2015年4月アーカイブ

カサブタ日記

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______心のカサブタさえ上手に剥がせやしないのに。
歌の歌詞に出て来そうな文句を胸の奥でブツブツ言いながら、傷口に消毒スプレーを吹きつける。
実は去年の末頃にパンコール島で、何をしていて出来たのかも忘れたくるぶしの内側の傷が未だ治らず往生している。言い方を変えるなら、これは約4ヶ月もの間、毎日毎日くるぶしの傷と向き合って来た男の物語である。

くるぶしの内側という箇所は、自分が思うよりもたくさん何かにぶつけたり何かと擦れたりする箇所のようで、向こうにいる間は、ぶつけたり擦れたりした時の痛みを軽減する目的と、傷口に蠅がたかるのを防ぐ為に、其処に絆創膏を貼り、毎日こまめに消毒と絆創膏の交換をしていたのだけれど、いかんせん日中は海の上で、くるぶしの部分は海水がかかったり浸かったりしているし、陸に上がって傷口を乾かそうと濡れた絆創膏を剥がそうものなら、蠅たちが一斉にその部分だけにたかって痛むのでそれも出来ず、途中、絆創膏の上から何かにぶつけて再び悪化したせいもあり、おかげで約2ヶ月半もの間、カサブタが出来ず、そのままでの帰国となった。

日本の寒い気候と乾燥具合に任せれば傷もすぐに塞がるだろうと高をくくっていたのだけれど、日本に帰って来たら帰って来たで、寒いので靴下が手放せず、結果、治りかけの傷口が靴下の繊維とくっついてしまい、靴下を脱ぐ時に靴下と一緒に出来たてのカサブタも自分の足から剥がれてしまい、「痛たたたた。」という言葉と共に元通りという、そんな毎日。それは絆創膏やガーゼを試しても同じ事だった。

ここ最近は比較的暖かくなってきたので、家に居る時は足先だけ靴下を履き、踵から上は素足というなんともだらしのない格好でいるのだけれど、そのおかげでカサブタが出来はじめ、おおこれでやっと治るぞと先が見えた頃に、外出せねばならぬ事が多く、傷口に絆創膏を貼り、その上から靴下をちゃんと履いても、歩く時には痛いし、自宅に帰って来て外側にまで血の滲んだ靴下を剥がすと、絆創膏の裏で再び傷口が生身を晒しているという"振り出し"に再び戻る。

カサブタさえちゃんと出来ない己の身体に落ち込み、「こんなんじゃちゃんと前を向いて歩けないわ。」と、失恋の乙女みたいな気分になったかどうかはともかく、他人から見ればその程度の事でも自分は真剣にサボる為の言い訳に使わせて頂いている間に、気づけば桜も散り始めた4月の始め____。

水紋

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病院の洗面所。
車椅子の上から痴呆症の患者特有の虚ろな瞳で、ただただ蛍光灯の灯りに照らされた消毒液臭の充満するタイル張りのその空中を見ている祖母が映る鏡の前で、彼女の入れ歯を洗うボク。
二度目の骨折以来、自力歩行も困難な上、急速に呆けが進行し、「入院」という名目で実質病院に預かってもらっていた祖母の身の回りの世話をする為、仕事先に行く足で毎日病院に通っていたボクの弟の役目を、帰省した時だけ弟に代わってもらっていた。

毎日行くのには理由があり、痴呆症患者の場合、本人が勝手に動き回ったり突然暴力を振るい始める患者もいる事などから、祖母が居た病院では、ベッドに寝ている時も車椅子に座っている時もそのほとんどの時間を拘束具で拘束されている。食事の時や家族が見舞いに来た時だけ、家族の責任のもとにその拘束具が解かれる。夜遅くまで働いていた母に代わってボクら兄弟を育ててくれた祖母の事をよく知るボクら家族にとっては、祖母は暴力を振るった事などは1度も無く、また大腿骨を骨折している為、勝手に動き回る事も無いのに、規則という名のもとに十把一絡げで拘束されている祖母が不憫でならず、家族や親戚の誰もが面倒を見られない祖母を預かってくれている病院や日々世話をしてくれる看護師さんには感謝もあるけれど、「早ぉほどいてちょうだい。」と力無い瞳に涙を浮かべる祖母のその表情を見る度、「罪人じゃあるまいし。」と、心の中で舌打ちをしながら、さっさと拘束具を祖母の身体から引き剥がし、身体の自由と穏やかな表情を取り戻した祖母の為に、自分らが可能な限り一緒に居た。

祖母を抱えてベッドから車椅子に移した後、拘束具で擦れて赤くなっている腕や、ただでさえ乾燥気味の病室でカサカサになった祖母の額や頬などに保湿クリームを塗り込むボクと、その虚ろな瞳を閉じたり開いたりしながらも気持ちよさそうになすがままにされる祖母。「今日は違うお孫さんやね。もう一人のお孫さんも毎日来てくれて幸せやねぇ。」と隣のベッド脇で患者の検温をする看護師さんに「この子は一番下の子。」と自信たっぷりに説明する祖母。
「二人兄弟の長男やし、そもそも一番下とかないし。誰と間違ぉちょらーよ!?」と、保湿クリームを塗ったばかりの彼女の額をペチンと叩くと、「痛い! ツカサ!」と、さきほどまで虚ろだった瞳に一瞬だけかつての力強さを取り戻してこちらを睨む。どうやらずっと呆けているわけでもなく、少しの衝撃を与えると時折鮮明に記憶を取り戻す、まるで昔のブラウン管テレビだと、ボクら家族が笑う傍らで、祖母は一人再び何も映らなくなったその瞳を宙に漂わせている。端から見れば老人虐待にも取られかねないそれがボクら兄弟と祖母とのコミュニケーションだった。

力無く落とした視線の先にある病院食の一品一品を、まるで食べ物で遊ぶ幼子のように弱々しく握った箸で崩してゆくだけで一向に口に運ばず、かといってこちらがスプーンなどで口もとまで運んでもそっぽを向いて食べようとしない。ワゴンで食器の回収に来る病院スタッフに何度も頭を下げながら、祖母にゆっくりと夕食を摂らせた後、病室を出て車椅子を押して洗面所に行き、「歯磨きの時間や、入れ歯出しや。」というボクの言葉に、無言で口だけ大きく開ける祖母。「入れ歯ぐらい自分で取れるろうが。」と、再び彼女の額をペチンと叩くボクに、「そんなに何回も叩きなさんな!」と、またもや一瞬だけかつての祖母が顔を出しては、水溜まり程度の水面に出来た水紋のような早さで消えてゆく。

そして文頭で書いたような、水道水の流れる音だけが響く寂しいほど静かな洗面所で上下の入れ歯の洗浄を済ませ、そのふたつを再び惚けた表情を浮かべ続ける彼女に手渡そうとすると、受け取る素振りも見せず虚ろな瞳のままで再び大きく口だけ開く。呆けているとはいえ、その姿に横着さを感じたボクはボクで「女王様か。」と、開いた祖母の口の中にわざと上下逆に入れ歯を入れる。
もちろんピッタリ嵌まるわけもなく、安定しないその状態にしばらく自身で口をモゴモゴさせてなんとか嵌めようと懸命さを見せていたものの、いよいよ苛立ったのか、「逆ちや! アンタ、入れ歯もまともに入れれんかね!」と、口の中をフガフガさせた状態ながら強い口調で眼光鋭くボクに文句を言うと同時に、ふたつの入れ歯をペロンと吐き出してみせ、またもや彼女の頭の回路が繋がったきっかけにボクはボクで大笑いした、そんな祖母との最期の方の時間。

この戯れ言日記のようなモノをサボっている間に、桜もすっかり散り、気づけば祖母の数年目の命日も過ぎていたので、今日は自宅のリビングの端でこちらにピースサインを送るその祖母との時間を思い出してみた木曜日____。

素直に残念だと思う時

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テレビのリモコンを左手に持ったまま
右手でリモコンを探し続ける____。

舌ピアス初体験

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現場で頂いた弁当を持ち帰り、自宅で食べたそのひとくち目。
食べたシャケの骨が舌の先に刺さり、あまりの痛さに、口からボロボロこぼれるシャケの身を手のひらで受け止めながら洗面所に駆け込み鏡を見ると_____。

どうすればこんなになるのか、舌の表に刺さった太い骨が見事なまでに裏側に突き抜けている。圧倒的に舌の裏側に出ている長さの方が長く、表側の丁度まち針の頭のようにさらに太くなった部分と舌をそれぞれ指でつまみ、痛みを堪えながら恐る恐る引き抜いたのだけれど、その部分がまだ痛い。

あっかんべーをしながら鏡に映った痛々しい傷口を見ながら、「風俗嬢だったらしばらく仕事出来んくなるとこだったぢゃないかバカ。」と他人様から頂いた弁当にヤツ当たりの火曜日深夜___。

土産話だけでやりきれるのなら

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まだ何を演るかも自分で決めてないのだけれど、4月29日に郷里・高知のAbarでギター1本で弾き語りをするのだよ。G.Wの帰省そのものはマレーシアに居る2月に決まっていたので、この弾き語りLiveは本日連絡があって決まったばかりの後付けであり、そうなると着替えや替えレンズを含むカメラ等でスーツケースの他にパンパンに膨らんだバッグなどの帰省の荷物に加え、ギターやら機材やらを持って帰らねばならず、「機内持ち込み面倒やし、ハードケースで手荷物として預けにゃならんし、そうなりゃさらに重いし、誰か知り合いのギターを貸してもらうか。でも自分以外のは弾きづらいし。そもそも俺、ギタリストぢゃないし。」と、嗚呼人間という生き物は出来るだけ楽な方楽な方へ流れてゆきたくなるのだね。

そんなミュージシャンにあるまじき文句を独りブーブー垂れながら、とにもかくにも決まった以上はたとえ『アカペラでも』唄いますし、また後日、改めて此処だったりFaceBookだったりでお知らせすると思うので、高知にお住まいでお時間のある方は是非Abarに足をお運びになって下さいまし。
アカペラの時点で弾き語りではないのだけれどね____。

G.Wは帰省なのだ!!

一般的な酒類の他、日本では手に入りにくいテキーラやラムを丁寧な説明付きで呑ませてくれる高知のBar Bitter Frits(ビターフルーツ)で、馴染みのスタッフたちに癒やされる高知帰省初日の夜。
ちなみにhenssimoやボクのCDも買えたりする____。

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ボクとぼくが出逢う場所

ネオン煌びやかな夜の高知の繁華街も、日中は所々でカワラバトの遊び場となっていて、まるで夜の化粧を落としたスッピンの女性のようで、それはそれで嫌いじゃ無い。

和服姿の母親のその手を放して駆けだした黄色い帽子の園児が、
カメラを構えるボクを追い越してゆく柳町55番街(現在は高知55番街)_____。

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夏日よりの南風に乗せて

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よくもまぁこんな薄い壁の小部屋で、昔は大勢の仲間達と一晩中声高らかに唄い騒いで、ご近所さんはもちろん、階下で早い時間から床に入っていた祖母(おばぁ)にとってもたまったものではなかったろうに。若さ故のそれは愚かしく且つ無敵で素敵。


という事で急遽決まった弾き語りLiveの当日。
一足先に東京に戻る為に空港に向かう二代目ハナモゲラッチョ・セバスチャンを乗せたタクシーを自宅前で見送った後、弟に借りているギターを抱え、昨日に引き続き実家の自室で本番に向けてのリハーサルをしたのだけれど、東京の自宅と比べ防音設備も施されていないその部屋は、ボクの唄声を近所に届けるには十分過ぎるほどボロボロで、ええ歳のオッサンが「さ〜いご〜のぉ場面んんのな〜かで〜♪」だとか「キラキラ〜ひかるぅ〜♪」だとか力一杯張り上げるその唄声が、普段まったく人気(ひとけ)の無いボロ家から、夏日よりの南風に乗って漏れ聞こえる住宅街を想像してみて。

高知は長閑だ____。

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プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

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