前を持つ彼女が出してくれる手料理は、
ボクの嫌いな食べ物は一切無いというか、
逆を言えば飲み物も含めて、すべてボクの好物ばかりを出してくれ、
おまけにチリソースは別皿に分けてくれる。

「今夜は魚料理ないの? それにこのスープ辛くないし・・・。」
不平不満を漏らす家族&仲間の輪の中で、たった一人舌鼓を打ちながら、
大好きなニンニク味の利いた牛肉入りスープをすする
なんともまぁワガママな夜________________。

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トモダチ

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「オマエは自分の事ばかりで
 周りのヤツの気持ちを考えてない!」

そのまま自分自身に返ってきそうなその言葉を、
語気を強めて彼に言い放ったボク。
一瞬彼の瞳がとても哀しそうに揺れた。
彼の名はジェイボン。本名アダム・・・・うんちゃらかんちゃら。
ビーチボーイ。かなりのお調子者でいい加減ではあるけれど
悪い奴ではない。
ヒアリングの能力に長けているせいか、
日本語を始め各国の言葉をカタコトずつではあるけれど話せ、
それに惹かれて彼のボートを利用する客も多い。
アイデアというかその場の思いつきも天才的なモノがあり、
数年前には彼に「天才バカボン」ならぬ
「天才じゃないジェイボン」の称号と手作りTシャツを
進呈した経緯もあるボクと彼の仲に、その時だけは
一瞬張り詰めた空気が流れた正午前のビーチ。
「ツカサとノンさん(ボート屋の主人)は気難しい〜。」と、
持ち前のいい加減さですぐに笑顔を持ち直したジェイボン。


そんなジェイボンがバナナ・ボートを始めたので、
パンコール島にお寄りの際は是非ご利用下さい。
ただ、ボートとバナナを繋ぐロープが海の真ん中で
しょっちゅう切れますが。ええ、いい加減ですから___。

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刺激中毒

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なるほど。黒い。
どおりで向こうでは現地語で普通に道きかれるし、
日本人に声をかけても逃げられるわけだ。
さて、今から一ヶ月前に遡って、土産話のようなモノを
書き記していこうと思う。
とりあえず帰国して3日目の今の悩みは、
日本の飯がすべていまひとつガツンとこない事なのだよ。

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ごめんねKちゃん

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ーいえば、先日のライブの打ち上げの席で、
1月に一緒にマレーシアに行ったKちゃんから、
彼が撮ったカメラのDATAを頂いていた事を
今さっき思い出し、パソコンで確認したら・・・。

例の「ピラニアビーチ」(「ピラニアビーチへようこそ」
2010.01.26を参照)で、僕らにパンをぶつけられるという
半ば虐めのような状況の中で、それを目がけて寄ってくる
無数の熱帯魚たちの群れの中で、「痛たたたたーーっ!!」と
シュノーケル越しにわめきながらも、彼が懸命に撮ったで
あろうと思われる数枚をここに紹介しよう。

まずこれ。
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正確にはピラニアではないものの、結局は魚なので、
魚程度の脳みそでは、パンと指を区別して喰うまでは出来ず、
ついつい指を囓る。危ない。Kちゃん危ない。

次にこれ。
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コイツはアイゴの仲間で、背びれの先に毒の棘があり、
いくら微毒といっても刺されりゃ半日ぐらいは疼く。
危ない。Kちゃん危ない。

最後にこれ。
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時折、底の方から他の小魚たちを蹴散らして、
ヌアッとやってくるコイツはブダイで、
岩をも削るほど強力な歯の持ち主で噛まれたら洒落にならん。
危ない。本当にKちゃん危ない。

ということで、一歩間違えれば、保険会社に申請せにゃ
ならんほどの事故になっていたかも、と。
この歳になってようやく学んだ。
人に向かってパンは投げちゃダメだと。Kちゃんごめんね____。

ああ、今年も行くよ

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漫画家の故・はらたいら氏に初めて連れて行って
もらった時から、もうかれこれ17年。
それから毎年、始めはボクと元嫁と
henssimoのギターでもある冨士との3人で
始めた沖縄・伊平屋島への旅も、
途中、ベースのルイスや著名人ではいとうせいこう氏なども
参加してくれて盛り上げてくれたり、その後、
ボク自身の人間関係が大きく変わった離婚の年の前後こそ、
ひとりぼっちで行っていたけれど、
それでもボクの後から合流してくる新宿2丁目のマスターを
始めとする常連チームの面々に支えられたりしながら、
一昨昨年は、離岸流に流されたFくんとHちゃんの
救出劇があったり(2007年7月10日付:伊平屋の土産話)、
昨年は友人Fの協力もあり、小さいながらも初めて伊平屋島で
ライブ(2009年7月12日:沖縄・伊平屋島の土産話)も出来たり
しながら、今に至っている。

去年から旅の形態が少し、いや待てよ、少しじゃない、
心優しい3Lフィリピン人ダンサーの彼女の気前の良さと
運転をしてくれる友人Fのおかげで、
移動手段が今までの高速バスから高級レンタカーに変わり、
島のビーチでの過ごし方が、炎天下で日陰無しの状態から
高級テント2張と一人にチェア一脚付きになり、
少しどころの話ではなく大きく様変わりした。
で、今年の夏も行く予定ではいるのだけれど、
去年まで初日に名護で泊まっていたホテルだけは、
同行者たちの多数決により変更を余儀なくされそう。
ボクは好きだったのに「はさみ虫の出るホテル」。

只今、ツアーメンバーを若干名募集中。
期間は7月7日〜14日。費用はだいたい毎年10万円以内で
収まっているのでその辺を目安に。
沖縄の離島の自然や島民の方々との触れ合いを経て
何かを得たい人、また純粋にその翼を休めたい人、
テントポール用の穴をボクらと一緒に掘ってくれる人、
還暦過ぎたオカマ(2名)に優しく接してくれる人、
お待ちしております________________。
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変わる事と変わらぬ事

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まぁそりゃあ普通は誰だって
オンボロなホテルより小綺麗なホテルの方が
良いに決まっているし、宿泊代を出すのは
ボクじゃないので、その人の自由なのだけれど、
ボクにはボクの思いがあるし、
今まで通りボクはそのオンボロホテルに泊まるよ。
いやいや、拗ねてないって。

ここ数年、新宿2丁目軍団と合流するようになって、
便利になったり小綺麗になったり、徐々にカタチが
変わりつつあるものの、
ボクはボクで今まで通り、かつて冨士と始めた
「沖縄・伊平屋島オレツアー」本来の楽しみ方を
数少ない賛同者の理解を得ながら
これからも続けてゆくだけの事。
小綺麗なホテルに泊まりたくなったら泊まるし。

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曇り空なれど暑い初日

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曇り空なれど、もわんとした蒸し暑さの
沖縄・那覇に降り立った後、レンタカーで
高速道路を北上。一路、名護を目指す。

レンタカー会社の手違いで「禁煙車」が手配され、
「タバコはなるだけ窓を開けてお吸い下さい。」と
いう係員の言葉はもはや空しいだけの、5人中4人が
喫煙者というその煙った車内。
助手席の背もたれから身を乗り出し、
フルボリュームで流れるBGMに合わせ、
他のメンバーの迷惑も顧みず一人熱唱する。

前日に徹夜までして編集したこの力作に
ついてこれぬと言うかキミたちはっ!! じゃあ寝てろ。
何?うるさくて眠れない?そうかすまぬ。
でもボリュームは下げんよ。さ、次の曲次の曲。

チャラチャチャッチャチャラ・・・♪
♪夏〜はこころの鍵〜を 甘〜くするわ〜ごようじんっ♪
___________「夏にご用心/桜田淳子」1976


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↑昼食はソーキそば/「八重そば」名護市街にある知る人ぞ知る名店

泳げぬのなら釣るまでよ

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今帰仁の運天港。
昨年から新しくなったターミナル入り口に
立てかけられた「口蹄疫予防」の看板が時世を語る。
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伊平屋島まではフェリー伊平屋で1時間20分。
今回も出港前から船室の雑魚寝フロアで爆睡。
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あ〜ぁ、今年もトビウオの群れを見逃した。
と、不機嫌面で眠気覚ましのうっちん茶を飲んでいる間に、
フェリーは伊平屋島・前泊港に入港。
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船を降り、迎えに来てくれていた車で定宿「ホテルにしえ」へ。
18年来のつき合いもあり、今や家族同然のような関係なので、
ホテルに着くやいなや挨拶もそぞろ、
「腹減ったー。何か無い?」と食堂に入る。
普段は客に出していない昼食を、
ボクがおかーさんと呼んでいる女主人のK子さんに、
日頃の不摂生を叱られながら喰らった後、
部屋で泳ぐ準備をしたものの、この日も前日同様、
どんよりとした曇り空。風も強く海も多少時化ているので、
この日は釣りをメインとした島内巡りに切り替えホテルを出発。

クマヤー洞窟で旅の無事を祈願した後、田名漁港で
東京で大量に買い込んだイカ釣り用の餌木を一通り試すも、
いかんせん今はイカ釣りの季節とは真反対。そりゃ釣れんわな。
だったらルアーで魚狙いじゃー!! と、フロート系ルアーに替えて、
真っ青な海目がけて竿を振るも強風でヒラ〜ッとルアーが戻って
くる始末。だったら重いジグに替えたろーじゃないかっ!!
と、ジグに切り替えた一投目で根掛かり。
サヨナラサヨナラ900円もした高級ジグ。
今日は釣れんと竿を仕舞い車に乗り込む。


同じく釣果0で、おまけに不注意から、買ったばかりの竿を
折ってしまった友人Fを散々からかいながらの島巡りの途中、
突然目の前に飛び込んで来たひまわりの花畑の美しさに、
自分の意地悪さを悔やみ、御仏の心をもって友人Fに言葉をかける。

「折れた竿でも釣れるかもしれんじゃないか。
 _____________見たことも聞いたことも無いけど。」

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それじゃ釣れんよ

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若干薄曇りだけれど、
むしろカンカン照りよりも過ごしやすい陽気で
海風も心地よい伊平屋島2日目。
シュノーケリングと釣りの両方を楽しむべく
マル秘スポットへ。

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ここは干潮時にはリーフに囲まれた入り江になり、波も穏やか。
泳げる範囲はそう広くはないけれど、干潮時でも水深5mほどの箇所もあり、
様々な種類の熱帯魚が見られる穴場スポット。
今朝ホテルの食堂で挨拶を交わした別の客達が、
どうやら熱帯魚を捕獲する為に伊平屋島へ来た本土の業者のようなので、
地名は一応伏せようかね。

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目の前を泳ぐハタタテダイやヤッコダイたちはそれはそれは綺麗で
可愛らしいけれども、喰える魚しか釣らぬ主義の自分からすれば、
彼らは所詮「エサ盗り」の外道でしかない。
既に竿を仕舞い、シュノーケリングをしながら、2リットルのペットボトル容器に
巻き付けた釣り糸の先、その釣り針に刺したイカの切り身に、
彼らが近づこうものなら、ええぃっ! 邪魔じゃっ!と足で追い払う。

仕掛けが切られ陸に上がってきた自分に、
「もうそろそろ帰ろうよ。」と言うネガティブな意見などは聞こえない。
何故ならMy左耳は、未だ塞がりきらない根性無しの鼓膜の内側に
海水が入らぬよう、粘土状の耳栓でしっかりとフタをしているから。
「あそこに全裸の可愛い子ちゃんが!!」という
ポジティブな声に2度ほど振り向いてはしまったけれど___。

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仕掛けを作り直す自分とその後方、折れた竿で釣りを楽しむ友人F。
もちろんこの日も釣果0。

喰える魚と喰えん魚

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日中、再び島の穴場スポットでシュノーケリングを楽しんだ後、
昨日までのリベンジを果たすべく田名の漁港で釣りをする。
イカの切り身をエサに、2号のオモリを付けただけのシンプルな
仕掛けで岩礁の穴を狙うと、イシミーバイが釣れた。
よし、まずは1匹! と、顔を上げると、向こうから友人Fが、
昨日折ってしまってその丈が半分になったショートスケールの
竿を片手にこちらにやって来る。

「こんなん釣れた。」
友人Fのもう片方の手から伸びる釣り糸の先に、
紅色のグラデーションが鮮やかな魚がぶら下がっている。
「やった!!」とか「おぉ! 釣れた!!」ぐらいに喜びを素直に表せん
もんかねコイツは。

「これ喰えるかえ?」
と、普段と同様に冷静を装い、いつもと同様、台本に書かれた
台詞を棒読みするような口調でこちらに聞いてくる友人F。
彼と同じ口調で言葉を返してやる。
「ソレハ、クエン。」

最終的に、全部で良型のイシミーバイ2匹、小型2匹、
それとトラギス1匹を釣り上げる。
その内のイシミーバイ1匹とトラギス1匹は、友人Fの
「短すぎて竿に見えない竿」に釣られた、ある意味可哀想な2匹。
こういう時に限って写真を撮ってくれようともしない仲間達の
薄情さと、すっかり西に傾いた太陽の日差しが
焼けた素肌にヒリヒリしみる帰り道____________。

泳ぎ疲れてはいるけれど

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ホテルでの夕食を済ませ、友人Fと向かった
総合運動公園のステージ脇にある通称「機材部屋」。
そこで島でのライブのリハーサルをササーッと済ませ、
恒例のセッションに突入。

「最近、練習も何もしてないもんだからサー。」
ボクが初めてこの島に来てからの友人であり、
かつて沖縄がまだアメリカ領だった頃から、
米兵相手にAサインの店でギターを弾いていた
津田氏(通称:おにーちゃん)がギターを弾く。
多少のアウトスケールはご愛敬だよおにーちゃん。
しかしながら毎度の事ながら感じるのは、
彼の弾くギターはなんとも骨のある本物の音なわけで、
かつて、殺気だった米兵たちを相手に
ギター1本で勝負していた事が容易に想像出来る。

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津田氏の奏でるブルースがあまりにも気持ち良すぎて、
いつまでもドラムを叩いていたかったけれど、
隣接する運動公園の照明が消えたと同時に、
全開に開けた窓の向こうの闇から、
蛍光灯の明かりが煌々と灯るこの部屋めがけて、
カナブンたちが一斉になだれこんで来たのを合図に
今夜のセッション・ナイトはお開きとなった___。

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野甫島の小橋下にて

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きちんとテントを張ろうが張るまいが、どちらにしろオカマの襲撃に
遭うのなら、いっそテントを張らなくてもいい場所にしよう。
という友人Fの意見を尊重し、今日は野甫島の小橋の下で
バーベキューをしながら、シュノーケリングを楽しむ。

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米崎ビーチから見た野甫島
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泳ぎながらのペットボトル釣りで
A女史に釣られた可哀想なモンガラカワハギ
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友人Fが撮影したクマノミ
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さ、今夜はライブだ。早めに帰りましょ___________。

アリガトーなライブ(前半)

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海から帰って来て体を洗う暇もなく、軽トラで各方面に散らばって
いる機材を自分らで運ぶのは、正直言って面倒臭いけれど、
それでも文句のひとつも言わず、快く機材を貸してくれたり、
酒やビールを差し入れてくれた島の友人らの気持ちに報いるべく、
一生懸命プレゼントするよ。

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18年間毎年この島に来ていると、観光客が見なくてもいい、
聞かなくてもいい事を知る。だからこそせめて今夜ぐらいは、
誰もが笑顔で酒を酌み交わしながら楽しんで欲しいやね。
それぞれの道や方法こそ違えど見据える未来は同じなんやから。
ホラそこ、いがみ合わんでオレの歌聞けっ!

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馴染みのカバー曲をみんなで歌い、コミックソングにみんなで笑い、
こっちもええ汗かいてきたし、
さて、「照るしのウタ」を唄おうかね____________。
                          (「照るしのウタ」へ続く)

照るしのウタ

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汚れの無い瞳でこっちを見てくれている
この島の子供たちへ_________。

この先、オトナになったらね、いろんな事があるぜ。
今のまま、セミを捕まえたり魚を釣ったり、
学校の宿題に鉛筆プランプランさせたり出来ないくらい、
ホントいろんな事に汚されてゆくんだこれが。
だからさ、汚れるななんて無責任な事言えんし、
どーせならゆっくり適度に汚れてゆけばいいさ。
でも、ひとつだけ覚えておいて。
この島の本当に良いトコロを忘れなければ、
オトナになっても、汚れた心のずっと奥の方で
キラキラ光る宝物が、オマエらに必ず勇気をくれるから。

今はまだ難しいかもしれんけど、いつかオトナになった時、
今夜のツカサにぃにの言葉を思い出してくれよ_____。

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月よ月よ今夜も照らせ
余すトコなくすべてを照らせ
人恋しくて涙が出そうで
見上げた空に宵待ちの月

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海よ海よすべてを包め
叶わぬ夢もアナタの涙も
寄せては返す波に戯れれば
あの日の母の手のひらのように

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海ぬ彼方から 吹ちゅる風(かじ)や
うんじゅぬくとぅばん 運びちゅる

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笑って 笑って なんくるないさ
笑って 笑って なんくるないさ
今日も生きる 照るしの島で
今日も願う  照るしの島で

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アリガトーなライブ(中盤)

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酒も良い具合に進んできたみたいやね。
さてと。最後の曲は土佐の高知の
ご機嫌な酒呑みのオッチャンの歌、「やっていきちや!」。

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それぞれの思いが複雑に絡み合う伊平屋の
島人(しまんちゅ)たちの「ちや!」の合いの手の声が、
ひとつになって伊平屋島の夜空に溶けてゆく暑い、本当に熱い夜___。

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(後半へまだまだ続く)

伊平屋島最終日

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伊平屋島最終日。
昨日と同じ野甫島の小橋下。
今日はヤドカリを見習って海には入らず、
釣りでもして過ごそう________。

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島の若人の心意気

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夕食後、ホテルのテラスで
宮城家の兄弟とその友人が披露してくれた
創作エイサー。彼らの心意気に感謝___。

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おっと忘れるトコロだった。
エイサーを踊ってみせようとしたのだけれど、
太鼓を落として悔し泣きのJr.の心意気にも感謝なのだよ。
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伊平屋島の星空

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「夜光虫が見てぇー!」というボクのワガママな要望に、
夜にもかかわらずT氏が沖合まで船を出してくれたのは、
もう数日前の事。いつもながら、あっという間の1週間だった。

そうそう。かつて伊平屋島を訪れたアナタへ。
今年も伊平屋島で見上げる星空は綺麗だったよ。
いつかまたみんなで笑って見られると良いやね。
それがずっとずっと先の、1000年先の話でも。
この島から見える星空はきっと変わらないと思うから___。

本日帰京。

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伊平屋島2010後記

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この日記では書ききれぬほどの、
たくさんの出来事と旅の思い出はあるけれど、
一番の思い出は、初日、沖縄本島で泊まったホテルの
浴室に、来年からはホテルを変えようと真剣に思うほどの
バカデカいゴキブリが出没した事か。

いやいや、違うだろ。
日の出と共に一斉に鳴き始める島のクマゼミたちの
鳴き声に、毎朝一度は目を覚まし、その数時間後には、
朝食を知らせに親切なオカマが叩くドアのノック音で
目を覚ます事か。

いやいや、それも違うだろ。
一番の思い出と言ったら、ホテルの子供と一緒に
両手一杯に捕まえたクマゼミをA女史の部屋に
解き放ち、本気で泣かれた事か。
いやぁ、この歳にもなって色恋沙汰以外で
女子を泣かすなんて思わんかったから深く反省。
来年は鳴き声のしない生き物にしよう。

いやいや、それよりもっと他にあるだろ。
恋愛に縁遠い友人Fが
ユタでもあるおかーさんに今年も見て貰った結果、
落ち武者の守護霊が憑いていたのが解った事だろ。
これからヤツを落ち武者と呼ぼう。

いや、それもきっと違うのだろうけれど、
とにかくクマゼミは1日中鳴きっぱなしというわけでもなく、
主に午前中と人間に捕まった時に鳴く事は解った_____。

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帰省2010夏

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高知に帰省当日、実弟の店にてしば魂でも
お馴染みの高知出身ブルース・ミュージシャン、
ROIKIさんのライブを楽しむ。


ROIKIさん、やっぱり酒が入ってる方が良い感じやね(笑)。

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14年ぶりの室戸へ

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沖縄のユタのおかーさんに落ち武者の守護霊が
憑いていると言い渡された友人Tの運転する車で、
国道55号線を東へ約80km、途中休憩らしい休憩もなく、
2時間ほどかけて、室戸岬にある、空海が悟りを開いた
と言い伝えられる御厨人窟(みくろど)へお参りに行く。

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↑御厨人窟(みくろど)入り口と落ち武者の図


自分は「落ち武者」とは何の関係もないのだけれど、
室戸岬のすぐ手前の岬町という漁師町は、
今は亡き父親方の実家がかつてあり、父が生きていた頃は
夏になるとしょっちゅう連れて行ってもらっていたし、
中学生の時分には、母親との喧嘩がきっかけで
一人自転車にまたがり、ひぃこらひぃこら片道80km余りを
はるばる家出してきた事もあるし、まぁ要するにとても馴染みの
深い場所なのだけれど、最後に訪れたのは14年も前で、
元嫁とバイクで来たのが最後になっていたので、
今回、落ち武者の車に同乗してやる事にした。


御厨人窟(みくろど)でお参りを済ませ、岬を引き返し、岬町へ。
昔、まだ小学生のボクを可愛がってくれたタバコ屋のおばちゃんは
果たしてまだ生きてくれてるかいな?と、タバコ屋の戸を開ける。

「こんにちはー。」と子供の頃と同じ調子で遠慮もなく、
ズカズカと奥に入ってゆくと、奥から
「はいはい、どなたさんですか?」と髪の毛が真っ白くなった、
けれど顔は面影を残したおばちゃんが出てきた。
「ツカサです。」
「あれまぁ! ツカちゃん! もぅ顔見たち誰かわからんちや。
 自転車で家出してきた頃が懐かしいわぁ。」
「・・・それはもぅ忘れてや。」

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↑津呂港

タバコ屋のおばちゃんと14年振りの再会を果たした後、
もう一人、子供の頃よく可愛がってもらっていた
おばちゃんとも同じく14年振りの再会を喜び合う。
「まぁツカちゃん! よぉ来たねぇ。
 今回は自転車じゃないねぇ。」
「・・・ほんまにもぅ忘れてや。」

話は尽きないのだけれど、やがて別れの時。
友人Tと車に乗り込み、「また来るきね。元気でおってよ。」と
窓越しに手を振るボクに対し、
「これが最後かもしれんき、ツカちゃんこそ
 元気で頑張りなさいよ。」と言うおばちゃんたちの言葉に、
一抹の寂しさを感じながら、岬町を後にした昼過ぎ。


で、夕方5時になってもまだ岬町からすぐの室津港で
友人Tと二人で釣りをしているのは、名残惜しいからか、
それともまだ1匹も釣れていないからか________。
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↑落ち武者、竿を垂らす図


餌が悪いか腕が悪いか

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昼過ぎに電話で友人Tを呼び出し、家の傍の高知港で
竿を垂らすけれど、暑いだけで何も釣れないので、
桂浜まで行きゃあ何か釣れるだろうと、龍馬ブームで
たくさんの県外ナンバー車がごった返す桂浜まで
行ったのだけれど、友人Tは釣り竿さえ車から出さず、
一人龍馬像の写真撮影に行き、ボクはボクで
到底一人では使い切れない釣り餌の小エビを、
これでもかこれでもかと2匹3匹まとめて釣り針に刺しては、
青い海めがけて竿を振ったのだけれど、
詰まりは両手が生臭くなっただけで
何も釣れやしないぜこんちくしょーーーー!!



夜は夜で実弟の店で友人のライブを見た後、
幼なじみの営む居酒屋で、
「主人が調理に一番手間がかかる、面倒臭い料理どれ?」
と、店員の子を散々からかいながら晩飯を済ませ、
最後は高校の同級生が店長を務めるバーで
「アイスコーヒー作ってや。」と無理難題を言う深夜2時__。

泣いたちいかんぜよ

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「くみくみスロープ(くもん出版)」を大人の知恵で上手に組んだ後、
色の異なるボールふたつのうちどちらが先にゴールするか、
幼い甥っ子・兄と甥っ子・弟に予想させる。
ヤクザな伯父さんはもちろんタダでは予想させない。
彼らの小っちゃな手には先ほど配った10円玉が2枚ずつ。
そのうち1枚を場に張らせ、予想が当たったら2倍にして返してあげる。

彼らの手に10円玉が増えて来たら、20円賭け30円賭け等の
まとめ賭けを教えてあげる。
時折「200円になったらガチャガチャ出来るでぇ〜。」と、
甘い誘い文句も忘れずに。
大興奮の末、予想が外れてスッカラカンになり本気で泣く幼い甥っ子を
ふつーに諭す。

「つーちゃんもパチンコ屋の前で何度泣きそうになった事か。
 けんど世の中泣くだけじゃお金は貰えんで。
 肩揉み10回で10円や。」

次から彼らはスッカラカンになっても泣かずに、
ちゃんと自ら肩揉みをするようになる。
正しいようではあるけれど、
根本的に間違っているヤクザな伯父さんの甥っ子教育___。
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キミも手伝え

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役に立たない鎌を持ったチビカマキリが父親の墓の上で
いっちょまえに威嚇してくるけれど、
こっちはそれどころじゃないのだよ。
暑くならないうちに行って墓掃除を済ませるつもりが、
父親の墓を覆い隠すほどの雑草たち相手に、
引っこ抜いたり鎌で刈ったりしているうちに、
気がつけば母親は熱中症寸前で、ボクはボクで
背中を毛虫に刺されたのにも気がつかぬほど、
既に疲労困憊な日曜8時。
チビよ、キミもその鎌で手伝え___________。
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くだらない事ならすぐ考えつく

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あー旅に出てー。
あー旅に出てー。

十数年前からコンスタントに続けている東南アジア独り旅も、
この日記のカテゴリーの「旅」のページを読んで頂ければ
わかるように、ここ数年はもはや「旅」と呼ぶにはおこがましく、
どっちかというと「里帰り」的なニュアンスの方が強いので、
正確には
あー里帰りしてー。
あー里帰りしてー。

しかし、いかんせん旅費が無い。
せっかく格安航空会社のエアアジアが今年の12月から
羽田ークアラ・ルンプール間を就航するってゆーのに、ちっ。

そこでだ。ツアー旅行の煩わしさから解放されて、個人旅行を
楽しみたいけど、やっぱり不安だし・・・とゆーアナタ!
常夏の国マレーシア・パンコール島で、ゆったりとした時間を
過ごしてみませんか!?
「アイ ウォント イート」程度のカタコト英語が話せる健康な
方ならそれだけでOK。
あとは「無駄にマレー語堪能」なワタクシにお任せあれ。
ボートトリップやシュノーケリングのオプション手配、
地元の人達との交流、体調不良などによる薬屋での通訳
などなど、ツアー旅行では味わえないアナタだけの旅を
お助けいたします。

いえいえ旅行代理店業務とは違います。
あくまでワタクシは「里帰り」。
たまたまアナタと行く方向が同じだったとゆーだけですよ。
で、肝心の「謝礼金」の方は、ギブアンドテイクっちゅー事で
ワタクシの10日間の「里帰り費用」でいかが?
興味のある方、カテゴリー「旅」のページをご一読頂き、
お声をかけてくださいまし。

とゆーよーに、くだらない事ならこーしてすぐ考えつくほど
「旅の虫」がウズウズ疼く季節になりにけり_______。

Happy wedding

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おぉサボっている間にもう11月だよ。

昨日は長年来の友人の結婚式で、
前もって何度も結婚式の誘いを電話で受けていたし、
自分も出席したかったのだけれど、
なにせ場所がマレーシアのパンコール島なもので、
金銭的事情に負けて断念。
たかだか「金銭的事情」で、大切な仲間や友の
記念すべき時を一緒に祝ってあげられない現状というか、
今の自分が一番嫌なわけで。
金より大切なモノがまさに金に負ける瞬間である。
あーやだやだ。

と、嘆いてばかりいても負け犬の遠吠えなので、
一昨日、結婚式の為にジョホールバルから
パンコール島に里帰りしている彼にお祝い電話をし、
「おめでとう! で、嫁さんどんな人なん?可愛い?」と、
矢継ぎ早にマレー語でまくしてたてるボクに、
彼が落ち着き払った口調で言う。
「ツカサありがとう。
 でも今から飯喰うんでまたね。」ガチャッ

ま、こんなもんや。秋風が凍みるぜぇ_______。


Dear.Yusuri
Selamat perkahwinan! (結婚おめでとう)
Kalau saya pergi ke J.B,(もしもオイラがジョホールバルに行ったら)
tolong perkenalkan perempuan comel untuk saya.
(オイラの為に可愛い女性を紹介してね)

忙しなさとほのぼのと

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「新聞見たよ。ノースコリアのボム!!
 コリア危ねぇなぁ。日本も危ないか?」
「いや、日本はたぶん大丈夫よ。」
「で、いったいいつ来るんだよ?」
「行きたいけど金ないもん。」
「ところで5m防水カメラ、日本で今幾らぐらい?」
「3m防水なら安いヤツあるよ。」
「5m防水の方が欲しいんだが。ま、良いのあったら
 買って来てくれ。金はいつものように払うから。」
「あぁ、探しとく。アディダスのTシャツはFが買った
 みたいだから今度一緒に持ってくよ。」
「で、その今度っていつ?」

そんな不毛な会話のループの背後で、
子供達の元気な声や、それを諫めるおばさん達の声が
聞こえてくるパンコール島の夕涼みの「ほのぼのさ」が、
なかなか思い通りにはいかぬ我が人生に凍みる金曜日___。

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↑夕涼みの風景


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↑たまに椰子の木にムササビみたいに飛んでくるヒヨケザル

ナマケモノvs怠け者

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またまたパンコール島から電話。
電話の相手はジェイボン(「トモダチ」2010年02月10日参照)。
用件は「オレにもTシャツ買ってきてくれー。」だけなのだが、
怠け者のくせになまじっかカタコトの日本語を話せる為、
余計な話の方が長い。
「ツカサー、キチガーイ、スケベー。
 カワイコチャーン、アブナーイ。」
必ずしも間違いとも言いきれないだけに、
小憎たらしいったらありゃしない。 怠け者のくせに。

コイツはビーチで日本人の女の子を見つける度に、
「キョウ、フルムーン、マンゲツゥ。
 カメー、クルー、イッパーイイパーイ。
 イッショニー、カメー、ミルー。」
と、満月で無い日でも平気で嘘をつく。怠け者のくせに。

ま、パンコール島のビーチで彼に話しかけられたら、
逃げずに相手してやって下さいませ。
基本、悪いヤツではないので暇つぶしぐらいにはなります。
___________________怠け者ですけど。
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諦めの悪い日々

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「アンタ、これでどーやって旅に出る気?」

年明け早々、まるで冷たい彼女が見せる
素っ気ない態度のようなその銀行預金の
残高表示に心が挫けそうになるぜぃ、こんちくしょう__。

誰か連れてって

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こーも寒いと体も脳みそも動きたくなくなるのは
動物的本能からなのか、はたまた単に怠け者だからだろうか。
仕事も何も手がつかないほどの機能停止状態な火曜日。
連絡のつかなかった関係各所の皆さんホントにごめんね。
ごめんねついでに、暖かくなったら働くので、その分の
ギャラの前借り出来ないかね?ダメかねそーかねそーかね。
だったら南の島でアナタの為に屋根付きボートを出してあげるので、
ボクをその南の島まで連れて行ってはくれんかね?

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↑アナタを絶好の癒しポイントまでご案内いたします。

 
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↑チップくれなきゃ陸まで帰しませんが何か?

閉ざされた部屋にて

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窓もカーテンも締め切り、
パソコンモニターの明かりだけがともる薄暗い部屋で、
ヘンシモメンバーに渡すための新曲の仮音源を作成中、
マレーシア・パンコール島の友人から電話。
今日はパンコール島は雨らしい。

____どこか出かけたくなった。

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準備万端?

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今年で19年目となる沖縄・伊平屋島。
ミニ・ライブで演る曲を、予定している順番通り、
ファイラーに差し込み準備完了。

漫画家・故はらたいら氏に初めて島に連れて行って
もらってから19年。
当時、クソ生意気だった自分にずっと温かく接してくれた
島の人々へのささやかなプレゼントのつもりで、
数年前から始めたミニ・ライブを今年も演るよ。
7月15日(金)の夜は前泊の遊び庭に
泡盛と三線かたみてぃ ゆてぃくー!

まずは名護でまったりと

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■沖縄・伊平屋島2011-初日-
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午後四時前、沖縄・那覇空港着。
先に到着し、レンタカーで迎えに来てくれていたN嬢を含む「先発隊」5名で
一路名護を目指す。
高速道路の入り口まで道を迷いまくる運転席の友人Fの焦りをよそに、
ipodを繋いだカーステレオから流れてくる曲を振り付きで熱唱する。
此処、さっきも通った道やね____。BGMは桜田淳子で「夏にご用心」。



ようやく高速道路の入り口をみつけ、高速道路を北上。
途中、釣具屋やスーパーに立ち寄ったりしながら、
午後7時前ようやく名護市内のホテルに到着。
部屋に荷物を置いてすぐ、みんなで晩飯を喰いに出かける。

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名護十字路の傍にある居酒屋「春海(しゅんかい)」。
一年に一度とはいえマスターとも十数年付き合って頂いている。
「ツカサたちが来るって聞いてたからサ、
 今帰仁(なきじん)アグー取っておいたサ。」

やったーーー!
先発隊5名と数日後に合流する後発隊8名の旅の無事を祈って、
グラスまでキンキンに冷えたオリオンビールで乾杯!!
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もずく酢が移動疲れの体に浸みてゆくぜぃ。

↓島タコの刺身。噛み応えのある中にタコの甘みがフワ〜ッと広がる。
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↓定番のミミガー。豚の耳の味噌和え。このコリコリ感がやめられません。
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↓アオサの天ぷら。アオサ海苔の風味がたまらん。
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↓グルクン(和名:タカサゴ)の姿揚げ。マスターのこだわりで天然のグルクンを
↓使用する為、不漁の日は品切れ。頭から尻尾まで全部食べられる。
↓紅葉おろしのポン酢でどうぞ。
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↓島らっきょうの天ぷら。紅塩で喰らう。
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↓幻の今帰仁アグー豚の煮付け。口の中でホロホロと溶けてゆく。要予約。
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その他にもたくさん頼んだのだけれど、争奪戦のような先発隊メンバーの
喰いっぷりに、おちおち撮影もしてられない初日の夕食。
なにはともあれ、マスターいつもいつもホントに有り難うね_______。

はしゃぎきれないお年頃

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■沖縄・伊平屋島2011-2日目・前半-

翌朝10時過ぎ。
今帰仁(なきじん)の運天港へ大型TAXIで移動。
運天港のフェリーチケット売り場で伊平屋島への
往復チケットを買い、ターミナル内を散策しながら
フェリーへの乗船時間を待つ。
左耳の鼓膜が破れて早4年。3度の手術を経ても
未だに塞がらないヤワな鼓膜のせいで、年々海に
潜る回数は減っていっているのも事実ではあるけれど、
今年はコレがたぶん活躍してくれるはず。
ジャンッ! 先日スーパーで友人Fに買ってもらったおもちゃのボディーボード。
1,280円なり。
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午前11時。フェリーが運天港を出港。1時間20分の船旅。
幸い今日は海も凪ぎなので揺れも少ない。
それでも船酔いが不安なアナタ。船のデッキで風に吹かれるのも良いけど、
意外と鎮痛剤が効いたりするよ。
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午後12時20分。伊平屋島前泊港に到着。
19年間、家族同然のように付き合っているホテルまで送迎車で3分。
と言いたいところだけれど、今年も毎年のようにホテルの送迎車のお迎え無し。
忘れてやがる。歩いてもそう遠くはないのだけど、伊平屋島の日差しは暑いんじゃ。
フェリーの中で偶然再会したボクの釣りの師匠T氏の奥方に連絡を取ってもらって
間もなく、ホテルのおとーさんが送迎車で迎えに来た。いつもの笑顔を一緒に乗せて。
「おかえりなしゃい。」
「ただいま!」

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ホテルに着き、各自部屋に荷物を置いて、一応いつでも泳げる格好で
1階ロビーに集合した先発隊。
けれど、メンバーのほとんどが伊平屋島の真っ青な海を目の前にしても、
「ワーイ! 泳ごう泳ごう! アハハハーン♪」と波打ち際に駆け出せるほどの
若さがあるかと問われれば、きっと一晩中でも小首を傾げているであろう
微妙なお年頃。
と、とりあえず、この日差しに馴れる為に釣りにでも出かけようかね。
どっか日陰のあるトコロで__________________。


干物大臣

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■沖縄・伊平屋島2011-2日目・後半-

友人Fは刺身が食べられない。
生臭さが苦手と本人は言う。
生の魚に触るのも、手が魚臭くなると言うなんとも乙女チックな
理由から、釣りの時には専用の革手袋を着用する友人F。
だったらオマエは何が喰えるの?と彼に問うと、
ハゲ(カワハギ)の干物は喰える、というか、むしろ大好きじゃ、と
普段言葉少ない彼が言ったその発言をボクが見逃すワケがない。
じゃあオマエ、伊平屋に言ったら自分でカワハギの干物を作りや。
釣るのはオレに任しちょけ。よし、オマエを「干物大臣」に任命する。
と、今時の小学生でもしないような子供じみた会話を新宿2丁目で
交わして早3ヶ月。
中野の○忠でわざわざ干物用の干しカゴを買い、島まで送った彼。
仕方ない。それが干物大臣の使命なのだから。

そして本日夕方。田名(だな)の漁港からホテルに帰ってきて、
みんなが日中にかいた汗をシャワーで流している頃、
食堂裏の生魚専用調理場を借りて、シャワーも浴びられないまま、
今日の釣果の中からモンガラカワハギだけを選別し、
生臭いカワハギを素手で一匹一匹、一人黙々とさばく友人F。
仕方ない。それが干物大臣の使命なのだから。
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頭を切り落とし、皮を剥ぎ、内臓を取り出し、美味とされている肝を別に取りだし、
え?肝捨てちゃうの?え?生臭いから?いやいや、肝こそ旨いでしょーよ!
身だってホントは干物にせんでも、この鮮度だったらフグと同じくらい旨いのに。
と、喉もとまで出そうになったが、彼がヘソを曲げ「干物大臣」を辞任されては
こっちに面倒臭い事が廻ってくると思ったので言うのをやめた。

さて、あとは塩水に小一時間浸けて風通しの良い場所で干すだけですね干物大臣。
え?そんなに塩を入れるとしょっぱくなりはしませんか?干物大臣。
などと、彼の背後で口だけ出すボクを尻目に黙々と作業をこなす干物大臣。
ようやく一仕事終えて、シャワーを浴びるために部屋に戻る彼の後ろ姿と、
塩水に浸けられたカワハギの身を交互に見ながら、彼に聞こえない声で言う。

「お疲れさまでした干物大臣。
 腹をこわすのが嫌なのでボクは絶対食べませんけど。」__________。

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無表情がもたらす笑い

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■沖縄・伊平屋島2011-3日目-

島に入って2日目のこの日。
左耳に詰める粘土質の耳栓をコネコネするのが
面倒臭いという理由だけで、未だシュノーケリングをする
気にもなれないボクと、そろそろ海に入りたい様子の他メンバーたち
双方の気持ちを満たす為に、野甫(のほ)大橋の下へ。
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シュノーケリングを楽しむ他メンバーをよそに、
橋の下の日陰でとりあえず全員の釣り用仕掛けを作るボクの隣では、
生まれてこの方、喜怒哀楽というモノを何処かに忘れてきてしまったかの
ような、相変わらず無表情の友人Fが椅子に腰かけたまま、
その両足を強い日差しのもとに晒している。
一昨年にも、ボクの忠告を無視した結果、日焼けし過ぎたその胸に
クッキリ残る白いペンダント跡でボクをおおいに楽しませてくれ、
「日焼けのバギー」なる曲の誕生の功労者である友人F。
昨年は昨年で、再び火傷に近い日焼けをしたかと思うと、
島での後半は日焼け止めをベッタリと必要以上に火傷の上に塗って、
みんなから「おしろいオバケ」だの「豆腐屋の娘」だの好き勝手言われたのを
果たして彼は忘れてしまったのだろうか。
「火傷になるぞ。」今年も一応言うだけは言った。
やはり無視されたけれど、いつもの事なのでこちらも腹は立たない。
さてさて、今年はどうやって楽しませてくれるかね?

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___その夜、夕食後に島の友人らと行った島の居酒屋の座敷で、
体育座りをしたその両膝に、空いたグラスの氷をひたすらあてている友人F。
相も変わらず無表情なままで_______________。



イルカの記憶

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■沖縄・伊平屋島2011-4日目-

灯台裏の潮ヶ浜。
鼓膜の塞がりきらぬ左耳に海水が入らないよう、
粘土質の耳栓をコネコネと丁寧に詰めてから、
リーフの際に出来たその紺碧の裂け目にザブンと入る。

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水面から約15m程の海底まで、真っ直ぐに差し込む光のカーテンの
ヒダを縫うように群れ泳ぐ魚たちと、
その背後に広がる蒼のグラデーションの世界。
毎回の事ながら胸のずっと奥の方で、
輪郭さえあやふやな遠き昔の「懐かしさ」が疼く。
その世界の上辺のみでプカプカ浮いている事ぐらいしか
出来ない今の自分がはがゆいくらいに。


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何だろうね、この感覚は。
けれど、これが味わいたいが為に、毎年ボクはこの海に
戻ってきているのかもしれないけれど________。

休養日のはずが・・・

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■沖縄・伊平屋島2011-5日目-

毎日毎日、日中は暑い日差しが肌を焦がす海に居て、
夜は夜で遅くまで島の友人らと"ゆんたく"をし、
けして若くはない体が悲鳴をあげ始める旅の中盤。
それに明日から、新宿2丁目のオカマスターを含め、
その全員が鼻が曲がるほどの強い個性を持つ後発隊8名が
島に入ってくるので、それに備えて本日は完全休養日!!

と、決めていたにもかかわらず、
ホテルのおかーさんの誘いで突然降り出したスコールの中、
伊平屋漁港に漁の水揚げを見に行ったり、
帰りに伊平屋酒造さんを見学させてもらったり、
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↑伊平屋漁港に飾ってあったハーリー(手漕ぎボート競争)用のサバニ(伝統漁船)

いまだボクに干物大臣を命じられている友人Fの材料調達の為、
田名(だな)漁港にカワハギ釣りに出たり、
夕方からは釣りの師匠でもある友人・西江喜伴氏と二人で船を出し、
晩飯をすっぽかして周りにあきれられるまで、
2日後には満月を迎えるその月明かりが水面を照らす中で釣りをしたり、
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遅い晩飯を済ませた後は後で、明後日に控えたライブの為、
村の施設にギターアンプを運び、開け放った窓から入ってくる夜風を背に、
夜中の2時近くまで、友人Fや古くからの島の友人・津田 隆氏らと
リハーサルを兼ねた打ち合わせをしたりして、
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結局は昨日までと同じく、最後にはヘトヘトになったのだけれど、
やっぱりというかなんというか、好きな事をしての疲れは
気持ち良かったりするのだよ______________。

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真っ直ぐな人たちに支えられ

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■沖縄・伊平屋島2011-7日目・前半-

ライブの準備の為、みんなより一足先に
野甫(のほ)のビーチから友人Fとホテルに帰って来て、
シャワーを浴びた後、今夜のライブ会場に行ってみると・・・。
そこはホテルのテラスでもなく、他人の家の庭でもなく、
なんと、公民館の傍の野外ステージ。

今日の今日まで、「ライブ会場を何処にするか」、
島の友人たちの間で、半ば揉め事になる寸前まで話し合って
いた事を知っていたボクはボクで、
「オレはスーパーの店先でも道端でも何処でも唄うよ。
 そもそもこちらから言い始めた"島のみんなへのプレゼント"やし。」
と、島の友人たちの負担をなるだけ減らすつもりで言っておいた
のだけれど、まさかの野外ステージ。しかもPAや照明機材まで
準備してくれている。まぁこれには理由があるのだけれど、
後々アナタにも解るので、根気強く読んでいってねチュッ。

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↑サウンドチェックをする津田隆一氏の向こう、規模の本格化に戸惑う男。


何はともあれ、ギタリストの友人Fとサウンドチェックを開始。
津田隆一氏と共に、機材の準備に汗を流してくれたHくん、本当に有り難う!
アリガトついでに、そこのケーブル、もうちょっと外にハケてくれんかね?
2011.07.15_02.jpg

ステージから客席に向かって右側には、
防風林越しに伊平屋島の青い海が広がり、最高のロケーション。
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その海から、今夜で丁度の満月が上り、水面を照らし始める頃。
ホテルで夕食を終えた新宿2丁目常連グループはもちろんの事、
島のあちこちから、勤務を終えた駐在さんまで、たくさんの人が
各々の飲み物を持ち寄って、この会場に集まり始めた。
さて、ライブの始まりだ_________________。

久々の避難便

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■沖縄・伊平屋島2011-8日目・前半-

沖縄に接近しつつある台風6号の影響で、
伊平屋島と本島を結ぶ唯一の連絡機関であるフェリーが
今日の午後5時、伊平屋島・前泊港を「避難便」として出港
する事が決定。
もともと明日の午前便で伊平屋島を後にする予定だった
のだけれど、これを逃すと数日は島から出られないので、
全員で避難便で本島に戻り、本日は名護で1泊する事に。

一昨日辺りから薄々はそんな予感がしていたので、
昨日のうちに荷造りしておいた荷物を配送所まで
持ってゆく。

空はこんなに晴れてるのにね___________。
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頑張らせて頂きます!

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■沖縄・伊平屋島2011-8日目・後半-

本島の名護まで戻ってきた先発隊と後発隊計13名。
いつもの居酒屋「春海」で、この旅最後となる全員での
夕食兼飲み会。

東京を発って既に8日目の先発隊の各々の顔に
疲労が色濃く浮かぶ反面、まだ4日目の後発隊の
オカマを含むオヤジたちはすこぶる元気で、
そんなオヤジたちや春海のマスターと一緒に2次会、
3次会と店をはしごし、
「カラオケで100点取ってワシらにオッパイを拝ませろ。」
という、人生の大先輩方のご命令に、
敬礼ポーズでマイクを握る午前2時_______。

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時の流れといふもの

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■沖縄・伊平屋島2011-9日目-

高速バスで名護から那覇に戻り、
ホテルに荷物だけを預けた後、
今日東京に戻る後発隊(オカマを含むオヤジたち)の見送りを
国際通りで済ませ、昼食を食べに入った某軽食店のテーブルが
すべて花札ゲームで、どうやらここは夜は夜で
昼間とは違う顔になるに違いないと確信しながら、
食べた"チャンポン"なる定食が殊の外美味しく、
次回も機会があったら絶対ここに来よう、
(摘発とかされていなければの話だが)と心に誓った那覇での昼食___。

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__かつては伊平屋島のホテル西江の食堂やロビーは元気な子供たちの
声が飛び交う、時に元気過ぎて五月蠅いと思えるほどの場所だった。
今現在ではその子らの殆どが高校生以上になり、島を出て、本島で暮らしている。
その子供たちに夕食をご馳走する約束を果たすべく、某焼き肉チェーン店へ。

今夜バイトだったり諸事情で来られない者を除く8名の、
ボクからすれば「ホテル西江の子」がやってきた。しかも全部女。
「ツカサにぃに久しぶりっ。ところでお金大丈夫〜?」
と、ボクの懐事情をからかう、年長格のMは既に20歳。
かつて、あの"いとうせいこう"氏に「ダレだオマエは?メガネザル!」と
舌っ足らずな口調で暴言を吐いたMがもう20歳。
そりゃあボクらみんな体力が衰えるほど歳を取ったわけですよ、納得納得。
ここに居る誰もがその昔、ホテルの前のスーパーで買ってあげた
50円のアイスにさえ喜んでくれていたのに、今じゃ肉だよ肉。
でもま、みんなが真っ直ぐに育ってくれてるから良しっ。

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「ところでサ、ツカサにぃにって幾つなの?」
食事を終えた彼女らの一人が言ったその質問に、
爪楊枝をシーシーしながら答えてやる。
「あ? オマエのお父さんより上や。だから、その赤ん坊からすれば
 オレはツカサじぃじやね。」
笑いもせず普通にひいてゆく子供達の反応がやけに哀しい沖縄最後の夜___。


台風と共に帰ってきたよ

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日焼けがすぐシミに変わる微妙なお年頃なので、
伊平屋島ではもう肌を焼かないと心に決めていたにも
かかわらず、行ったら行ったで途中から日焼け止めを
塗るのが面倒になり、東京に帰ってきてホラ見たことか。
既に火傷に近い鼻の頭や足の甲をポリポリと掻きながら、
沖縄・伊平屋島での出来事を日にちを遡って書いてゆこうかね。

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夏風邪でした

今年の夏風邪は喉にくる。
とゆーことで、久々に日記のようなモノを復活。

9月11日のhenssimoライブの準備だったり、
その他のイベントの準備だったり、
他人様からの頼まれ事だったりを仕事の合間にしながら、
そろそろミュージシャン脳に戻りたいとは思いつつも、
他にだーれも手伝ってくれるわけでもないし、と拗ねてみても、
オッサンなので可愛くもなんともないまま
気づけば早くも8月に突入。

今月は頑張ります。あくまでボクなりにですけれど____。

南下始めました

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ツイッター風に云うと、 品川駅なう。 2011.08.17_01.jpg

続・南下始めました

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3時間半、新幹線に揺られ ようやく岡山駅に到着。 ここから南風11号に乗り換え、さらに2時間半。 全席禁煙が辛いぜ。 2011.08.17_02.jpg

南下終えました

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瀬戸大橋を渡り本州から四国へ。
や~まを越え谷を抜け~♪
2時間半が過ぎ...、
高知に南下終了。

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右から、中岡慎太郎、坂本龍馬、武市半平太。

一年ぶりの帰省

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一年ぶりに高知に帰省して、日々何をしているかと云うと、
先々月亡くなった友人を忍んで弟の店で唄っていたり、
11月に新宿ロフトプラスワンで行われる「しば魂」の
スポンサー探しに奔走したり、
実家の真ん前に出来た新しいパチンコ屋で、
見ず知らずのおばちゃんに
「ニィちゃん、この台あと100回以内で出るで。
騙されたと思ぉてやってみぃや。
オバチャン今月この台に20万入れちゃあるき。」
と、マンツーマンで指南されながら、
20万円も負けている人のアドバイスは端っから
聞くつもりもないけれど、話し相手ぐらいには
なっちゃったり。
夜は夜で、顔を出す飲み屋の各店で懐かしい顔と
再会したり。シャッターを下ろしたままの亡き友人の
店の前で思い出と遊んでみたり。


そして今日も_________、
朝早くから遊びに来る甥っ子たちに
顔を踏まれて起きる、高知での休日。

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本来の姿

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ただでさえストレスが溜まりやすい上に、先の原発事故による
放射能漏れなどでさらにストレスが溜まる東京に比べ、
高知は先の東日本の震災の影響も余り見られず、
子供達は外でのびのびと遊び、大人達はゆるりゆるりと働き、
いつもと変わらぬ風景が其処にあった。
これが本来の姿なのだよね。

ただ、いつもと変わらなすぎて、東北地方の人達の苦労や
頑張りを他人事のように考えてしまわぬよう。
自分たちに出来る事を少しずつでも実践してゆく事を
まだ幼い甥っ子たちに言い聞かせるも、
いかんせん甥っ子二人とも幼すぎて、ボクが言っている傍から、
トンボを追いかけ道をダーッと駆けてゆく。
風が秋の訪れを知らせるそんな高知の夕暮れ______。

帰京

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飛行機移動の時は必ず「落語」チャンネルを聴く。
いや、実際は本題に入る前の話、いわゆる「枕」の部分で
寝てしまうのでちゃんとは聴いていない。
で、今回も、飛行機が離陸から上昇に入り、
機内アナウンスが一通り終わり、名人・桂米丸師匠の高座の
枕の部分で意識を失い、飛行機が羽田空港の滑走路に
着陸した衝撃で再び意識を取り戻した頃には、
再び米丸師匠の高座の同じ枕の部分だったという、
いつものパターンで、とりあえず無事帰京______。

東京→徳島→高知

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昼前に空路で徳島 へ。
で、今から高速バスで高知へ。
所要時間2時間半。結構かかるのよ。

ここにも阿波おどり。さすが徳島(笑)。


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旨い店

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6月に急逝した幼馴染みの店が
奥さんの頑張りで再開店。

ちちこ(カツオの心臓)の唐揚げに
四万十川海老の唐揚げに
土佐天巻き等々。
旨いとは言え、揚げもんばかり注文し過ぎやね。


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高知市廿代町「にしや」(追手筋グリーンロードを北へ)
お酒の種類も充実していて高知の人はもちろん、
県外からのお客さんにも喜んでもらえる店なので
是非とも行っちゃっとーぜや。

愚か者ループ

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高知の実家から繁華街まで、タクシーに乗ると
だいたい昼間で800円ちょいなのだけれど、
懐かしさと節約から路面電車に乗ってお街まで。
はりまや橋を中心に、市内の端くれの方まで
190円で東西南北に移動出来る。
安上がり万歳!!

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と、喜んだのも束の間。
写真の電車の向こうに見えるパチンコ屋で
散々な目に遭ったという愚か者の月曜日___。

2011-2012旅支度

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写真に写る荷物の左半分が、ボクの"越冬の旅"の為の荷物。
ちなみに内訳は、
オリジナル曲『人生ライダー』の歌詞通り、パンツ3枚。靴下1足。
半袖Tシャツ3枚。短パン2着。
パジャマ兼夜用ズボン(バティック染ズボン)3枚。
バスタオル1枚。タオル1枚。電圧変換器など電化製品1式。
髭剃り・歯ブラシ・シャンプーなどの洗顔1式。
左耳用の耳栓1セット。薬各種。旅の指さし帳マレー語編1冊。
あと現金少しとパスポート。
その他に必要な対冷房用のパーカーなどは、今回も現地で買う事に__。

いやね、一目で解るように、右半分のお土産の方が自分の荷物より
はるかに多いし、かさばるしという、なんともまぁ七面倒くさい事情が
あってだね。愛用のリュックに入りきらないのだよ。
ちなみにお土産は、日本が誇る柿ピーワサビ味を始めとするお菓子と、
荷物検査で「行商目的」で引っかかりそうな量のアディダスのTシャツ。
サッカー日本代表のヤツまであるのだよ。いやいや、コピー商品じゃなく
すべて正規品だってば。
荷物検査でも同じ事を言わないかんなるのかねこりゃ。
あと、デジカメを買って来てくれとか言っていたけれど、忘れたフリをしよう。
無理でしょ、これ以上持って行くの。
ただでさえ昨日から首を寝違えていて動きが鈍いってーのに。

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実は予定では今月20日からだった越冬の旅を、
今週金曜日からに早めたのだよ。
自分の東京の親代わりが大変だっていう時に、
なんて薄情な奴だと思われて当然だろうけれど、
自分なりにいろいろと考えた末の事なので、
責めは帰国してから聞くよ。聞こえの悪い左耳で________。

寝違えた首のまま

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何が正しいとかこの際なんの意味も持たない。
ボクの心は満たされている。
またその一方でこの上なく飢えている。
誰の為?何の為?そんな答えを探す必要もない。
ただ風を、匂いを、この肌で感じるだけである。


こんなボクの背中を押し続けてくれるアナタに、
心の底から感謝しながらも、その顔にはいつも通りの
"涼しい笑み"を浮かべて____行ってきます。

カオスの街で

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夜半、クアラルンプールに到着。
27度の熱帯夜にまだ慣れない体で、
以前、強盗団に襲われた通りを
重いリュック背負って速足でホテルまで。

ホテルに荷物をおろした後、
賑わいをみせるチャイナタウン横の屋台街で
一人遅い夕食(ナシゴレンアヤムとアイスコーヒー)を
腹に入れ、気紛れなスコールを避けながら
ホテルにもどる。

しばらくして、クアラルンプール在住の友達が
ホテルまで迎えに来てくれたその足で、
ドライブと夜食を楽しんだ後、再びホテルまで
戻ってきた。

さっきから隣の部屋から聞こえてくる
男女が罵り合う声にボクの睡眠が妨げられなければ、
明日は予定通りパンコール島に移動するつもりなのだよ。

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里帰りと云われても

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護岸工事を終えたニパーベイは、
砂浜こそ少なくなってしまったけれど、
人々の心は工事前となんら変わることなく、
知り合いに出会う度に、
「元気ー!?いつ来たの!?」と、
誰もが笑顔をボクにくれる。

クアラルンプールに比べ、
吹く風もずっと気持ち良い。
やっぱり此処が落ち着くよ。

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この歳でか!?

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そりゃ繁盛期の週末に島にやって来たオイラが悪いんだけどね、
それでも今回は珍しくちゃんと日本から予約の電話も入れた
じゃんか日本を出発する5日前だけど。
だからさ、百歩譲って、部屋が満室なのは仕方ないよ。
ましてオイラは友達価格にしてもらっているし、文句を言える立
場じゃない事も重々承知してるさ。承知しているけれども___。

考えてみておくれ。
オイラが初めてこの島に来た時から12年も経つのだよ12年も。
12年つったら、オギャーと生まれた赤ん坊の可愛いオチンチンが
チンコに変わるのに十分な年月さ。ユーノゥ?
オイラだって歳をとるってもんでしょーよ。水シャワーが平気だっ
た肌も今では、手の先からソロリと浴びても心臓とチンコがキュッと
なるし、夜は涼しいとはいえ、ファンだけが回る部屋のベッドシーツ
のウェット感に耐えてみせるワイルドさより、虫刺されによる過剰な
アレルギー反応が出るようになってからは、金で解決出来る事なら
なるべくそうした方が結果安く済む事を、旅の途中での度重なる
病院通いで痛いほど学んだし、夜は夜中にトイレに起きる事だって
あるさ。
ほらね。12年という歳月は老いるのに十分過ぎる時間なのだよ。
だから空室が出次第、部屋を替えてくれプリーズプリーズ。


という事で、部屋を見た現地の友人が「エマージェンシールーム」と
からかう、水シャワー・トイレ共同、壁に備え付けの扇風機の威力を
最大にしても、ウェット感漂う四畳半ほどの監獄のような部屋で、
時折背中や首筋に感じる痒みに、虫刺されじゃないだろうかと怯える、
こんなはずじゃなかったパンコール島の夜___________。

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逝っちゃったか

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海が好きだったその人の分まで 海を眺めている。

今朝9時過ぎに眠るように息を ひきとった彼。
出発前に、病院の彼の枕元に置いた 宝くじの抽選は
まだだけれど、 肝細胞ガン発症から6年、
常に笑いながら、また周囲を笑わせながら、
影では痛みを伴う手術や治療に 頑張って耐えていた
彼をお見送りする為に、 とりあえず明日の便で日本に
帰国するよ_________________。

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一時帰国

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昼過ぎにパンコール島をフェリーで出て港町ルムッへ。
友人でもあるニパーベイ・ビラのオーナーに、
シタワンまで車で送って貰う。ベンツかよ、金持ってるねパパ。
途中、スリ・マンジュンに住むパパの友人宅を訪問
したのだけれど、これが凄い豪邸で、無駄に広いリビングの
大理石の床と、あちこちにドデカイ民芸品が置かれて
いてもまだ無駄に広い。
パパ、ボクの東京の部屋は、パパが今座っているソファの
辺りしかないよ。

定刻2時30分のKILA国際空港直通のバスが
こちらに向かう途中で故障したらしく、到着が
ずいぶん遅れ、結局夕方4時にシタワンを出発。
スクールホリディにもかかわらず、渋滞らしい渋滞にも
巻き込まれず、4時間でKILA国際空港に到着。

飛行機の出発時間まではまだ2時間以上もあるけれど、
チェックインと出国審査ゲートを大急ぎで済ませたのは、
早く喫煙所に行きたかっただけの話なわけで、
ゲート内に入ったら入ったで、飲み物も食べ物も全ての
値段が高く、おまけにタバコを切らせてしまい、
終いには免税店で買ったタバコの封を切る始末。
昼過ぎにシタワンで食べたっきりの腹をグーグー鳴らしながら、
日本人建築家・黒川紀章氏設計の空港内の喫煙所で
時間を持て余す夜_________________。

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凍えるツバメ

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朝の新宿。マレーシアとの気温差約25度。
急ぎ足で通勤先に向かう人混みを背に、
Tシャツの上にペラッペラのシャツだけの姿で
肩をすぼめながらTAXIが来るのを待つ。
こんな時に限って来ないんだ空車が。
凍え死ぬぞこりゃ。

本日朝、一時帰国完了________。

凪のその先へ

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10日ほど前に、常夏の島でアレルギー反応が出か
かっていた右手親指の付け根の虫さされ跡も、この
日本の寒さですっかり痒みも治まり、瘡蓋に変わった。

さて、もう一度行くか。
どうしようもない寂しさややり切れないせつなさが、
時に顔を覗かせるけれど、それらと上手に付き合って
ゆく術は完璧ではないにしろ心得ている歳なのだし。

今夜の便で再びボクは旅に出る________。

笑い合って2011

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2011年。
ヘンシモは10周年を迎えたにもかかわらず、
あまりパッとしなかったのは、リーダーで
あるボクのせいだよ、ごめんねごめんね。

個人的には、まーいろいろあったよ本当に。
でも、なんだかんだ言って結局は笑い合った
一年だったよ。それもこれも、こうして今
これを読んでくれているアナタのおかげだったり、
そんなアナタとボクがよく知るあの人のおかげ
だったり。ありがとうね、ホントに。

本日昼間に着いたばかりの常夏の島で、
連日の移動疲れでふやけた我が脳ミソの
記憶力の許す限り、一人一人の顔を思い
出しながら食べる年越しソバ代わりの
ミースープ・シーフード______。

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縁起もんにはかわりなく

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「Happy new year.」
定宿のテラスで、ホテルのスタッフや
仲良くなった他の宿泊客たちとハグや
握手を交わして迎えた、日本より一時間
遅れの新年。

皆様、明けましておめでとうございます。
今年も健康にはくれぐれも気をつけて、
くどいようですけれど、なるだけ
笑い合って支え合ってゆきましょう。

マレー人の観光客で賑わう夜の海岸、
と言ってもこちらに来た事のない人の為に
例えるならば、夜の熱海の海岸にたくさんの
色黒の老若男女がいる画を想像して頂ければ
近いかと...、そんなひなびた感を醸し出す、
此処マレーシア・パンコール島の海岸で、
日本人というだけでジロジロ見られる中、
皆様のご健康と益々のご活躍を祈って
何故か四股を踏む2012年の始まり_____。

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A Long Long Day

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 2年前に此処パンコール島で出会った陽気なノルウェー人の
親父アクセル。御歳68歳。奥方はマレー人でこれまた陽気で
ある。今回もその夫妻と旅行の日程が偶然重なり、久々の再
会を喜び、一緒に年明けのカウントダウンを過ごした。

「グッモーニンッ!! スキヤキー!!
 グッモーニンッ!! ツカサー!!」
今朝も皆が朝食に出て来始める早い時間に、レストランのす
ぐ前に面しているボクのシャレーのドアを叩く彼の声で目が
覚め、仕方無しに起きてゆくと、白髭をたくわえた顎をポリ
ポリと掻きながら、いたずらっ子の笑みを浮かべて、その大
きな体をすくめるフリをする彼の姿が其処にあった。

彼と同じテーブルにつき、二人でコーヒーを飲みながらタバ
コを燻らせ、彼のいつもの冗談混じりの世間話に付き合う事
数分。いつも陽気な彼の表情がにわかに曇りはじめた次の瞬
間、咳をしてむせこんだ様子の彼。
彼の口に一度運ばれたコーヒーが目の前のテーブルを、そし
て彼のズボンを次々に濡らしてゆく。この時点でボクはまだ
彼のいつもの冗談か、または単に誤って気管に入れてしまっ
たのだとしか思わず、
「アクセル、大丈夫か?」と、紙ナプキンでテーブルを拭き
ながら笑顔で彼に問いかけていたのだけれど、次の瞬間、体
を震わせながら、それでも席を立とうとする彼を見た時、彼
の身体にただ事ならぬ事態が起こっている事に気づき、慌て
て自分より背丈も身幅も遥かに大きな彼の身体を支え、周り
の人に助けを求めた。

そこから救急車が来る迄、なんと遅いことか。
島だけに仕方がないのだろうけれど、そこにいる誰もが
苛立ちを隠せない中、ホテルの車椅子に乗せられ、左半
身の自由を奪われた彼の手をひたすらさする彼の奥方の
隣でボクは、意識が朦朧とする彼の頭がなるべく動かな
いように、両方の手のひらで紙風船を持つように優しく、
彼の頭を支え続けた。
この時点でボクは、彼が脳梗塞もしくは脳内出血、脳溢
血の何れかである事を、子供の頃にクモ膜下出血で父親
を亡くした経験と、テレビやインターネットを通し見聞
きした知識から、だいたいの見当はついていたので、な
るべく彼の頭を動かさないように細心の注意をはらった。

30分程してようやく到着した救急車の担架に皆で彼を運
び、彼と彼の奥方が乗る救急車を見送ってすぐ、部屋に
戻りジーンズとシャツに着替え、ホテルのパパと二人で
バイクにまたがり、船着き場へ向かった。

自分達が船着き場についてすぐに、一旦島の病院に立ち
寄ったらしい救急車が到着。そこから救急用の小型フェ
リーが本土に向けて出るのだけれど、フェリーに乗せよ
うとする時にここでも人手が足りず、ボクが彼の頭側の
方の担架を持ち、段差の激しい岸壁から船内へと、慎重
に彼を運び入れた。

島から一番近いマリーナへ向け出港した救急用のフェリー
の後を追うように、一般用のフェリーに乗り込み、本土側
の港町ルムッ(所要時間30分)へ向かい、ホテルのパパが島
を離れた時に使用している車で、搬送先の病院がある隣町
のスリ・マンジュンまで車を飛ばす事20分。
正月早々から運び込まれる急患でごったがえす救急搬送の
ドアを2つ開けたその場所に、担架に乗せられ鼻にチュー
ブを入れられたアクセルと、彼の手を握るマレー人の奥方
シダ、それとホテルから此処までの間ずっと彼らに付き添
っていた同じホテルの宿泊客でイングランド人のジョー夫
人の姿があった。

しばらくして大部屋の病室へ移送されたのだけれど、この
常夏の国にあって、病室内は天井のファンのみ。
しかも室内は必ずしも綺麗とは言い難く、さながら戦争映
画に出てくる野戦病院の雰囲気も否めない。そんな病室内
の、彼の身体には小さすぎるベッドの上で無意識に体を動
かそうとする彼の体を押さえ付けては、彼に
「アクセル、大丈夫、大丈夫。
 だから頭を動かすな。」
と、耳元でささやく。時折、彼が目を開き、ボクと目が合
った時に、ほんの少しだけれど反応を見せてくれたり、彼
の足の指先を指で叩くと、必ず二度親指をピクピクと動か
して返事をしてくれるのが嬉しい反面、全く動かなくなっ
た左半身の何処をさすってもつねっても反応を見せてくれ
ない彼の姿と、麻痺した唇の左端から漏れる彼の息が、ボ
クらが置かれた今この状態が必ずしも平穏でない事と、つ
い今朝まであたりまえのように口にしていた未来が奪われ
た事が悔しくてならない。

付き添いのみんなで彼の大きな身体から衣類を脱がせ、紙お
むつを彼の下半身に巻く時、思わず涙が出そうになったのだ
けれど、彼の奥方を始めその場に居る誰もがボクと同じであ
ろうその気持ちをこらえているのだから、今は哀しみに暮れ
ている場合ではない。自分に出来る事をするだけだ。彼を見
守るその輪を抜け病室を出て一人、病院内の売店で必要そう
な物を買い揃え病室に戻った。

午後3時過ぎ。設備の整ったスペシャル・ホスピタルがある
イボーへ移送する事が決まり、島から此処までの緊急搬送代
や診察・治療費などの諸々の支払い(マレーシア国民のIDカー
ドを持っていない我々外国人は高い)を済ませ、此処から車で
1時間半程、内陸部に入ったイボーまで救急車を追いかけるよ
うに移動。
二軒のスペシャル・ホスピタルを訪ね、受付で彼のパスポート
のコピーと旅行保険のコピーそれぞれを提示しながら掛け合っ
てみたのだけれど、どちらも正月休みで専門のドクターが不在
なのと、保険会社の提携病院ではないため、治療費や入院費な
どの支払いにおいてなにかと面倒らしく断念。
スペシャル・ホスピタルを後にし、彼の取り敢えずの再移送先
であるイポーの州立病院に向かい、其処で既に頭部のCTスキャ
ンを撮り終え、日本のそれとは程遠い衛生管理状態の集中治療
室で眠る彼と彼の奥方に合流し、話し合った結果、再びスリ・
マンジュンの病院へ戻る事となった。
税金が高いその分、社会福祉や医療システムが充実している彼
の母国ノルウェーとの差は計り知れず、異国の地で片道一時間
半の道を再び引き返すアクセルが不憫でならない。

午後8時過ぎ。再び戻ってきたスリ・マンジュンで、救急車で
先に病院へ着いていた奥方と合流し、皆で遅い夕食を摂り、今
からでは島に帰るフェリーもない為、島から出てきたメンバー
全員で、ホテルのパパが所有するスリ・マンジュンにある豪邸
に宿泊。その豪華さを讃えてあげたいのだけれど、ただでさえ
寝不足に加え、朝からの目まぐるしい展開に、ボクの頭越しに
飛び交う英語はもちろんの事、慣れ親しんだマレー語さえ一切
理解出来なくなりそうなくらいに、ボクの脳ミソはすでに病院
に居るアクセル以上に腫れていそうで、案内されたゲストルー
ムのベッドに溶け込でゆきそうな感覚に何度もみまわれる中、
長い、本当に長い今日という日の始まりだったアクセルの、
彼のイタズラっぽい笑顔と仕草が、開けることもおっくうな
瞼の裏側で、浮かんでは消えを繰り返す_________。

島に戻ろう

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ちなみに、これがボクが島で12年もの間、
定宿にしているシャレーのオーナーが
スリ・マンジュンに所有している豪邸。
3つあるゲストルームの一部屋に泊まったの
だけれど、まー広いの何のって。
普段は島に居るので、殆ど使っていないとか。

この家の屋根瓦分ぐらいはきっと
ボクのお蔭だよパパ_________。

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これから朝食を食べて島に戻るのだよ。

イカ釣り対決

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島に戻り、早速着替えて海岸に出てみても、
一昨日までの賑わいは何処へやら、
人影まばらなニパーベイ・ビーチ。
食堂も土産店もボート屋もその殆どが閉まり、
昼食の場所をなくした欧米人バックパッカーや
長期滞在客がウロウロしているだけ。

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ビーチボーイも開店休業状態なので、
客引き業務をサボって、イカ釣りに出掛けたのだよ。
ボート屋の主人であるノンさんの息子サイフルとの
イカ釣り対決の結果は・・・・・、2対6で惨敗。
サイフルいはく、
「ツカサはタバコの吸い過ぎで、
 頭ん中に煙しかないから。」
だってさ。__________ほっとけっ!!

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イカ釣り漁師見習い中

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仕事始めに加え、島の子供たちも学校が始まった為か
ビーチは今日も人影まばら。なので、船を出してイカを
釣り、途中、数組の客を捌いたものの、やっぱり暇な
ので再び船を出しイカのいそうなポイントを探しては
ひたすら竿を振る。これじゃあイカ釣り漁師なのだよ。
さて、バケツの中でスミを吐くこのイカたちを持ち込
んで調理してくれる馴染みの食堂もことごとく閉まっ
ているのがたまに傷な水曜日。晴れ________。

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I'm WAGAMAMA

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今日も地元観光客も疎らな海岸。
けれど、観光客と同じく営業しているボート屋も
数少なく、シュノーケリングやアイランドトリップ
(船での島巡り)を所望する客が自ずとウチに集まって
くるのは自然の通りなわけで。その結果、日中、陸の
上にいる時間よりも海の上のそれの方が長くなり、
するとどーなるかと言うと、波に揺られ過ぎて
三半規管が狂い、夜眠りにつくまでユラユラとした
感覚にみまわれる上に、船で海上を移動する為、
波に打ちつける船底の衝撃で、背中が筋肉痛のよう
になる。
そんな疲れた体を癒してくれるボート屋の主人である
ノンさんの奥さんの今夜の手料理は、照り焼きチキンと
牛肉入りスープ・ガーリック風味。

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どれも日本人の、というか、最近辛い物に飽きているボクだけ
の為の料理を前に、元来辛い物好きなマレー人たち。
そこは当然のように文句が出る。そんな家族や仲間の輪の
真ん中で、
「我が儘を言うな。だったらチリソースでもかけて喰え。」
と、家の主人でもないのに一番偉そうに、しかも自分の事は
すっかり棚にあげて旨そうに料理を頬張るボクの言葉に対し、
これまた当然といえば当然のように、各自の口から反論が
噴き出すのだけれど、
すまんね、いくらキミらが愚痴ろうが文句を垂れようが、
こっちはそこまでマレー語を覚えているわけではなく、
要するにだ。わっかりませーんベロベロバー_______。

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痒いトコないですか?

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島の美容室でやってくれる『シャンプー&マッサージ』。
1時間みっちりとシャンプーとヘッドマッサージ、
それと首、肩、背中をマッサージしてくれて、
料金はなんと10RM(約250円)!!
お得感に釣られすでに今回2回目。

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地獄の始まり・その1

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パンコール島の中華レストラン『Yee-lin』で、
ノンさん家族と親戚らと一緒に、
『シャコ海老の唐揚げ甘酢がけ』と
殻語と食べられる脱皮したての『上海ガニの唐揚げ』と
持ち込んだ『鯛の煮付け甘酢がけ』と
『磯魚の唐揚げサワーソースがけ』と
日本の厚揚げに似た『タフ』と
『チンゲン菜の炒めものガーリック風味』と
これまた自分らでもちこんだ『山羊のブラックペッパー炒め』と、
食後に『アイスクリーム揚げ』を食べ、
これだけ注文して150RM(3750円)弱という金額を
まーまーいーからと金持ちにでもなったかのように支払った時は、
まだお腹も痛くなかったのだけれどね____________。

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地獄の始まり・その2

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あちこちに立ち寄るノロノロなバスで5時間かけて
首都クアラ・ルンプールに着いた時にはもーヘトヘ
トで、食べ物屋を探す体力も気力も失せていたし、
食欲もなかったもんだから、もーバーガーキングで
いいかってノリで、結局この日の昼兼夕飯をそんな
感じで済ませた頃には、たしかにお腹の調子がなん
とな~く良くない感じはしていたのだよ_____。

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下痢地獄、到来

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で、朝から水下痢と悪寒にみまわれ、
ホテルの室内でベッドとトイレを行ったり来たり。
その数なんと10回超。
まるで、尻の穴がビールのサーバーにでもなった
かのように、身体の水分という水分が一気に抜け
て行く事態にさすがにこりゃなんとかせねばと思い、
尻の穴のしまり具合を確かめた後、急いでホテル前
の薬屋に行き、下痢止め(8RM=約200円)とコンビニ
で2㍑ペットボトルを2本買い、ホテルのレストラン
で食塩をひとつまみ程度貰い、部屋に戻って、悪寒
対策の為のパーカーを着込み、再びベッドに潜り込
んだと思ったらまたトイレという、その果てしない
水下痢地獄に、体力はみるみる奪われ、ケツの穴が
ヒリヒリと痛む頃には、もう透明な水ウンチさえも
出ず、それでもブヒーブヒーと何かを吐き出したい
かのように鳴く我が尻がとてもせつなく、今日1日
何も口にしていない体から全てを奪い去られた敗北
感にも似た気持ちで一杯の月曜日________。

病院巡り

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病室へ行き、血液検査と点滴を受けたその体で、
先日、脳卒中で倒れたノルウェー人のアクセルが搬送されている
クアラ・ルンプール市内の別の病院まで彼を見舞いに
タクシーで移動(11RM=約275円)。

陽気なマレー人の奥方に案内されて彼の病室へ。
ベッドに仰向けの状態で横たわる彼。
全く動かなくなってしまった左半身は残念でならないけれど、
ずいぶんと話も出来るようになったし、動く方の右目の目尻
にはやっぱりいたずらっ子の笑みを浮かべ、ボクに、
日本人だったら見舞金をたっぷり持って来ただろうならしき
事を、動く方の右手の素振りを交えて言う。

アクセルさ、オイラ英語は相変わらず苦手だけどさ、
ゆっくりゆっくりと諦めずにリハビリしてさ、
またいっぱいいっぱい話そうよ。
僕らが出逢ったあの島で____________。

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単なる食あたりでしょ。下痢が続くようだったらまた来てだって。

地獄を抜け出し

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病院での点滴と貰った薬が効いているせいか、
多少は腹のグジグジ感は残るものの、水下痢
地獄からは抜け出したようで、あとは失った
体力の回復に努めるだけ。だったらこんな忙
しない街よりパンコール島で養生した方が良
いにきまっているので、4時間半のバスの旅は
弱りきった今の体にはちと辛かったけれど、
帰ってきたよパンコール。

明日も晴れるかね。
今日一日の役目を果たした太陽が沖合いの
マンタンゴ島に隠れるのを、腹を摩りながら
眺める_________________。

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ケース バイ ケース

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知り合いと云ふのは時に困るもので、それなりの優遇も
受けられる代わりに、その反対もあるわけで。

______ツカサはこの部屋で良いよね?
飛び込みの上客の為に空けている綺麗で広い空きシャレーを
幾つも通り過ぎ、裏のアパートメントタイプの建物二階、
四畳半ほどのボクの今の部屋は、インターネット環境に
必要なwifiからもはるかに遠く、これが最近日記が滞って
いる第一の要因なのだよ。
ま、エアコンとテレビ、それにホットシャワーがあるだ
けマシか。1週間後に来るチャイニーズ・ニューイヤーは
共同トイレに水シャワー、扇風機だけの部屋に隔離が決定
しているだけに、今のうちにエアコンの涼しさを満喫して
おこうっと____________________。

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唄ウタイマース

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暇な時は昼でも夜でもあちこちのビーチに呼ばれ、
そこで潮風に朽ちかけたギター片手に唄っている
のだよ。

ちなみにこちらのマレー人に人気のナンバーは、
若い男どもには『ベリーベリー・イージーライダー』、
『限りある世界』など。
男女ともに『love song』や『照シノウタ』は好きみたい。
あと、『イルカの居る場所・居ない場所』のスローバージョンとか。
メロディアスなのが好きなのね。

で、今日もノーヘルバイクで隣のコーラルベイまで
出張ってゆくのだよ_____________。

最年少のトモダチ

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クカサ、クカサと毎日のように道路の向こうからボクに
手招きしてくれる、フルーツ売りの夫婦の愛息子ソレが
一番最近出来た最年少のトモダチ。
ツ・カ・サ。彼を抱き抱えて何度も教えるけれど、やっ
ぱり今日も彼はクカサと、その小さな額をボクの額に
くっつけてくる。
キミが可愛いいおねーちゃんならたぶんもっと嬉しいぜ。

でもね、今日からしばらくはチャイニーズ・ニューイヤー週間で、
ボート屋も大忙しだから、しばらくキミと遊ぶ事が出来ないのだよ。
このアイスコーヒーを分けてあげるから許してね、チュッ____。

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無給だけれどね

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一日中ボートに乗っていると、いくら船酔いしないボクでも、
ユラユラ感がホテルのベッドに横たわる夜中まで抜けない。
なので時々は、ボート屋での客引きをサボり、
隣のビーチや自分のホテルへこっそり逃げたりもするけれど、
他のビーチボーイの誰かが日本人観光客をみつけると
何故かボクに連絡が入るシステムが勝手に構築されている
ようで、その度に普段自分の居るボート屋に呼び戻される。

でもま、気心の知れた同じ国の方々にパンコール島や
この島に住む人々と触れ合ってもらえる事が出来るし、
ボクがそのコミュニケーションツールとして少しでも役に
立っているのなら、それはそれで嬉しいのだよ。


「じゃあ行きますか!」
ボクは今日もボートの錨を勢いよく引っ張り上げる___。

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一寸の虫にも五分の魂

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ソイツはたぶん、こんな夜更けにその堅い甲殻で覆われた体を洋服屋の
おばちゃんにモップの柄で何度も何度も叩かれ殺される為に、この島の
ジャングルの中で鳥や蛇やオオトカゲや野良猫や野良犬といった様々な
天敵から逃れながら生き抜いてきたわけじゃないだろう。

モップを振るおばちゃんの腕を制した後、店先の屋根に吊されていた
洋服にしがみつくソイツを自分の手に乗せ、物珍しそうに眺める見物客に
ひととおり見せた後、ビーチ沿いに生える大木の幹に放す。

太い幹の表面を星空目がけてのぼってゆくソイツをボクと一緒に
見送っていたオヤジが言う。
「オレが子供の頃はたくさんいたんだがなぁ。今じゃクアラ・ルンプールで
 一匹1500円ほどで売られてるほど価値のあるカブト虫だよ。」


放す前に言えよオヤジ____________________。

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コーカサスオオカブト

コーラル・ベイにて

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普段自分の居るビーチの隣に位置する此処コーラル・ベイは、
ボート屋の数も少なく、道路からも離れているので、
比較的静かなせいか、外国人観光客の多くがここの砂浜で
日光浴や海水浴をしたりして日中を過ごす。

つまり。
モスリム教徒ゆえに海に入る時でも肌を隠さねばならない
ローカル観光客で賑わう他のビーチに比べ、此処は
白人おねーちゃんを始めとする外国人おねーちゃんたちの
肌の露出度がダントツに高く、ビキニ姿はもちろんの事、
時折、トップレス姿のおねーちゃんたちも拝める。

な、なんとけしからん。此処はイスラムの国だぞっ。
そんな小言を洩らしながら、木陰で涼むマレー人のオヤジ達の
目線はいっこうにおねーちゃんの乳から外れない。
白人ねーちゃんの乳見たってしゃーないじゃん。
と、瞬きを忘れたかのようなオヤジ達を鼻で笑うボクの視線も
やっぱりオヤジ達と同じ方向。

小さく崩れる波の音と海から吹く風がとても気持ち良い、
オヤジ達の鼓動以外は穏やかな、とても穏やかな昼下がり____。

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波を挟んだコチラとアチラ

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旧正月の賑わいが通り過ぎ、島のビーチもいつもの静けさを取り戻したかの
ように思えたのも束の間、今度はタイプーサムというヒンドゥー教の祭りで
またまた連休を迎え、ローカル観光客賑わうパンコール島。

今日も宿泊客以外は上陸を禁じられている高級リゾートの島、
パンコール・ラウ島まで客を乗せてボートトリップに出掛けるわけだけれども、
その都度その都度マレー語で、
「此処は1泊3万円以上。もしもオイラがお金持ちなら、毎日此処の
 テラスから、あんなふーに優雅にボートの上のキミらに手を振っていたはず。」
と、この先も到底ないであろう戯れ言を交えた説明も
すっかり板についてしまった事がちょっぴり哀しかったりするのだよ_____。

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金色の帯の端にて

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コンジキノオビノハシニテ。

Kさん。
たぶんアナタが生きていたら、
心配でもう何回も電話してきてるよね。
大丈夫。ケンカもしてない。危ない事もしてない。
病気にもなっていない。ついでに言えば、
やっぱりこっちでも子供とオカマだけには
モテてますよ不本意ですけどね_______。

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ヘトヘトなりに楽しんでます

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チャイニーズマレーの女の子二人につきっきりで
シュノーケリングをしているエロオヤジ、違った、
ボート屋の主人ノンさんの姿を遥か遠くに見ながら、
ボクはボクで彼から預かったボートを操りながら
イカ釣りを楽しむ。

が、一人で釣りをしながら潮流も気にしていなければならず、
ならば錨を降ろしてしまえと海に放りこんだら錨が岩サンゴに
挟まっていざ上げる時に往生したし、おまけにルアーが珊瑚に
引っかかったりすると、リールを片手で巻き取りながらもう一方
の手で操船しなきゃならんし、其処が浅瀬だったりすると、
エンジンの上げ下げまでせにゃならんし、おかげで操船技術が
上達したよ。
イカは一匹も釣れなかったけどね________。

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最後の切り札

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ある晩にはエリック・クラプトンのTears In Heavenを唄い、
イングランド人の夫妻から、
「アメイジング! アナタ喋るのは苦手なのに、歌の発音は凄くいいわね。」
と、褒められてんのか貶されてんのか解らない賛辞を頂き、
ある晩には酔っ払ったヨーロッパ人たちが踊る前でStand By Meを唄い、
ある晩には「照るしのウタ」や「ベリーベリー・イージーライダー」といった
自身のオリジナル曲をところどころマレー語に変えて唄い、
ホテルカリフォルニアがリクエストされれば、歌詞を覚えてなくても
どんなにキーが高くてもやっぱり唄う。

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自分たちだけで盛り上がらない夜に限ってこちらに手招きしてくる
地元のミュージシャン。
彼らにとってボクは「困った時の代打」的な存在で、マレー人からすれば
"日本人ミュージシャン"という物珍しさも手伝いおのずと人は集まってくる。
それでもいまいち盛り上がらない夜だってそりゃたまにはあるけれど、
そんな時はこれを唄えば大合唱が起こるコトも覚えたよ。
アン♪アン♪アン♪ とっても大好きドラえーもんー♪

オイラのお陰でこの冷めた雰囲気をここまで盛り返してやったのに、
今夜も分け前無しかよっ、このケチ禿げカッパ!
ま、厳密に言うと、オイラのお陰というよりも
完全に"ドラえもん"のお陰なのだけれどね__________。


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そう言えば、ここのところ島内でのバイク事故が多発していて、
先月も夜中に峠で事故っているマレー人観光客のカップルを
病院までフォローしたり、つい先日は知り合いのビーチボーイが
ノーヘルで事故って本土の病院に緊急搬送されたりで、
警察も普段と違いピリピリしていて取り締まりも厳しくなっている中、
ノーヘルで釣り竿担いでバイクで走っていると、島の警察の検問に
引っ掛かってしまったのだよ。
おまけに国際免許なんぞ申請しているわけもなく。

ノーヘルは罰金300RM(約7800円)。
免許不携帯は同じく300RM。合計600RMという長期旅行者に
とっては多額なお金を頭の中で一枚二枚と思い浮かべていると、
まずは警官の一人がマレー語で「IDカードを見せろ。」と言って
きた。どうやらすっかり日に焼けたボクの事をマレー人だと
思っているらしいので、マレー語を普段の3倍遅く喋る、早い話、
ちょっと知恵の遅れた人のフリをして、穏やかな笑顔を絶やさず、
「ID? オイラ、日本人だぁよ。」と答えると、
「じゃあパスポート見せろ。」と別の警官が言うので、
「パスポートはホテルだぁよ。此処での滞在中はボート屋の
 手伝いをしているだぁよ。でも無給だぁよ。」と、
あくまで笑顔は絶やさずに、ついでに肩に担いだ釣り竿の事には
絶対触れてくれるなと願いながら答えると、
「解った解った。解ったからもぅ1回戻ってヘルメット被ってこい。」って
明らかに面倒くさそうな表情で注意されただけで許してもらえたので、
引き返してヘルメット被って、再びその検問の前を手を振りながら
バイクで通ると、警官6人が全員笑顔で手を振り返してくれたよ。
今回は許してくれても二度目は無いな、と思い、その日以来、
バイクで峠を越える時は必ずヘルメットを被っている今日この頃。

お馬鹿のフリをするのが嫌な方は、日本で国際免許は
申請日当日に付与されるので面倒くさがらずに。
それと、島内でのバイクの運転はヘルメット着用をお忘れ無く__。

バレンタイン・デー?何それ?

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日本はきっとバレンタイン・デーで人によっては浮かれたり沈んだりして
何かと忙しいでしょうけれど、こっちは今日もいつもと何ひとつ変わりなく、
穏やかな風と穏やかな海に包まれてますよ___________。

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そふそふ。今日、ボートに乗ってくれた若き日本人男子3人。
バレンタイン・デーなのにキミら何してんの?というボクの
冷やかしにも元気な笑顔で「関係ないっすよー!!」。
キミらの未来に幸あれ。

生かされる者として

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「こんな時に眠るように死ねたらどんなに幸せだろう。」と、
けしてそれは若い頃に思ったような破れかぶれ的な理由からではなく、
どちらかというと満たされた中で迎える最期の場面というべきか、
そんな事をふと想像するようになったのも、やはり自分が歳を
とったせいだろう。今回のパンコール島での滞在中、そんな場面に
何度も出くわす。
_________例えば。
コーラル・ベイの木陰でビーチチェアにもたれて波の音を聞いている時。

砂浜に座って夕焼け空を眺めている時。

宵の口、ノンさんの村でハンモックに揺られながら、閉じた瞼の裏で
子供達の遊び声を聞いている時。

それぞれ時刻こそ違うけれど、どれもそこに肌を優しくさするような
心地良い風が吹いている。


しかしながら、半端者は半端者なりに想ふ事も多々有り、
まだまだ生きねばならぬ責任というか、
穏やかに死ぬ権利がまだ与えられていないのだよきっと。
「そろそろコイツも止めねばならぬかねぇ。」
マラッカ海峡に沈む太陽が染めるその雲に、重なるように
浮かんでは消えるたくさんの笑顔を見送りながら、
指に挟んだタバコを砂浜に押しつける夕暮れ時_____。

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ノンさんとボク

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「ツカサがこの島に居られるのもあと少し。
 釣りがし足りないなら思う存分してから日本に帰れ。」

まだまだボートに乗ってくれそうな観光客たちの間を
ガソリンの入ったポリタンクを下げて砂浜へと降りてゆくノンさん。
そう言えば、いつかマレー人の若い学生たちからは通常の料金は取れ
ないと、格安の値段でボートトリップをして、後で他のボート屋仲間から
「そんな事してたらつぶれるぞ。」と笑われたり、島の子供達を無料で
乗せ、生まれて初めてのボートトリップにはしゃぐ子供達の笑顔に、
舵をとるノンさんの顔も嬉しそうだったり。
彼はけして商売が上手い方ではない。ボクの泊まっているホテルの
パパのような金持ちにはこの先なれそうもない。
選ぶ友達を間違ったかな、と皮肉を言うボクに、
それはオレも同じさと彼が笑う。

そして今日も______________。
団体客を乗せて走る他のボート屋たちの軌跡をまたいで、
ボクだけを乗せた彼のボートが夕日に照らされた沖を目指す。

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ボートトリップはいかが?

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およそ2ヶ月に及ぶパンコール島滞在も今日で最後。
いつもと同じ時刻に起き、いつもと同じ笑顔で皆と挨拶を交わし、
いつもと同じようにバカな事を言い合って皆と笑い、
いつもと同じようにボートに乗り、
いつもと同じようにイカ釣りを楽しみ、
いつもと同じように暮れてゆく空を眺め、
いつもと同じように皆で賑やかな食卓を囲み、
いつもと同じように皆で歌を唄い、
いつもと同じように自分の巣に戻る友を見送った後、
一人真夜中の砂浜に降りて、
小さく砕けた波の狭間で光る夜光虫を見ながら少しだけ歩き、
誰も居ない海岸通りへの階段を上り、
テーブルと椅子だけが残されたボート屋の
そのいつもの椅子に腰掛ける。

「ハロー! ボートトリップはいかが?シュノーケリングは?」

静まりかえった暗い通りに向かって放つボクの拙いマレー語を
夜の風だけが優しく見送ってくれるパンコール島最後の夜__。

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おぼろ月夜

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開け放った窓辺から
部屋の冷気と入れ替わりに入ってくる
湿り気をおびた温かい風と街の喧騒が
日に焼けた頬を撫でてゆく中、
もうすでに朧気になりつつあるその笑顔に、
きっとこれも淡い夢なのだろうと
聞き分けの悪い童心に言い聞かせる、
そんなマレーシア最後の夜_________。

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帰国したよ

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寒い日本に帰ってきたよ。

必ずしも速いとは言えないインターネット環境の中、
Facebookの方ばかり更新してこちらがおろそかになっていたので、
こちらを読んでくれている数少ない方々の為に、
途中で止まった時間を今からユルリユルリと巻き戻してゆこうと思う。
あの日の夕焼けを思い出しながら_____________。

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旅の予定2012

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【今月後半】
高知に帰省する予定ではいるがあくまで予定。

【7月上旬】決定事項
毎年恒例の沖縄・伊平屋島。
新宿2丁目の故人の言葉を伝えに行くのも役目なもんで。

【7月後半〜8月後半】決定事項
初のアメリカ・ニューヨーク。
マジソン・スクエア・ガーデンに『ハリーレイス』(元NWA世界ヘビー級王者)の
面影を探しに行く。

【12月後半もしくは1月前半】
越冬の為マレーシアへ南下する予定。
でも今回はなるべく早く帰ってくるってば。



言い理由にもなってない言い理由を並べてみても、
ATMからペロッと出されたその通帳に記された残高が
増えるわけでもなし______________。

アースシェイカーも入れとこ♪

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東京、晴れ。

今週水曜日から予定している沖縄・伊平屋島旅行。
先週のうちに、荷物の発送や、毎年恒例、本島を縦断する為に借りる
レンタカー車内を爆音で埋めるBGM『俺夏2012ver.』の編集も済ませ
ているので、昨夜から安心して37.4度の発熱中ではあるけれど、
山口百恵の『禁じられた遊び』(1973)は果たして夏シリーズで良いのか
だとか、だったらそもそもラウドネスの『In The mirror』は夏となんの関係も
ないだろうだとか、気になって気になって眠る気分でもないのだけれど、
そこはやっぱり風邪なのですぐに眠くなってしまう月曜日_______。

沖縄・伊平屋島2012-初日-

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およそ2時間半前に羽田から飛び立った飛行機が着陸態勢に
入る少し前に、飛行機の窓から見える伊平屋島はやっぱり綺麗で、
毎度の事ながら「ここでパラシュートでも貸して降ろしてくれ。」と
思うのだけれど、沖縄本島での付き合いもあり、なかなかそーゆー
わけにもいかないのだよ。ま、付き合いがなくても当然降ろしては
くれないのだけれど。

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那覇空港到着後、レンタカー車内に自身が編集したBGM『俺夏2012ver.』を
爆音でかけながら、読谷村にある『gala 青い海』に立ち寄り、そこの支配人で
あるT氏に「知人特権はねーのか!?」などと絡みながら昼食を済ませた後、
名護市のホテルへ向かう。

夜7時。主亡き新宿2丁目軍団と居酒屋『春海』で合流。春海オーナーも同席し、
故人の思い出話に花が咲く。
夜11時。春海マスターに連れられて向かった二次会の店で、自分たちのグル
ープに付いた女の子に「ホモでもいいサー。カミングアウトすればいいサ−。」
と、弄られる友人Fの困惑ぶりをおおいに楽しむ。
ま、女の子に対して無愛想な友人Fを「コイツ、ホモだから気にせんといて。」と
言ったのは、ボクなんだけれどね___________________。

沖縄・伊平屋島2012ー2日目・前半ー

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午前11時。伊平屋島には今帰仁・運天港からフェリーの第1便が
出港する。およそ1時間20分の船旅。昔は甲板でギター片手に
ジャンジャカ騒いでいたのだけれど、ここ最近はずっと、船内に
乗り込むやいなや、ザコ寝席で毛布を被って爆睡するので、
途中に見られるトビウオの群れなどはしばらく見ていないのだよ。

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午後12時20分。伊平屋島・前泊港に到着。
送迎バスで元・新宿2丁目軍団をホテルまで運び、部屋割りを決めた後、
故人の名前が付いたというか、故人が勝手につけた『カズミ・ビーチ』へ。

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故・柏木 和美氏本人と、彼の友人でもある故・はらたいら氏の二人が
こよなく愛した『カズミ・ビーチ』。カズミさんの奥方と、彼と一番
仲の良かった、この日記でも時々登場する『バカ松の宮さま』こと
四国の御仁の二人が、彼の骨のカケラを海に還すのを見守る。

カズミ・ビーチを後にした一行。途中、クマヤ洞窟で参拝をし、
伊平屋島灯台に登り、旧カズミ・ビーチに立ち寄り、いったい
カズミさんはいくつビーチを持っているんだと、みんなで笑いながら、
島を一周したのだよ。



10人もいるので、島内での移動は車2台に分かれての移動なの
だけれど、若手組と呼ばれるボクたちの方の愛車はコレ。ジャン♪

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オイルタンク剥き出しで『結果、自然に空冷型』の5速マニュアル。
もちろん、エアコンなんぞ壊れて久しい。ガソリンメーターも常に
エンプティ。ちょっと強めにドアを閉めようもんなら天井からサビや
いろんな物がポロポロ落ちてくるぜ! 全開にした窓から入ってくる
伊平屋の海風が最高に気持ち良いのだよ_________。

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夕食後、毎回のように行く居酒屋『つり吉』で、カズミさんと特に
仲の良かった島の友人たちも混じり、故人を偲ぶ。
去年の夏に伊平屋島から東京へ戻ってから亡くなるまでの
約5ヶ月間の彼の様子や、彼が常日頃から口にしていた
島の友人たちへの感謝の言葉を伝えるのが、今回のボクの役目
なので、会った人たち一人一人に、それを伝える。

偲ぶと言っても、結局は楽しい話ばっかりなので、そこに居る誰もが
笑い合っている。
笑い声の絶えぬ輪の少し外側。長い長い歳月をかけてその輪を
紡いだ張本人がこれまた穏やかな笑みを浮かべて皆を見守って
いる伊平屋島の夜____________________。

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伊平屋島で、我が娘を溺愛する親父たちに問うてみた。
『もしも自分の娘に彼氏が出来て、その彼氏が挨拶に来たらどうするか』

ある者は答える。
錆びた日本刀で切るサー。サビてるからすぐには死なないサ−。
 数ヶ月経ってから破傷風で死ぬから"殺人罪"じゃないサー。」

またある者は答える。
「漁船にロープで縛り付けて島1周するサー。
 手を縛りつけるんじゃダメサー。両足を縛るサー。
 そしたら鼻から海水が入って息が出来ないわけヨー。」

娘を溺愛し過ぎて殺人も犯しかねない勢いなのだけれど、
そんな中にもユーモアを忘れない伊平屋島の親父たち。

『他人様の娘は二人も息子たちの嫁に貰ったのに、
 それでは虫が良すぎるのではないか?』
というこちらの問いには、真顔でこう答える親父たち。
だって、簡単にくれたもん。」____日本の親父ここにあり。

そして......十数年女性に縁の無いこの男は、はたして
錆びた日本刀で切られるのか、漁船に足を縛り付けられるのか、
それは神様にもわからない_______________。

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後ろ姿ー沖縄・伊平屋島2012・4日目前半-

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数年前に島の友人に教えて貰った野甫の橋の下のビーチ。
割と浅い所でもクマノミを始めその他の小魚が生息するので、
泳ぎの苦手な人でも安心して楽しめるこの場所。
橋の下の日陰で、椅子に腰掛け、ビール片手に、時間毎に色を
変えるその海を眺めていた今は亡き新宿2丁目のマスター。
彼が愛した伊平屋島の海を携帯のカメラにおさめようとする
奥方の後ろで、彼の好きだった『Forever In Love/Kenny G』が
流れる伊平屋島滞在最後の日_____________。

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前泊エイサーで幕を開けた『カズミさんを偲ぶ会・伊平屋島編』。
正装で踊ってくれる青年団の誰もが故人を知る。

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ある若者は、まだ幼い頃、故人が島で披露した芸を真似て、
風呂場で何度もチンチンを股に挟もうとチャレンジしては失敗し、
最後には父親に「挟めないヨー。」と泣きついた。
またある若者は、補助輪の取れたばかりの自転車で転んだところを
故人に「男の子だろ?痛くないだろ?」と励まされたにもかかわらず、
起き上がるやいなや、「オカマ!」と捨て台詞を吐いて自転車を漕いで
逃げた。
やがて成人し結婚し子供が出来、毎年カズミさんが伊平屋島に
滞在中の間に、その子供を抱えてカズミさんに会いに来てくれた
ソイツらが踊る姿をステージ脇で見て、葬式でも出なかった涙が
出たのだけれど、たぶんこの涙はボク自身の涙ではなくて、
カズミさんが憑依していたのだよ、きっと。悲しい気分とかではなくて、
なんだか長い時間が其処にあったなぁという気持ち。アンダースタン?

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で、この島に来てから急遽「ツカサ唄え!」と言われたので、
「そんな事急に言われても譜面持って来てないもん。」というボクの
隣で友人Fが、「こんな事もあろうかと。」と譜面をボクに手渡す。
まったく準備の良いこっちゃ。
連日、朝から遊びすぎた末の疲れとこちらに来てまったく出てないウンチが
溜まりに溜まったこの体で、はたしてどこまで出来るか解らぬけれど、
とりあえず演ってみようではないか、と、急いで島の友人にギターを借り、
カズミさんにまつわるナンバーを数曲披露したのだけれど、
たぶんカズミさんが喉を絞めていたんだろうね。ウンチどころか声まで出ない。
ま、気持ち込めてたからOK、なんてアマチュアみたいな言い訳で逃げてやるぜ。
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で、ボクのミニ・ライブが終わり、ホテルのおとーさんこと、西江 寄進氏の
三線と歌が披露され、それに島の友人たちの踊りが加わり、
最後には故人の遺影を囲んだカチャーシーになり、自然と其処に笑顔の
花が咲く。最期の最期までボクらと笑い合っていたアナタにぴったりの
偲ぶ会になったでしょ? カズミさん________________。

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※故人と面識が無いにもかかわらず、この会に快く参加してくれた方々に
 厚く御礼申し上げます。

みんなが楽しそうにカチャーシーを踊る輪から少し離れた場所で、
ホテルのおかーさんにマッサージをしてもらう。
実はこのおかーさん、知る人ぞ知る『能力者』で、その力恐るべし。
毎年、おかーさんがジッとこちらを見たり、ボクを呼び止めたり
するその度に、ボクは全力で逃げ回る。だって怖いもんホントに。
しかし、今夜ぐらいは素直におかーさんの言葉に甘んじようでは
ないか。なーに、ただのマッサージだってば。

「目を閉じて念じるマッサージなんて聞いた事ないぞ。」と、
普段無口な友人Fがここぞとばかりに突っ込むけれど、
オマエこそ"彼女"が出来る呪文でも唱えてもらいたまえ____。

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笑い合う事、それだけ。
ボクはボクの道を行く。
それはアナタの道でもある________________。

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BGMはGeorge Harrisonの『My Sweet Lord』をbilly preston版で。
しかも『Lord(主)』を『Road(道)』に変えてみたりして______。

N.Y-マンハッタン-滞在初日

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N.Yに到着。滞在先の部屋の窓から見える景色は絶景で、
なんだかお金持ちになったような気分なのだけれど、
ボクの今の所持金は20$に満たない。
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フォーシーズンズのサクセス・ストーリーを描いたミュージカル
『Jersey Boys』を観に行く為に徒歩でブロードウェイを北へ。
途中、1曲だけを延々と繰り返すサックス親父のそのJazzナンバー
『Take Five』がシビれるほど格好良かったので、
「写真を撮ってもいい?」と彼に聞くと、
「チップさえ入れてくれりゃーな。」と、無愛想な返事が帰ってきた。
「もちろん!」覚えたての英語で、乏しい所持金の中から2$を渡す。
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ミュージカル鑑賞後、クソ不味い店で夕食を済ませ、
再びブロードウェイを南へ戻るように歩く。
さてさて、果たしてこの街は新入りのボクを受け入れて
くれるだろうか、とても不安なN.Y滞在初日_____。

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決め技はダイビング・ヘッドバット

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元NWA世界ヘビー級王者であるハリー・レイスを探す為、
地下鉄に乗りマジソン・スクエア・ガーデンへ。
ボクの脳内ではもうすでにhenssimoの登場S.Eでもお馴染みの
『NWA世界ヘビー級王者のテーマ』が流れていて、彼が何処から
現れてもいいようにこっちはすでに臨戦態勢なのだけれど、
周囲の人たちがクスクス笑うだけで、彼はいっこうにその姿を
ボクの前に現さないのだよ。1995年に引退している現在69歳の
彼からスリーカウント取るまでは日本に戻れぬ男の浪漫____。

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地図もスマフォも持ってませんが?

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映画『ゴッド・ファーザー』での洗礼式と対立マフィア殺戮の場面が交互に
映し出されるお馴染みのラストの山場。その洗礼式の舞台となった
『セント・パトリック教会』を後にして、有名ブランドショップが立ち並ぶ、
いわゆるN.Y5番街を通り過ぎ、セントラルパークを左に見ながら北へ、
かれこれ30分程歩きっぱなしのボクの折りたたみ式のプリペイド携帯に、
現在N.Y市に招かれて1月から滞在しているS新聞のI氏から連絡が入る。

「ツカサくん、今何処におるぜぇ?」
N.Yで聞く土佐弁が、この時点ですでに迷子になっているボクの不安を
少しだけ消してくれる。

「今、イーストの92st辺りやね。ジョン・レノンが撃たれた
 ダコタ・アパート探しゆーがやけんど、いっこうにみつからんがちや。」

「ツカサくん、そりゃとっくに行き過ぎちゅーどころか、反対側じゃ。」

要するにボクは、バカでかいセントラルパークの東側には絶対に無い
そのアパートを探し、I氏いはく、あと10丁目ほど歩いてたら、たぶん翌日
辺りには間抜けな日本人の死体が1体転がっていたかもしれぬという
危険な地区の方へ延々と歩いていたらしい。
I氏からEast72stまでの戻り方を聞き、意外とアップダウンのあるその
道をこれ以上は歩けませんと足腰が懇願するので、バスと地下鉄に乗り、
なんとか目的の地であるダコタ・アパートとストロベリーフィールズに到着
したのだよ。物売りのバングラデシュ人に2$ボラれても文句のひとつも
言えないほど疲れ果てて公園のベンチに座る夕方前________。

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好みは人それぞれだけれども

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Jane Monheit(ジェーン・モンハイト)ファンの方には誠に申し訳ないけれど、
今夜のブルーノートでの彼女の歌声にボクが惹き込まれる事は残念ながら
なかったのだよ。ライブ終了後に店を出て、このまま部屋に帰るのもなんだ
か消化不良のようなボクの気を悟ったその怪しい客引きに連れられて入った
ライブ・バー『Cafe Wha?』。火曜日担当のSoul Band『Disfunktion』で
唄う黒人女性ボーカルの飛び切り千切れたその歌声に鳥肌が立ち、
「N.Yあなどれねぇ。あぶねー、あぶねー。」と、叫び過ぎて乾いた喉を潤そ
うとするやいなや、今度は男性ボーカルの歌声にヤラれ、おまけにバンドも
グルーヴしまくりで、椅子に座っていた時間より踊っていた時間の方が
はるかに多く、気づけば午前0時前という、結局5行では言い表す事の出来
ない"百聞は一見にしかず"なダウンタウンの夜___________。

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アポロシアターに立つ日を夢見て

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APOLLO THEATERで1934年から開催されている『アマチュア・ナイト』。
プロへの登竜門で、数々の有名アーティストがここから輩出された事でも
有名なそのイベントを観に、治安の悪さでは有名なハーレムに地下鉄で向かう。
ホラね、着いた早々、ボロボロのTシャツ姿の黒人オヤジやアンちゃん達が、
ラップでお馴染みのあの声で「タバコ持ってねーか?」だとか
「1$持ってねーか? 1$でいいからよ、メーン?」とか絡んでくるし。
メーン?じゃねーよメーンじゃ。その度にこちらも、ロバート・デ・ニーロ並みに
眉をひそめたオーバーな演技を交え、
「すまんね。これが最後の1本なんだよ。」などと余裕綽々たる態度で断って
はいるけれど、正直、心の中では「もうホントに勘弁してくださいよー。」と、
カツ上げに遭っている中学生にも似た心境なのだよ。

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会場へ入る。其処では、イカした出演者には観客からの惜しみない歓声と
拍手の嵐が。反対に少しでも下手な出演者や、たとえ歌が上手くても、
イケ好かない奴には、たとえそれが妊娠9ヶ月の妊婦であろうとなかろうと
容赦無いブーイングが会場中に飛び交い、最終的な審査も観客の歓声の
大きさで決まる。もしオイラがあそこで唄ったら歓声かね?それとも?

で、結果、今夜の優勝者はジャグリングのアンちゃんだったわけで、
ヘイメーンオヤジやアンちゃんたちの呼びかけを肩でかわしながら歩く駅までの
帰り道、「よしっ、日本に帰国したらまずジャグリングの練習をしよう。」と、
そんな浅はかな考えを思いめぐらす雨上がりのハーレムの夜_______。

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良くも悪くも"アメリカ"ですよ

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ロックフェラーセンタービルからの帰り道、わざわざ遠回りして
タイムズスクエアを歩いていた時にふと思ったのだよ。
「この街は惜しみなく電気を使う街だ。」と。
エネルギー資源大国という事もあるだろうけれど、
過去に空襲や大震災に見舞われていないせいもあるのだろう。

コイツらに『もったいない』だとか『みんなの為の節電』だとか唱えても、
結局は他人から教えられただけの『思いやり』と同じで、
その皮を一枚引っ剥がせば、ヒステリックな正義をすぐに振りかざして、
どっからか電気や物資を奪ってくるに違いないと思えてならない事ばかりを
目の当たりにするN.Y滞在6日目の夜_______________。

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幅7.6cmのこちらと向こう

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ヤンキースタジアムの左翼、318ft(約97m)。
たとえボールがそれ以上の距離を飛んだとしても、
ポールのこっち側じゃファールで向こう側は
ホームランなのだよ。
たとえ同じ距離を飛んだとしてもファールじゃ
誰も認めてくれない。ルールとはいえなんか嫌だね____。

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省みぬ正義感

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_____________今回はちょいと小難しい話をば・・・。


「懲りねぇなぁ。また、作ってやがる。」
リバティ島からマンハッタン島を眺めると、高層ビル群の真ん中付近に、
周りの高層建築物が低く見えてしまうほどの建築中のビル。
建築中の新ワールドトレードセンタービルながらふとそんな事を思った。

先に言っておくけれど、ボクはアメリカという国が嫌いなわけではない。
ただ、己の価値観で計り知れぬモノをすべて『悪』と決めつけ、
その価値観や権威が傷つけられようものなら時にヒステリックに、時に
利己的に他国の人の命をまるで虫でも殺すかのように消し去ってしまう。
そして消された命に関わる人々の「悲しみ」や「恨み」も考えずに、
それでいて権威だけは保ちたいらしく、再び其処に『バベルの塔』よろしく、
『権威の象徴』を建ててしまう所がなんともアメリカらしい。
機能性や効率から見ても、はたして必要性があるのだろうか?
9.11テロであのビルが崩れさって以来、あのビルで仕事が出来なくて
どうしても困った者がはたして何人いるのだろうか。
要するに『省みない』のだよ、この国は。

そんな『権威』を守るため、リバティ島に渡るフェリー乗り場に限らず、
イベント会場や公共施設で行われている『空港並みの所持品検査』。
他人を疑わざるを得ない、そんな事態を招いたのはいったい誰か。
今日も金属探知ゲート前でズボンからベルトを引き抜きながら、
ボクは日本語で言う。
「すべては自業自得ですよ。」_________________。

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あえて迷子を選ぶ楽しみ

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こちらに来て約2週間余りが経ち、地下鉄の乗り方にも
ずいぶん慣れたのだよ。うん、時々は急行に乗ってしまい、
目的の駅を見事に通り過ぎる事もあるけれど、それはそれで
予期せぬ出逢いに導いてくれているようで楽しいし、
実際、今までの旅の中で、それで出来た友達の方が多いのも
これまた事実なのだよ。

遠回りばかりしている自分の人生みたいだと、自虐的な
笑みを電車の窓に映しては、周りのニューヨーカーたちに
不気味がられているマンハッタン地下鉄B線_______。

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本当のWin-Winとは?

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_____________________省みる事。
未来(あした)を共に歩んでゆく為に、やはりそれは大切な事で、
その点においては日本はあの戦争に負けて良かったのかもしれない。
何処かの国のように、ただただ相手への恨みの念を忘れぬ為に
銅像を建てたりはしないし、勝手に他人の家に土足で入るような
真似もしない。
喧嘩(話し合いとも言うが)には『仲良くなる為の喧嘩』と
『最初から相手を傷つける為だけの喧嘩』があり、前者はその基礎に
「相互理解努力」というなかなか難しいハードルがあるのに対し、
後者は「恨み」や「ひがみ」が片方にあるだけで成立してしまう。
友人同士しかり、恋人同士しかり、家族しかり、そして国同士しかり。

もちろんボクは当然の事ながら、現在の日本もけして『聖人君子』で
はない。こちらN.Yに留学している『官僚』や『役人』の「勉強の為の視察」と
称した必要以上に乗り継ぎの多い個人旅行や日本人街での惚け様の噂を
直接耳にしたりすると、彼または彼女らに支払われている『手当』は、
間違いなくボクが、アナタが支払った税金であり、その金を使わせて
頂いている立場にありながら、日本国民の生活向上の為に「公僕」と
してのスキルを上げるわけでもなく、またそれとは別に、何もせずとも、
ただその日を生きているだけで彼らに自動的に支払われる1万円以上
の日当を、本当に生活に困っている日本国民に何故回せないのか、と
首を傾げるその度、何の情報も知らされず、ただ純粋に家族を守ろうと
いう思いで散った先人たちの魂や今現在を頑張って頑張って生きている
仲間や家族、そして子供達がこんな苦労をしなくて済む未来の為にも、
そろそろ日本の日の丸に染み付いた汚れも虫も、一度ザバッと洗濯を
せねばならない時に来ているのではないだろうかと思いながら、
雨上がりのN.Yで迎える終戦記念日。

我が国と何処かの国の子供達が、本当の意味で『手を繋げる未来』が
来る事を心の隅で願いながら________________。


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清濁併せ飲みながら

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N.Y滞在も残すところあと5日にもかかわらず、痛風再発で昨日は
部屋から1歩も出られず。逆から考えると、自分自身の内に問いか
けるには丁度良いタイミングかもしれない。というのも、こちらに来て
改めて自分が何に心を奮わせるのか、そして何が嫌いで何が好き
なのかが、以前よりも増して色濃くなったわけで。

たぶんボク自身、これからも己の中の「負」よりもほんの少しだけ多く、
これを読んでくれているアナタを含めた『誰か』の笑顔が見たいが為に、
唄だったりその他の何らかの方法で、「人として大切なモノ」を示して
ゆくだろうし。ただ、照れ臭さも多分にあって、普段は相変わらず、
斜に構えた風体なので、そこは誤解されても絶対に直さないけれども
ね、ベロベロバァ____________________。

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所詮はN.Yの地下鉄が15分ほど来ないだけでイラッとする人間ですから。

TVも街でもパンパンパン

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____「銃乱射に巻き込まれてないかねぇ?(笑)」

朝までの夜更かしがたたり、結局先ほど昼過ぎに、S新聞記者のI氏からの
同郷訛りの電話に起こされたN.Y滞在最終日。
どうやら午前9時頃、ボクが泊まる部屋から大通りを5分ほど歩いた
エンパイアステイト・ビル付近で、銃の乱射事件があったらしく、負傷者9名、
容疑者を含む2人が死亡したとの事。
_____どおりで。夢と現実のはざまでサイレンが鳴り響いていた事を
今思い出した。
つい2週間ほど前も、やはりここから歩いてほどないタイムズスクエアで、
ナイフ片手に逃走する男が、観光客賑わう中、警官に射殺されるという
事件があったばかりで、比較的治安が良いとされる地域でもこれなのだから、
やはりアメリカは警官も含め、銃をパンパン撃つのになんの躊躇いもない
社会だと云う事なのだなと、改めて思うのだよ。

さて、最後の思い出を作りにN.Yの街に繰り出すとするか。
流れ弾を喰らわないようにせいぜい注意しながら______。

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裾野の広さと構造と

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N.Y滞在最終日の夜、S新聞記者のI氏と二人で、スタッテン島の野球場で、
『スタッテンアイランド・ヤンキースvsブルックリン・サイクロンズ』の
試合を観戦。
MLB傘下のマイナーリーグのひとつで、I氏いはく、日本でいうところの
6軍ぐらいらしい。しかし6軍といえど、ヤンキースとメッツの下部チーム
同士の地元対決という事もあり、日本では考えられないぐらいの観客数の
多さに正直驚いたと共に、運営難に苦しむ『四国アイランドリーグ』などの
独立リーグを含めた日本の野球の活性化のヒントが様々な箇所に見られ、
プロ・社会人を含めた野球機構そのものの再構築こそが、これから夢を
掴む若者や、夢を仕舞うベテラン選手などの活躍の場を増やせるのでは
ないだろうかと、ミュージシャンのくせにそんな事を暮れてゆくN.Yの空に
思ってみたり。

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野球観戦後、マンハッタンにフェリーで戻り、自室までの帰路を辿るボクの
少し前を、10歳にも満たない黒人の坊やがバスケットボールをドリブルしな
がら、父親と母親の後ろをついていっていたのだけれど、ドリブルの途中で
さりげなく自分の股の間を通したりするのを目の当たりにした時、
「そりゃー金メダル取れるはずや。」と素直に思ったのだよ_______。

「シーフードの美味しいお店が知りたい。」
「マレー料理の美味しいお店が知りたい。」
「味付けが辛くないお店が知りたい。」
「たくさんの魚とシュノーケリングがしたい。」
「釣りがしたいけど、釣り具屋が分からない。」
「マリンスポーツの値段の相場って幾らぐらいなの?」
「こーゆー感じのホテルに泊まりたい。」
「薬屋さんでお薬を買いたいけど場所が分からない。」
「病院に行きたいけどどーしていーのか分からない。」
などなど、パンコール島に関してのあらゆるご質問にお答えいたしますので、
どーか、どーか、ご自分の携帯電話から電話なりメールなり、
ご連絡をして下さいませ。たとえそれが未登録の電話番号でも、
出られる時はちゃんと出ますので。

お急ぎの場合は、
Nipah bay(ニッパーベイ)の『Non San Orange Water Sport』の主人、または
スタッフを探してくれれば彼らが電話番号を知っています。
お急ぎでない方は、その付近で「誰かツカサ知っている?」と問うてくれたら、
土産物屋の娘なり、食堂のオヤジや、ビーチボーイ、通りがかりの誰かしら、
ボクのFaceBookなり掲示板なりを教えてくれると思います。

なので、ここからがとっても重要なのですが、
島のビーチボーイの誰かに「ツカサに電話してやるから彼に聞け。」と、
彼らが携帯電話を取り出した時に、とりあえず彼らのその行動を制止させて
下さい。日本に居るこちらがかけ直す羽目に必ずなりますので。
それか彼らにアナタがSkypeなりViberなりを徹底的に教えてあげて下さい。

取り急ぎお願いでした。
********************************************
追記(2017.10月)
相変わらずコメント欄を見逃す事の多いウッカリ者でございます。
_____そこで、
パンコール島情報webサイトをご用意しました。
初めてパンコール島に行かれる方も、パンコール島情報webサイトをご参考にしてくだされば、実際パンコール島に行かれた時に「あれ? たぶん5回目?」ぐらいのデジャブ感は味わえると思いますので、是非ご参考になさった上で、それでも尚、お急ぎの方は上記Webサイトのお問合せページに記載のメールアドレスまでご連絡下さいますようお願いいたします。
回答がゆっくりでも構わない方は引き続きコメント欄まで宜しくお願いいたします。

1.旅行代理店に行き、年末のニューヨーク行きの往復チケットと1月末からの
 マレーシア行きの往復チケット(共にキャンセル・日程変更不可)を
 予約&購入してしまう。
        ↓
2.宝くじ売り場で、サマージャンボ宝くじを照合してもらう。

自宅から某大手旅行代理店までの道中に宝くじ売り場があるのだけれど、
もしも1と2の順番が逆だったら、飛行機会社はもちろんの事、自身の内で
なんらかのモチベーションが下がりそうな気がして。
ふむ、ここは順番通りに行くべきか________________。

嬉しい知らせ

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あれは丁度今年の1月2日の朝、マレーシア・パンコール島の定宿内に設置
されたレストランでの出来事。
ボクの目の前で脳梗塞で倒れた大柄なノルウェー人の彼の体を皆で支え
ながら本土の病院に運ぶのに、大変な思いをしたのを今も鮮明に覚えている。
(2012年1月2日「A long long day」と1月10日「病院巡り」参照してね)。

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あの時は、亡くなる5日前まで看病をさせてもらっていた自分の東京の
親代わりである新宿2丁目のマスターを天国に見送る為に一時帰国して、
再びマレーシアに戻って来て日が浅かった事もあり、何かと「人の生死の
境」に直面せざるを得ない自分自身が持って生まれたその星を「またか。」と
少し恨んだりもしたのだよ。

そのノルウェー人の彼の奥方から昨夜メールが届いた。奥方のメールでは、
まだ左手は不自由ながら、ゆっくりではあるけれど自立での歩行も可能との
事。_______良かった良かった。たぶん来年辺りには再びマレーシア
・パンコール島で悪戯っ子の笑みを浮かべる彼と逢えそうだよ。
あっ、でももう二度とあんな大きくてクソ重い図体を運んだり、病院で彼に
オムツを履かせるのに、見たくもない欧米人のチンポを見て、密かに自信を
失ったりしたくないので、倒れるならなるべく他所で倒れてくれ_____。

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早めに越冬準備始めました

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上の写真はマレーシアの首都であるクアラ・ルンプール(以後K.L)での
12年前までの定宿。ゲストハウス『ムーン・ライト・ロッジ』だったっけか。
(ドミトリー1泊5RM=約140円)。
すでに名前も値段もうろ覚えなのだけれど、当時は共同トイレ・共同シャ
ワーにもかかわらず日本人を始めとする世界中のバックパッカーに人気の
安宿だったのだけれど、相次ぐ宿泊客の虫刺されトラブルに始まり、周辺
地域の治安の悪化という事も重なり、此処に宿泊する人種も徐々に変わっ
てゆき、ボクが最後に確認した頃には、不法労働移民者たちのねぐらに
なってしまっていたのだよ。ちなみに、数年前ボクが不法出稼ぎ移民の
強盗団に襲われたのもこの宿のすぐ傍。(『強盗なのだよ-前編-』参照)

ま、写真右に写っている当時のスタッフもスタッフで、宿泊客の忘れ物で
ある新品のショルダーポーチを「マイ ニューバッグ! マイ ニューバッグ!」と
歓喜の声を建物内に響かせながら、それはそれは大切そうに四六時中
首から提げているようなダメダメなヤツであり、万が一客が取りに戻って
来た時の場合を考えて値札を付けたままという、そのズル賢さがなんとも
切ないのだけれど、その彼の陽気さに旅の疲れを何度癒やして貰った事か。

 

______で、約6年前からのクアラ・ルンプールでの定宿がこちら。
ホテル名は伏せさせてね。
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1泊100RM=約2800円(サービス料別)。
「あら、アンタもずいぶんお金に余裕が出来たんじゃない?」と思われた方、
それは違うぞ。虫刺されによる過度のアレルギー症状のせいで、現地で
何度も通った病院の治療代や薬代の事を考えると、精神的なダメージを
差っ引いてもむしろこちらの方が安いのだよ。
マレーシアに到着した翌日には高速バスに乗ってK.Lを脱出するボクの
ような人間にとって、ここのホテルはバス・ターミナルへの移動も楽だし、
窓からの眺めもまぁまぁ良い方だし、シャワーはお湯も出るのに加え、
ボロいけれど一応バスタブも付いてはいるし、何よりも壁を虫が這ったり
はしない。いや、たまに室内の壁に小さなヤモリが這っているのだけれど、
ヤモリは虫を喰ってくれるので此処では大切な『同室者』だ。

ということで、マレーシアへの往復航空券の支払いはもちろんの事、
1泊目に泊まるこのホテルの予約・支払いも済ませ、パンコール島での
定宿にも予約の電話を入れたし、来年1月後半から日本を留守にする
のだよ、わっはっはっはーあっかんべー。
だって寒いの大嫌いなんだもん、死ぬもん、仕方ないじゃんか。
はいはい、春一番が吹く頃には帰って来るってばよ。
はい其処のアナタ、羨ましいとか言わない。良くも悪くもこれしかボクが
ボクである為のバランスを保ちうる最善の方法がないわけで。
そんな一見「かたわ」なボクから見れば昨日から今日、今日から明日
へときちんと日々をその場所で繋いでゆけているアナタの方がずっと
羨ましいのだから。所詮は無い物ねだりみたいなモノだよ。
それでもまだ羨ましいとかまだ言う其処のアナタ、だったら来ればいい
じゃんか、言い訳ばかり並べてないで。連絡くれれば迎えに行くし。
おっと、男のアナタや、恋人とカップルで来ようとしているアナタを、
島から約5時間もかけてK.Lまで迎えに行くほど自分はお人好しでも
ないので、島の船着き場まで来てね、チュッ__________。

ボクによく似たダッチドール

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モールスが電信機を発明してから約170年。さらに言うとダイヤル式の黒電話が世に現れてからたった50年。あの頃、まったく未来の想像物でしかなかった「相手の顔を見て話せる」いわゆるテレビ電話が当たり前のように使われる、そんな科学進歩著しい今現在においても、人や物の移動・運搬手段においては数十年前からあまり変わっておらず、ドラえもんの『どこでもドア』は未だ空想上の物でしかない。
一番早いとされる飛行機でさえ、1960年頃から著しい進歩は見られず、これはやはり『物質』ゆえの壁が大きく立ちはだかっているのに他ならないのだけれど、物に関してだけ言うと、より早くその場所に物を運ぶという当初の目的よりも、人件費などを始めとする様々な理由も其処に絡み、現地生産という手段を選んだ結果、早い話がその物と同じ(善し悪しはあれど)物を、短時間でその場に出現させられるようにはなった。
現代科学で可能とされる"極めて現実的な"『どこでもドア』である。

けれどこれを『人間』に当てはめるにはかなり無理があるわけで、何故なら人には世間一般的に言うところの『魂』もしくは『心』があり、そこから派生する感情や価値観を始めとする、人間の体をハード(物質的器)とすると、そのハードには到底収まりきらないほど膨大な質量のソフトが確実に存在している。
たとえそれがすべて「脳ミソ」が生み出している一種の電気信号だとしても、それをすべて解明する事は現代の科学においては不可能だろう。

がしかし__。もしもそれが可能になったら。

もちろん、魂の伝送などという超高度な技術が可能になるとすれば、その頃にはハード的な問題は余裕でクリアされている事だろうから、離れた場所に置かれた自分のクローン人間なり高性能アンドロイドなりに、自分の『心』というデータを瞬時に移す事が可能になれば、ドラえもんの『どこでもドア』どころか、わざわざ鼻を押さないと魂が伝送されない『パーマン』だって必要ない。空間や時間軸を歪ませ移動するいわゆる『ワープ』技術の発明が先か、はたまたこちらの『魂』の伝送技術の発明の方が先か・・・。どちらも宗教的妨害により研究・開発が邪魔され、その分時間がかかってしまうだろうけれど、今から多いに楽しみでもある。

人恋しくて、かといって歌も書けぬ夜はそんな妄想にひたる冬の夜_____。

トキメキの懐炉を胸に

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2012年人類滅亡説。マヤ文明で用いられていた暦のひとつが、2012年12月21日から23日頃にひとつの区切りを迎える事から噂される人類滅亡説をご存じの方も、またそうでない方もまぁ聞いてちょーだい。
ボク個人としてはそういう類いの噂を信じてはいない。あれだけ世界中で騒がれた『ノストラダムスの大予言』が外れた時にも「そんなんポンポン予想が当たったら競馬場の予想屋のオッチャン全員予言者ぢゃ。」と、何処か冷めた気持ちで世間の喧噪ぶりを横目で見ていた。なので今回も『人類滅亡説』は信じてはいないのだけれど、紀元前に生きた人々が記したその暦の『ひとつの区切り』の部分が引っかからなくもない。

考えてみて。現在の太陽暦(グレゴリオ暦)でさえ、閏年を除く1年を365日と定め、その周期の区切り、つまり1月1日はその土地土地で盛大さの大小はあれ、世界中の人々が祝ったり、思いを新たにするでしょーよ。それはつまり1年に1度リセットされる感覚における我々人間の意識の変革に他ならないわけで。
大丈夫?ついてきてくれてる?眠い? まぁもう少し聞いてちょーだい。

つまりだね。その暦のリセットによる我々人間の行動を見れば(初詣で願い事を願ったり、今年も宜しくと挨拶を交わしたり)、生きてゆく上で精神的にもとても重要な区切りだったりするでしょーよ。

マヤの人々は天体観測に優れ非常に精密なカレンダーを持っていたらしく、1年を260日とした祭事用の暦の他に、1年を360日(20日×18ヶ月)+5日を1ヶ月とする月=365日の太陽暦も既に用いていた。そしてまだ他に紀元前3114年を基準にしてカウントされる長期暦というものもあったらしく、要するに今回はその長期暦の大晦日と新年がだいたい、2012年12月21日から23日頃というわけなのだよ。
1年に1度のお正月でさえ人々の意識が変わるのに、こんな途方も無い年月が記された暦の新年となれば、それこそ何らかの変化があるのかもしれない。自分は其処に興味が湧いてきたのだよ。

世界は何ひとつ変わらないかもしれない。
いや、何かが変わるのかもしれない。これは浪漫だ。
その長期暦がリセットされた日に、アナタの彼氏・彼女・旦那・奥方が、とんでもない美男子に、はたまた峰不二子のようなセクシーな女性に変わっている事はないにしろ、それが目に見えるモノであろうと目に見えないモノであろうと、何らかが変わった部分を探すべく、明後日21日からN.Yへ向かうのだよ。何故N.Yかって? あそこはアメリカ人だけでなく世界中の人種が集まる街なので、変化後のサンプルを見つけやすいでしょーよ。
なんだったらマヤ文明のルーツでもあるメキシコにも行ってやる。
あっそーだ、メキシコ行くならスーツケースに海パンも入れなきゃ。
だって、メキシコ暑いでしょ。
暑けりゃ海行くでしょ。

海行ったらここはやっぱり海パンでしょーよ________________。

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行ってきます

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出国手続きも済ませ、搭乗待ちな明朝の羽田空港。
ガラス越しに見える滑走路もその向こうの空もまだ暗い。
夏もそうだったけどニューヨークまで約13時間の空の旅は予想以上に辛く、
エコノミー症候群にならないように今からお茶を飲みまくっているのだよ。

じゃ、行ってきます______________________。

5ヶ月ぶりのN.Y初日

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「まったく、アメリカ人のする事は大胆というか何というか・・・。」

部屋の窓から見えるだだっ広い公園。
夏には其処は天然芝に覆われ、昼は芝に腰掛けたり寝転がったりして日光浴を楽しむ、また夜は映画祭などが行われ、それを楽しむ地元ニューヨーカーの姿が見られたのだけれど、今はその天然芝を土ごとゴッソリと掘り起こし、スケート場を作ってやがる。
たぶん冬が終わると再び天然芝を敷き詰めるのだろうが、その剥いだ芝生はちゃんと保管してるのかね?いやきっと捨ててるんだろうねぇ。ブロードウェイを中心とした街の電気の使い方も含めて、アメリカ人というのは、「もったいない」という観念が無いらしい。

こちらのTVのニュース番組では先日小学校で起こった『銃乱射事件』をきっかけに「学校側を武装させるか否か。」について、各コメンテーターたちの間で論争が繰り広げられているけれど、こうした事も含めたすべてにおいてアメリカという国は、娯楽から事件・問題にいたるその端々で「その上に丸ごと何かを覆いかぶせる」、いわゆる『力技』で対処しようとするその姿勢は、日本人のボクから見ればやはり短絡的にしか見えない。

ま、そんな難しい話はおいておきましょ。
到着日の今日は、13時間エコノミー席に縛られていた体が案の定悲鳴をあげっぱなしで、近所の日系スーパーに夕食の買い出しに出かけたのみ。そこで『数の子』(味付け済)を発見したので値段も見ずに大人買いをし、それと一緒に買った『カツ丼弁当』の入ったビニール袋を下げて、スケートを楽しむニューヨーカーの脇をブラブラと歩いて部屋に戻ってきたクリスマス前で賑わうマンハッタンの夜___。

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目的が違う気もするが

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「なんだニューヨーク意外と寒くないじゃん。」

と、思ったのも半日。最高気温が3度じゃ寒い寒い。
とゆーことで、寒いのが大の苦手な自分にとってこれから約1ヶ月間の滞在中に外出する機会よりも屋内に居る機会が多いと思うので、ならばここのマンションには別階にジムがありタダで使えるらしいし、外出しない時は体を鍛えて、日本に戻る頃にはマッチョになってやろうと思ったのだよ。モテモテ計画発動ぢゃ。
けれど、自分が日本から持って来たパジャマ兼スェットは上下共に毛玉が気持ち良いくらいに毛羽立ち、この格好のままジムに行き、もしも他の住民に「アジア顔の乞食が侵入している。」などとセキュリティに通報され、その格好のまま屋外に放り出されたらモテモテになる前に凍え死んでしまいかねない。
そこで、小雪が混じる空模様の下、昼食を近所のコリアンタウンに食べ行き、その帰りに立ち寄ったユニクロでスェット着の上下を購入(パーカー29.90$/スェット19.90$)。日本より高いぞこんちくしょ______。

↓クリスマスで賑わうメイシーズ・デパート(木造エスカレーターの残る老舗since1858年)
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(N.Y時間12月22日午後23時00分)

改造計画早くも断念か!?

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マヤ暦の秘密を探るべく遠くニューヨークまで来てはみたものの、マヤ文明の祟りより先に日頃の不摂生が祟り、初日からすでにボロボロの体を鍛え直すべく朝八時過ぎから早速ジムに行く。
若い頃はエアコンや冷蔵庫をそれこそ一人で担げたもんだ。まだまだ若いモンには負けはせん!フンヌー!フンヌー!とマシンを相手に体を動かす事数回。
「だ、誰か、重りを外してくれ・・・。このままでは腕が千切れる。」

おかげで、昼前から高速バスで1時間もかけて行った先のアウトレットモールの敷地のベンチで、肌を刺すような寒風に吹かれ買い物も出来ず廃人のようにうなだれるニューヨーク3日目。

長渕剛はまだ遠い。BGMはやっぱり長渕剛で『RUN』_______。

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(N.Y時間 12月23日午後23時)

夢でもし逢えたら

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なんとも青臭い夢で目が覚めたソファの上。

昨夜のクリスマスイブの夜にクソ寒い雨が降る中を、少しでも多くの写真を撮ろうとウロチョロしすぎたせいか、どうやら風邪をひいてしまったらしく、今朝ジムから帰って来てそのままソファに寝転がって映画を観ていたまではいつも通りの行動だったのだけれど、解らない英語のせいかいつの間にか寝てしまったらしい。

肌にまとわりつく寝汗もそのまま、軽い頭痛を枕に、目覚める寸前まで見ていた楽しいとは言い難いその夢の中に出て来たアナタの横顔をぼんやり思い出しながら、それが恋心かどうかは別にして、夢の中でアナタに逢えた事が少しだけ嬉しいクリスマスの午後。

アナタに、メリークリスマス_________________。

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(N.Y時間 12月25日 午後4時40分)

Who I am?

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三日坊主の文字通り、4日目の朝にしてジムを休む。
窓の外、高層ビルの頭に被さった冬の雨雲からは、時折冷たい雨が降ってきたりそれが吹雪に変わったりで、いかにも寒そうなその景色にとても外出する気になれず、朝からずっとソファーに寝転がりテレビばかりを観て過ごしているクリスマス明けの水曜日。

話は変わって、先日スターバックスでコーヒーを注文したのだけれど、こちらでは注文時にもれなく名前を聞かれる。店員が商品を受け渡す時に客の名前で呼び出すシステムで、夏に来た時はそれすら解らず、店員の「what your name?」という問いかけに思わず「ア?」と因縁をつけられた時にする「その喧嘩買いますよ」的な顔で聞き返した覚えがあり、またそのシステムを理解してからも「ツカサ」と名前を言っても、逆に店員に「ア?」と怪訝な顔をされた事もある。どうやらアメリカ人は自分たちが聞き慣れていない名前を覚えられないらしい。例えるなら、日本人が「アブドゥ・ラ・ザルティン・アッシム」という名前を一度きりでは覚えられないのと一緒。
そこで今回はヤツらにも覚え易い名前を用意してやったのだよ。
「キャラメル・ラテ、トールサイズ、プリーズ。」

店員「What your name?」

自分「ブルース。」(ドヤ顔で)

店員「what?」

自分「ブルース!!」

店員「・・・オーラィッ.」

ワハハハ、見たか。私はブルースだ。リズム&ブルースのブルースかって?
違う違う。『ブルース・リー』のブルースに決まっているだろーが。アチョー!!

待つ事約5分。違う店員が私を呼び、手渡されたカップに書かれた文字を
見ると、其処には「Blue(ブルー)」とだけ書かれていた。
英語の発音もまだまだ初級なり_________________。

(N.Y時間 12月26日午後5時)
なにも寒いから風邪をひくというわけではない。
暖房が効いて乾燥しきった暖かい部屋に居てもこーしてひいてしまうのだよ。

朝の日課であるジムに行き、マッチョな外人さんの冷たい目線を頬に受けながら鉄アレイとマシンによる筋トレを数セットこなしたまでは良かったのだけれど、やはり体の怠さには勝てず、ジムから部屋に戻った後は昨日と同じくソファーに寝転がりTVの映画を観たり、英語についてゆけず途中で寝たり。
ちなみにこちらのケーブルテレビは基本料金のみで映るチャンネルが数百チャンネルあるので観たい番組には事欠かないのだけれど、エロいチャンネルは別途契約しないと映らない。
リモコンの契約ボタンを押しそうになる右手を左手で制する葛藤の金曜日___。

(N.Y時間 12月28日午前2時15分)

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OWE MY OWN

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自由気ままな生き方の裏側で、たくさんの犠牲が生じそれが消えぬまま積もっていっている事も、また、それが今後の自分自身の人生に大きくのしかかってくるであろう事も、曖昧な予想よりもはるかに現実味を帯びたカタチで、この真冬のN.Yの風のごとく肌身に突き刺さってくるのを実感する歳でもある。

それでも笑っている方がいいに決まっているでしょ。自分らしい笑顔で。
BGMはARBで『OWE MY OWN』________________。

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(N.Y時間 12月28日午後11時30分)

師走なので走る

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ジムに他の住人がいなかったせいもあり、いつものダンベルやマシンでのトレーニングを終えた後で、独りランニングマシンで遊ぶ。徐々に速度を上げてゆき最後は全力疾走に近いスピードで走った結果...、吐くかと思った。
たぶん1階のセキュリティでは、モニターの中で両膝に両手をついて肩で息をするボクの姿を見て「Stupid(間抜け)。」と鼻で笑っているのが容易に想像できるけれど、だからといって監視カメラに向かって中指を立てる気力もないまま、ゼェゼェ息を切らしながら部屋に戻る土曜日_______。

(N.Y時間 12月29日午後11時59分)

共に光の射す方へ

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こちらはまだ12月30日なのだけれど、これを読んでくれている日本のアナタに向けて今年2012年を振り返るとだね。

東京の親代わりでもあった新宿2丁目のマスターが亡くなってから1年。なるべく前を向こうとしてみたものの、今思えばやっぱり振り返ってばかりで、其処に在った時間の長さと彼の愛情の深さばかりが身に凍みた1年であったように思う。かといって、こればかりは無理に前を向いても仕方がなく、これから先、ゆっくりと解決してくれるであろう時間の経過に身を任せながら、思い出と上手につき合ってゆく他ない。もちろん、それを解決してくれるのは時間だけではなく、これを読んでくれているアナタを始め、今現在、相変わらずダメダメなボクと多かれ少なかれ繋がりのある人々やこれから先に出逢う方々との『生かされている者同士の共有』だったりする。これには神に感謝なのかアナタに感謝なのか解らぬけれど、ともかくありがとう。

ん〜、要するに何が言いたいかと言うとだね。
少なくとも今これを読んでいるアナタは『独り』ではない。ボクと繋がっている。その繋がりがミュージシャンの「冨岡ツカサ」とのモノなのか、南の島のボート屋の「冨岡ツカサ」なのか、はたまた新宿でやさぐれているオッサン「冨岡ツカサ」なのか、ボクにとってはどれもさほど変わらず、どの「冨岡ツカサ」も結局はアナタの笑顔がみたい為だけに、時に真剣に唄ってみたり、時に三枚目を演じてみたり、時にボートを遠くまで走らせてみたりで、独り部屋に戻る度ヘトヘトだったりするのだけれど、それでもやっぱりアナタのその笑顔に逆に救われ、また頑張れるのだよ。やっぱりアナタに感謝だね、ありがとう。

という事で、明日からの1年、アナタにとっての喜びが悲しみや憂いより少しでも多い年になりますように。そして共に光の射す方へ____________。

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(N.Y時間 12月30日午後10時20分)
カウントダウンが終わると同時に上がった花火がビルの肩先に見え隠れする部屋の窓に額を押し付けて、39階下の地上を見下ろすと、そこは興奮の坩堝と化していて、交差点では最早信号がその役目を果たしてはおらず、交通整理をする警官たちの制止を振り切った群衆たちが道路になだれ込んでいた。その様子を夜空だけが今夜も変わらぬ不偏の表情で見守っている。

下を見下ろすのは楽ちんだけれど上を見上げ続けるのは意外と首が疲れる。
人生もまた同じなり。なのでなるべく前を向いて胸を張ってゆこうよ。
そんないっちょまえな事を、冷たい窓に額を押し付けたままの体制ながら真剣に思うも、大半はダメダメな自分の事を少しでも理解してくれる素晴らしい仲間たちと今年も共に笑い合いながら歩んでゆこうと思うのだよ。

ということで、明けましておめでとうございます。
今年もご声援、叱咤激励、求愛のほど宜しくお願いいたします。

(N.Y時間2013年01月01日0時30分)

初夢ぐらいは潤いを

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こちらは今日から仕事初めらしく街も普段と変わらぬ様子。
気候自体が日本に比べて湿気が少ないせいか乾燥しているのに加え、部屋の中は暖房のせいでさらに乾燥していて、ヒアルロン酸入りの乳液をオカマのごとくパチンパチンと顔面に叩き込んでゆくそばから乾いてゆくのがわかるほどカラカラなのだよ。部屋の広さからして気休め程度にしかならぬ加湿器は案の定役立たずなようで、その証拠にこちらに来てずっと風邪をひき続けている状態である。そのせいか、集中力を欠き手元さえおぼつかず、愛機のカメラを何度固い床に落とした事かトホホホホ。
おまけにトランスレーターとして頼りにしている二代目も膀胱炎と腎盂炎の症状が出て正月早々病院へ。
そういえば昨年の今日もマレーシアで、脳梗塞の友人を病院まで運んだっけ。
まわる〜ま〜わる〜よ時代〜はまわる〜♪

そうそう、2013年の初夢はまだ見ていないので今夜見たらそれを初夢としよう。
では夢で逢いませうチュッ_____________________。

(N.Y時間 01月02日午後22時30分)

寒さに負けてメキシコまで逃亡中につき

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ただいまニューヨークのあまりの寒さに耐えきれず、メキシコのカンクンというリゾート地まで逃げてきているのだよ。気温は暖かいというかむしろ暑いのだけれど、日陰に入ると涼しく、室内もエアコンなしでも海からの風が入って来て思いの外過ごしやすい。
部屋は施設内の広大なプール越しにカリブ海が一望出来るオーシャンフロント。おまけに、ホテル内の飲食はルームサービスも含め、おまけにチップまでも全て前払い料金にふくまれているといオール・インクルージブらしく贅沢極まりないのだけれど、反対にこーゆーところで体に染み込んだ『貧乏性』を痛感している次第なわけで。
ただ贅沢なホテルの割にネット回線が遅いので、何とかFacebookの方は毎日更新はしているものの、このブログまで回線速度も気も回らない状態で、こちらでの滞在の様子は寒い寒いニューヨークに戻ればきっとまた部屋に引き篭もる日々が続くと思うし、その時にユルリユルリと書いてゆこうと思うのだよ。

とりあえず「オラ(こんにちは)」と「グラシアス(ありがとう)」ばかりを連発しながら過ごすメキシコ__________。

(メキシコ時間 1月8日 午後6時20分)

メキシコから再び寒いニューヨークへ

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昨日、メキシコ・カンクンから帰国。
一昨日、他の宿泊客たちとしたビーチバレーで年甲斐もなく張り切りすぎたせいか、おかげで疲れも全身の筋肉痛もピークを迎えている金曜日_______。

(N.Y時間 01月11日 午後17:20)

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Mexico Cancun  Fiestamericana condesa

半径500mで動く日々

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ニューヨーク滞在も残すところあと1週間。
最近は完全に夜型人間というか、日本時間の朝6時前に起きて夜11時頃に寝るのだから、ちょっとした健康的なジジィと化しているのだよ。

寒い寒いと言っても、メキシコから帰ってきてからは比較的暖かい日が続いており、明日までは東京よりもこちらの方が暖かいらしいのだけれど、明後日からは最高気温・最低気温ともにグッと下がるようで、夜は氷点下の世界というテレビの天気予報にゲンナリしている日曜日の夜____。2013.01.13.JPG

(N.Y時間 01月13日 午後7時)

夕食難民atニューヨーク

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『郷に入れば郷に従え』を基本に今まで旅をしてきていて、当然、現地の食事にも極力慣れるようにはしているつもりなのだけれど、歳を重ねるほどに頑固にもなってくるもので、最近では辛い味付けがベースのマレーシアの食堂でも友人の家でも「コレ、オイスターソースで味付けして。」と、平気で我がままを言うようにもなっている。

此処ニューヨークでの食事はというと。
ほとんどが日系スーパーで『カツ丼』やら『親子丼』のような店屋物を弁当にしてもらうか、其処のスーパーで漬け物やらインスタントラーメンやらを買って、部屋に帰って食べているのだよ。
「ニューヨークなら美味しい物もたくさんあるだろうにどうして?」というそこのアナタ。こちらの高級レストランにしても、2$ピザ屋などのファーストフードにしても、自分にはどうも味が濃すぎるというか塩っ気が強く口に合わない。旨い店は確かに旨いのだけれど、一度行けばもう十分というかその味付けに飽きてしまうのだよ。先日のメキシコ・カンクンでも、リゾートホテル内の各レストランをローテーションを組み毎晩回った挙げ句、最終日には「あーお茶漬け食べたーい!」と発狂しそうになっていたし。
食の好みは幼い時にそのほとんどが決定すると何かで読んだけれど、その通り、自分には出汁の効いた味付けの日本食が『最高の贅沢』だったりする。

で、今夜の夕食は。
ブロードウェイにミュージカル『Rock Of Ages』を観に行った事もあり、丁度食事の時間を逃してしまった。時刻は午後10時半過ぎ。今から部屋に帰ってご飯を作るのも面倒臭いので、仕方なしにカートヤード(車両屋台)で買ったチキンオーバーライスとチリドックを部屋に戻って食べたのだけれど。
・・・ん〜やっぱり旨くない。というかしょっぱい。お茶お茶。

というわけで、たぶん今日も昨日と同じく明け方に、ガスコンロの前で「チャルメラ」の封を切る自分が用意に想像出来る月曜日___________。

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(N.Y時間 01月14日 午後11時59分)

エンターテインメントの街角で

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タイムズスクエアを独りスタスタ歩いていたボクに白人の男がくれたDMに印刷された文字『BODY SUSHI』。推測するに「女体盛り」であろうと思われる文字の横に下着姿の白人オネェちゃんの写真が。年中無休、夕方6時から明け方4時まで営業中らしく、午後6時から9時まではHappy hour、これまた推測するに割引時間帯ということか。女体盛りなどにはまったく興味はないけれど、ハリウッド映画に出てくる「ストリップ小屋」の雰囲気は味わってみたかったなぁと、残すところあと2日ほどの滞在日数を悔やみながら、厚手の手袋だとうっかり落としそうになるそのDMを上着のポケットに大切に仕舞う真冬のニューヨーク______。

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(N.Y時間 01月17日 午後11時59分)

大荷物と共にもうすぐ一時帰国

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FaceBookで繋がりのあるマレー人の友達に、ニューヨーク・タイムズスクエアにある『Hard Rock Cafe』で販売されているTシャツを写真入りで紹介してあげたまでは良かったのだけれど、そのページを見た他のマレー人の友人たちから、日を置いて次々に「金は払うから俺にも買って来てくれ。」と注文が来るようになり、もう自分はこれで何回この店に来たのだろうとため息混じりの白い息を吐きながら、欧米人使用かなんだか知らぬけれどやたら重いその店のドアを今日もフンヌと引く残り僅かなニューヨークでの日々。

おかげで日本から持って行ったスーツケース1個では到底まかないきれず、夜があけて店が開いたら新たにもうひとつスーツケースを買いに出かけなければならなくなったという無駄な出費への懸念よりも、日本の狭い家に帰ってから、そのスーツケースを何処へ仕舞えばいいのかで悩み眠れぬ明け方5時半。
アナタへのお土産はこの胸いっぱいの愛でいいでせう? チュッ____。

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(N.Y時間 01月19日 午前5時30分)

一時日本に帰ります

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来週明けにやってくる本格的な寒波から逃げるように、今夜の便で日本に一時帰国する。この文章を書いているボクの後ろでは、新たに買い足されたスーツケースなど日本へ持って帰る荷物の山を挟んで、ここ数日愚図りながらもボクの荷造りをせっせとしてくれたハナモゲラッチョ・セバスチャンが静かな寝息を、いや時折「ンガッ」というイビキをアクセントに眠りについている。

たぶん今後、仕事か何か大切な用事が無い限りはニューヨークへ来る事もないだろう。
移民だらけのこの街で多くの事を感じ多くの事を学んだ。しかしそのすべてを日本人である自分が受け入れてプラスになるかと言えばそうでもない。やはり取捨選択が必要になってくる。そのひとつひとつをクリアしてゆくには到底足りそうもない人生の残り時間に、もう少し早くこの街に来るべきだったんじゃないかとも思うけれど、若ければ見えない事や結びつかない事も多々あるので、これだけはどちらとも言えない。それでも、体力もかけがえのない財産だという事が身に凍みて解るようになるその前に旅をする事は大切なのだよ若者たちよ。

で今回の結論を言えばだね、「あぁ、お茶漬けが美味しいと思える日本人で良かった。」と素直に思うのだよ。
さて帰りましょかマイホーム日本に______________。

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(N.Y時間 1月20日 午前07時15分)

遺書のようなモノ2013

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今までの旅先で、散弾銃をこめかみに突きつけられたり、手足に水疱が出来たり、耳の鼓膜を破ったり(未だ完治せず)、強盗団に腕をナイフで切られたりと、思い起こせば一歩間違えば死んでいたかもしれぬ事が多々あったわけで、今回「里帰り」感は拭えないものの一応は異国の地なのだし結局は独りだし、やんちゃが過ぎた結果の事故よりもはるかに脳梗塞や心筋梗塞といった病気の方がはるかに怖い年齢なので、一応遺書のようなモノをしたためておこうかと思うのだよ。

ひとつ、
葬式はごくごく身内だけで出来れば実家の高知でお願いね。
亡骸の額に『肉』とかの落書きは一切許しません。

ひとつ、
ギターなどの機材類を始め、売れ残ったCDなど金目の物はなるべく金に換えて、
大家さんへの家賃に充ててね。但し、はい、ここからが重要!
但し、外付けハードディスクだけは中身を確認することなくハンマーで叩きつぶす、もしくは塩分濃度の濃い塩水に長時間浸けるなどして、中のデータが復元出来ない状態まで壊すべし。むろん、幻の名曲もすべて消えるがそれと引き替えにしても、他人にはもちろんの事、家族にも絶対見られたくない物のひとつやふたつアナタにもあるでしょーが!!

ひとつ、
誰か、郷里の母親にボクの代わりに土下座して謝っておいて下さい。

ひとつ、
ん〜と・・・、ひとつ、ん〜と・・・、ひとつ・・・、
まだまだアナタに伝えたい事が山ほどあるし、笑い合いたいのだよ。
なので、万が一ボクの身に何かあったら、生かされた者同士で共に
笑い合いながら、そして時々、時々でいいからボクの事を思いだして、
またみんなで笑い合ってくれたまえ。

ま、いつものように3月半ばに真っ黒に日焼けして帰ってくるのでご心配なく。
明日からは、更新頻度が少なくなるとは思うけれど、そんなんですぐに
「まさかっ!?」などと縁起でも無いような事は思わないように。
そして、アナタもくれぐれも体を壊さずに。

で、また、元気な顔で、元気な顔で逢いませう!!
BGMはやっぱりhenssimoで『限りある世界』__________。

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移動の疲れは残れども

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昨日の夕方近くパンコール島に入ったのだけれど、島に渡るフェリーの中から
夜遅く自分の泊まっているバンガローに戻るまで知り合い達への挨拶に追われ
た初日。

特に仲の良いボート屋仲間はもちろんの事、僕の方も向こうも互いの名前は
知らずともボクの事を覚えてくれている人まで、誰もが最高の笑顔で
「おぉ! 元気だったか!? いつ来たんだ!? 今回はいつ迄居るんだ?」
と、握手の手を差し伸べてくれる。
その度にボクはボクで
「昨夜クアラルンプールに着いて、島には今日着いたばかりだよ。
  1ヶ月ばかりいるから、また宜しくね。」と、
会う人会う人に同じ返事をする。まるでオウムだ。
それはボート屋手伝いを始めた今日も続き、昼食を食べに行った先の食堂だっ
たり、ミニ・マーケットだったり、道の辻々だったり、至る所で嬉しい再会が
あり、それでも未だ会ってない人もたくさん居るので、この『笑顔のオウム』
のような状態がまだ当分続きそうなマレーシア・パンコール島2日目___。

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爪はこまめに切りませう

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週末に押し寄せて来た観光客が一斉に帰った昼過ぎ。
ボート屋も暇になったので、仲間と手漕ぎ用のボートぐらいの小さなボートに乗って沖合でイカ釣りをしてたのだよ。ボクが帆先に立ったままの状態で仲間がボートを急発進させたもんだから、かろうじて海には堕ちなかったものの、右足を滑らせた先に運悪くボートの排水口があって、そこの縁に思いっきり右足の親指をぶつけたのだよ。
親指の爪がね、前から半分がね、こうペロンと、まるでipadのカバーのように見事に裏返って其所から血がジワーッと出てきたのと、その激痛に、敵に捕まったスパイの拷問シーンを思い出したのも束の間、慌ててそのめくれた爪半分を元に戻し手でギュッと足の親指を挟み続けながら、もう片方の手で海水を汲み、止まらぬ血を洗い流し続けたのだよ。
申し訳なさそうな顔でこちらの心配をする、ボクよりはるか歳下の仲間の彼を仮に責めたとて、この痛みが消えるわけでも、剥がれた爪が元に戻るわけでもあるまいし、激痛を奥歯で噛み締めながら出来る限りの笑顔を浮かべて答える。
「んー、やっちまったなぁハハハ。一旦浜に帰ろうか。」

他の船も走っていないとても静かな昼下がりのその海原を、足の親指を押さえつけたままの、なんとも間抜けなポーズのボクを乗せたボートだけが浜辺に向けて軌跡を描く日曜日_____。

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気ままな時間のその中で

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パンコール島に来て1週間余りが過ぎ、喉のリンパが腫れて痛かったり、足の爪が剥がれてこれまた泣きそうになるくらい痛かったりする中、それでも島の仲間達と総じて楽しい時間を過ごし、数組の日本人客の方にもボートトリップを楽しんで頂き、また、些細な事で喧嘩をしてボートの上で互いにソッポを向く若いカップル二人それぞれに気を使いながら、こちらの気遣いもお構い無しにヘソを曲げる彼氏の稚拙な態度さえも、あー若いってホント羨ましいと思ってしまうその反面で、あー気ままな独り旅で良かったと思うのも事実なわけで。

それでも誰かがそばに居てくれた方が良いと心底本気で思う時もあり。
例えば、遠くの浜辺で小さく砕ける波の音が部屋まで届くような、すべてが寝静まった丑三つ刻に、よりによって無性に背中が痒くなる時とか__________。

怠けてます

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突然降り出したスコールにずぶ濡れになりながら、自分は濡れてもいい水着姿なのに最近はスマートフォンやらデジカメやらを誰もが持っていてやはり雨に濡らすわけにはかないのだろう、駆け足でホテルの玄関先をくぐってくる観光客たちを、自分の泊まるバンガローのテラスで眺める夕方。

こちらに来てからほぼ初めて、昼寝らしい昼寝をエアコンの効いた部屋でしたものの、よりによってボート屋の忙しくなった旧正月前の大晦日にする怠け者の土曜日。

雨は止んだ。もうじき日暮れだけれど、さぁ海岸に出かけよう______。

どうせオイラはヤクザな兄貴

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拝啓、日本の皆様におかれましては日々の寒さは辛くとも、お変わりなく穏やかにお過ごしの事と存じあげます。こちらは真夏のような太陽と一時的な激しいスコールを、木陰や他人様の店の軒先を借りてやり過ごす毎日が続いております。日本語を話す時といえば独り言を呟く時ぐらいしかない日も多いですけれど、それでもまだまだそちらに帰る日は遠いわけで。

さて、こちらはチャイニーズニューイヤーも終わり、いつもの静けさを取り戻すかと思えば、ピーク時に比べだいぶ減ったとはいえまだまだ多くの観光客がおり、そのほとんどが華僑系なので、声はデカいし、やることなすこと粗雑だしで、育ちの良いワタクシにはそぐわぬものと、ボート屋の手伝いをほっぽり出して、欧米人たちがくつろぐ隣のビーチまでバイクに乗って逃げ出す日々も多々有ります。

そのビーチではビキニのホックを外して肌を焼く白人おネェちゃんたちはもちろんですが、歳をとった白人の老夫婦たちをたくさん見かけます。もちろんビーチだけでなく、ホテルや海岸通り沿いのレストランでも仲睦まじい光景がそこにあります。
照りつける日差しのもと、歳をとっても互いに寄り添う合うように旅を続ける彼らの姿は微笑ましく、こちらまで笑顔にさせてくれます。その笑顔のままで、さっきのビキニ姿のおネェちゃんたちに視線を戻すと、目の前に山羊が居てハッと真顔に戻る、そんな『車 寅次郎』のような日々が続いております。
皆様もどうかお身体にはくれぐれも気をつけて。かしこ。

BGMは『男はつらいよ』By 渥美 清______________。

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自然の如くいきませう

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ここ数日天気に恵まれず、たとえ昼間が暑いくらいに晴れていても夕方には雨だとか、スコールだからすぐに止むさと多寡を括っていたら、それがよる遅くまで降り続き、雨がすっかり止んだ頃にはもう既にこっちが眠くなっていたり。
一昨日知り合った若い日本人のご夫婦にも、もっとこの島を楽しんで欲しかったのだけれど、天気だけはこちらの思い通りになるわけもなく残念に思うのだよ。

「ま、晴れの日ばかりじゃない代わりに雨の日ばかりでもないし。」
これは自分が今までの旅から得た『人生の教訓』でもあるのだよ。
そしてこの雨露も、自分を日差しから守ってくれる海岸の木々を始め、全ての生きとし生けるものものに必要なわけで。一方から疎まれていても、もう一方の誰かからは必要とされているのは『人』もこれまた同じなわけで。

そんな哲学的な事を思うも、これじゃぁ飯の種にもなりゃしねぇーと、サンダル姿で雨色のアスファルトをジャリジャリと引っ掻きながらホテルに帰るボクの頭上。雨雲の隙間で瞬く、日本よりも少しだけ高い真冬のオリオン______。

海と空と雲と

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イカ釣り用の餌木をぶら下げた釣竿を片手に、知り合いのボートを勝手に波打ち際に押し出した後、素早くそれに飛び乗りエンジンのスターターのロープを思いっきり引っ張る。ブロロロロ...。
そのままアクセルを回し、海風と波にややもするとひっくり返りそうな小さいボートを不慣れな運転ながら転覆しないよう慎重にバランスを取りながら、少しうねりの出始めた夕方前の海原を、沖合に浮かぶ小島目指して独り進む。
小さなボートの帆先が風と波にあおられる度に、不安になる自分を落ち着ける為、空を見上げる。

うん、大丈夫______。

上手く言えないけれど、この島はやっぱり居心地が良い_____________。

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シャ・ラ・ラ

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昼前に起きると自分のテラスにオンボロのギターが置いてあったのだよ。
誰が置いたのかは定かでないけれど、テラスの椅子に腰掛けて、その埃まみれになったギターを綺麗に拭いた後、チューニングをしてポロロンポロロンと爪弾きながら浮かんだメロディを口ずさむ。アナタの横顔を思い出しながら______。

一期一会を噛みしめて

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道端や店先で会う知り合いの誰もが「ツカサ、あと残り何日だ?」
と聞いてくる度、いつものように涼しい笑顔で「あと3日だよ。」と答える自分の言葉に一期一会の大切さと一抹の寂しさの両方を感じるパンコール島滞在カウントダウン。

足の親指の剥がしたり、風邪をひいて島の病院で尻に注射されたり、今回もまぁいろいろとハプニングはあったのだけれど、今のところ命に関わる大病はしていないのでご心配なく。アナタもくれぐれも健康に気をつけて、そしてなるべく笑顔で過ごせますやうに____________________________________。

帰国しまーす

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只今クアラルンプール国際空港の喫煙室。
今から飛行機に乗って日本に帰りまーす。
もしも明日の早朝、新宿で薄汚く肌の焼けた
シャツ1枚の男が寒さで倒れていたら
躊躇わずにすぐ助けてね。ぢゃ。

帰省の第一目的完了

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羽田空港行きのリムジンバスに間に合う時刻を逆算し、寝不足の体に鞭打って起きたつもりが、中年男の寝不足の体は余りにワガママで動きがのろく、おまけに今年の初めにメキシコから半ば密輸のような形で持ち帰った貴重なテキーラ数本を忍ばせたスーツケースが異様に重いというのもあって、結局家の前で拾ったタクシーで空港まで向かうという、なんとも無駄な出費で始まった高知帰省。

夜、そのクソ重いテキーラ全てを届けた先の店のカウンターの中で、そもそもそのテキーラたちの注文主であるにもかかわらず、メキシコからニューヨーク経由で東京、そして高知と運んで来たボクの一連の苦労話を「そりゃあ大変やったねぇ。」と、まるで他人事のように笑う同級生の、それでも貴重なテキーラたちを眺める嬉しそうなその眼差しを以って、去年の暮れから始まったテキーラ大作戦もひとまず完了を迎え肩の荷が下りたのもあって、寝不足の体をカウンターの縁と肘で支えながらグラスを傾ける午後11時_____________。

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そのワケは純情なれど

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「お父さん、貴方の博才の無さを受け継いだボクにどーか力を与えたまえ。
 墓掃除もまだ済ませてませんけれど、どーかどーかこのとーり。」

時を戻して昨日の夕方。
児童クラブから帰って来た甥っ子たちと遊びながら、今回の帰省の第二目的
である甥っ子・弟の小学校の入学式の日が、我が母親から聞いていた4日(よっか)
ではなく8日(ようか)だと彼らから知り愕然とする。
8日は東京に戻る日なのだよ。
さて、変更不可の航空券を捨てて新しいヤツを手に入れるにもまずは金が要る。
ただでさえ甥っ子・弟の入学祝いと、再来週にも甥っ子サードを産んでくれる弟のお嫁さんへの出産祝いで財布の中身が出払っているというのに。

今から4時間後、実家から道路を挟んで斜め向かい、
駐車場誘導員まで立たせて欲に目の眩んだ愚か者たちを笑顔で招き入れる
その場所で「負けられない戦い」に挑む事を父の仏前に誓う、
なんとも愚かしき夜明け前_____________________________。
先日の『絶対に負けられない闘い』に、先日だけならまだしも、
今日までの連日コテンパンに負け、新しい航空券を買い直す
どころの話ではない経済情勢に陥った愚息の方を1度も振り
返る事なく歩きながら、彼女は説教を続ける。

__いつになったら楽させてくれるがやろうかねぇ。
爽やかに吹く春の風に向かって言った彼女の独り言のようなその言葉が、
昔よりずいぶん小さくなった彼女の背中を見ながら歩く愚息の胸に
魚の小骨程度には確実に引っ掛かる4月某日___________。

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思い出をなぞりながら帰京-前編-

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甥っ子・弟の入学式についてゆく。
校門をくぐると大きなソテツの木が迎えてくれる、
そんな南国情緒だっぷりの我が母校である小学校。

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そう言えば小学生の頃、此処の花壇のサルビアの花びらの蜜をチューチュー吸い、また次の花びらをむしってはまたチューチュー。それを繰り返し、すべてのサルビアの花の蜜を吸ったその午後、母親が学校に呼び出されたっけ。
ま、もっとも店に出勤前の母親が小学校に呼び出されるのは日常茶飯事だったので、サルビア全滅事件ごときたいした話ではない。

入学式を終え、新入生は教室に、父兄はPTAなどからの説明会の為そのまま体育館に残り、ボクは新入生でも父兄でもないので、そのまま一人で甥っ子・弟の教室の前まで行き、彼らの集中力を削がないように気配を消して、廊下から教室内でのおチビちゃんたちの様子を窺う。ま、つい先日まで幼児だった彼らに集中力もくそもないだろうと思いきや、中には担任教師の話をジッとおとなしくして聞く子もいる。今日初めて会ったばかりの知らない人の話をよくもまぁそんなに真剣に聞けるもんだ、と関心するその傍らで我が甥っ子・弟は机の上に両手を乗せてピアノを弾くフリをしていて、ちっともオバちゃん、あっ違った、先生の話を聞いていない。

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説明会を終えた父兄たちが教室にやって来た頃、丁度自分も東京行きの飛行機の時間が迫っていた事もあり、校舎を後にした。
校舎の中庭の前で靴を履きながら、その懐かしい中庭の風景に大昔の記憶が蘇る。

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立ったままブランコを漕ぎ、どれだけ遠くまでジャンプ出来るかを友達と勝負した結果、背中から落ちてしまい、病院に行くのかと思いきや、背中の痛みも取れぬまま職員室でこっぴどく叱られた事。

他のクラスのガキ大将グループ数人に虐められていた自分の子分的存在の友人を助けるべく、一人でソイツらに立ち向かったあげく、あとから駆けつけた上級生に自分だけたしなめられ初めて他人の前で悔し泣きをした事。

大好きだったあの子に何故か意地悪ばかりしていた事。

いろいろな思い出が走馬燈のように駆け巡る中庭を後にして、正門前に呼んであったタクシーで一旦実家まで戻り、スーツケースなどをトランクに積み込み、大急ぎで空港まで向かった。
で、急いでくれた運転手さんのおかげもあり定刻の時間までには余裕で空港に着いたのは着いたのだけれども____。

_______後編へ続く。

思い出をなぞりながら帰京-後編-

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甥っ子たちに別れも告げず大急ぎで空港に向かった甲斐もあり、定刻よりも余裕で空港に到着。顔なじみの運転手さんにお礼を言い、空港建物内に入り、自動チェックインカウンターで手続きを始めると・・・。
あれ? 画面には自分の乗るばずの定刻午後4時10分発の表示ではなく、午後7時10分発となっている。係員のいるカウンターに行き、便の変更をお願いすると、その女性係員はパソコンのキーボードを手慣れた動作で打った後、

「お客様のご予約はパックになっておりましてご変更不可となっております。
 ご変更される場合、片道料金3万1千500円新たにお支払い頂くことになりま
 すが如何いたしましょう?」

なんつー事を満面の笑みを浮かべたまま、その言葉に詰まる事も無くサラリと言ってのける。そんな彼女の背後の掲示板には『空席有り』の表示が。
いやいや、そりゃパック商品だけどさ、他の旅行代理店ならまだしもJALパックっちゅー日本航空のグループ会社なのに、しかも空席があるのに乗せてくれんのか?
さすが、ボクのなけなしの株券を紙くずに変えた会社だけの事はある。ま、それは前原なにがしという国交大臣のせいでもあるけれども、そんな融通の利かない会社ではもう1度潰れるぞ。あっ、次回潰れる時はボクが今あるマイルポイントを使い切ってからにしてくれたまえ。

さて、これから最終便搭乗までの3時間余りの間、何をする?
一眼レフカメラ以外の荷物を空港のコインロッカーに入れた後、再び出口に向かい、そこからタクシーに乗り込み、運転手さんに事情を話し、
「何処か綺麗な風景写真の撮れるような所へ連れて行って下さい。」
と、お願いしたのだよ。
「やっぱり桂浜がえいがやない? 全部で7000円にしちゃるで。」
と言う運転手さんの言葉に、さすがに再び高知市内まで戻るのは、自分の勘違いとはいえ新しい航空券を買う為の博打で大負けした先日までの自分や、タクシーまで使って急いで空港に来た今日の自分がさらに可哀想な人に思えてくるので、『桂浜行き』は丁重にお断りをし、空港から北の山のその山頂に見える『龍河洞』の展望台まで上ればさぞかし眺めも良いだろうと思い、『龍河洞』を目指した。
昔は多くの観光客が訪れた『龍河洞』。日本屈指の天然鍾乳洞の洞窟へ向かうその道は、昔は必ず『龍河洞スカイライン』という、その洒落た名前とは裏腹に曲がりくねった登り道を行かねば山頂には辿り着けず、荒っぽい父親の運転のせいでその道中で吐いたという喉の奥が焼けるような苦い苦い思い出が其処にある。今ではトンネルが出来ているらしく、山頂に向かうどの車もそのトンネルルートを通るらしいが、幼き頃の自分の魂をその場所に救いに行くように、ここは敢えて『龍河洞スカイライン』で山頂を目指す事にしたのだよ。

がしかし、タクシーで山の中腹まで行った所で龍河洞スカイラインは既に閉鎖。仕方なしに山の中腹で太平洋向けてカメラを構えるも景色はイマイチ。半ばやけくそで、ボクを待ってくれている運転手さんにカメラを向ける。
「こんなハゲチャビンなオンチャン撮っても仕方ないろがえ?」
と、照れ笑いを浮かべながらボクの視界から逃げ回る運転手さんとその場所で、高知の目指すべき未来について語り合った後で再び乗車。龍河洞の展望台を諦めて次に向かう場所は、もうボクの心の中では決まっていたのだよ。

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再び車に乗り込み、運転手さんに行き先を告げる。
「土佐山田町にある"はらたいら"さんのお墓までお願いします。」
以前このブログのようなモノでも書いた生前の彼と初めての出逢いから、自分が上京して彼に世話になった頃の思い出を運転手さんに話しながら、その場所を目指すも、自分は"たいらさん"のお墓の場所までは知らず、彼の墓の所在地を知っている方に車中から電話をし、だいだいの場所を教えて貰った後、運転手さんに手渡された地図を睨みながら、また道中、郵便配達員や散歩をしている地元の方に尋ねながら、車同士がすれ違う事が不可能な、というか車1台でも脇を擦りそうなぐらいに狭いその道を辿り、なんとか"はらたいら"氏の墓に到着。

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「たいらさん、やっと来たで。っていうか、ボクの勘違いも含めて、
 すべては此処に来させる為のいつもの"たいらさん流"のイタズラやったがやろ?
 まんまと引っ掛かってしもーたで。そっちでみんなぁで楽しゅう呑みよりや。」

墓前に手を合わせるボクの背後で運転手さんも手を合わせながらつぶやく。
「今度の宝くじが当たるように、ワシもはらたいらさんにお願いしちょこ。」
もしもたいらさんが生きていたら、すかさずこう返すと思う。
『神様らぁつまらん仕事に誰か就くものか。』

はらたいら氏の墓を後にして、空港に戻る途中、空港まではまだまだ遠いその道中で、運転手さんがメーターを止めた。
「5050円になったき、もう止めるぜ。」
そう言って、普段客を乗せている時、つまり実車中は法律で通行が禁止されている"公道ではない"その物部川沿いの小道を
「今は空車中やき、プライベートやき通ってえいがよ。
 写真を撮りたい場所があったらいつでも言うてよ、停めるきに。」
と、笑いながら走ってくれた。
やっぱり高知は気候も人も暖かい。

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今日1日、記憶の片隅に眠っていた思い出をなぞり、そして新たな思い出を作ってくれたその運転手さんに、空港に到着後、僅かばかりのチップを渡しながらお礼の言葉を言ってタクシーから降車。空港内の建物に入る頃には、明らかに先ほどとは違う、前向きな気分で東京行きの最終便を待つ自分がいたのだよ。
だからまた渡す相手も決めずにお土産を買い過ぎた2013春・高知最終日___。

凪の水面に舟を漕ぎ

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本日朝、伊平屋島・前泊(まえどまり)港にて、東京から来たメンバーのうちの残りのメンバー全員をお見送り。昨日も先発隊のお見送りをして感じたのだけれど、今まで見送られる事ばかりだったけどさ、なんだね、見送る方もせつないもんだね。

さて、今日からが本当の意味でのオイラの夏休み。
疲れた身体と心に沖縄の太陽(てぃだ)をたくさん浴びて、
気の合う島人たちの笑顔に囲まれながら
少しずつでもいいから、でもなるべく早く心穏やかな日々と
自慢の『涼しい笑み』を取り戻してゆこう。
今日の伊平屋島の海のような凪の水面をこの胸に_______。

♪凪の水面に舟を漕ぎ アナタと二人ユラユラと
 あの日見上げた星空は 今も変わらぬ伊平屋島♪

タバコの煙のその先で

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帰りの飛行機チケットを破棄、そして新たに予約し直し、独り残った伊平屋島。
他の宿泊客がとっくに居なくなった食堂で独り、遅すぎる朝食を食べながら窓越しに眺めるその青く澄み切った空と大好きなその海にも、独りでは行く気もせず、じゃあなんで独り残ったのかと問われれば、上手に説明出来る言葉も今は持ち合わせていないのだけれど。

午後7時半過ぎ。
水平線に沈んだばかりの太陽と、これからやってくる夜とのそれぞれに染められ、鮮やかなサーモンピンク色と濃いグレーの入り混じる雲たちが浮かぶ絵画のようなその西の空を、島の釣り仲間たちを乗せ港に戻る船の上で眺めながら、この綺麗な夕焼けをアナタにも見せてあげたいと思うと同時に襲ってくるその現実を誤魔化す為だけに火をつけたタバコをくわえ、大きく息を吸ってはゆっくり吐いてはみるけれど、そのタバコの煙でさえ、ため息までは隠しきれない伊平屋島沖_________。

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オレ夏2013終了

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波に揺られる船尻に 見えては隠れを繰り返す
小さくなりゆく生まれ島 海ぬ霞に消えてゆく

月が向こうを向く夜に 砕ける波ぬ音聞いて
降り注ぐほどの星空に 探した二人の願い星

叶わぬ夢と寂しげに 笑うその横顔も
何度も砂を掴んでは 滑らせてゆく手のひらも
触れる事さえ繋ぐ事さえ 出来ずに零るるせつなさに
それでも探した願い星_________。
                 『願い星』より

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本日帰京。伊平屋島のみんな、本当にありがとうね________。

ええ、籠もってましたよ

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ここ数日、雨が降ったのも外気が冷たくなったのも気づかないくらい自室に籠もりっぱなしのその理由は__。


数年間放置していた伊平屋島旅のHPを完全リニューアルしたので、興味のある方は是非。但しスマフォ表示には対応していないので拡大した写真が変になったり、無料のレンタルサーバーなので広告表示にイラッとくるかもしれんけれども、とにかくここ数日間まったくもって無駄な部分に寝る間も惜しんで情熱を注ぎ込んだ成果をご覧あれ。

http://www.geocities.jp/iheya55/

2014越冬計画進行中

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「みんな元気か?」

「元気よー、ツカサも元気ぃー?」

「あぁ、金が無いだけで
 後は何も変わっちゃいない。」

「だったら用はないわね、バイバイ。」

「ちょ、待て、このオカマ。
 そもそもこれは予約の電話だ予約の。」

電話のこちらとあちらで無駄話に花が咲く。本日、パンコール島での定宿の予約完了。ただし、チャイニーズニューイヤーの繁盛期の間だけはいつものシャレーを明け渡さなければならないらしく、お湯の出る部屋ならという条件で承諾。こうして越冬計画は着々と進む11月最後の木曜日___。

便利屋じゃないっつーの

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来月20日からのマレーシア・パンコール島への越冬の旅を前に、少しでも旅の経費に役立てようと、去年から今年にかけてニューヨークで買って来た値札の付いたままの新品のTシャツをマレー人の友人たちに売りつけようとFacebookに写真を載せたら、あっという間に予約で一杯に。もちろん、こちらも儲け無しの値段なので当然と言えば当然なわけだけれども。
こちらは持て余していたTシャツを処分出来て、おまけに数日分の宿泊代にはなるのだし、相手もマレーシアでは手に入らない物が送料無料で手に入るのだし、ここまでだったらWin-Winの関係で良かった良かったと話は終わったのだけれど、そこからが困ったもので。
そもそも数枚しかないTシャツに対し、やれこのデザインのXLサイズは無いのか?だとか、レディースはないの?だとか、挙げ句の果てにはただ単に「お土産は洋服が欲しい」だとか「タミヤの○○買って来て」だとか、もう好き放題の書き込みに正直ウンザリしているのだよ。
この広い東京でそれぞれを買いに行くのにどれだけ手間暇がかかるか、その大変さを解っていないし、ただでさえスーツケースの半分がお土産で埋まって、本来自分が必要とする物も少なめにしているというのに。

イスラム教の教えが『富める者は貧しき者に施しを与えよ』なので、ボクの事を余り知らない彼らがボクを富める者だと勘違いしている限り、これまでの善意も含めてねじ曲げられていってしまう。ボクの懐事情も含めてボクをよく知るボート屋の家族や定宿の家族は一切言わないし、言ったとしてもせいぜい「お菓子買って来て。」ぐらいだ。そのお菓子が荷物の中で一番嵩張るのもこれまた困りものなのだけれども。

いやいや、人の善意というものは本当に難しいと思い知らされる年の瀬__。

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人間、7年もあれば小学生はチン毛も生えるし、顎髭が白くなるのを嘆いてみても詮無き事ではあるけれど、小型ボートのモーター始動ロープを引っ張るだけで上腕二頭筋が痙りそうになる憂いや、今回新たに旅の荷物の仲間入りを果たす予定の老眼鏡を未だに持って行くか行かざるべきかという悩みを抱える中、せめてお肌だけは7年前のこの顔写真の頃に戻りやがれと、レチノール配合の乳液をカッサカサの頬に叩き込む人日の節句___。

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お金は大事だす

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海外旅行保険約49,000円。た、たっかっ!
一昨年、ボクの目の前で脳梗塞により倒れたノルウェー人の友人が、マレーシアでの治療と母国に帰る際の医師付きチャーター機の手配などで保険会社相手にスッた揉んだしたのを聞かされてからこちら、明日は我が身と思い、それ以来治療費は「無制限」にしているせいと旅行期間が長い為に保険料は割高になるのは解るけれど、僅かな預金残高の数字からこれが引き落とされると思うと切なくて切なくて、老後の心配以前にこりゃ真剣に帰国後の心配をせねばならぬ。

似つかわしくない場所で途方に暮れる

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夕方。マレーシアで世話になっているボート屋主人の奥さんを始めホテルのママなど女性陣への土産を買う為、新宿の某生地店に赴く。客の9割ほどが女性で、残り1割がいかにも「服飾関係やってます」的な小洒落た身なりの若い男性客の店内。その中に、道を挟んだ向こう側の歌舞伎町から迷い込んできちゃいました、いえいえ万引き犯じゃありません的なオッサンの自分。どっからどう見ても浮いているのが自分でも解るし、たぶん「生地を買う。」という明確な目的で生地屋に入店したのは、何を隠そう生まれて初めてのような気がしないでもない。なので、余計に挙動不審になってしまう。そんな泳ぎがちな目を悟られないように、買いたいのとは明らかに違う商品の棚の前で、難しい顔で金額×メーターの計算式を空中に指で小さくなぞるオカマの演技を数回繰り返しながら、なんとか「和柄」のコーナーまで辿り着き、マレー人の彼女らが喜びそうなというか、いかにも日本っぽい桜柄の生地を数点手に取りレジまで向かったまでは良かったのだけれど。

解らない。果たして1枚につき何メートル買って良いものかが解らないのだよ。例えば、洋服にするには何メートル必要かだとかサッパリ解らない。あぁどうしようどうしよう、もうすぐボクの順番だ、あぁ。
ボクの前の服飾学生らしき男性客がごく自然に「2.5mで。」とサラッと言ったのが生地屋初心者のボクには何とも格好良く見えたので、ボクも彼の真似をして「2.5mでお願いします、ウフッ。」と、最後のウフッは言ったかどうかは定かではないが、そんな口調で切り出すと、当然、店員さんは言う通りに切ってはくれたのだけれど、果たしてこの長さで正解だったのかどうか、家に持ち帰った今の今でも解らないままの金曜日___。

ビーチボーイ復帰までの道のり

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日本→飛行機(約7時間)→クアラ・ルンプール国際空港(KLIA/日本語表記有)→KLIAエクスプレス(35分)→KLセントラル駅→LRT(モノレール)→マスジッ・ジャメ駅→LRT乗り換え→プラザ・ラキャッ駅→徒歩3分→1泊目のホテル

または空港到着ゲート出口(一旦出たら二度と入れない所)の手前にバジェットタクシーチケットカウンターが並んでいるので自分の泊まるホテル名を言ってチケットを買い、バジェットタクシー乗り場→KL市内ホテル玄関へ横付け。リッチな気分。

ホテル→エレベーター(直結)→プドゥ・ラヤ バスターミナル→冷房のクソ寒い高速バス(約4時間/途中トイレ休憩有)→ルムッ→徒歩約3分→フェリーターミナル→フェリー(30分)→パンコール島フェリーターミナル→TAXI(約20分)→トゥルッ・ニッパー(ニッパー海岸)

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お金に余裕のある方は、KILAからTAXIで約30分、スバンという所にあるスルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港という舌を噛みそうな名前の空港から1日1本パンコール島へ小っちゃなプロペラ機(所要時間40分)が飛んでいるのでおいでおいでー。

LCCTなら夜日本初で翌朝KLIA(LCCTターミナル)なので、気力さえあればKL市内で1泊足止めされずに島まで来られるし、旅慣れてるアナタも旅慣れていないアナタもおいでおいでー。マリンスポーツ全般及び島内観光などなど大サービスしちゃいますわよっ!

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というわけで明後日(正確には明明後日)より
ビーチボーイに戻ります___。

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いつもの場所からスタートだ!

空港に迎えに来るはずだった現地人の友達も来れず、土産が詰まった重いスーツケースとバッグを引き摺り、たぶん撮りもしない一眼レフカメラを肩に掛け、真っ直ぐ目指す空港建物出口。7時間以上に及ぶ禁煙状態に置かれたせいか、眉間に深い皺を寄せ鬼気迫る目つきをしていた自分に、白タク(無認可タクシー)の客引きのオヤジたちも声がかけ辛いらしく、視線を投げかけて来るのみ。


プハーッ。あー美味い。
禁煙マークの貼られたガラス窓の下で、国際空港に明らかに用もないであろうみすぼらしい格好をした人々に交じり、その視線を身体と荷物で交互に受けながらタバコを燻らすボクの吐いた煙が、蒸せ返すような熱気を帯びた夜の空気に溶けてゆくマレーシア初日____。


※夜遅く友人がホテルに会いに来る。お土産目当てかこんにゃろ。とりあえずこれでタミヤ製のミニ四駆分はスーツケースが軽くなった。

これは旅? それとも

午前9時過ぎ。クアラ・ルンプールのプドゥラヤバスターミナルから港町ルムッに向け出発(K.L-ルムッ 高速バス 27.30RM=約900円)。
片道4時間のバスの旅も、初めてならK.L市内に点在するイスラム教国家らしいモスクを始め、この車窓から見える異国の景色に胸躍らせるのだろうけれど、もう14度目ぐらいにもなると、そのすべてに平常心で、おまけにバスの車内で聴こうとした音楽も、先ほどチェックアウトしたホテルの部屋にヘッドホンを忘れて来た事が発覚した今となっては嗚呼詮無き事かな。効かせ過ぎた冷房の通風口を塞ぎ、冷え対策のパーカーを膝にかけてからは、もはや「ただ寝る」か「飴でも舐めながらアナタへの想いにふける」ぐらいしか選択肢も無く、嗚呼愛は滅びぬと思うと同時に意識が遠のき、目が冷めた頃には港町ルムッまであと15km。


ルムッのバスターミナルに降り立ち、土産の詰まった重い重いスーツケースとバッグを引き摺り、どうせ撮りもしない一眼レフカメラを肩に掛け、フェリーターミナルまでのその少し入り組んだ通路と道を、まるで実家の近所まで戻って来たかのように、照りつける陽射しの下をその順路に迷いもせずただただガラガラと騒音を撒き散らしながら、通路両脇で昼食中の現地人たちの視線を全身に受けながら船着き場まで。
チケット(10RM=約330円)購入後、近くの公衆トイレで30C(約10円)を支払い用を済ませフェリーに乗り込む。昼食どきも手伝ってか定員数70名ほどの小さなフェリーは20名ばかりの客を乗せ、無くしてルムッを出港。船内はやはりバスと同じく効き過ぎた冷房のせいで肌寒い。デッキの日除けテントの下で海の匂いを含んだ舟風を頬に受けながら、数本のタバコを燻らせている間に、フェリーはパンコール島フェリターミナルに着岸。
船内で再会した知人と二言三言会話を交わしながら浮き桟橋を歩いてターミナル出口まで。そこからはパンコール島名物とも言える鮮やかなピンク色のワゴンタクシーに揺られニッパー・ベイまで約20分。15RM=約495円。


ニッパー・ベイに着きそこからは再会ラッシュ。
ホテルのスタッフたち、ビーチボーイたち、食堂の店員たち、売り子の人々、救急車の運転手、警察官、etc...。ボクの名前を知る誰もが笑顔でボクの名前を読んでくれ、ボクの名前を知らないまでもその存在を知る誰もが笑顔で、やれ今回はいつまで居られる? だとか、すっかり肌が白くなって白人にでもなったか? だとか、そのほとんどが似たような会話なのだけれど、そのすべての人が笑顔をくれる事から鑑みるに、やっぱり里帰りだこれは____。

電話番号いれておいてね。

+601112561206
これが電話番号ね。急なご用件、苦情、求愛は上記まで。尚、ショートメールを上記電話番号にくれてやるというアナタ。電話機が日本語対応していないのでローマ字且つなるべく短文でお願い。


現在こちらは日本より1時間だけ手前の朝7時。まだ真っ暗。
昨夜0時過ぎには眠りに就いたのに、変な夢を見て午前3時に目が覚め、どうせなら昨日の事を書いてからもう一度寝ようとコレを開き、2時間ほどかかって長文を書き上げ、いざアップロードという時にwifi回線の不具合ですべて消えてしまい、だいぶ端折ってもう一度書いても、気づけばこんな時間ですよ。完全に寝不足ですよ。
どうやらホテルのwifiが不調でネットに繋がらず、隣のホテルから微かに入るwifiを掴んだり掴まなかったりの状態なので、これが復旧するまで誰からのメールもすぐには受け取れないのだよ。


14年ほど前に比べ、ネット環境無しではすっかり不便を感じる身体になっている現代っ子さトホホホホ_____。

さて今日は一日中寝るぜ。
そーゆーわけにもいかんと思うけれど。


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一日にしてすっかり自宅化

眠れませぬ

夢の中で見知らぬ人に怒鳴る自分の声で目を覚ます午前5時。
ここ数日の夢見が悪く、夢だけで判断すると何らかのストレスがあるのだろうかと思い悩むほど。まぁ、こちらパンコール島でも知り合いの多さから多少は気を遣っているにはいるのだし、日本を出てからまだ日も浅い事もあり環境の変化に対応しきれていないのもある。その証拠に、ここ3日ほど便秘だもの。


定宿のwifiが壊れている現在。部屋から出てテラスの椅子に腰掛け、隣のホテルから漏れる微弱なwifiの電波を掴んだり掴まなかったりの状態の中、コレを書いている。
辺りはまだ真っ暗で、1時間ほど前にボクが部屋のドアを開ける音のせいで目を覚ました守衛のおじーちゃんが、先ほどイスラム教の経典であるコーランを唸るように読み終え、背を丸めて奥に消えて行ったのと入れ替わるように一人のスタッフが起きてきて、自分のテラスの目の前の、まだ薄暗いレストランで朝食ビュッフェの準備をし始めた。そんな1日の始まりを、テラスでくるぶしを蚊に刺されながらボンヤリ眺める金曜日____。

野生のアロエを剥きながら

定宿のWiFiがようやく復活。インターネットをする為にわざわざシャレーの外に出て、テラスで手足を蚊に喰われながら、メールを始めこの戯言やFacebook等を書くという苦行から解放され、シャレーのベッドで横になりながらこれを書いている。
3週間ほど前にこの島の村が水浸しになったほどの長雨のせいで、例年より蚊が多く、普段なら人間様が独占している海岸沿いの日陰をボクら人間と蚊が奪い合っているほど。もはや日焼けで痒いのか蚊に刺されて痒いのか判らぬ。


日焼けといえば、パンコール島に入って二日目。日焼け止めクリームも塗らずにイカ釣りに出たせいで手足と顔が触ると痛いほどに焼け、顔に至っては鼻頭がパリパリに硬くなり、額の皮はすでにボロボロと向け始めていて、嗚呼またシミが増えるのに、解っていてなんで? と去年と同じ後悔を繰り返す、愚の骨頂の土曜日_____。


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休日の付録写真 1月号

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Facebookが見られないアナタの為に、パンコール島の自分の日常をば。


ボート屋の客がいない時は、波も無い海でスキムボードというサーフィン紛いの事をしたり意味もなくボートから飛び込んだり子供たちと遊んで貰ったり仲間と昼食を食べるという口実で職場放棄しているのだよ。


お気に入りの写真は日本に帰ったら改めてUpするね。

日本語=独り言になるこの島で

週末に押し寄せた観光客が嘘だったかのように静まり返った夜の海岸で、地元の少年とギター片手に唄う。粗末なプラスチック製の椅子に腰掛けたボクらが唄う歌声と小さく砕ける涙の音しか無いそんな夜。日中から日没前までほぼ休憩なしで海の上にいたので、かなり疲れているはずなのに、なんだか今夜はその疲れも心地良い。


様々な人間関係の狭間に巻き込まれながら、多少マレー語が話せると言っても、本当に伝えたい事はなかなか上手く説明出来ず、もどかしさゆえにただただ涼しい笑顔を浮かべながら視線を逸らす場面も多い中、音楽は余計な言葉も要らず、少ない言葉で相手に気持ちを伝えられ、その気持ちをみんなで共有出来るという素敵な術だと改めて気付かされたりする。


うん、大切なのは"共有"する事なのだ。
明日こそ可愛い誰かとこの島での素敵な時間を共有するぞー!!
ボート屋仲間たちからピエロ呼ばわりされるほど真っ赤に日焼けした鼻頭を指でこすりながら見上げた星空に、眉をひそめたアナタの顔が浮かぶ月曜日______。

退院1時間、買い物4時間

昼過ぎ。
今日退院する友人を迎えに、数名の友人らと島から出て町の病院まで行き、めでたく退院する友人の車を見送った後、せっかく町まで出てきたんだからと張り切る友人らの買い物に付き合う。夕方まで数件の大型ショッピングモールで買い物する度に、一軒目で買った冷凍食品は既に程良く解凍されているんじゃないかと思えるほどの暑さの中、車のトランクはそれら買った物で埋れてゆく。


マレーシアまで来てAEONかよー、とブーブー文句を垂れながら最後尾をついて行くボクは案の定、美肌ケアクリームの販売員に捕まり、日に焼けて薄皮がボロボロ剥がれた小汚い両腕に、クリームを練り込まれながら、先を行く友人たちの背中を見送る、なんとも間抜けな水曜日____。

全然めでたくなんかない

いよいよ昨日から始まった魔の旧正月ウィーク。南北4.5km、東西2kmほどの小さな島に住んでいる島民だけでも6万5千人(公称)もいて、ただでさえパンパン気味な割りに普段のビーチが静かなのは、日焼けを嫌うマレー人気質に加え海に出る人の数は限られており、マリンスポーツ業、漁師、そして日焼け好きな旅行者ぐらいしかいないからであって、それが昨日1日だけでも2万人以上の観光客が入島していて、その全てが海で遊ぶのが目的なわけで、島のあらゆるビーチが人で埋め尽くされている。


普段ボクのいるニッパー・ビーチの浜辺も海岸通りも人、人、人だらけ。道路に溢れた人々のせいで道幅が狭くなったその間をピンク色のワゴンタクシーが次から次へと満杯の客を運び、その後ろには音だけがデカイ陳腐なバイクが長蛇の列をなしていたりして、それらが双方向に行き交うものだから、海岸通付近はそれらの騒音と、不燃焼気味の白い排気ガスで日中ずっと曇っている。

そのすぐ傍らのテントの下で客を引くボート屋のメンバー。海岸で客を引くという理由で浜辺に逃げる者が続出。かと言って、お客さんの履き物やゴーグル、シュノーケルなどが盗まれる畏れがあるので誰か1人はその場に居なくてはならず、毎年だいたいはボクが見張り役でその場に取り残されるので、今年はうまい具合に逃げてはいるのだけれど、やっぱり見張り役になる場面も多く、普段は話し相手になってくれる土産屋の店員たちも今だけはずっとというわけにもいかないようで、話し相手の誰も居ない、海も見えない、騒音と排気ガスに満たされたその場所で、あーつまんねぇ旧正月つまんねぇー、と日本語で喚いてみても虚しさが募るばかりの2月の始まり____。

"気儘"の憂い

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拝啓。
こちらはようやく魔の旧正月ウィークも終わり、島のビーチもようやくいつもの静けさを取り戻し、ゆっくりではありますが日毎に透明度を戻してゆく海のその波の音が常に聞こえるその場所で、昼はマレー語の話せる日本人として客寄せパンダ的な匂いを醸しつつ客を引いたり、相変わらず子供達と遊んだり、夜はオンボロギター片手に海岸に面したベンチに腰掛け、島の仲間たちや観光客相手に唄ったり、それはそれは日本で寒風吹きすさぶ中を職場に向かわれる皆様からすれば、なんともまぁ気ままな日々を送っていると思われても仕方無いのですけれど、いえいえ、気ままは気ままなりにいろいろございまして、ボート屋の客引きにおいても、なにぶん、日本語が流暢なデーブスペクターの如く、もう今では誰も喜んでくれないほど発達し過ぎたマレー語に比べ、拙すぎる英会話力というアンバランスな能力に加え、こと相手が美人な欧米人だと、幼稚園児並の言葉がさらにシドロモドロになり、結局は他のスタッフに説明させて、自分はボート屋の隣の屋台に逃げ、其処でトウモロコシを焼いたりするも、また其処でも「焼き過ぎ」という苦笑いを含んだ店の主人の言葉に、結局は役立たずの1日の背中の向こう、水平線に沈む夕陽が日焼けしたうなじ辺りに沁みる此処パンコール島からアナタに愛を込めて、今夜も海岸通りでたくさん唄ったこのボサボサ頭に免じて許してください、かしこ___。

その狡賢さ、この日本人には通じませんよ

ボクが手伝っているボート屋で働くスタッフでもあり、古くからの友人であるジェイボンを、公衆の面前で日本語で怒鳴りつけたというか、怒鳴り散らしたのがかれこれ3日前の事で、日本からの土産で彼にあげた古いデジタルカメラとウォータープルーフも強引に返してもらった。


ここまでするのにはそれなりの理由があり、彼は常日頃から怠け者で極度の女好きで友達に対しても平気で嘘をつき、全て自分自身のために動くという、謂わば典型的なクズである。ただ、周りの者よりも多少コミュニケーション能力に長け、この島に訪れる人の割合が多い欧州をはじめとする各国の言葉を、片言ずつではあるけれど喋れたりするため、欧米人客からの、特に女性からの受けは良いので、それを鼻にかけて、客は引くけれどそれ以降の業務を怠る。
例えば、ある客を引き、ボートでシュノーケリングポイントまで運ぶところまではいいが、迎えに行かなかったり、約束した客が待っているのに家で寝ていたりする。その尻拭いをボート屋主人や他のスタッフたちがせねばならず、それに対してのお礼の言葉も謝る言葉も今まで一切彼の口から聞いた事が無い。そしてその全てに女性が絡んでいて、数年前には仲良くなった客のドイツ人女性を無理矢理酔わせ、彼女のシャレーに忍び込み...。翌日彼は準強姦罪で捕まり、数ヶ月間は本土の警察に拘留されていたのだけれど、こちらでの裁判は原告本人が出廷しなければ成立しないらしく、数ヶ月後には家族に保釈金を払ってもらい娑婆に出てきた。しばらくは島にも帰れず身内の保護観察下で働いてはいたのだけれど、それも長くは続かず、島に戻って来て再びボート屋で働き始め現在に至る。そして現在も詐欺まがいの手口で客ばかりか周りにまで迷惑をかける。


時間の経過の効力は時に良い方にも働けば悪い方にも働き、今の彼から、彼自身が何かを省みたか全く感じられず、ただでさえいい加減なマレー人という事を差し引いても目に余る言動や行動が多く、周りの人間もほとほと困っていたのだけれど、争いを好まないマレー人気質からか、誰も彼を諌める者もおらず、昨夜ボクとの約束を破った事もあり、丁度良い機会が巡ってきた。


日本語で怒鳴り散らしたので彼にはその意味すら解らなかったはずだけれど、ボクが真剣に怒っているのは周りの観光客のビビり様からも、彼にはしっかり伝わったようでその証拠に、反省するどころか、この数日間彼は開き直ったかのようにボクを無視し続けている。
ただ、彼は精神的に弱い人間なので、周りの仲間たちにも協力してもらい彼のための逃げ道は作ってはいる。あとは彼自身がその入り口を見つけられるかどうかの話だけれど、今日はボート屋主人の奥さんに金の無心をした後、島を出たらしく、30歳にも成って精神は中学生のこの男との付き合いをどーするべきか模索中な月曜日____。

灼けた素肌と線香花火

その赤を濃くしながら徐々に明るさを
失ってゆく様は線香花火の最後にも似て___。


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オカマ時々微熱のち体調不良

まったく不本意ではあるけれど、子供とオカマにだけはモテるという日々の中、毎晩、ボクのホテルと部屋番号を仲間に問うているオカマ旅行者の魔の手から逃れるべく、午前中に島を出た。


というのは冗談で、ホテルのパパに買い物に誘われたためだが、午前中に島を出て夕方には島に帰って来るまでのその殆どの時間を、パパの本土での副業のひとつである賃貸物件の工事材料購入に割かれ、
次々に資材店を巡るその度に、ボクはパパの運転するベンツの側で待つか、買いもしない資材を見て回るかして時間を潰す。
なるほど、パパは金持ちだ。本土に滅多に使いもしない豪邸を持ち、子供達にも島と本土に家を買い与えても尚、「金はもう十分だ。」というだけの事はある。だったらボクの宿代ぐらいタダにしてくれよと言いたいところだが、せいぜいAEONの馬鹿高いカルボナーラスパゲティをご馳走してくれる迄が、金持ちが金持ちたる所以なので、ボクも「有難う。」と言いつつ、ついでにこれまたバカ高いコーヒーシェイクを追加注文したりする。


本土の蒸し暑い熱気の中で待たされ続けたのが弾き金になったのか、島に戻った頃には、今迄の疲れが一気に出たかのように体調を崩し、一旦海岸には出たもののすぐに宿に戻り、晩飯も食べずに寝た。


午後9時過ぎ。目を覚ました後、薬を飲む為、作り置いていた麦茶を取りに部屋のドアを開けると、すぐ目の前のレストランの片隅で年老いたドイツ人の旦那と食事をしている例のオカマと目が合う。ホテルどころか部屋の入り口までバレた瞬間。お互いニコリと笑顔の挨拶を交わしたけれど、彼、いや彼女の笑顔が何処か「してやったり」的に見えたのは、こちらの体調が悪いせいだけだろうか。
今夜は下半身も含めて戸締りをしっかりして寝よう____。


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疼くんです

数日前から冷たい飲み物や熱いスープを
飲むと奥歯が痛むのだよ。
いや、なんだね。
海外での歯痛ほど憂鬱な事はないね。
あと1ヶ月半もの間、この憂鬱を抱えて
過ごすのかと思うと、未だクソ寒い日本に
帰りたいと初めて思った週明けの月曜日___。

そのキラキラに勝る者無し

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ボートの重い錨をブン投げたり引き上げたりする作業による背筋痛や、日中日差しを遮る物も無い海上での釣りによる軽い日射病を始め、バイクのマフラーで負ったふくらはぎの火傷や、知らぬ間に体のあちこちに出来た擦り傷のせいで、日々身体の何所かが痛んでいたりひどく疲れているのだけれど、カメラのファインダー越しに覗く子供達のそのキラキラした瞳が、その痛みも疲れも消してくれるひと時。
でもまぁ、そのあと必ず叩かれ蹴られたりするも、所詮は子どもの力。普段なら痛くもないのだけれど、たっぷりと砂の付いたサンダルで傷口を蹴られた日には、それはそれは奥歯を食い縛ったままの笑顔で子供達を追いかけ回し、結果、疲労困ぱいの昼下がり___。


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島唯一の日本人ビーチボーイとして

どんなにレベルの高い大学に行ってようが、どんなに給料の高い会社に勤めてようが、後進国だからと言って、ボクの仲間を見下すヤツなど、この島では山羊の糞ほどの存在価値もないのだけれどね。
それでも、自分のボート屋の客であろうがなかろうが、彼ら彼女らが万が一怪我などをしてせっかくのパンコール島の思い出が台無しにならぬよう、離れたボートの上から「其処の岩や貝殻で足を切らないように注意してね。」などと、一声かけてから、再びイカ釣りポイントに向けボートのエンジンをかける。


まぁ、長いことこの島に居ると視野の狭い日本人の1人や2人は出くわすわけで、それはそれで仕方ない。その逆に、たくさんの素敵な日本人の若者やご夫婦やご老人にも出会え、その方々がこの島で怪我やトラブル無く存分に楽しめるように、少しでもこの島が好きになってくれるように、ボクは今日もお節介をやく2月の終わり___。

3月最初の週末-旅の付録-

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ペットボトルに入れられたタツノオトシゴをビーチボーイの友人から預かったり、ビーチで寛ぐ欧米人たちのすぐ後ろで客の食べ残しを漁る猿をマジマジと見ながら自分との違いを考えてみたり、毎日定時になると飛んで来るクチバシのやたらデカい『ホンビル』という名の鳥にパンをあげたり、お金持ちたちの憩いの様子をせめて近くで拝みたいという物好きな客を乗せ、1泊3万円以上する水上コテージが連なるパンコール・ラウ島まで舟を出したり沈む夕陽を仲間たちと眺めたりしている間に、あっという間に3月になってしまったのだけれど、まだ全然日本に帰りたくないのだよ___。

傷多し

ひとつ傷が癒えれば、またひとつ怪我をする。
あれだけコーラルアイランドでシュノーケリングを楽しむ人達に「下の岩に付いてる貝で足を切らないでね。」と注意を促していた自分が、ボート客を迎えに行った先でザックリと足の裏を切ってしまい、ビッコを曳きながら歩く始末。


傷口に潮水がしみるその痛みに少しだけ眉をひそめながら、今日も砂浜から波打ち際に向かってボートを押す。よっこらせーいっ!____。

♪missing in heaven連れて行ってね〜ダーリン♪

多くの乗客を乗せたマレーシア航空機がベトナム沖で消息不明に。
島では一日中この話題で持ちっきり。
マレーシア航空の実績や偽パスポートでの乗客者が4名にのぼることから察するに、只の航空機事故ではないような気がするのは自分だけか。これから先、隠蔽・工作も含めたきな臭さを微かに漏らしながら、各国間の着地点を探すのだろうね。事故・事件のどちらにしろ、人の命を駆け引きの道具に使うなっちゅーの。

ボートから海に伸びる釣竿の先を見つめながら、何か途轍もない大きなモノがゴロンと動いた音を、こんな南の小さな島で感じた週明けの月曜日。


そして今日は松田聖子ちゃんの誕生日でもある。アナタの誕生日は忘れても聖子ちゃんの誕生日は忘れない、あっかんべー___。

意地と浪漫と海風と

______「ツカサさん、きっと泣いちゃいますよ。」
先日、こちらでお会いした日本人のご夫妻から頂いた小説の中に、昨年映画化された事でも話題となった『永遠の0(著・百田 尚樹氏)があるのだけれど、本をくれたご夫妻には申し訳ないけれど、こちらで読むつもりはないのだよ。同じく、Facebookなどの投稿記事でも涙を誘う感動話などは敢えて読むのを避けているのだよ。


考えてもみてみ?
常夏の島でなんで独りでむせび泣かにゃならんのよ。
それに、こんな照りつける太陽の下で、オッサン独り涙してたら気味が悪いっちゅーの。


今日もすべてを忘れさせてくれる陽射しと波の音と木陰とハンモックを友達に、すべて忘れたつもりのその片隅で、果たして泣いていたのか笑っていたのかさえも今となっては思い出す術もないそのボヤけた横顔が、海から吹く風にチクンと揺れる昼下がり____。


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3月第2週末の付録

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定宿のレストランの片隅で暇を潰したり、ボート屋の姪っ子の誕生日パーティーの席で唄ったり、イスラム式の披露宴の新郎新婦の席の目の前に置かれたスイカのカービングの美しさに見惚れたり、夜間外出する気力もないぐらいクタクタになったりしながらも、それでもほとんど毎晩のように島の何処かで誰かに歌を唄っていますよ____。

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☆緊急帰国LIVEのお知らせ☆

ある時は海岸通りの広場で、またある時は商店の店先で、またある時は晩飯を食べに行った店のテーブルで、誰のかも分からないオンボロのアコースティック・ギターを手渡され、大人達や子供達相手に、ほぼ毎晩のように1時間は唄っているというのにだ、そんな事など知らぬU氏から連絡が入ったのがつい先日。


「そろそろLIVEやらんと忘れられるぞ。日程はこの日でえいかね? 値段はこれでえいかね?」


とゆーわけで、こっちの事情も考えない店主U氏が日程も料金も勝手に決めたLIVEを帰国早々やりますよ、はいはい、やりますよ。


冨岡ツカサ緊急帰国ライブ
『海とギターとイカ釣りと(仮題)』
場所 : 三鷹バイユーゲイト
日程 : 2014年04月19日(土)
時間 : Open 18:30 / Start 19:30
料金 : ¥2,000(+1Drinkオーダー)


急遽決まったLIVEなので、お忙しい方、遠方の方はご無理なきやう。でもまぁ、土曜の夜だし、ご都合のつく方は是非気軽に遊びに来てくださいな。一応歌も唄うつもりではおりますけれど、そのほとんどが『イカ釣りの話』だったりするやもしれません事、何卒ご覚悟の上で。だってホラ、2,000円だし。

ま、それでも、マレーシアの島で約2ヶ月半、本来色白の人間が日焼け止めも塗らずにいるとどーなるかを確かめに来るだけでも楽しめると思いますがね____。

桜吹雪と引き換えに

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そーいえば帰国日を伸ばした事を此処に書いていなかったね。
当初明日の朝には日本に帰国するはずが、4月8日に伸びたのだよ。


どーしてって?


うーん、満開の桜を見られないのがちと口惜しいけれども、それでもこっちでハンモックやボートの上で独りユラユラ揺られていたいのだよ。


でもね、LIVEが決まってからこちら、はてさて日本に帰ってから何を演ろうか、どーすれば当日みんなの笑顔が見られるかばかり考えて、頭の中は徐々に切り替わっていってるみたい。
あ、イカを釣ってる時は別よ、イカを釣ってる時だけは____。


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その屍を踏んでゆけ、いや其処ぢゃない

「ボクも、私も旅をしてみたい。」と誰かが言う。「じゃあ今すぐすればいいじゃない。」とボクが言う。その度に「でも今はコレをしなければいけないので・・・。」という返事ばかりが相手から返ってくる。そんな事言ってたらいつまで経っても旅なんて出来やしねーよ、という思いを涼しい愛想笑いで誤魔化す。


何かを犠牲にしなきゃいけない事を彼らは怖れる。「しなきゃいけない事」を掘り下げてゆけば、最終的に自分自身の欲と向かい合わなければならず、尚且つ、その欲を断ち切れるかどうかが、旅に出る人と旅に出られない人の分岐点となる。と、かくいう自分も若い頃から適度の放浪癖はあったものの、「しなきゃいけない事」に囚われて、海外に出るのがずいぶんと遅れた。今になってもっと若い頃に出ていればという己を悔やむ素敵な場面がたくさんある。だからこそ、旅をしたい若者には躊躇う事なく出て欲しいと素直に思う。


「何の為に」だとか、旅費の元を取るような小ちゃな考えは捨てて、好奇心ひとつだけ持って旅に出たまえ若者よ。ちゃんと答えは後からついてくる。犠牲にしなきゃいけないモノも含めて。得るモノが大きいほど失うモノも大きい。どちらも確実に後からジンワリ効いてくるので、後になって悔やまない事が全てにおいて大切なのだよ。


先日、ご年配の日本人の方をバイクに乗せた際のその方の言葉が忘れられない。
「定年まで懸命に働いて、退職したら行きたい所に行くんだーって旅を始めたんですけどね。いかんせん、体のあちこちにガタがきていて、こんな事だったらもっと早くにって、毎日痛感してますよ。」
大丈夫です。アナタは日本の高度成長の柱となり、その分美味しい思いもしてきた事でしょう。旅に関しては我々後輩にお任せください。さらに大きなステップでアナタの屍を越えて行きますのでご安心を。もちろん、そんな言葉は口にはしなかったし、体のあちこちに持病を持ちながらも中学生にも満たない英語力と愛想の良さと図々しさで世界を渡り歩いているその大先輩に敬意を込めて、涼しい笑顔でアクセル全開90km。ノーヘルの額に風を受けながら急な坂道を下るタートル・ベイ。


さぁ若者よ、俺の屍を越えてゆけ‼︎
まだまだ簡単に越えさせる気もさらさらないのだけれどね、あっかんべー、なんぞと言ってるうちに、帰国予定日まであと10日___。

遠雷の音を聞きながら

独り竿を振る小舟の上。西側の雲の隙間に傾いた太陽は、それでもまだ日焼けするには充分な陽射しをその穏やかな海に降り注いではいるけれど、その反対側、浜辺の後ろに見える山の向こうで夕立を知らせるその遠雷の音に急かされ、竿を置き、アクセルスロットル全開で一路浜辺を目指す午後6時。


舟を片付け一旦宿に帰り、シャワーと洗濯を済ませた後、再び戻った海岸通りに吹く風が、間も無く雨がやってくる事を知らせてくれてはいたけれど、夕食を摂るべくボート屋仲間たちと島の外れの食堂に向かうその途中、雷混じりの夕立に見舞われる午後7時半。


稲光と凄まじい落雷音に肩をすぼめながらも、それを楽しむかのようにみんなで大声で話しながら大粒の雨の中をバイクを走らせ、目的の店の近くまで来てはみたけれど店は閉店。近くの違う食堂で甘々のアイスコーヒーを流し込みながら雨宿りをし、雨が小降りになったと同時に会計を済ませ、片道2km余りのその道を大急ぎで戻り、宿に駆け込んだボクらの背後でその雨が豪雨に変わる午後8時半。


宿のレストランのキッチンで自分で勝手に作ったミーゴレンを食べた後は何をするでも無く、屋根を打ち付ける雨音の下で、ボート屋仲間やホテルのスタッフたちとギター片手に歌を唄ったりお喋りしたりした後、雨が止んだタイミングを見計らってそれぞれの村に帰るボート屋仲間たちを見送り、部屋に戻った午後10時。


再び遠雷に戻ったその音をシャレーのベッドの上で聞きながら、やけに今夜は身体が火照るように熱いのは、きっとアナタの事を思い出したからに違いないとエアコンの方を見れば。何の事は無い、宵の口の落雷で一旦停電でもしたのだろう、その動いていないエアコンに気づきスイッチを入れる午前0時前____。

4月第一週の付録

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日本は桜が満開のようですね。
こちらは帰国まであと1週間を切ったところで、軽いギックリ腰を患ってます。いつものようにイカ釣りに出掛けようと、浜辺に停めたボートの向きを変えようとボートの端を持ち上げた瞬間にグキッとね。


さて、ここマレーシア・パンコール島で自分がどんな物を食べているかと言うと、ざっとこんな物です。写真をタップまたはクリックして頂ければ料理の写真が変わります
先週はマレーシアのスクールホリディで多くの観光客が押し寄せ、ほぼ毎日自分の持ち場から逃げ回ったり、ボートが空いていると主人の許可も無しに海に出掛けてイカを釣ったり雨が上がったら上がったでこれまたイカ釣りに出ようとしたり、大漁のイカを売り捌いた後ホテルに戻ってみると大トカゲの捕獲騒動に出くわしたりと、飽きる暇なくあっという間に2ヶ月半が経とうとしていますし、そろそろ帰りますって、はいはい____。

その笑顔に包まれて

____島一番のビーチボーイが日本に帰るから女の子たち全員が泣いているのさ。
開け放ったドアの外の雨を指差しながら言うボクの言葉にみんなが笑う。


滞在最終日の夜は、ボート屋家族親戚を始め、仲の良い友人たちを島の中華レストランに招き、全てボクの奢りでご馳走するのが毎年の通例儀式のようになっている。所謂、「お別れ会」みたいなもので、今回は少し趣向を変え、ボート屋主人の兄宅の庭で盛大なバーベキューパーティーをやる事になっていた。ところが、夕方から降り出した雨は夜になっても一向に止む気配を見せず、最後のイカ釣りを終えビーチから帰って身支度を整えたボクは独りホテルのレストランで、其処から遠く離れた村へ行く方法を考えあぐねたり、そもそもこの雨じゃ今夜のパーティーは中止だろうな、と半ば諦めていた。其処にこの島で一番仲の良い友人がずぶ濡れになりながらバイクでやって来て____。
「さぁ最後の夜を楽しんでこい。」自分の車のキーをこちらに差し出しながら、笑顔で見送ってくれるホテルのパパ。「食べきれなかったらお土産で持って帰って来てね。」と冗談交じりで言うスタッフたち。そう、この2ヶ月半もの間、ボクはこうしてみんなに助けられ見守られてやってきた。


友人の運転する車でホテルを出て20分後、村に到着。予定会場となっていた庭先の屋根付きガレージに置かれたバーベキューコンロの上で骨付きの鶏肉を黙々と焼くボート屋主人・兄に促され、屋内に入ると・・・。
すでに焼かれ照り焼き風のソースがかけられた物凄い量の鶏肉の他にもこれまた凄い量の焼きヤギ肉、大釜で炊かれたご飯にビーフン麺、デザートにジュースと、中でもボク大好物の牛肉入りスープの鍋の中には、漫画でよく見る「原始人が食べているマンモス肉」のイメージに近いほど巨大な、牛の太ももの骨がそのまま付いた肉が幾つも見える。種類と量の多さはさながら先日村で行われた結婚披露宴にも迫るほどで、これを朝からみんなで用意してくれたのかと思うと、つい感涙の涙を流してしまいそうにもなるのだけれど、生憎そういうキャラではないので、「今日は誰かの結婚式かい?」とトボけてみせるボクの言葉にみんなが笑ってくれる。


昨日1日、わざわざ島を出て本土の町まで大量の食材を買い出しに行ってくれ、そしてそれを焼いてくれたボート屋主人・兄を始め、それぞれを調理してくれた家族親戚たち、そして何より、車なんぞ持っていない人が大半を占めるこの島で、この雨の中を遠くからバイクで来てくれた友人たちの心意気が嬉しい。嬉し過ぎて思わずボート屋主人・兄に食材代(400RM=約1万3千円)払うのを忘れてしまいそうになるも、毎回最終夜はボクがご馳走するのが自分で決めたルールなので、ソレはソレコレはコレ。


せっかくの最後の夜に降る雨を残念がってくれるみんなを前に、おどけながら言った文頭のボクの言葉に対し、笑う者あり野次る者あり。そんなみんなの笑い声と笑顔が雨音を消してくれるパンコール島滞在最終夜____。

週末の土産話

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___「つまらないけど幸せ」
それを上手く説明出来る術が自分にはないので最初に謝っておくね。
日本、こと東京に長い間居ると、つい見失いがちな『幸福』が其処にはあり、それは特別な出来事やハプニングでもなんでもなく、ごく日常の片隅に見つけられるという事を改めて感じたパンコール島での2ヶ月半。不満は、夜中に空いている商店が無い事と、とびきり美人の彼女が居なかった事ぐらいか。あとは総じて「つまらないけど幸せ」な時間をその島で過ごせた。

欲張らない事。
頑張り過ぎない事。
他人から見た自分を気にしない事。
でも裸になったりしない事。
郷に入れば郷に従う事。
でも多少はワガママが言える事。
そして、助け合う事。

これだけで本来人間は十分「幸せ」を実感出来るはずで、「背伸びした幸せ」を求め過ぎて盲目になる事も、「見知らぬ誰かの言葉」に頼り過ぎて無理した笑顔を浮かべるその必要もない。そんな本当にごくごく普通の事をわざわざ此処に書いている時点で、なんとなく恥ずかしくなってきたので今夜はこの辺で___。

追伸:今回も含めパンコール島で出逢った日本人の皆様、素敵な時間を共有させて下さり誠に有り難うございました。

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今年も行くよ伊平屋島

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【第1回伊平屋島2014渡航会議】

先日、第1回沖縄・伊平屋島渡航会議が東京・銀座の某居酒屋で開催され、幹事長欠席の中、若手と呼ばれる40代から「彼処行きたい」だの「アレ食べたい」だの「膝が痛い」だの好き勝手言いたい放題の長老までの主要メンバーが顔を連ねた。
協議は『日程』の段階から難航し、二転三転の末に7月11日から17日までと決定したものの、さらに踏み込んだ内容については、次第にアルコール摂取量が増え始め各々の持病や病院批判を展開する長老組たちにそれを決定出来るだけの能力が無いと判断し協議は終了。結果、肝心の内容は先送りされる形となった。

というわけでボクは今年も7月22日まで独り伊平屋島に居残るので誰か"のんびり"しに来ません?

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オレ夏2014初日

明日の夕方には合流する予定のメンバー1名を東京に残し、下は30代から上は70歳まで約12名のワガママな者たちが集う沖縄・名護市街の居酒屋の一室。自分自身を含めてだけれど、あー、今年もやっぱりワガママで五月蝿い。でもま、それぞれがそれぞれの事情を背負う状況の中、今年もみんなと来られて良かったよ。と、アグー豚の冷しゃぶサラダやクジラ刺しなどを酒の肴に微笑ましく眺めていたのも束の間、誰かが言ったワガママに対してさらにピーチクパーチクと我先にと口を挟むその光景を前に、毎年思う事なれど初日のたった数時間にしてそんなのでは明日からが思いやられる、うん、此処は聞かなかった見なかった事にして、ボクはボクでさっさと伊平屋島へと渡ってしまおうと、これまたやっぱりワガママな沖縄・伊平屋島ツアー初日の夜______。

ざっくりとした伊平屋島土産話

Facebookばかり更新してこちらをだいぶサボっていたので、ざっくりと島での滞在の様子をば。

島に向かうフェリーの中では、新しくなったフェリー伊平屋(三代目)に興奮し、寝るのも忘れまだ真新しい船内を彷徨き続けたり、未だ治らぬ左耳のせいで泳げぬ苛立ちを忘れるようにただただ海岸ではしゃいでみたり、一足先に帰京する他のメンバーを港で見送った後は大好きな釣りに興じてみたり、村祭りの準備に忙しい島の友人たちの役に少しでも立てばと、窓越しに見える青い海を時折眺めながら蝉の声をBGMに1日中インターネット環境の整備に夢中になったり、ギックリ腰にコルセットを巻いた身体で島を散策したり、村祭り初日のハーリー競漕ではメンバー不足のせいでギックリ腰だと言うのに危うくハーリーを漕がされそうになったり、舞台で伝統舞踊や創作ダンスを披露する友人らの反対側に沈んでゆく夕陽と夕焼けのあまりの美しさに、舞台よりもついそっちに目がいってしまったり、真夜中、暗闇の中でハブの恐怖と闘いながらも、まだ昼間の熱が残るアスファルトに独り寝転んで満天の星に毎度の事ながら感嘆の吐息を漏らしたり、子供たちを軽トラックの荷台に乗せて釣りに向かう途中のスーパーの店先ではすっかり島民と間違われるほど馴染んでしまっていたり、ミュージシャンらしい事はなにひとつしていないボクに「来年の村祭りはツカサで決定! ツカサならもちろん足代だけで大丈夫だろ?」という島民たちの口約束だけを土産に、本日夜、沖縄・伊平屋島から帰京___。

同じ場所に居るその意味

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今年2月にパンコール島で知り合った若いご夫婦と、先日都内で再会。
パンコール島でボクに話してくれた「誰もが楽しく食事が出来る店を二人で始める。」という夢が来月ついに現実になるらしく、その準備の為に東京まで買い出しに来た二人と食事をし、いつか二人の店でボクがライブをする約束を交わし、調理器具やら食器を提げて高速バスに乗り込む二人を見送った。

Facebook上では、昨年パンコール島で知り合った20代のカップルがめでたくゴールイン。彼女より年下だったまだ幼さの残る笑顔の元警察官のその彼氏は、島でボクに語ってくれた通り、並々ならぬ努力をして消防士に転職し、彼女にプロポーズしたらしい。末永くお幸せに。

その他にもパンコール島で知り合った後に、今でも付き合ってくれている多くの友人・知人たちもそれぞれの場所で自身の次のステップに向けて日々頑張っている。
_____え? オイラかい?
オイラは、やっぱりあの場所で、次に夢を語ってくれる旅人を島の仲間たちと笑顔で迎え、そしてやっぱり笑顔で見送るだけさ。
まるで人生ゲームの盤面の上で、同じマス目でたまたま出逢った駒たちが次のコースへ移って行くのを見送っては、自分は同じコースをマイペースで堂々巡りみたいな感じで。そんな自分を大目に見てくれている心優しき家族や仲間に感謝しながら。

っつー事で、本格的な寒さがやってくる前に今冬も行くよパンコール____。

テクテクtake it easy

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____前回からの続き

預金残高の乏しさに加え、最近の円安の影響で資金不足の不安は多々あれど、そんな事には目をつぶろう。つぶったままでポチッとな。はい、飛行機の予約完了。

動けるうちが華ならば
動けぬ足もと憂うより
ひとまず右足前に出し
あとは左で蹴れば良い

と言うことで来月21日より寒い寒い日本を留守にいたします。毎年の事ながら関係各所には多大なご迷惑をおかけします事何卒ご了承下さいませませ、ペコリ___。

風来坊の言い理由

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旅は良い。
慣れない土地で迷子になったり、慣れない言語に戸惑ったり、食べ物が自分の味覚に合わなかったとしてもなんとか食べてみようと努力をしてみたり、移動中に襲う睡魔や軽い体調不良と闘いながらも車中からの景色をその目に焼き付けようと頑張ったり、自分の経験不足で起こるハプニングの数々も、たとえそれが怪我や病気であったとしても、その時の景色も音も匂いもその全てがダイナミックに脳幹にまで響いて来る。

来月21日から出発するマレーシア・パンコール島への渡航も今回で14?15度目?と、10度目を超えたぐらいから記憶も曖昧なほどで、クアラ・ルンプール国際空港について翌日に島の定宿の門をくぐるまでの間、言葉に困る事もなければ道に迷う事もなく、食事をする場所から乗り物のチケットの買い方までなにひとつ滞る事もない、敢えて心配するなら加齢による自身の体調管理だけなのだけれど、万が一病気になってもだいたいの病院も把握しているので、やっぱりこれは旅ではなく里帰りなのだよ。都内の自分が行き慣れていない場所に行く時の方がよっぽどドキドキする。

正直、現地の友人たちへの土産でさらに重くなったバッグを引き摺った状態でのこの部屋からあの島までの、もうドキドキもしない景色を含む道程の長さを考えるに、ときめきよりもため息の方が出てしまう今回の越冬も、始めに書いたような様々な経験をそれはそれは見事にというか無様に積み重ねた過程があってのため息であり、周りには「慣れすぎた場所で金も時間も使った上にタダ働きとか、いったい何をしに行っているの?」とよく聞かれるけれど、自分にとってのパンコール島は以前にも書いたように(「週末の土産話」2014年4月)、「つまらないけど幸せな時間」を実感出来る大切な場所のひとつなのだよ____。

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遺書のようなモノ2014・年末

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今回は敢えて遺書のようなモノは書かないよ。
約2年前に書いた『遺書のようなモノ2013』と今年の1月に書いた『遺書のようなモノ2014』の両方でワンセットだもの。

______あえて書き足すとしたら。

どうか元気でいておくれ。心も身体も。

ぢゃ行ってきますね、フワッと___。

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再会ラッシュのちグッタリ

「ツカサ、肌が真っ白くなってる。でもまぁしばらくすれば元に戻るさ。」
「いや、これがオイラのナチュラルカラーだから。」


「いつ来たの?」「今回はいつまで居られるの?」


昼過ぎにスクールホリデーの影響で多くの観光客で賑わうパンコール島に着いてからずっと、ボクを知る人々と笑顔の再会を果たす度、彼ら彼女らがしてくる同じような質問やオウムのように同じ答えを返すのに疲れたのか、はたまた昨日の日本からマレーシアまでも含めて延べ12時間ほどの移動疲れなのか、この降ったり止んだりの空模様のせいなのか、ひと通り土産を配り終えた後、定宿のシャレーでいつものビーチボーイ姿に着替えて海岸通りのいつもの場所へ行ってはみたものの、「イカ王がイカ釣りに行くぞ!」と色めき立つ周りの高いテンションとは裏腹に、まったくボートで海に出る気が無いくらいにグッタリなっている自分を鑑みるに、前回この島を離れてからまだ9ヶ月も経っていないのに、やはり確実に歳を取っているのだろうね。あーやだやだ、楽しむ体力も無いなんて。


という事で、本日『イカ王』始動せず_____。

クリスマスは痛いです

Merry X'masな雰囲気は一部の華僑だけで、イスラム教徒が多いボクの周りはほとんど普段と何ひとつ変わらないクリスマスイブの夜に、素敵な出逢いがあるわけでなく、晴れ間の見えた今日1日だけで真っ赤に日焼けしてヒリヒリと痛む鼻や顔を、日本人家族連れの子供二人に摘まれたりつねられたりして、おかげで真っ赤なお鼻のトナカイ化した鼻の皮は剥け、拭いても拭いても汁が出る状態で、今朝は今朝で朝早くから、ボクの部屋のすぐ目の前にあるレストランで朝食ビュッフェの用意をするオカマのスタッフの甲高い歌声に叩き起こされ、今にも雨が落ちてきそうな雲の下、やっぱり痛い鼻の頭を手の甲で拭きながらコーヒーを飲む南の島のクリスマスの朝_____。

神様の次に無責任なサンタより

「ヨーロッパ圏と比べて清潔でない。」「人もフレンドリーではない。」
昨日知り合った北欧の女性は、それらの理由でどうやら此処マレーシアを始め東南アジアがどうも好きになれないらしい。


「衛生上での清潔」を求めるのであれば、飲食業を始めとするその国の人たち一人一人を教育指導すれば良い。そうすると、確かに「建前の上での衛生」は保たれる。しかしその分人件費も上がりそれが物価にも影響し、もはや誰もが知る『物価の安い東南アジア』ではなくなるし、ボクからすれば「キミら物価が安いからというのも理由のひとつで此処に来てるんじゃないの? 」と逆に問いたい。
想像してごらん。
安い食堂に来てミシュラン三つ星レストラン並みのクオリティを要求するアナタ自身の姿はどう見える?


フレンドリーではないという偏見も、誰もがボクのように詐欺師のような涼しい笑みを浮かべられるわけでなく、殊更、仏頂面での対応が初期設定の東南アジアで、フレンドリーを求めるのであれば、まずは自分が笑顔を見せる事が先でしょ。マレーシアを旅する間は、「Thank you」の代わりに「Terima kasih(トゥリマ カシ)」と言ってごらん、そしたら今よりはたくさん笑顔をくれる場面に逢えるかもよ、とたどたどしい英語でボクがしたアドバイスも彼女は忘れてしまっているかもしれない。


常夏の国には常夏の国の良さも悪さもあり、大切なのは互いが相手の良い所はもちろん、悪い所も認めてあげて、譲り合い補い合う事。「More more(もっとくれ もっとくれ)」からはろくな物は生まれない。Give & Take これ大事。いやいや、旅人してとかではなく人と人とが共に生きてゆく上でのオ・ハ・ナ・シ。


ま、そんな偉そうな事を神様の次に無責任なボクが言っても詮無き事かな、いとかなし。
お節介を焼いて自分が疲れて寝込む程度の親切心なら最初からするなという反省もこめて、長文のこれを読んでくれたアナタにMerry X'mas____。

何故か? そこに海があるからだ

島に入ってから珍しく雨の日が多いのだけれど、それでも雨雲が切れて強い日差しが照りつけるその僅かな時間を狙い、オンボロボートを操船し海原に出ては竿を振る。日焼け止めクリームを塗り忘れた顔や手足が真っ赤になりヒリヒリ痛む中でも、なんだか気持ち良いのだよ。


先日知り合った方に「何故そんなにイカ釣りが好きなんですか?」と聞かれた時、無意識に「余計な事を考えなくて済むからね。」と答えてしまい、直ぐ後にそんな気障な答えを出してしまったのが恥ずかしくなりすぐに「だってこんなにボートやジェットスキーが行き交う海の上で他の事をボーっと考えてたら事故したり岩に乗り上げたりするでしょーよ。」と慌てて付け足したけれど、まんざら外れているわけでもない。仕事でも遊びでもなにかに本気で集中出来る時間は幸せなのだよ。


雨雲が近づいて来るのをジャングルの向こうに確認し、海から戻りボートや釣り具を片付けた後、マダラ模様に皮の剥けた額や鼻の頭を指で摩りながら、ゆっくりとした足取りで砂浜をのぼるボクのつく大きなため息の中に混じるアナタの朧げな笑顔が、後ろから吹いてくる海風に運ばれ何処かに消えてゆく夕暮れ時____。


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試練の部屋から

昼間、長時間雨にうたれた事もあり、ヘトヘトな上に体調不良で眠いのに眠れないのは、別にアナタを思い出しているせいでもなく、斜向かいのホテルのカラオケがボクのシャレーまでガンガンに響いてきているせいで五月蝿くて眠れないだけ。まるでコンサート会場に居るぐらいの音量が硝子戸1枚隔てただけのボクの部屋に無遠慮に飛び込んでくる。歌が上手けりゃまだ良いさ。日本人にはまずいないくらいの桁外れに音痴な歌声を強制的に聴かされる、しかも体調不良の時に。この時ばかりは、いくらマレーシア好きなボクでさえ、心の底から「死ね、今すぐ死ね。」と思うのだよ。


あ、またイントロが流れ始めた、チッ。
午前零時まで己の我慢が試される試練の部屋のベッドの上からおやすみなさい___。

振り返れば

日本はもう年が明けたのだけれど、こちらは1時間の時差があるので、2014年を振り返ってみようとしたのだけれど、みんなのそれぞれの笑顔が見られたから良しとするか。
来年も他人を妬まず羨まず、このままこのパンコール島の海のように穏やかな気持ちでいられるよう、そして、ボクと少なからず繋がっているアナタや誰かのそのまっすぐな努力が報われるよう、ボクとアナタと誰かにとって素敵な年でありますように。


今年最後のBGMは忌野清志郎で『太陽のあたる場所』____。

明けましておめでとう2015

新年明けましておめでとうございます。今年も何卒宜しゅうお願いいたします。
此処パンコール島でイカ釣りに夢中になる余り、新年のご挨拶が遅れました事何卒ご容赦下さい。

と、かた苦しい挨拶はここまでにして____。


またイカ釣りか? と呆れる其処のアナタ。
アナタが想像するほど日がなボートの上でイカ釣りばかりしているわけではなく、海岸通りにあるボート屋のテントの下で仲間たちとするくだらない会話で笑い合ったり、客のマレー人観光客とお喋りしたり、部屋に戻って洗濯をしたり、知り合いの子供たちの怪獣役になったり。そんな事に疲れたら疲れたでバイクを走らせた先の隣のビーチでハンモックに揺られ小一時間ほどうたた寝したりしていると、あっという間に夕暮れが来て、部屋に戻ってシャワーを浴びて、夜用の服に着替え外出し、島の何処かしらの食堂で仲間たちと夕食を食べ、ボート屋主人の家がある村まで行きそこで寛ぐ時もあれば、再び海岸通りまで戻り、馴染みの食堂にコーヒーを飲みに行ったり、仲間の土産物屋の店先でほぼ毎晩のように唄ったりして、良い感じでヘトヘトになった身体で部屋に戻り、着替えなどの寝る準備を済ませ、白湯の入ったマグカップ片手にベッドに入るとすぐに睡魔がやって来るので、初夢も覚えていない。アナタが出てきたような出てこなかったような。そんな事を無駄だと知りつつ思い出そうとしている間に今夜もまた眠りの国へ小舟で運ばれる______。

防音という概念を彼らに

日本では七草粥ですな。
こちらマレーシアも月曜から仕事初めだったようで、観光客の数も随分と減り、すぐに赤くなるくせに日中日差しの強い浜辺に馬鹿みたいに寝転んで過ごす欧米人バックパッカーと少数のローカル観光客がチラホラといるだけで、いつもの静けさを取り戻した海岸通り。この調子だと概ね静かな夜になりそう。


で、現在午後11時過ぎなわけだが、斜向かいのホテルからやっぱり野外コンサート会場のような音量のカラオケがガンガンと流れてきて寝れないのだよ。しかも歌い手と歌い手とが変わる間に司会までついている。


おっ、終わったか? やった、ようやく寝られる。
と思ったらまたイントロが始まった。へ、下手過ぎる。下手過ぎるのに余りにも堂々と声を張り上げて唄うオマエは偉いっ! でも死ねっ‼︎
次回からは耳栓を忘れずに持ってこようね自分_____________。

居心地の良いその場所で

かれこれ15年近くも同じ宿を使っている事もあり、チェックイン時のパスポート提出や記入も一切なく、普段の飲み喰いは自由というか、時にスタッフと一緒にまかないを食べ、時に厨房に入り飲み物や簡単な料理を自分で作り、業務用の洗濯機も使わせてもらい、スタッフと一緒に自室のベッドシーツや枕カバーを変え、寝る時に足に砂浜の砂が少しでも付くのが嫌なので部屋の床の箒がけはこまめに自分でする。
そんな調子なので他の宿泊客にスタッフと間違われ、トイレットペーパーやシャンプーなどの補充を頼まれ、スタッフのフリをしてそのままこなす事もしばしば。


今日は夕方からずっと雨で、バイクで何処にも出掛けられず、宿のレストランのスタッフ用テーブルで道の向こう側で雨に濡れる椰子の木を咥えタバコでぼんやり眺めていたボクに、やっぱりというか他のホテルに宿泊する欧米人客からアイスコーヒーのオーダーが入った。

イエッサー。
でもオイラの入れるコーヒーはとびきり苦いかとびきり甘いかのどちらかだぜマドモァーゼル_____。

やはり此処は外国だと認識する時

陽もとっぷり暮れ、バイクにまたがり宿から10kmほど離れた島の反対側に位置する華僑街に釣り具を買いに行った帰り。
フェリーの船着場の前で盗っ人の男と被害者の男との乱闘に出喰わす。自分を含め、事情を呑み込めない多くの者たちが遠巻きに見ていたのだけれど、間も無くして盗っ人の方が取り押さえられ、屋台の台にねじ伏せられた時に、いったい何があったのかと被害者の男性に聞いて初めて事の成り行きを理解した友人と二人でバイクから降り、なんとか隙を見て逃げようとする諦めの悪い盗っ人をしっかりと抑え、被害者が警察に連絡。間も無くして、カブに乗った私服の警官が到着し、盗っ人を後ろ手に手錠を掛け騒動は終わったのだけれど、後から応援に来る警官も無く、あのヒョロっとした私服の警官1人で果たして大丈夫かいな、などと思いながら、日に焼けた腕とノーヘルの髪の毛をビュンビュン風に晒して、宿のある島の反対側へと帰る午後8時過ぎ____。

痛みも全部楽しみながら

本日は朝から快晴なり。
いつもより風が強い割には、いつもと同じ凪のようなその海に、浜辺から波打ち際まで素足を砂浜にめり込ませながらヨッコラセとボートを押し、小さな、とても小さな波頭の向こうに全力で押し出した後、ボートに飛び乗る。毎回、自分の知らぬ間に出来た手足の傷に海水が沁みる瞬間。その傷ひとつひとつに絆創膏を貼ろうものならたぶんキリが無いので、なぁに多少の痛みも生きてる証拠、と強がりひとつ、エンジンスターターのロープを勢い良く引っ張り、今日も穏やかな表情を見せてくれる大好きな海の上を小さなボートで滑ってゆく_____。

荒っぽいけど素敵な文化

こちらパンコール島の二パー湾では夕方近くなると、時折、数隻の木造の大型漁船が目の前の海上を行ったり来たりして小魚の群れを探し、群れを見つけると其処に網を張るために円状に旋回し、しばらくすると、機械で網を巻き上げる。
この時、ボクらビーチボーイは一斉にバケツなどをボートに乗せ、沖の木造漁船を目指して我先にと真っしぐらに向かい、その後、漁船の側に到着順に容器を船員に手渡し、小魚を分けて貰う。順番を守らないヤツは、ボート後部のスクリューを水面近くに上げ、水しぶきをかけたりして追い払う。大型漁船が起こす波で揺れる沖合いで互いのボートをぶつけぬように待機するのは、素人のボクには至難の技で、ギアを前に後ろに舵を右に左にと独りアタフタするボクを、周りの舟の男たちが鼻で笑うけれど、こちとら必死なんじゃボケッと言う言葉を奥歯で噛みしめ、強がりの笑顔を返す。ホレ、お前の番だ‼︎早くそのバケツをよこせ‼︎と荒くれ者の船員が怒鳴るけれど、波で揺れる海上で舟を操船しながらバケツを手渡すのに四苦八苦なボクを他の舟のビーチボーイが助けてくれる。お裾分けを容器に貰って「有り難う‼︎」の言葉を舟先に投げた後、波で揺れる漁船から離れ次々に浜辺に引き返すボートの背後に広がる夕焼け空が今日も綺麗だ______。

男たちの浪漫

ただでさえ定宿のインターネット回線が遅いのに、尚且つそれをwi-fiで分け合って使うため、宿泊客が多い時期はFacebookのチェックすらノロノロ表示なのだよ。朝から夕方近くまで宿のレストランでラップトップと睨めっこしている欧米人ネェちゃんよ、オマエはこの島に何をしに来たのだい? 海に行け海に。そして他の欧米人と同じく、馬鹿みたいに肌が真っ赤になるまで焼いてこい。


幸い、自分はスタッフ専用のwi-ifを使っていて客専用のそれと比べ多少は早いものの、幹は同じなのでやはり利用者の数に左右される。おまけに男性スタッフが仕事を終える午後10時を過ぎると、一斉に自分のスマフォを弄り倒すのでやっぱり遅い。かといってスタッフ専用のそれにコッソリ仲間に加えて貰っている、謂わば間借りしている身では「おい! オマエらのせいでエッチな動画がしょっちゅう止まるぢゃないか‼︎」とも言えないでしょ。ヤツらにエッチな動画HPを教えた身では尚の事言えない。


「ツカサ、この間教えて貰ったエッチなHPは日本語が多くて解らないから違うの教えて。」
という男性スタッフの問いに対し、上目遣いで空中を見ながら暫く思案しているボクに、別の男性スタッフがその空中を指差して言う。
「どうやらツカサのエッチなHPは夜空にたくさんあるらしいぞ。」
男全員で見上げた屋根の隙間から見える空には星空とそれぞれの浪漫が広がる暑い夜____。

夕焼け独り

眠い。
こちらはまだ夜の7時過ぎでまだ陽も沈んでないというのに眠い。
ボート屋仲間も含め、此処の界隈のビーチボーイのほとんどが、ある者は朝から、またある者は昼過ぎから、此処パンコール島からボートで1時間ほど南へ行った処にあるスンビラン島にレクリエーションで行っている為、「行きたくねーよ。エアコンの効いた涼しい宿があるのに、なんでキャンプなんぞせにゃならんのよ?」と、友人らの誘いを断ったボクにとっては久々に訪れた独りの時間をどうやって過ごそうか楽しみにしていたのだけれど、結局は釣りから帰って来た後は、シャワーを浴び、洗濯をし、部屋のシーツや枕カバーを変えた後は、海岸通りに釣りに夢中になる余り食べそびれた昼ご飯代わりにハンバーガーを食べに行き、ビーチボーイでない友人らとお喋りをし、洗濯物が終わったのを見計らって宿に戻り、洗濯機から取り出した衣類をドライ運転の効いた部屋の壁にハンガーで吊るし、クィーンサイズのベッドに寝っ転がりながら此れを書いている今、まさに眠いのだよ。
でも今寝ると夜眠れなくなるのでとりあえず部屋を出て水平線に沈む夕陽でも見にゆこう。独りになったらなったで意外と時間を持て余すものだね_______。

1日の始まりの場所

此れを書くのをサボって気づいたら早2月。パンコール島滞在も残すところあと20日余り。
急いで帰ってもこれと言って急ぎの仕事があるわけじゃなし、待っているのは3月15日提出期限の確定申告用紙とレシートの束なわけで、ボクの収入欄を見て鼻で笑いそうになった税務署員に何の義理立てもないのだけれど、それでも帰らにゃならんかね。


毎朝、自分のシャレーのすぐ目の前のレストランから聞こえる朝の喧騒で目が覚め、ベッドから起きたままの格好でタバコとiPadを片手に朝食を摂るため部屋を出るのだけれど、ボサボサに寝癖のついた髪で日に焼けた顔をしかめた男が突然ブュッフェの向こうから現れるもんだから、欧米人を始めとするほとんどの客が一様に驚き、こちらはこちらで不審者と思われたくないため、寝癖頭としかめっ面のままグッモーニンとぶっきら棒に挨拶をしてレストランの隅のスタッフ用テーブルに着く。
同じテーブルで朝食を摂っている若いスタッフが「身支度を整えてから出てくればいいのに。」と、こちらも見ずに言う言葉に対し、「歳を取るとどうでもよくなるもんさ。」と、こちらもしかめっ面でiPadの画面を睨みつけながらタバコに火を点ける。


外が見渡せるレストランで、iPadの画面と椰子の木の間を飛び回るツバメたちの向こうに広がる青空とを交互に見ながらパンを囓りコーヒーを飲む。時折、海に向かう前の道を通る観光客が、柵越しに寝癖頭でパンを口に咥えたまま空を眺める男を物珍しそうに見ては通り過ぎる、いつもと変わりない1日の始まり______。

今年もチョコには縁遠い場所で

観光客で賑わうパンコール島の土曜日の夜。
海岸通りの夜店のテントの下、ギターを抱えて椅子で寛ぐボクの周りには、親たちが店を閉める23時頃まで、自分たちだけで遊びまわる元気で逞しい子供たちが大勢群がり、「ツカサ、ドラえもん唄って。」とせがんでくる。そのリクエストに応え本気モードで唄う今夜3回目のドラえもん。もちろんちびっ子たちに日本語を理解する能力はまだないのだけれど、必ず「アン♪アン♪アン♪・・・・ドラえーーーもんーー♪」の部分は大合唱になる。恐るべしドラえもん。


日中、今日もカンカン照りの海の上で総量3kg以上ものイカを釣りまくったし、それを1kg約450円で全て売捌けたし、イカ墨で汚れた服も綺麗に漂白出来たし、終始においてイラッとする出来事も無かったし、そして夜は夜で、子供たちがくれた素敵な笑顔はどんなに値段の高いチョコレートよりも本当に嬉しく思えた、ヘトヘトだけれど幸せなバレンタインデー____。

寝坊助な月曜日

昨日、海岸から帰って来て、晩飯も喰わずに部屋で少し寝てしまったおかげで、朝6時まで眠れず、久々の朝寝坊。人も少なくなり静かな宿のレストランの片隅で、薄雲のおかげで多少優しくなった陽射しに濃い緑が揺れる道の向こうの椰子の木と手元のiPadの画面を交互に見たりしてゆっくりと朝食を摂りながらコレを書いている間に、ボート屋仲間たちが次々とタダ飯を喰いにやってきて一気に騒がしくなったのでこの辺で。
パンコール島滞在も残すところあと12日。無理せず、怪我せず、病気せず、楽しくやってゆこう。
じゃ、またね_______。

旧正月2015

普段は人も少なく静かな海岸通りに大勢の観光客が溢れ、その隙間を車やバイクが縫うようにノロノロ走る旧正月初日の夜。
客受の悪いストリートミュージシャンの友人に呼び止められ、ウクレレみたいな小さいギター片手に数曲唄っている間に、こんなローカルな島で唄う日本人という物珍しさからか立ち止まる観光客が次第に増え、人集りが出来たところでこちらも伝家の宝刀を『ドラえもん』を披露。
昼間、体調不良とボートが空く暇もなくイカ釣りにも出られず、ほとんど部屋で寝ていたおかげで温存していた体力を『ドラえもん』に集中投入した結果、客たちの大合唱が生まれ、目の前のケースに次々に小額紙幣が放り込まれ、その度に歌の合間を見て「ありがとうね」と御礼を言う律儀さを忘れず、楽しい夜は更けてゆくのだけれど、演奏がすべて終わった後で、毎度の事ながらこの夜ボクがそのほとんどを獲得したチップの分け前をボクに一銭も分けてくれない友人ミュージシャンに「明日も唄ってくれ。」と頼まれ、快い返事を返しながら「でもオマエの為じゃなく聴いてくれるお客さんの為にね。」と、心の中で舌を出す、相変わらず捻くれ者のボクに「お疲れさん。」とジュースを差し出してくれる近くの屋台のおっちゃんの心遣いが嬉しい旧正月______。

眠いんだけどね

こちらは夜中の1時半過ぎ。
只今、ガラスドア一枚を隔てた目の前のレストランで、酒に酔った毛党がピーチクパーチク五月蝿くて眠れやしない。昼間、魔の旧正月に突入してからボートが空く暇もなく釣りにも出掛けられない日が3日も続いていて、ただでさえイラッと来ているのに、マナーも知らない欧米人達のバカデカイ笑い声がが更に神経を逆なでるのだよ。あーうるせーうるせー。

と、コレを書いている途中にどーにもこーにも我慢ならんなって表に出て「眠れねーんで声を押さえてくんねーか?」と至って穏やかに言うと、「ごめんんごめん、静かに話すから。」と。なんだ、意外と良いヤツじゃんか、と思ったのも束の間、また元のボリュームに戻りやがった。
これだから酔っ払いは______。

カウントダウン

パンコール島滞在も残すところあと3日となり、道やビーチで知り合いに会う度に其れを告げたりしながら皆と名残を惜しむ...なんて事はせずに、今日もイカ釣りの為に小型ボートを強奪し沖に向かう。


でも、そんな僕に対し普段なら文句や嫌味を言うボート屋主人もビーチボーイ仲間も、旧正月が終わった日辺りから、言いたいであろう言葉を抑えてくれているのは、残り少ない日々を好きにさせてあげようという彼らの思い遣りがこちらにも伝わっては来ている。其処を敢えて遠慮もせずに「客も居ないし借りてくよ。」と、裸足で釣竿片手にボート屋テントを背にするボクはボクで照れ隠しのつもりなのだけれど。


今日も思う存分にイカを釣り、ボートを浜辺に帰し、傍で砕ける波を容器ですくってはボートのあちこちにこびり付いたイカ墨を擦り洗い流した後、大きなため息をつきながら釣竿とタモ網とイカの入った容器を提げて浜辺から海岸通りへの階段を上り、途中土産屋のオバちゃんたちの「1kg売ってよ。」という声に笑顔で頷きながらボート屋のテントに戻り、知り合いの店からビニール袋を貰い、それにイカを1kgずつ小分けにし、潮水や潮風の付いた釣竿や用具を水道水で軽く洗い、小分けにしたイカと現金RM15(約450円)との受け渡しをあーでもないこーでもないと文句や冷やかしを笑顔で言い合いながら済ませ、テントの下に戻ってタバコに火を点け、疲れ混じりのため息にも似た大きな息を煙と一緒に吐き出す、昨日と一昨日と、いやずっと前から変わらぬ日常のリズム。
ただ、いつもと少しだけ違うのは、タバコを吹かすボクの元に、母親の運転するバイクでわざわざやって来てくれた子供たちが照れ臭そうに差し出したお別れの手紙。


少しずつ別れの時が近づいている_____。

沖縄・伊平屋島ツアー2015会議開催

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■沖縄・伊平屋島ツアー2015会議開催■
花園神社の神輿を担ぐ威勢の良い掛け声が新宿の街に響く土曜日。
今年で二十数年連続でツアー幹事長を務めるK氏を始め、上は70歳間際、下は30代の新宿2丁目Bar『姫』元常連メンバーが集まり、伊平屋島ツアー2015会議が開催された。
集合場所の確認、移動手段の手配、島でのビーチ選考、台風の場合等々、その他にも今年は村祭りも絡み、その議題の多さにもかかわらず集中力の欠落した酒呑みたちの会話はただでさえすぐに脱線するし、じきに機能しなくなるのは明白で、速やかに各議題を済ませねばならない。

______が、しかし。
数十分後には案の定、会議は早々と閉会になり、各々が自分の好きな酒をドボドボとグラスに注ぎ、「水の酒割り」をグビグビ呑みながら、昨年夏の伊平屋島ツアーの映像を見ては、「嗚呼やっぱり伊平屋は綺麗だねぇ、いいねぇ。」と再来月に向け期待に胸膨らませる週末____。

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伊平屋島LIVE決定!!

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来月、沖縄県の離島としては最北端に位置する伊平屋島で開催される「第27回いへやまつり(7月18日・19日)」への出演が本日決定。
24年も前に漫画家はらたいら氏に連れて行ってもらってからほぼ毎年のように通い続けているボクにとっては第二の故郷みたいなこの島で、ライブ自体はこの島の友人や島の子ども達に恩返しをするという意味で数年前から、ホテルのテラスや公民館の敷地を借りて続けては来たものの、伊平屋島からの正式なオファーは今回が初めてで、やっとこさ、ボクの事を知らない島の人たちにも恩返しが出来る喜びの反面、去年も出た釣り大会(午前9時出港ー午後3時帰港の6時間ぶっ通し船釣り大会)に今年はどうやらエントリー出来そうにない釣り師としての哀しみも多いにある。

今回はサポートギターを冨士にお願いしたので、早い話がhenssimoハーフっつーかhenssimo1/2なのだよこれが。といっても予定曲は、もちろんhenssimoのナンバーも演る予定なのだけれど、ボク個人24年間も通い続けた島への思い入れは深い事から、やっぱり伊平屋島のみんなが知っている曲や伊平屋島を舞台にボク自身が書き下ろした曲を中心にお届けしようかと。そしたらもちろん『ホーレィーThat Hole』も演らねばね、ウッフン♪

 ともかく、入場無料だし、屋台も出るし、ライブの他にもエイサーやハーリー競漕や釣り大会や島の子ども達による演劇などなど本当に盛り沢山な濃い2日間。夏の予定がまだという其処のアナタ!! フラリと伊平屋島まで癒やされに来ては如何?______。

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何もせぬ鶴

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台風10号の暴風の中、まるで紙飛行機のように風に煽られながらも、なんとかその機体の足を滑走路に付け、沖縄・那覇空港に無事到着した昼過ぎ。

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タクシーに乗り込み、今年4月から那覇市に引っ越したY子さん(故・柏木和美の奥方)宅に直行。荷物を降ろし、仏壇の遺影に手を合わせる。「大好きだった沖縄への引っ越しおめでとさん。」

Y子さん宅のインターネット整備がボクの本来の役割なのだけれど、今日はまだ雨風も強く外出出来そうに無いのでそれは明日からにして、結局昼過ぎから夜遅くまで故人が生前愛用していたシルクのパジャマに袖を通し、Y子さんの用意してくれた料理に舌鼓を打ちながら二人でお喋り。
「こんなにもてなしてくれて、これで何もせずに伊平屋島に行ったらただの穀潰しだね。」と笑い合ううちに夜は更け、故人の口調を真似ながら「あちらの部屋で旗を織ってまいります。けして覗かないでおくんなさいまし。では。」と、やっぱり故人に似せた穏やかな笑みを浮かべながら布団の敷かれた客間の戸を閉めて10分もしないうちに寝てしまった沖縄初日の夜___。

いざ伊平屋島へ

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正午過ぎ。
大雨の那覇バスターミナル前から高速バスに乗り込み約1時間半。
高速道路出口を降り海岸線に沿った国道を北上するのだけれど、「フェリー午前便から出るってよー。」という今朝の伊平屋島からのメールが嘘に思えるほど、雨粒が打ちつけるバスの窓から見える海は波が荒い。

終点の名護バスターミナルでバスを降り、同じバスに乗り合わせた外国人バックパッカーと「良い旅をね。」と挨拶を交わした後、タクシーに乗り込み約20分かけて伊平屋島へのフェリーが出る今帰仁・運天港へ。
道中ずっと、昼食を食べそびれた腹が鳴るものの、島に着いてから何か食べればいい。独り旅は気楽だ。空腹も自分さえ我慢出来れば気を遣う相手もいない。

午後3時。重く立ちこめた雨雲の下をフェリーが伊平屋島に向けて出港。去年代替わりしたばかりの新しいフェリーには横揺れを防ぐ可動式スタビライザーが装備されていて、こんな波の荒い日もさほど横揺れを感じずに、約1時間20分の船旅をデッキで湿った海風にあたりながら燻らすタバコの煙と共に過ごした。

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伊平屋島・前泊港に到着後、迎えに来ていた定宿の車に乗り、宿に到着。故・はらたいら氏に連れて来てもらってから早24年。毎年のように通うこの島で、家族同様に接する宿を始め、道行く知人友人たちに会う度に、「おかえりー。」「ただいまー。」の花が咲く伊平屋島____。

ゆったりとした流れの中で

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台風10号の余波でまだ沖合の波が高い事もあり、伊平屋島に入ってから1度も海に出ず、日中は宿の手伝いをしたり、その合間を縫って独りドライブに出掛けるものの突然の雨に、宿の軒先に干した洗濯物が気になり慌てて帰って来たり、伊平屋島に初めて来たという宿泊客らには島の絶景スポットを教えたり、夜は島の友人らと"ゆんたく"をした後、夜遅く宿に帰り、宿の一階の灯りと大浴場のボイラーを消すのがボクの日課となっているのだよ。

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海に出ていないと言っても、宿からは海も見えるし波の音も聞こえる。宿のテラス前の植木たちにホースで水を掛けながら、木々の間から見えるその青い海をボーッと眺める夕飯時_____。

一旦、フェリーで島を出て、本日東京から到着したメンバーと名護で合流。
いつもの馴染みの居酒屋で料理に舌鼓を打ち、夜も更けてきたところで、ここ数年で恒例となっているこの旅の幹事を20年以上もしているK氏を労う為の二次会に、居酒屋のマスターを入れたいつもの男性メンバーで繰り出そうとしたら、どういうわけかほとんどのメンバーがついて来やがった。

ん〜とね、酒を一滴も口にしない素面のボクと友人Fが、"幹事長K氏の為だけに"二次会を企画しているのにはそれなりの理由がある。まぁそれを上手く説明出来ない自分にも非があるのは解っているのだけれど、決してカラオケの採点システムでオッパイめくりをしたいという浅はかな理由だけではないのだよ君。
そんな海よりも深い理由を胸に仕舞ったままのボクの周りでは、案の定、幹事長K氏よりも先に酔っ払うメンバーが続出。おまけに付き合いだけで来させられ場にも馴染めず、といって帰るに帰れない新メンバーの気の遣い様も、ボクからしてみれば迷惑でしかない。
"すべてはK幹事長の為に! デスラー総統万歳!"の旗印が単なる酔っ払いたいだけの者たちにグシャグシャと踏みつけられてゆく。嗚呼、宇宙戦艦ヤマトに波動砲を打たれたガミラス軍の気持ちってこんなのかな松本零士先生。

つーことで来年はどうかボクらをそっとしておいて下さいませオッパイ。
なんだよ結局オッパイかよとか思っているそこの君。チッチッチッチッ、オッパイだけが浪漫ぢゃない。何度も言うけれどもこれには海よりもまだ深く空よりもまだ青いテレサ・テンみたいな理由がある。が、結局最後の最後で『嗚呼! 花の応援団』でチョンワチョンワ大絶叫の果てに96点オッパイを叩きだした自分が偉そうに何を言おうと詮無き事かな名護の夜___。

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ある意味、昨夜より熱唱

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ハプニング満載のいへや祭りLiveも終わり、さぁ今日から本当の意味での夏休みじゃい!!といっても、朝からやはり雨で海にも行けず。
昼過ぎに冨士の乗ったフェリーを港で見送り、夕方まで東京組のメンバーや島の子ども達と宿のテラスでダラダラ過ごし、夕食後に男ばかりで出掛けた島のスナック、冷房でキンキンに冷えた店内で「オイラの船は300トン」を皮切りに演歌や昭和ムード歌謡を熱唱するトミヤマツカオに「なんだ、今日が本番だったのか。」と、仲間達の野次が飛ぶ。そんな、貴重な島での滞在日を東京でも出来るような事をして潰す愚か者達の深夜1時半____。

伊平屋島の最終夜

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東京組のほとんどのメンバーを港で見送ったこの日の夜、今月末に島を出て県外で暮らす友人の為の身内だけの送別会に出席。

山羊の刺身に山羊汁に山羊の焼き肉etc...。ってほとんど山羊ばっかりじゃねーか!
ギヴミー牛肉!! ギヴミーサザエ!!

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伊平屋島から帰京

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本日夜、沖縄・伊平屋島から帰京。
今回は旅の後半に仕事を絡めた事もあってか、島に入ってもどこか気分が落ち着かず、おまけに天候に恵まれない日も多く、束の間の晴れ間にも海に釣りやシュノーケリングに出掛ける事よりも、家族同様の付き合いをしてくれている定宿の手伝いを優先させてしまい、今朝まで居た伊平屋島の記憶新しい今、こうしてこれを書くためにキーボードに乗せた両手の甲や半袖から伸びた両腕の白さが物足りなさを物語っているのだよ。

宿の手伝いも今回の最大の目的であった伊平屋まつりでのライブもボクからすれば、誰かの役に立ち誰かが笑顔になるのだから両方にそれほどの差は無く、その為に海に出掛けられなかったとしても「ま、いっか。」ぐらいで済む。けれど、今回一番申し訳無かったのは、忙しい最中になんとか取った貴重な夏休み休暇にもかかわらず、こんなボクに少しもふて腐れる顔を見せる事なく最後まで付き合ってくれた家族ハナモゲラッチョ・セバスチャンや、友人Fを始めとする仲間たちである。村祭りでは強風雨の中をずぶ濡れになりながらクルーとして準備や写真撮影や後片付けに動き回ってくれた。

宿のベッドに入る前に覗くSNSで幼なじみの死を知った旅の終わり。つい先日、「小学校の頃、授業が終わったら毎日のように行ったあの海や川で、またいつか、お互いの釣った魚を自慢し合おう。あの頃と同じように。」と、文章ではあるけれど約束を交わしたばかりだっただけに、今でも哀しみよりも戸惑いの方が大きい。

ボクたちは永遠ではない。永遠ではないからこそ、一緒に共有出来るその短い時間をその道を、出来るだけ笑い合って紡ぎ、歩む事が大切なのだよ。
ボクの中で今も昔も変わらないその答えを胸に、今回の『沖縄・伊平屋島オレ夏2015』の思い出を、今日からゆっくりと思い出しては書いてゆこう_____。

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甲子園も始まった時分に

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伊平屋島の土産話をようやく書き終えたので、お時間ある方是非。

あと、ボクのこのブログのようなモノがきっかけで伊平屋島に興味を持たれて行かれるアナタへ。
他で知った人ならともかく、ボクの話やこのブログのようなモノがきっかけで伊平屋島に興味を持たれたアナタ。島内でボクの友人・知人を吹聴せずとも、アナタが伊平屋島という「一見何も無い離島」を好きになろうという姿勢が島のみんなに伝われば、自ずと島の人たちの笑顔に触れ合えると思います。ボクもきっかけは今は亡き故・はらたいら氏に連れて行ってもらったのが最初ですし、彼やボクの東京の親代わりでもあった新宿2丁目の故・柏木和美さんが長年通い続けたその理由を追い求めるに従って、知らぬ間にボクはボクでこの島の良さを見つけていった気がします。24年も通い続けているせいで知らなくても良い部分も知ってはいますが、それでもこの島が、この島で生きる人たちが好きです。
なのでもう一度書きますが、アナタに「一見何も無い離島」で自分に合ったグッドポイントを自力で探してみせるぞという姿勢さえあれば、それだけで充分です。但し、島の良い所をみつけるには最低2泊は必要ですのでそのおつもりで。

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伊平屋島に限らずとも、旅なんていうモノはそんなモノ。
まずは好きになろうという姿勢から。
恋の話も此れまた同じ___。

今期のパンコール島予定

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もはや『旅』とも呼べぬか、そうか。
今期は来月12月24日から来年3月7日まで、あちらで『暮らす』予定です。

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穏やかな海と夕陽に癒やされたい方、現地の人々の暮らしをプチ体験したい方、ボート業務の手伝いを希望される方、歌の唄える方、楽器の出来る方(カスタネット可)などなど是非いらして下さいませ。シュノーケリング・釣り・ジェットスキー等々各種マリンスポーツのご用命も承っております。値切り交渉代行、島内ガイド、レンタルバイクの手配を始め、クリニック・薬局などへのご案内も承っておりますのでお気軽にどうぞ。
但し、現地滞在中は日本での仕事関係者からの連絡以外、たとえアナタがボクの電話番号を知っていたとしても日本の携帯には出ませんのであしからず。メールやLINEなどは基本的にWiFi環境の整った定宿に戻って来た時しか使用しない為お返事が遅れる事もありますのでその旨ご了承願います。
現地使用の携帯番号を出発日にFaceBookや此処でお知らせいたしますので、御用の方はそちらをお控え下さい。

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島内のホテルはどのエリアも旧正月やスクールホリデー以外は比較的空室も多いので、現地に入ってからご自分に合ったロケーションや予算に合わせてお選び頂けると思いますが、不安な方はネットなどでのご予約をお勧めします。ボクのようにゆったりと過ごしたい方は長期滞在の欧米人も多いTeluk Nipah(トゥルッ・ニパー)エリア。大型ホテルのプールでのんびりしたい方は中華系レストランが多いPasir Bogak(パシ・ボガ)エリア。丘のコテージにスイミングプールでゴージャスな気分に浸りたい方はTeluk Dalam(トゥルッ・ダラム)エリア。1泊3万円以上の水上コテージでスパなどさらにゴージャスなセレブ感を味わいたい方は、もはやパンコール島ではなくパンコール・ラウ島。

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独り旅に、ご家族やご友人とのご旅行に、クアラ・ルンプールから比較的近いB級リゾート・アイランドであるパンコール島に是非遊びにいらして下さいまし_____。


パンコール島への行き方
K.L プドゥ・セントラル(旧プドゥ・ラヤ バスターミナル)から高速バス(数社有り/片道約900円/イポー経由以外を選択)でルムッまで約4時間→ルムッ バスターミナルからJeti(ジェティ/フェリー乗り場)まで徒歩約3分→ルムッJetiからフェリー(往復約330円/約30分間隔で運行)で30分。
面倒臭い、オレ金あるしというアナタはスルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港(略称・スバン空港)という舌を噛みそうな空港からベルジャヤ・エアで40分で島の空港に着いちゃいますので運航日、料金などはご自分で調べて下さいね。

お節介システムのご利用について

前々回の戯れ言(今期のパンコール島予定)についての訂正というか注意書きを解りやすくQ&A形式で加えておきますので、ボクの戯れ言がきっかけで今後パンコール島へ渡航される方はご理解のほど宜しくお願いいたします。

Q. ツカサさんはパンコール島でお仕事をなさっているのですか?
A. いいえ。あくまでパンコール島を好きになって欲しいというこちらのお節介で行っております。これまでも必要とされる方には現地で出来うる限りの対応はしてきたつもりですが、あくまで同じ旅人として「こうすれば良いんじゃないんすかねー。」程度なので、気分が乗らない時はボートに乗ってそのまま逃げ出す事もございます。

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Q. 夏休みにパンコール島に行く予定ですけどボート・トリップや釣りを格安でお願い出来ますか?
A. 基本的には出来ません。パンコール滞在中にお逢いした方にしかしていないこのお節介システム。たま〜に此処のコメント欄やメールでのご質問をされる方もいらっしゃいますが、コメント自体に気づかぬ事も多々有り、必ずしもご期待に添えるものとは限りませんのでご容赦下さいまし。困ったらニパー・ベイの"NON SAN ORANGE WATER SPORTS"の看板が立てられた青色のテント付近でボート屋主人のノンさんにご相談下さい。いろいろ力にはなってくれると思いますが、お礼にボートを利用するぐらいはしてあげて下さいまし。

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ま、ボクのお節介などなくとも、その土地を好きになろうとする気持ちさえあれば、それなりに楽しめると思いますし、何よりパンコール島は安全ですので(逆にパンコール島の治安の良さに麻痺して数年前にクアラ・ルンプールで強盗団被害に遭いましたが)、B級アイランドマニアなアナタ! 是非行ってらっしゃい_____。

気分はいつでも寅次郎

___クリスマス・イヴ? それって美味しい?

というわけで行って来ます越冬の旅2015-2016へ。現地からも時間があったら更新しますし、当たり障りの無い事しか書けないFaceBookよりかは読み応えのある言葉をアナタに伝えてゆきますので、暇な時にでもそっと覗いてみて下さい。

万が一の時の遺言ですが、2013年度版2014年度版を合わせたモノとまったく変わりありませんし、今回は海外旅行保険といつもの生命保険を合わせれば家のローンを完済出来る額になっているので、その点も心配ございません。

今年一年お世話になった方々、今年は連絡を取れなかった方々、時間は充分にあるので一人一人の顔を思い浮かべつつ行って来ます。もう霞み気味のアナタの横顔も含めて。

気が向いたらフラリと遊びに来て下さい。
笑顔でアナタをお迎えしますゆえ。では___。

ツキ無しクリスマス

昨日、現地時間18時KL国際空港到着。入国審査場までの長い通路を早歩きで、途中連絡モノレールを乗り継ぎ、行列が出来る前に入国審査場を通過したまでは良かったものの、次の手荷物コンベアの所で1時間ほど待たされる。んーなんかツイていない。


土産が詰まったバカ重いスーツケースを引き摺り空港建物の外へ出て、蒸せ返る空気の中で一服を済ませ、エレベーターで地下に降り、クアラルンプール(以後K.L)までの特急チケットを買ったのだけれど、その時に「プラットホームAよ。」と売り子のおねぇちゃんに言われてたにもかかわらず、先に反対側ホームに入ってきた電車に乗ってしまい、KLセントラル駅まで各駅停車の旅を味わう。と云っても時間的には10分ほどしか違いはないのだが、特急電車に付いているフリーWifiが各駅停車には付いておらず、真っ暗な夜景をボーっと眺めるしかない45分。んー微妙にツイていない。


K.Lセントラル駅に到着後、タクシーで予約したホテルまで13.5RM(約440円)。ホテルのレセプションで予約の旨を伝えても「予約していない」との返事。うそーん、ホラこうやってネットから、とiPadの画面を見せると「それ違うホテルよ」。ええーっ!? でも予約の時の地図には此処の場所が表示されてたのに、なんてスタッフに文句を言っても仕方無い。んーかなりツイていない。


予約したホテルはどうやらチャイナタウン付近らしいのだけれど今さっきタクシーで来たすっかり夜の雰囲気漂うその道を、クソ重いスーツケースやらカメラバッグやらショルダーバッグやらで自由を奪われた身体で引き返すという、数年前この近所で強盗団に襲われ腕を15針も縫う大怪我をした自分にとって、2枚残ったカードからジョーカーを引いてしまいそうな今日のツキの無さで試す勇気の前にすっかり体力の方が無く、今夜からの2日間は此処に留まる事に。時折、壁をチャバネゴキブリが駆け抜け、大通りの騒音がダイレクトに聞こえ、ベッドもガタつく、そんなボロい部屋がクリスマスという事もあって1泊約5,500円。此処に最低2泊はせねばならず、おまけに予約してあったホテルの方はキャンセル料が全額掛かり、この双方の合計金額だけで余裕で五つ星ホテルに泊まれたのに。泊まる気もさらさら無いが。んー本当にツイていない。


必ずしも綺麗とは呼べない部屋に荷物を降ろしたものの、チャバネゴキブリの侵入を防ぐ為にスーツケースもバッグのチャックもしっかり締めたまま、遅い晩飯を食べる為に外出した先の店でいつになく不味いローティチャナイとアイスコーヒーを無理矢理腹に流し込みながら、クリスマス・イヴの夜にここまでツイていないのは、きっと映画ダイ・ハードのブルース・ウィルスと自分ぐらいだろうと素直に思う。


そして今。空腹と表通りの騒音と隣の部屋で泣き始めた赤子の声に、浅い眠りから目覚めたクリスマス午前6時___。

※翌日替えてもらった部屋の様子。
これでも綺麗な方よ、シングルベッドふたつ併せているので真ん中で沈むけどね。
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マレークリスマス

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屋台の店員がバナナの葉で扇ぐその煙を祓うこともせず、先ほどまで降っていたスコールが気持ち程度に下げた南国の夜の空気と一緒に楽しみながら、備え付けの悪いプラスチックテーブルの上に置かれた皿の上の串を指で摘んでは、その先に刺さった焼鳥に甘辛のピーナッツソースを付けるボクを、クリスマスの夜に独りで柄の悪いシャツを着て焼鳥を頬張る日本人がそんなに珍しいのか、道行く人が時折じーっと見てはボクの視線に視線を外す。そんなサテー(串焼き)10本330円の晩飯の時間。


サテーの量は別にして、これはこれで充分満足なクリスマスの夜____。

アナタに届け

金も地位も名誉も無い、こんなどうしようもない男が我が儘気ままに笑っていられるのも、ハナモゲラッチョ・セバスチャンを始めとする家族や、ボクをこうして思い出してくれるアナタのお蔭だったりするわけで、何かお返しにと思っても、日本で買った年末ジャンボが当たらない限りは、この先もずっとこのままのような気が多いにするので、唯一こんなボクに出来る事と言えばやっぱり唄う事ぐらいしか思い当たらず、たとえアナタにこの歌声が届かなくても、こちとら本気でアナタに届けとばかりに声を振り絞るうちに2016年を迎えた大晦日の夜。


「プレゼント」。
アナタの笑顔が見たいただそれだけの為に唄う。それだけは今も昔も変わりなく____。


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2016年明けました

2016年、明けましておめでとうございます。
今年も今のところhenssimoは風林火山を決め込んでピクリとも動く気配もないとは思うのだけれど、他のメンバーを見習い、ボクもちょっとは頑張ろーかなー、でもなー、この歳で知らないオヂサンに叱られるのも嫌だしなー、でも楽しみにしてくれている人たちに悪いしなー、よしっ、日本に帰ったらちょびっとだけ、ほんのちょびっとだけ本気で頑張ろーアナタが笑ってくれるなら。


だから遊びに来てねパンコール島に、違った、ライブに_____。

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入道雲の輪郭

容赦無く照りつける太陽の下、オンボロボートのふちに脚を掛け、そのまま海に両足を漬けたまま、時折素足でチャプチャプと海水をかき混ぜたりして釣竿を垂らしながら、アナタの事を思い出すひと時。

アナタを思い出す事自体が哀しいわけではない。
笑顔は、横顔は、その瞳の奥の憂いは。今はもうその全てがボンヤリとしか思い出せない事が哀しいだけだ。


万が一、この両脚を鮫にでも喰われたらアナタのせいだ_____。

褒める所を探すとすれば

19:20 日没ギリギリまでイカ釣り後、仲間とボートを片付け、釣り具を水洗いした後、近所の土産物屋のオバちゃんにイカ(2kg)を売る。


19:30 宿に戻りシャワーを浴びた後、イカ墨で汚れた衣類を漂白。


21:00 ボート屋主人の家で夕飯をご馳走になった後、漂白中の衣類を思い出し、片道9km(途中警察署&峠道あり)をノーヘル&くわえ煙草で宿に戻り、漂白した衣類を洗濯機にぶちこんだ後、海岸通りで唄う。


22:30 島の友人らと島の外れの食堂にロティ・チャナイを食べに行き、宿に帰って洗濯機から衣類を取り出し部屋に戻り衣類を干した後、再びシャワーを浴びる。
バスタオルで身体を拭いている最中に耳の上からグシャグシャになったタバコがカスと一緒に床に落ちてくる。どうやら耳にタバコを挟んだままシャワーを浴びたらしい。もう一度シャワーを浴びる。


所々、大人として駄目な箇所もありはすれど、日本に居る時よりちゃんとしているのだよ、シャワーを3回も浴びるトコとかホラ_____。

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グッタリサンデー

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「ツカサーッ!! 海に行こう!!」

朝8時前、シャレーのドアを叩いて、昨夜夜中の3時過ぎに寝たボクを元気な声で起こしに来たのはホテルのオーナーの孫8才。普段は本土側の町に暮らしていて久しぶりに島に遊びに来て、ボクと2年ぶりの再会を果たした昨日も「ツカサーッ!! ・・・・ん? ちょっと老けたねツカサ。」と、なかなか大人びた発言で、ボクを含めた周りを笑わせてくれた彼。


そんな彼に文字通り叩き起こされ、大急ぎでシャワーを浴び、朝飯も喰わず、普段ならこんな朝っぱらから海岸通りに居ないはずの日本人の姿を見た他のビーチボーイの誰もが「マレーシアに初めて雪でも降るんじゃないか?」という、そんな冷やかしを笑顔で受け流し、彼をボートに乗せてイカ釣りに出たものの、イカが釣れる時間帯でもないし、すぐに釣りに飽きた彼とボートの上でお喋りばかりしているうちに、電話で海岸に呼び戻され、何事かと尋ねると、ホテルのオーナー「コイツらも一緒に連れてってくれ。」とさらに2人の孫が増える始末。


小さなボートの上。あいにくこの日はいつもより波も高い上に日曜日の午前中という事もあり、多くのボートやジェットスキーが行き交う危険な状況に中、共に8才の孫2人を前の座席に座らせ、一番幼い孫2才を片手で抱え、もう一方の腕だけでのボート操船に、いつもより慎重を期するボクの心中など察するよしもなく、1分も経たないうちにボートの上で飛び跳ねようとする前座席の悪ガキ2人達を、彼らより遥かにたどたどしいマレー語で諌める。「もし海に落ちたらスクリューに巻き込まれて・・・。」駄目だ、聞いちゃあいない。おめーら座れ! とにかく座れ! このクソガキ共がーー!!


操船中だけでもそんな調子なので、釣り中もやっぱりボートの上でタモ網片手に海面をバシャバシャ叩いては、たたでさえ釣れる時間帯でもないのにさらに状況を悪化させる2人をなんとか座らせ、ボクの腕の中でちょっぴり船酔い気味の2才を抱えたまますぐに陸に戻った、子供は好きだけれど複数集まったら絶対嫌いになる朝からグッタリな日曜日_____。

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薬を飲んで寝ましょうね

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一昨日、昨日と2日連続で釣りらしい釣りも出来ずに溜まったフラストレーションを晴らすべく、3時間で釣りに釣ったイカの総重量4kgオーバー。


ただ、イカを喰った覚えが無いのに、右足の人差し指に痛風の初期症状が出てきているのはイカ達の怨念かもしれぬと半分本気で思いながら、晩御飯をご馳走になったボート屋主人の家がある村から宿のある海岸まで、途中、旧正月を数週間後に控え夜10時になろうというのにまだ賑わいを見せるパンコールタウンや、地引網を仕掛けている最中のパシボガッ海岸通りや、地元の不良小僧達がバイクで攻める峠道を含めた片道9kmのその道を、速度の遅い割に渇いたマフラー音だけが五月蝿い2サイクルバイクに跨り、虫除けの為の偏光サングラス、ノーヘル咥えタバコにこれでもかというくらい広げた両股姿でのんびり帰る中年ヤンキー月曜日_____。

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散髪してきたよ

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同じ所に長くいるとそれはそれでいろいろとあるわけで。それは旅も日々の暮らしも同じ。眉間の皺を中指で押し上げる日々に、アナタに伝えたい事がたくさんあってこれを書こうとしたら、なんか表示が変じゃありませんか。


帰国する3月まで直せないと思うので、Facebookの方で行間を汲み取って頂くか、それでも此処を読んで下さる奇特なアナタは、此処のアドレスの最後尾に「i」を付けて再表示すればスマートフォン用のページに飛ぶのでそれで我慢して下さいまし。


ちなみに本日は釣りにも出ず、昼過ぎから島の美容院に行き散髪とカラーリングと称した白髪染め(全部で50Rm=約1,500円)。日本のモデル男子が掲載されたヘアカタログのページを指差しながら「これ! 絶対これにしてくれ!」と言ったのに、なんだこのほのかに漂うアジアンな雰囲気は_______。

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咳つぶて波紋ひろがる夜明け前

ただでさえ宿のWifiが遅いのに、宿泊客が増える週末ともなるとニュース記事を読むのもままならぬ状態で、ついつい表示に時間のかかるFacebookの方ばかりを優先させて、こちらの更新がおろそかになり、少数派のアナタの舌打ちが聞こえてきそうなので、昨日から一際ひどくなった咳のせいで睡眠不足の果てにこんな朝っぱらに目が覚めてしまった「ついで」に何かを記しておこうと。


さて、何から書けばいいのか。サボっている間にいろいろあったようにも思えるのだが、咳をし過ぎてボーっとなった頭が思い出すのは、2月前半から始まった旧正月の期間中、ボクの部屋の真ん前のビュッフェの朝の賑わいと、そんな中、ほぼ毎朝ボクの部屋のドアを叩いてボクを叩き起こす宿の孫息子の「ツカサーッ‼︎」という声と、こちらの暮らしとは全く関係のないアナタの横顔だったりするのはきっと、先週までの賑わいとはうって変わって、ボクの咳だけがその静寂な水面に波紋を立てるかのようなまだ薄暗い朝に、祭りの終わり、つまりは今回の旅のようなモノの終わりを感じているせいかもしれない。


まだ3週間弱もあるのにとアナタは笑うかもしれないけれど、時間に対する概念なんぞ人それぞれでボクからすれば「少しだけ」も「ずっと」もさほど変わらない。
ボクは「少しだけ」旅に出ている。そしてその旅先でアナタを「少しだけ」思い出す____。

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欲を捨てれば悔いも無し

パンコール島滞在も残すところあと2週間弱。
「悔いを残すことなく全力で」といきたいのだけれど、連日深夜に突然咳き込み始め、そのせいで暫くの間眠れぬ時間が続くので、ここのところ睡眠不足で昼間も大好きな海に出る気力すら失せていて、時折人前で疲れた顔を見せがちになる自分を救ってくれるのは、「ツカサー。」と寄って来ては素敵な笑顔をくれる子供たちだったり、お喋りの相手をしてくれる日本人の旅行客の方たちだったりする。


昨日でその日本人の方たちも全員がそれぞれ次の場所へと島を出て、それを見送ったボクはボクで、残された時間と体力と折り合いを付けながら、多分今日もこんな時間に咳で目が覚めたのだし、日中あれもこれもと欲を出して動いても良い事なんかないので、此処は無理せずのんびりと過ごしながら、今日午後に島に入って来る、かつてこの島で出逢った遠方からの友の到着を待つ事にしようかね。


_____欲を捨てれば悔いも無し。ただ穏やかな笑顔あるのみ。
またひとつ自分が目指す「自然」に近づいた感のある悟りを得ても、なかなかそれを実践出来ないのは、しょーがないじゃん人間ですものあっかんべー。
ということで、この程度の咳を憂いても仕方ないので、エッチな事でも思い浮かべながら二度寝する、ぢゃ_________。

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Have a good journey

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貴重な休みの全てを使ってパンコール島まで来てくれた若夫婦を桟橋で見送り、そしてたった今、タクシーに乗り込んだ日本人大学生の男の子3人を定宿の前で見送り、当たり前の事なれど自分は此処でいつもこの島で出逢った誰かを見送っている。次の目的地を目指し重い荷物を背負う者の背中を。


笑い合った時間が多い分、別れた後の時間が寂しくなるのは旅も日々の暮らしも同じで、それでも見送る者が一人でも居るその道の先が旅立つ者にとってより良き地となるよう祈りながら、「またね。」と不確実な約束を交わしながら、いつもの涼しい笑みで手を振る。


そんな自分もあと6日もすればこの地を旅立つ者になる。それまでに手を振ってくれる者の為にやらねばならぬ事があるのでアナタを思い出す時間を少しだけ減らして、今日も海岸通りに向かおうかね_______。

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聴いてくれる誰かが居る限り

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さて、夜が明ければいよいよパンコール島滞在最終日。


この2ヶ月半、イカ釣りばっかでアンタちっとも唄ってないぢゃないの、アンタ本当に歌唄いなの?バカなの?とお思いのアナタ。ノンノンノン。陸に上がればほぼ毎晩、海岸通りで現地の仲間と一緒に弾き慣れぬクラシックギターとカホンで唄ったり、結婚式や自分の定宿とは違うホテルに呼ばれて唄ったりしてたのだよ。


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「ギャラの有る無し関係無く、どんなシュチュエーションでも本気で唄わないとその時間そのものが無駄になるし、積み重ねてきた自分の経験までが無駄になる。」
かつて、そう教えられてから、どんな場所でもどんなジャンルでも手を抜く事なく気を緩める事なく唄ってきたつもりで、此処パンコール島でも唄い終わればいつも、さっきシャワーを浴びたばかりなのに、また浴びないかんがな、とため息が出るぐらい、それはそれは本気で唄っていたのだよ、聴いてくれる誰かの為に。
時に通りすがりの欧米人を含む観光客。時に結婚式会場で手を叩いて喜んでくれる出席者。みんなそれぞれにボクの歌を楽しんでくれるのは、唄っているこちらも嬉しく、そして何よりミュージシャン冥利に尽きる。


その中でも一番自分が嬉しいのは、ボクがそのメロディーを唄い時始めた瞬間に、一層キラキラした眼差しと笑顔のリアクションをこちらに返してくれる子供たち。その瞬間が一番楽しいし嬉しいのだよ。ま、曲は「ドラえもん」なのだけれども。

さて、明日の最終日も思い切りボートをかっ飛ばして、そして思い切り唄おうかね、聴いてくれる誰かの為に______。

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今夏も行くよ伊平屋島

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同郷の大先輩である漫画家の故はらたいら氏の取材旅行について行かせてもらったのがきっかけで翌年から自分達の金でほぼ毎年のように通い始めた沖縄・伊平屋島。普段の生活もままならない20代から始めた『貧乏サバイバル旅』だったそれは、今夏で25年目という四半世紀の時の流れの中、途中、新宿2丁目『姫』常連グループに吸収合併され、それでも名ばかりの『隊長』職は残されたまま様々な所が少しずつ変化していった。

例えば『ビーチでの過ごし方』ひとつにしても次のように
【初期】日除けテントすらない浜辺で昼食は魚肉ソーセージとパンを囓る『野良シュノーケリング』

【中期】諸事情により丈の低くなったブルーシートの下、焼き過ぎの焦げた骨付きカルビを
    体育座りで喰らう『難民シュノーケリング』

【後期】強い海風の中、ようやくターフ型テントを張り終えた頃には疲労困憊で泳ぐ気力も失せた
    若手らを尻目に、オカマを含めた長老たちがはしゃぐ『国民年金問題型シュノーケリング』

それらを経て、設営の簡単な大型テントの下、バーベキューをしたりディレクターチェアに座る銘々がビール片手にボーッと青い海を眺めたり昼寝をする今の形に24年かけてやっと辿り着いたわけで。「誰かもっと早く気づけよバカ。」と隊長からすれば言いたくなる24年。

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ここまでが長〜い前置き。ここからが本題なのだけれど、先日、我が家に幹事長を始めとする主要メンバーが集い、今夏の沖縄・伊平屋島ツアーのおおよその日程(7月上旬出発)が決定。グラス片手に沖縄ブルーな海を眺めてのんびりするもよし、様々な種類の珊瑚や熱帯魚をプカプカ浮きながら見るも良し。ご興味のある方はこのHPをご参照の上、名ばかりの隊長にご連絡下さいまし___。

アタリくじの付いた糸

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朝7時。自宅を出てタクシーで新宿バスターミナルへ。
羽田空港までの高速バスのチケットを買おうとしたら、券売機の前に立つ係員に「8時過ぎまで満席でして・・・。」と言われ、それでは自分たちの乗る飛行機の出発時刻に間に合わないので、再びタクシーに乗るという始末。国際線ターミナルが出来て以来、高速バス(特に新宿発)の予約は必至となったので、ちゃんと覚えておこうと自身に言い聞かせたのはこれで3度目。今度は忘れないように此処に書いておこうかね。

タクシー乗り場で「1台後ろなら乗り心地の良さそうな個人タクシーだったのに。」と、ハズレくじを引かされたような思いで、少し型の古いタクシーに乗車。
この型の古い車の運転手さんが少し個性的で、事情を説明し「羽田空港まで超特急で。」とお願いすると、「どうでしょうねぇ。この前のバスたちが同じ方向に出てゆくんで、これらをなんとかしない事には・・・。」と、のんびりとした穏やかな口調で返して来たのとほぼ同時に、ギュギュギュンとバス数台の傍らを追い越し、半ば信号違反気味でバスターミナル出口から甲州街道に左折。身体にかかるGが半端ない。連なるバスをかわす事が出来たと思った矢先、今度は前方に停車している車が。「此処は駐停車禁止なんですけどねぇ。」とまたもや穏やかな口調で言ったかと思えば、その車に対してこれでもかというほどのクラクションを浴びせる。お陰でその車をかわす時にそのドライバーからボクが睨まれたぢゃないか。
高速に乗ったら乗ったで、飛ばす飛ばす。しかも喋る喋る。その穏やかな口調とは裏腹のレーサー並みのハンドル捌きに、自分の隣に座っているハナモゲラッチョ・セバスチャンは朝から少し車酔いしている模様。その上、彼女は超が付くほどの他人見知りなのでこんな時はボクが運転手さんの話し相手をせねばならない。そんなボクの携帯電話に誰からかのメッセージが入ったので、運転手さんの話に適当な相槌を打ちながらシートの影でそれを読むと「ある意味、アタリやな。私一人なら絶対乗りたくないけどね。」と、隣から。返信に「アンタもちょっとは会話に参加してオレを休ませてくれ。しかも飛ばしてくれるのはいいけど、スピード違反で捕まったりしたら飛行機に乗り遅れるで。」
結果、運転手さんのおかげで20分ほどで空港に到着。時間が有り余ってしょーがない。

昼前。那覇空港に到着し、タクシーで故・柏木和美さんの奥さんが住むマンションまで。今晩は一晩だけこちらでお世話になる。
夕方。夕食を予約していた店の前で、伊平屋島から那覇に出て来ていた"ホテルにしえ"のおとーさんおかーさんと合流。この二人ともかれこれ25年の付き合いになるのだけれど、どれもこれも故・はらたいら氏や故・柏木和美さんが紡いでくれた糸のおかげなのだよ。
みんなで楽しい夕食を済ませ、再びマンションに戻ったところで肝心の和美さんの仏壇に手を合わせていない事に気づき、「和美さんの仏壇が沖縄にあるんだもんなぁ、なんだか不思議だねぇ。ま、生前に最後は沖縄にでも住みたいって言ってたから結果オーライか。」と、自分の家のリビングにあるのと同じ遺影の飾られた仏壇に手を合わせた沖縄初日の夜___。

覚える努力と忘れる速度

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午前8時。那覇バスターミナルから111系統高速バスで名護バスターミナルまで約1時間半。ガラガラの車中で景色も見ずに爆睡。タクシーで運天港まで約20分。3000円。運天港ターミナルで島の友人と偶然再会。

フェリー伊平屋で伊平屋島まで1時間20分。いつものように甲板でチャッチャと撮影を済ませ、雑魚寝室で寝ようとするも、向かいの若い夫婦が連れている幼子の元気な声に眠れず。親二人が寝ている傍で、まだ一人で立つ事も出来ないその幼子が一人でキャッキャッキャッキャッと遊んでいて、たまにこちらと眼が合うので、こちらも舌をペロッと出すとそれに反応してまたキャッキャッと笑う。いや、相手にせずに寝よう。でも五月蠅くてやっぱり寝られない。
とうとう一睡も出来ず、フェリーが伊平屋前泊港に到着寸前、毛布や枕を片付けていると、向かいの若夫婦の奥さんがいきなり「ツカサにーに!? アタシ○○○だよ!」なんと、ついこの間までこーんなに小っちゃかった女の子だったのに。とゆー事は、そのやたら五月蠅くてやたら愛想の良い赤子はオマエの子供か!? どーりでオイラも知らぬ間にオヂサンとかになってるワケだ。

島に通い始めて25年。家族のような付き合いをしている宿の孫が名前を覚えている限りで約15名。その下のひ孫がこれで6名。また覚えにゃならん顔と名前が一人増え、ただでさえ忘れる事の方が多くなっている我が脳みそはパンク寸前な伊平屋初日___。

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流れ星の降る島にて

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四半世紀の時を経ても何も変わらずやっぱり綺麗なその星空とは対照的に、自身を含めた周りの環境は変わり続けてゆき、自身の生き方に後悔は無いかと問われれば、そりゃあ山ほどあるわけで。その後悔がチクチクと痛む事もしょっちゅうなわけで。
でもね、これからもボクはこの先も増えるであろう憂いも含め、たくさんのチクチクを胸に抱えながら終わりまでワッハッハと生きてゆきますよ。たかだか人間ですもの___。

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陸に上がったイルカ

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マレーシアのパンコール島沖で左耳の鼓膜を破って9年。途中、3度の鼓膜再生手術をするも完全に元には戻ってくれていないようで、ミュージシャンという職業上の理由もあり、それ以来よっぽどの事が無い限り水中に耳を浸ける事はなく、わざと離岸流に流されながらリーフ際のあの水中の景色を楽しんだり、珊瑚の下に隠れた魚たちを探したり、イルカだったあの頃が嘘のように思えるも、やっぱり海は大好きなのだよ。

ひゃっはー!!

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見たか! これが台風男の威力だ!

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台風1号発生。
どうやら明後日辺りは伊平屋島と本島を結ぶフェリーにも影響が出そうな予感に、明日一足早く帰京するハナモゲラッチョ・セバスチャンを本島まで送ると同時に、明日から合流するメンバーを名護で出迎えていては、自分まで伊平屋島に戻って来られなくなるおそれもあるので、名護の居酒屋で予約していた今帰仁アグー豚のラフティーや冷しゃぶを逃すのは非常に惜しいが、釣りに出掛けられる日が1日増えると考えれば、よし、ここは島で待機としよう。
幸い、ハナモゲラッチョは島の友人とパン作りに勤しんでいる。どうにかこうにかこの「島に1日でも多く居られる喜び」を悟られず、あたかも残念そうに、本島まで付き添えない事を彼女に告げる練習を此処でしておこう。

「仕方がない、一人で帰ってね。」
いかん、どーしても口角筋が緩む、もう1度。
「ひ、ひひひ一人で帰ってね。」
もっと悲しそうに、もっと残念そうに。

宿の息子に借りっぱなしのマニュアル軽トラをノッキングさせながらやって来た野甫大橋の上で、蒼い海を前に独り練習をする伊平屋滞在4日目の決断___。

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彦星も織り姫も他所で逢えばよろし

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ほうら、やっぱりフェリー停まった。
さてさて、独りで気ままに釣りにでも行こうかね、と思ったのだけれど、台風の影響で雨が降ったり止んだりの天候に加え、風も強く波も高いので宿のテラスで1日中ダラダラ。独りで唄っては庭の植木越しに見える海を眺め、喉が渇けば目の前のスーパーに飲み物やアイスを買いに行く。道を挟んだスーパーとの往復が今日の自分の世界の全てだ。

「ツカサはみんなが居たら居たで大変そうだけど、独りだとなんだか調子出なさそうね。」と、宿の女主人にからかわれるも、それは間違いであり、本来"怠け者"の自分としてはこれでも充分に島を満喫しているのだよこれが___。

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あえて見逃すスポット

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予定より1日遅れで島に入って来たメンバーを島の港で出迎え、宿で各自の部屋割りと昼食を済ませた後、カズミビーチ→クマヤ洞窟→スーガ浜→米崎ビーチ→野甫大橋→野甫島の塩の店と島を1周する形で周るメンバー来島初日恒例ドライブをするのだけれど。

そう言えば、宿からカズミビーチに行くまでの間にある『念頭平松』という大きな松が昨年、国の天然記念物に指定されたそうなのだけれど、メンバーは其処を通り過ぎる車の窓越しに「あれ。おっきな松。」と指さしただけで、誰一人「せっかくだから見て行こう。」と言う者も現れず、やっぱり今年も減速すらせず通り過ぎた。

松の枝振りの良さすら解らぬ未熟なメンバーに変わって、今年はちゃんと平松の前まで行って来た証拠画像を載せておこうかね。

う〜ん、やっぱ松だね、おっきな松。
嗚呼、未熟者で良かった_____。

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それでも楽しい夏休み

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晴れ間は覗いてきたものの、依然台風の影響が残り風が強く、日除けテントを張らずに過ごせる野甫島の小橋の下で今年もバーベキュー。
せっせとバーベキューの支度をしてくれるメンバーを余所に、独り防波堤をツッタカターツッタカターと3拍子で沖まで歩き、こっちもせっせとルアーを投げる。がしかし、足下の海には水上からでもエサ取りと呼ばれる熱帯魚がウヨウヨ泳いでいるのが見えるというのに何も釣れず。

ちくしょーーーー! ヤケ酒ならぬ、ヤケ西瓜喰ってやる!!
親父ぃっ!! スイカだスイカ!! スイカ持ってこーいっ!!___。

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