2017年3月アーカイブ

無理せずのんびり取り戻す

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月曜日に本土の病院を退院したは良いものの、術後の傷口を覆う包帯を絶対濡らしてはダメな事と、1日1回の島の病院での消毒(公立病院Rm150・クリニックRm40)を義務付けられ、シャワーの時は脚の包帯部分をビニール袋で覆い、その脚を近くの便座の上に乗せ、身体を流れる水が一滴たりともそちらの方向に流れぬように、それはそれは大げさに胸を張る、まるで狩の獲物の頭に片足を乗せたまま御用絵師に肖像画を書かせる王族貴族のような偉ぶり様でシャワーを浴びるも、所詮は丸裸という滑稽さはそのまま「裸の王様」を連想させる。


脚を濡らす可能性の高い釣りなんぞ以ての外で、パンコール島に戻って来て2日は惚けた老人の如く小さく波打つ海を眺めていたのだけれど、その視線の先ではポンポンとイカを釣りあげる仲間たちのボートが何艘も青と緑のグラデーションの上で揺れていて、傷口の疼きより胸の疼きが抑えきれなくなった一昨日火曜日、脚に黒いゴミ袋を巻いた格好で、誘う仲間のボートに乗り込み海へ。
良型のイカ三杯を始め、たったの2時間で2kg以上を釣り上げた事もさる事ながら、やっぱり海の上に出られた喜びはひとしおなのだよ。


昨日と今日は、脚の防水プロテクターをゴミ袋から幾重にも巻いたサランラップに強化し、傷口を濡らさぬようにと、船外機付きでただでさえ重いボートを、浜辺からボクが乗った状態のまま、砕ける波の向こう側へと押し出してくれる仲間たちの優しさを背に、沖に向かう。
手術で大きくえぐり取られた傷口の痛みよりワクワクの方が遥かに強い。


残り1ヶ月を切ったパンコール島ライフ。
反対側の足に出ていた約1ヶ月以上にわたる長き痛風症状も、ようやく消え失せてくれた。
大丈夫、ここからまだまだ取り戻せるさ_____。

平熱36.2度→高熱40.8度

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3月6日夜。仲間たちとのポーカーを終え、部屋に戻って寝る準備をしている最中に突然の悪寒に襲われ、体温計で熱を測ると38.8度。日本でもここ10年は体験していない高熱に、日本から持ってきていたEVE(イブプロフェン)を飲み床につく。


3月7日。朝から身体が怠い。朝食前に熱を測る。37.1度。今日は本土の病院に脚の傷口のチェックに行く日なので寝込んでもいられず、用意をして島の港まで。どうやら熱が上がったようでこの時点で口で大きく息をしていないと辛い。
正午過ぎ。担当医による脚のチェックと消毒を終え、熱が高いのを訴えるも、お金になる事以外は興味の無い整形外科医の耳には届かず、仕方ない、島に戻ってから病院に行くか。
普段であれば心地良いフェリー甲板の風が、今日は肌寒く、どうやらさらに熱が上がっている模様。島に戻ったその足でクリニックに直行。熱を測ると40.8度。ホラね、言わんこっちゃない。


下がったり上がったりのニ峰性を繰り返す高熱との戦いが、今日の今まで続いているわけで、咳も止まらない事から、これはインフルエンザかデング熱に違いないと踏んでいるのだけれど、クリニックの女医はデング熱を否定しているし、じゃあ熱冷ましにイブプロフェン飲んでもいいか?とこちらから尋ねると、それは...と言葉を濁す。デング熱にアスピリン系やイブプロフェンの解熱剤は重症化するおそれがあるので禁忌で、要するに医者も判断に迷っているのだ。


デング熱でないのなら、島の別のクリニックで筋肉注射で治るのに、この曖昧な判断のせいで、数日間、食欲減退で飯も喰えない状態のまま、ただひたすらアセトアミノフェン系の解熱剤で高熱に立ち向かっているのだけれど、正直体力も奪われ倦怠感100%で、ここ数日間で部屋から出たのは、病院に脚の消毒に行く時と脱水症状を防ぐ飲み物を買いに行く時ぐらい。


デング熱かインフルエンザか、どちらにせよ高熱はあと1日~2日で、次の症状が出て来るか、そのまま回復してゆくかなので、高熱で脳味噌だけヤラれないように注意している。子種は今回の高熱で尽きた感じだし_______。

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プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

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