2018年1月アーカイブ

2018年が明けてしまいました

本当は昨年のうちに更新するつもりが、とうとう2018年が明けてしまった。

数ヶ月前からずっと続くこの脳内での耳鳴りも左肩の痛みも、年相応に多少出て来たお腹の贅肉も全部持ち越したままでの年越しとなったわけで、じゃあ今年も昨年同様まったく他人様の前で唄わないのか!?

ま、そのうちこの耳鳴りの事を「俺、実はWi-Fiが聞こえるようになった」だとか「宇宙からのメッセージがね・・・」だとか言い出したとしても、これを今でも読んでくれているアナタはきっと「ここら辺はWi-Fiがたくさん飛んでるしね」と、菩薩様のような眼差しで話を合わせてくれるに違いないだろうから、そんなアナタの為に今年は少し唄ってゆこうかなと。

昨年のアナタの憂いをチャラにするライブが出来ずに本当にごめんなさいね。
心優しきアナタの今年1年がなるべく笑いの多い年になりますよう。
そしてたまにライブで一緒に笑い合いましょう____。

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ライブ演る、生きて帰国したらね

「え? こんなに寒いのに今年はまだ日本に居るの?」

会う友人たちに聞かれる度に「居るよ、居たくて居るわけぢゃないけどね。」と能面のような無表情で答える日々も来週木曜日まで。金曜からは18回目のマレーシア渡航が待っているものの、年々失われてゆく体力に加え、昨年は現地で脚の手術入院やら数日間40度を越える高熱にうなされたりしたものだから、今年は不安の方が大きかったりもする。

おまけに、出発まで一週間を切った今も、急遽入った某デザイン&制作の仕事に追われ連日徹夜の日々で、今の時点で時給に換算すると250円ぐらいになってしまっているこの仕事を果たして出発までに入稿出来るのか不安で仕方ない。当然、渡航の支度もしていないわけでさらに不安が増すばかりなのだよ。

と、ここまで不安な事ばかり書いてしまったので、希望も書こうね。
日本に帰国後の5月に東京で、6月に郷里・高知で、ヘンシモギターの冨士と二人でアコースティック・ライブを演ります。乞うご期待!!
墓石のCMソングで高知ではお馴染みのあの曲も唄うので、良かったらまた元気な顔で逢いませう。

さて、仕事に戻ろっかね、ファイト____。

セイシをかけた闘いの果て

連日徹夜の甲斐あって、なんとか某CDジャケットデザインの仕事もうっすらとではあるけれど、先が見えてきた。丁度、夜が明ける今頃はiTunesライブラリーの中に収録されたジミヘンのギターが徹夜明けのボクのとろっとろに溶けた脳みそをかき混ぜるせいで、「こんなに徹夜続きだと精子が死んぢゃう。」とワケのわからぬ心配をしてみたりもする。
昨年3月のパンコール島で数日間出した40度を越える高熱の時に、たったひとつの保冷剤を額にあてるか股ぐらにあてるか悩んだ末、やはりここは脳みそを守る事を優先しようと股ぐらを切り捨てたあの晩。圧倒的戦力に勝る米軍の火炎放射に、「熱い熱い」と逃げ惑いながら次々に倒れてゆく我が子たちに「オマエたち、1匹でも生き延びてくれ」と願ったっけ。

ダメだ、徹夜明けで脳みそが馬鹿になっているせいで、今さら役に立つかどうかも分からないヤツの事ばかり考えてしまう。

さて、金曜日に日本を脱出するに向けて、アマゾンで注文していた現地の友人への土産が次から次へと届いたのだけれども。果たしてこの量をどうやってスーツケースに詰め込もうか考えただけでゲンナリしてきたので少し寝ようね、コタツで。おやすみ___。

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誰かお願い

誰か空港の免税店でアイコスのミントを1カートン買って、パンコール島まで持って来てくれんかなー。税金分も足してちゃんとお代は払うのになー。4月まで1週間に1人のペースで島まで持って来てくれたら紙巻きタバコに戻らなくてすむんだけどなー。帰国後にライブ2本控えて、せっかく取れてきたタールをまた喉に貼り付けたくないんだよなー。え?やめる意思はないのかって? ないよ、まったくない。

と云ふ事で、パンコール島までアイコス・ミントを買って来てくれた方。
お食事奢ります。ボートにもタダで乗せます。バイクで島内案内もいたします。出来る事ならこの身体も捧げたいのですが、なにぶん最近は前も後ろも役に立つかどうか自信がございませんので、なんなら現地の若い独身男性および女性を紹介します。

今日は夜から東京にも雪が降るとかどうとか。
嗚呼、もっと早くにパンコール島に行くべきだった、と出発日の金曜を待ち望む週明け___。

未だ荷造りする気もおきないほどの

____「バカデカいスーツケース貸そうか?」
18年目のマレーシア・パンコール島への越冬を前にして、今年も日本から持って行く大量の土産にウンザリしているボクに、☆ひろさん奥方が提案してくれた心優しいその申し出をやんわりとお断りする理由は、ボクのパンコール島までの道のりが彼女らが想像しうる旅行とは全然違うからなわけで____。

まず写真1を見て欲しい。
【写真1】
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これは島から日本に戻る時のモノなので、スーツケースの中身はほとんど空で、そのせいか幾分表情も穏やかではあるが、往路はスーツケースの重さが毎年18kg〜20Kgになり、そんな重たいスーツケース(大)に加え、一眼レフカメラ用バッグ(レンズ3個入)と、ipadや充電機器や冷房避けのパーカーが入ったショルダーバッグという、そのひとつひとつが以外と肩にズッシリとくるものばかり。今年はさらに、毎年初日の晩に空港まで迎えに来てくれる友達に、ボクがバックパッカー時代に使用していた『登山用リュック(45L〜55L)』をあげるのでそれも加わる。

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さぁ、想像してみてね。これらを全てを担ぎ、または引き摺り、湿気をたっぷり含んだ気温30度超の炎天下で、スロープも満足に無い、時に側溝の蓋が剥がれ落ちたクアラ・ルンプール市街の、日本とは比べ物にならないほどガタガタしたその舗道を、半ば20Kg弱のスーツケースを浮かせた状態で、10年前に遭った強盗団のような輩に目を付けられる事なく、いかにも「俺、力ありますよ。隙さえありませんよ。」的なスピードで颯爽とホテルから長距離バスターミナルまで歩くボクの姿を。眉間に皺を寄せながら、それでも精一杯浮かべた涼しげな表情の裏で、奥歯がすり減るかと思うほど腕に力を込めるその道。

クアラ・ルンプールから高速バスで片道約3時間半。
パンコール島への港町ルムッに到着し、ここまでくれば治安的には問題ないのだれど、バスを降りてから港まで徒歩5分、やっぱりガタガタの道を移動し、港のチケット窓口でフェリーの切符を買ってもう安心・・・ではない。最後の難関がフェリーに乗り込む直前と直後の浮桟橋に待ち受けているのだよ。
【写真3】
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浮桟橋とフェリーを結ぶブリッジは木製の板1枚。
想像しにくいアナタの為に簡単な【説明イラスト】を描いてみたので、上の【写真3】と照らし合わせて思い浮かべてみてほしい。

【説明イラスト】
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この急な階段をカメラバッグとショルダーバッグを肩からずり落ちないようしっかりと肩にかけ、重量20kg弱のスーツケースを両手でしっかり担ぎ上げた状態で降り、バランスを崩さないよう、海に落ちないように木製の板をフェリーまで渡らないとならない。その距離2歩。たった2歩、されど2歩。もちろん、手摺りなどは無い。何故なら木の板なのだから。
高齢者などはフェリーのスタッフが荷物も身体も介助してくれるのだけれど、ボクにはもちろんそんな者は付かず、片手をクイックイッ「はよ行け」と促されるのみ。下船時も同じで、ここ数年は毎年日本から重い荷物を持ってくるボクを心配して、ボート屋の主人が島の浮桟橋まで出迎えてフェリーからの荷下ろしを手伝ってくれる。

以上が、ボクが毎年繰り返しているパンコール島までの重い重い、違った、長い長い道のりなのだよ。否が応でも今週土曜日にはこれらの試練が待っているかと思うと、げんなりする。
かといって、慣れないバカデカいスーツケースぢゃ余計にオタオタして、クアラ・ルンプールで遭いたくもない犯罪被害にあったり、海に落ちたりしかねないでしょ。

現地の友人家族や島の子供たちへの土産さえ無ければ、ショルダーバッグとカメラバッグだけで行けるんぢゃないかと毎回思うのだけれども、それを選ばなかったからこそ今のボクがあるという自分なりの誇りを胸に、今回も腕の筋肉プルプルさせながら行ってきますね___。

渡航ブルー

48年振りの異常なほどの冷たい夜の空気に覆われた『THE 冬』の東京で、それでも暖かい人たちと他愛も無い話で笑い合える居心地の良さとその幸せに、少しだけ後ろ髪を引かれながら自宅に戻り、そろそろ荷造りに掛からなければいけないのだけれども、ここ10年、毎年出発日近辺のこんな日は、マリッジブルーならぬ渡航ブルーになるその原因が目の前に堆く積まれた大量の土産物の山なわけで、その中でもスーツケースの中で一番嵩張る其奴を手に和歌を詠んでみたよ。

何がいい?
聞いてもないのに "源氏パイ"
いつになったら飽きてくれるの?_____お粗末。

小学生を担いでの出発

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ほらね、やれば出来る子。
とは言っても、大きなスーツケースの内側に残されたスペースは写真の青い部分でも解るようにあと僅かしかなく、これでは約2ヶ月もの間、パンツやシャツといった向こうでの着替えも、毎年昼間に着ているビーチ用のシャツもズボンも常備薬も収まりきらないわけで、結局は明日の晩に再会する友人にあげる予定の、写真の奥に写るバックパッカー時代の大きな登山用リュックサックも使う羽目になってしまったのだよ。

スーツケースの総重量約19kg。リュックサックの総重量約6kg。カメラバッグの総重量約4kg。あと、これにipadや携帯電話、その充電機器、マレー語辞書、冷房避けパーカーを入れたショルダーバッグ約3kgで、合計32kg。これは全国小学生の平均体重で言うと5年生(11歳)と6年生(12歳)の丁度中間ぐらいで、6時間後の早朝から土曜日の昼過ぎまで、マレーシアへ到着後は気温30度を超す蒸し暑い熱気の中を、ボクは第二次成長期を迎える人間をずっと担いだり引き摺ったりしながら移動せねばならんと云う事らしい。
時々は引き摺る事の出来るスーツケースの重さを差っ引いても13kgあり、これは常に両肩には3歳児を乗せているのと同じなのだよ。常に両肩にぶら下がる3歳児。水子の霊にしても育ち過ぎていて心底げんなりする。

なにはともあれ、無事にパンコール島に着いて体力も気力も戻ったらこの戯れ言を更新するつもりだけれども、今回ばかりは本気で途中で倒れそうな気がして不安な出発6時間前____。

MTBlog50c2BetaInner

プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

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