2008年2月アーカイブ

結婚式ナノダ!!

| コメント(0)

海岸沿いの道路脇に止められたバイクのシートに寄りかかりながら
日光浴をしているボクのトコロに、
Nipah Bay Villa(ニッパーベイビラ)のオーナーがバイクで通りかかった。
どうやら知り合いの結婚式に行く途中だそうで、
「そうそう見られるモノではないから、是非ツカサも一緒に来なさい。」
と、自分の乗るバイクの後部シートをポンポンと軽く叩く。
「短パンにTシャツだし遠慮しとくよ。」
と一度は断ったのだけれど、大丈夫だと彼が言うので、
やはり好奇心には勝てずバイクにまたがった。

こちらの結婚式。初日は式場で、二日目は新郎の実家で、
三日目は新婦の実家で、計三日間も行われるそうで、
今日はその二日目らしい。
ちなみに花嫁のお色直しは、多いトコロで十数回もあるらしい。
道中、そんなオーナーの説明をバイクの後部座席で聞いているうちに
村に到着。

Nipah Bay (ニッパーベイ)から約10km離れたオーナーの住む集落は、
ボート屋の友人ノンさんの住処と一緒。
海岸から内陸へと幾つもの路地が複雑に入り組み、
素朴なマレー風建築の家々が立ち並ぶその場所は、
そこで暮らす人々の息づかいが身近に感じられる。
ニッパーベイやパシール・ボガ、パンコール・タウンらの島の観光地
しか知らない人が訪れたら、きっとある種の感動と郷愁を覚えるに
違いないその風景も、ほぼ毎晩のようにノンさん家に晩ご飯を
ご馳走になりに来ているボクにとっては、
「また来ちゃった感」の方が強い。

話を結婚式に戻して・・・。
新郎の実家の敷地にはテントが張られ、その下の長テーブルには
たくさんのご馳走が並べられている。
大勢の人の間をすり抜けるようにして歩いて行くと、
一番奥のテントの下に、綺麗なマレー民族衣装を来た
花嫁さんと花婿さんが座っていた。
「ご結婚おめでとうございます。写真撮ってもいいですか?」
お祝いの言葉もそこそこに、携帯電話のカメラ片手に
不躾なお願いをする短パン・Tシャツ姿の日本人に対しても、
穏やかな微笑みを返してくれる。
それどころか、写真を撮り終えたボクに
「隣りに座って食事をして行って。」と、日本で言うところの
『仲人席』を指さす。
「いや、誘われてちょっと見物に来ただけだし、
 ご祝儀もあげていないし、それに何よりも・・・、
 離婚して1年ちょっとしか経っていない奴が
 其処に座っちゃ縁起が悪いってもんでしょ。」
と思ったけれど口には出さず、彼らの勧めをサラリと笑顔でかわしてから、
さらに会場内を見学。

手伝いに来た近所の家々の主婦達の中に、ノンさんの奥さんをみつける。
「あらツカサ。今晩も来るでしょ?」と笑顔で聞いてくるけれど、
実は昨夜、ノンさんの奥さんは風邪で寝込んでいた。
その為、昨夜の晩ご飯は、一日中仕事をしたノンさんが
ボクや彼の子供たちの為に用意してくれたのだ。
ノンさんの奥さんも顔は平静を装って結婚式の手伝いをしているけれど、
昨日の今日では正直辛いだろうと思い、
「今夜はニッパーベイで友人と食事する約束をしてあるから。」と、
嘘をついて彼女の誘いを断った。

帰り、新郎新婦の親族から、一輪の造花を手渡された。
その造花には網に入った『ゆでタマゴ』がしばられていて、
それは花の実に例えているらしく、お祝いに来てくれた人一人一人に
『人生の花を咲かせ、幸せが実るように』と配られる、
日本でいうところの『引き出物』のような物。
引き出物にしては質素だなと感じる人もいるかもしれないけれど、
『恥ずかしすぎる文字の入ったワイングラス』だとか、
『置き場所に困るだけの使いようのない皿』だとかよりも、
この一輪の造花とゆでタマゴの方が心の深いトコロで有り難〜く感じられるのだよ。

 

ボート屋まで戻った後、木の枝に挟んだその造花を眺めながら、
「オイラもあんな風にたくさんの人に祝ってもらったっけ。
 それなのに申し訳ない。」などと、自分の犯した事を
しばし猛省していると、ボート屋のスタッフの1人であるジェイボン
(ボクはコイツをバカボンと呼んでいる)が、造花にくくりつけられた
ゆでタマゴを取って、パクリ。
「あっ、この野郎!!オイラの幸せの実を喰いやがったな!?」
と、半分冗談で怒るボクに対して、ジェイボンは憶する事もなく言う。
「オレ、腹減ってたネ。シアワセじゃないネ。
 コレ食べる。お腹イッパイでシアワセ。
 それに、幸せは置きっぱなしじゃ腐るネー。

コイツはたまに正しいトコロを上手に突いてくる。
やっぱりオマエはバカボンだ(笑)。
そうだ、コレデイイノダ___。

楽しき日々

| コメント(0)

マレー人にインドネシア人にロシア人にサウジアラビア人に
イタリア人にイギリス人にオーストラリア人にアメリカ人に
アフリカ人にフランス人に日本人に韓国人に中国人に・・・・。

いろんな国からやって来た、
それぞれいろんな癖を持つ客たちをボートに乗せ、
コーラルアイランドに運んだり、ボートトリップ(島巡り)をしたり、
時にはノンさんと2人、船の上のお客をほったらかしで
イカ釣りをしたり。そのイカにスミを吐かれ真っ黒になって
みんなで笑いあったり。

忙しくとも楽しい日々なり________________。

破れた鼓膜

| コメント(0)

水深5mの海の底。
其処に大きなイカが悠然といたのだよ。
それはそれは美味しそうなイカなのだよ。
大きく吸った息を肺に止め、一気に底まで潜り、
左手に握りしめた銛を勢いよくイカの背中に突き刺す。
スミを吐き抵抗するイカ。次の瞬間・・・。

「バシュッ!!チューッ!!」

水中で三半規管をヤラれると、どちらが上か下かも判らなくなる。
突然襲ってきた左耳の激しい痛みに、肺に溜めていた息もほとんど
吐き出してしまっていた。
何度も言うけど、此処は水深5mの海の底。
1秒も早く海面に出て酸素を吸いたいという生存欲求と、
それをも諦めてしまいそうになるくらいの激痛とが戦う海の底。
「こりゃ、鼓膜破れたな。」
「アレ?どっちが上だっけ?」
「諦める?それともやるだけやってみる?」
「まったく、調子に乗るといつもこうだよ。」
本当にそれは一瞬の事なのだけれど、
生存欲求と激痛に支配されているはずの心のどこかで、
まだそんな冷静でいられる自分自身が可笑しく思えたから、
だったらとりあえず上っぽい方を目指せと・・・(笑)。
痛みで固く閉じてしまいそうな瞼と目元の間の狭い視界から見える
水中メガネ越しの明るい方を目指して必死で水を掻きバタ足をした。

間もなくして水面に出たので、口元のシュノーケルを外し大きく息を
吸い込み、シュノーケルを再びくわえ直した。
ひとまずこれで生命の危機は遠ざけたのだけれど、
この気の狂いそうな激痛を我慢して、遠くに見える浜辺まで泳げるか
どうか不安で仕方ない。
といっても、泳がないとやっぱり溺れ死んでしまうので
またまた必死で泳いだ。

岸までたどり着くまで、痛みを紛らわせようと、
シュノーケルを噛み千切ってしまいそうなほど
歯を食いしばったその口元から、振り絞る声で唄う歌。
『ケ・セラ・セラ』________________。

オマヌケ・リーズン

| コメント(0)

聞こえない左耳。
聞こえないだけならまだしも、膿まで出始めたので、
1日中ティッシュを詰めておいた。
想像してごらん。
左耳からティッシュの先がヒョロッと飛び出た姿を。

そんなおマヌケ格好で、ボクと顔を合わせる誰もに対して、
昨日の事をいちいち説明というか、言い訳をしなきゃ
いかんのが面倒臭いし、それをいちいちしている自分が
一番オマヌケなのだよ。

島のクリニック

| コメント(0)

とうとう旧正月(チャイニーズ・ニュー・イヤー)に突入。
普段静かな島にドッと観光客がやって来たこの日。

普段とは比べようのないほどの忙しさに朝から追われ続け、
うんざりした表情を浮かべるボート屋のスタッフたちと一緒に、
「早く夜にならんかな〜。」などと言いながら見上げていた太陽が
ようやく向かいの小島・マンタンゴ島の端に沈む夜7時半過ぎ。
船の掃除や道具の片付けを済ませたボート屋の主人ノンさんの
運転するバイクの後部座席にまたがり、左耳の診療の為、
島のクリニックに行く。
 クリニックに到着。旧正月を祝う花火が打ちあげられ、
爆竹が鳴る外の喧噪とは正反対に、薄暗い蛍光灯の光が
隅まで届かないその待合室には、旧正月だというのに、
それぞれ付添人に付き添われた具合の悪そうな子供や
老人たちが診察の順番を待っている。
旧とはいえ、正月に病院来なきゃいけないそれぞれの事情を
持つ人達の中にボクも確実に入っているわけで、
なんだか凹んでしまう。

受付でノンさんに手伝ってもらいながらの手続きを済ませて
約1時間半後。ようやく自分の診察の番になり、ノンさんと
診療室へ。
初老のマレー人ドクターの診断は、ボクの予想通り「中耳炎」。
おまけに鼓膜も破れていて、そりゃ聞こえないはずだ。
診療後、45RM(約1,350円)の支払いを済ませ、薬を受け取り、
クリニックを出る。

誰かが放った打ち上げ花火の破裂音も、
距離感を失ったボクの左耳には、どこか虚しく聞こえる夜____。

笑い飛ばすといふコト

| コメント(0)

「ツカサ、今日はオレがおごるよ!!」と、
昼飯も晩飯も夜食も気前良く奢ってくれるマッツ。
彼はボート屋のスタッフの1人で、
ボクと一番仲が良い。
日本でいうところのナンバーズくじがマレーにもあり、
それで200RM(約6,000円)が当たったのだ。

「マッツ、ハティハティ〜〜!!(太っ腹〜〜)」と、
ボクがわざと大げさに彼を褒めると、
「サヤ ミスキン(ボクは貧しい)。
 タピ〜・・・タァダ マサラ〜♪(でも〜・・・問題な〜い♪)」

この「タァダ マサラ〜♪(問題な〜い♪)」の部分は
ボクも一緒に言うのが2人の間で流行っていて、
普段何らかのトラブルに見舞われるその度、どちらかが
「タピ〜(でも〜)・・・」と言葉を振ると、2人声を合わせて
「タァダ マサラ〜♪(問題な〜い♪)」と笑顔で言い放つ、
端から見れば、超前向きな『バカコンビ』。

数ヶ月前に実兄が交通事故で死に、
実兄の忘れ形見の幼子を預かって育てているマッツ25歳。
「働けど働けど金は無く、彼女も出来ねぇ。
 おまけに独身なのに急に子持ちになったんだ。
 ノーマネー!ノーハニー!」の彼の嘆きの台詞通り、
生活はかなり厳しい。
それでもそんな泣き言の後に彼は必ず「タピ〜(でも〜)・・・」と
目元と口元が緩む。
そして今日もボクらの声が、真夜中の食堂に響く。

「タァダ マサラ〜♪(問題な〜い♪)」

ボクはこの言葉と彼が大好きだ_________。

2008.02.09.jpg

別れの夕食

| コメント(0)

とうとう明日、この島を離れ首都クアラ・ルンプールに戻る。
ということで、今夜は島の中華レストランでノンさん一家と最後の晩餐。
エビチリ、渡り蟹の揚げ物、牛肉の炒め物、サテー(焼き鳥)等々、
みんなで腹一杯食べて楽しい一時を過ごした。

実は今日の日中、旧正月休みでこの島を訪れていた華僑観光客の子供が、
海水浴中にボートのスクリューに巻き込まれ死亡するという島で初めての
海難事故が起きてしまった。
明日から、ノンさんをはじめ事故とは関係の無いこの島のボート屋全員が
事情聴取されるそうな。大変だね、ノンさん。

今までもあわやという場面はビーチの各所でたまに見られ、
問題にはなっていたらしく、この事故をきっかけに、
海水浴客の泳ぐ場所とボートが走る場所を区切るルール作りに
一気に拍車がかかりそうだ。
「ルールかぁ・・・。そんなの無くっても十分安全に
 みんな楽しくやってこられたのにね。」
というボクに対し、
「だんだんこの島も変わってゆく。それも仕方ないさ。」と、
ノンさんが寂しそうに遠くを見つめながら言った。
その口からイカの足がはみ出てはいたけれど___________。

友へ

| コメント(0)

Awak kawan saya. (キミはボクの友)

Contohnya bila awak merasa sepi, lalu mahu menangis,
(たとえばキミが寂しくて泣きたい時は)

Sila mengingati saya. (ボクの事を思い出してくれ)

Kurana Awak sunyi bukan.(キミは独りではないのだから)

2008.02.11.jpg


____________________パンコール島を後にし、首都K.Lに戻る。

強盗なのだよ!!(前編)

| コメント(0)

ついに日本へ帰国する夜。時刻はPM8:00過ぎ。
大きなリュックを二つ、体の前後に抱えたり背負ったりして、
空港に向かう為にプドラヤ・バスターミナルからマスジッ・ジャメ駅へ、
いつも歩き慣れた通りを歩いていたのだよ。

「アイム ツーリストポリス!」
という男の言葉が、突然耳の傍で聞こえたかと思うと同時に、
数人の男達に両脇を抱えられ、道路脇の薄暗い砂利道に引き摺りこまれた。
「やべぇ!強盗だ!」
ここからはまるでフィルムの早回しのような展開で、
ボクの体から二つのリュックを無理矢理剥がそうとする力に、
「日本のみんなに買った土産や、マレーの友人たちに
 貰った土産をテメェらにくれてやるわけにはいかねぇー!!」

と必死で抗う。
そして四方八方から飛んでくるパンチやキックを顔に胴体に太ももに浴びる。
ところが、幸か不幸かその攻撃のどれもが、
ボクの物欲、もとい『友を思う気持ち』を萎えさせるには至らなかった。
それに決して喧嘩は弱い方ではないという若かりし頃限定の思い出と過信が、
「かかってこいやぁー!! くぉらぁーー!!」
という雄叫びになってしまった。
しかし前に抱えたリュックをしっかりと押さえておく為に片手はふさがり、
もう一方の腕だけで応戦するという、なんとも情けない反撃。
しかも相手のパンチを避けようにも、バカ重いリュックのせいで
身動きも自由に取れない。
応戦していた腕も自然と顔の防御に回ってしまう。
「痛てててて。う〜・・・さすがにこりゃ勝てんか〜。」
かといって荷物を強盗に渡すのだけは絶対に嫌だった。

火事場のクソ力とはこの事か、
「トロン!!トロン!!(助けて!! 助けて!!)」と、
大声で助けを求めながら、リュックを引っ張る強盗数人を
逆にジャリジャリ引き摺って大通り近くまで戻る事が出来た。
「いったいどうした?」と、大通りの方から多くの野次馬達が集まって来た。
と同時に、砂利道を大通りと反対の方へ走って逃げ始めた強盗たち。
砂利道の途中にある店の裏戸から出てきたオヤジが、逃げる強盗の1人を
蹴飛ばす姿を見届けた次の瞬間、体から力が抜け、その場にしゃがみこみそうに
なり、自分の足もとを見ると、そこには砂利一面に広がる血だまり。

「え?誰の血? も、もしかして・・・。」

野次馬たちが心配そうに指さす自分の左腕を見てみると、
パックリと口を開けた二カ所の傷口からは、
ある程度出血した後だからなのか、すでに出血は収まりかけていて、
そのおかげで、見事に切断された皮下組織と筋肉、それに真っ白い腱までが
丸見え状態だった。
「え!? えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
気が高ぶっているせいかほとんど痛みはないのだけれど、
ただでさえ『マレー限定虫アレルギー』なのに、
なんなのこの「剥き出し状態」は!?

後編につづく

強盗なのだよ!!(中編)

| コメント(0)

野次馬達が「 救急車! 誰か救急車!!」と、ただ事ではないテンションで
騒いでいるその輪の中、強盗達のナイフで切られた左腕は、
気持ち良いくらいにパカッ!と口を開けていて、
それを見た瞬間に、ヘナヘナと地面に片膝をついてしまった。
と同時に、左胸と右腰にこれまでに覚えのない激痛が走った。
どうやら思った以上に負傷しているようだ。
「こりゃ今晩の飛行機に乗るのは無理だろーなー。」
と思い、航空会社に電話をしようと、ジーンズの後ろポケットに
手を伸ばしたら・・・。___ありゃ?携帯電話が無い!?
ならば、と、前ポケットに入れておいたもう1台の
プリペイド携帯電話を・・・。おりょりょ?それも無い!?

ライターを灯して地面を照らし携帯電話を探したけれど見つからない。
「ヤツラに盗られたなこりゃ・・・。
 あぁー、携帯カメラで撮ったたくさんの旅の思い出が・・・。」


野次馬の1人で、ボクの次に近くで強盗団の顔を見た飲食店のオヤジが
「あれはマレー人じゃなかったな。ミャンマーかネパールだ。」
と、他の野次馬達に話しているけれど、犯人がどこの国のヤツかなんて、
こちとら知ったこっちゃないのだよ。あぁ携帯電話が。思い出の写真が。
と、落ち込んでいる暇もなく、次から次へとこれから自分がしなきゃ
いけない事が頭の中をかけめぐる。
あっ!そーだ! まず盗られた日本の携帯電話サービスを至急止めなくちゃ!!
悪用とかされてバカ高い請求書が来たら・・・。おー止めなくちゃ止めなくちゃ!!

「誰か携帯電話貸してくれ!!
 大至急、日本に電話しなきゃいけねーんだ!!」

幸い財布は無事だったので、そこから50RM札1枚(約1500円)を取り出し、
野次馬達の目の前でピラピラさせてみると、
マレー人は一般的に親切だからか、それとも金に目がくらんでか、
すぐに携帯電話を持つ手が数本、ボクの目の前に伸びてきた。
そのうちの一台を借りて、バッグの中のメモ用紙に記してあった日本の友人の
電話番号に電話をかけてみる。

「はい、もしもし。」___出た!! ラッキー!!

ツカサやけど。実はね、明日帰国するって言ってたやん?
 それが、ついさっき強盗に襲われて携帯電話を2台とも盗られたのよ。
 でね、do○omoに連絡とってオレの携帯を大至急止めてくれんかね?」

「へ?強盗って?だ、大丈夫!?」

「こうやって話せるんやから意識はある。けど体中痛い。泣くほど痛い。
 左腕ナイフで切られて、もぅ見るも無惨。誰かが救急車呼んでくれた
 みたいで、あ、救急車の音が聞こえてきた。
 で、携帯電話の件やけど・・・。」

「わ、わかった。大至急do○omoに電話してみる。」

「あ、それとね。この分じゃ今日の便に乗れそうにもないし、
 J○Lに電話して、事情話しといてくれんかね?  あ、救急車が来た。
 これから病院やし、この電話、野次馬の1人から借りてる電話やから、
 もう切るね。携帯電話盗られたからアレやけど、また連絡出来る状態に
 なったらすぐに電話するから、do○omoの件とJ○Lの件ヨロシク。
 ホント迷惑かけてすまんね。ぢゃ。」


駆けつけた救急隊員に救急車の中に半分押し込まれながら、
電話を切って持ち主に返した。
携帯電話を貸してくれたマレー人とは別のマレー人の1人が
病院までボクをフォローしてくれるという。マレー人は親切な人が多いのだよ。

救急車に乗り、病院へ直行と思いきや、ボクが普段見慣れた界隈をウロチョロ。
何?してんの?と思っていたら、明らかに病院ではない商店街の一画で
救急車は停まり、ガチャッと開いた後ろのドアから、頭から流血している
インド系マレー人の兄ちゃんが担架に乗せられ運びこまれてきた。
「えぇっ!? 相乗りですかーっ!?」
日本では考えられない状態のその車内で、
道中ずっとビィビィ泣く担架の上のインド系マレー人の兄ちゃんに、
「うっさい!! 泣くな!! オマエの怪我なんてたいした事ないやろっ!!
 これ見てみぃ!! 左腕ザックリやぞザックリ!!」
と、
慰めにも自慢にもならぬ事を言ってはみたけれど、当然泣きやまないわな。

あーこれから病院行って警察行って・・・、長い夜になるんやろーなー・・・。
日本にいつ帰れるんやろ・・・。今晩ホテルどうしよ・・・。
というか帰国するつもりやったから所持金少ないやんか、ハァ・・・。
なんでこんな事になったんやろ、ハァ・・・。

けたたましいサイレンを鳴らしながら走る救急車の内側。
インド系マレー人兄ちゃんの泣き声とボクの膨大な量のため息が
青白い光が煌々と照らすその車内いっぱいに、うずたかく積まれてゆく。
その隙間からぼんやり眺めていた、フロントガラスに浮かび上がる
病院までの見知らぬ、ホント見知らぬその夜道___________。

強盗なのだよ!!(後編)

| コメント(0)

病院に着くと、そこで救急車から荷物ごとドサッと降ろされ、
救急隊員が指さす「緊急外来入り口」へびっこを引きながら
向かうジーンズも靴も血だらけのボク。
パーテーションで区切られた医療室で、左腕になんだかワケの
解らぬ注射を打たれた後、このまま緊急手術かな?と思いきや、
注射を打ってくれた看護師いはく、
「じゃ、受付で手続き済ませて治療の順番待って。」

おひおひ。
左腕の中身剥き出しのまんまでオレはどーすりゃいいの?

しばらく駄々をこねてみるも通用せず、荷物ごとロビーに
追い出されてしまったので、仕方なく受付で手続きを済ませ、
50RM(約1,500円)前払いし、治療の順番待ちカードを受け取り
他の患者たちで賑わうロビーの長椅子に腰掛けた。

風邪か何かで病院に来たのだろう。パジャマ姿の幼い女の子が
歳の変わらぬ姉妹と2人、両腕もジーンズも靴も血だらけのボク
周りをキャッキャッと走り回る。異様な光景だ。

なかなか自分の順番が呼ばれないのにしびれを切らし、途中、
病院の隣りにある警察署に行き、事件の報告をした後、帰国便の
出発時間が迫っていたので、電話を借り、帰国便の変更手続きを
しようとしたのだけれど、航空会社となかなか連絡が取れない。
困り果てて日本大使館に電話を入れて事情を話してみたけれど、
結局、日本大使館は何もしてくれないと言う事が理解出来た次の瞬間、
「この役立たず!!」と言い放って電話を切っていた。

ボクの為に、自宅から病院まで車で片道1時間の距離を駆けつけ
てくれたマレー人の友人・ボウイの手助けもあって、帰国便の件は
なんとか解決し警察から隣の病院の建物に戻る。
やっぱりというか何というか、順番はとっくに抜かされていて、
受付でさんざん怒られた後、再び順番カードを受け取り椅子に
腰掛け、再び順番待ちをさせられる。
まったく・・・、ツイていない時はこんなもんだ。

やっと順番が回ってきて診察室に入り、医師の指示で一番痛む
胸部のレントゲン写真を別室で撮った後、その足で手術室へ
手術室では別の医師と看護師の2名がボクを待ち受けていて、
彼らに促され手術台に横になり、左腕の縫合手術開始。

医師「あー派手にヤラれたねぇ。ナイフかなんか?」
ボク「はい、ナイフです。強盗に遭って・・・。」
医師「へぇー。ちょっとチクッとするよ。」
麻酔注射を左腕に打ちながら、その医師の口は止まらない。

医師「で、キミ何人?」
ボク「日本人。」
医師「へぇー。マレー語上手いねぇ。こっちに住んでるの?」
ボク「いや、単なる旅行ですよ。」
医師「ほぉー。学生さん?」
ボク「いや一応・・・ミュージシャン、シンガーやってます。」
医師「へぇー!! そりゃ凄いっ!! 腕の感覚もぅ無い?コレ痛くない?
   じゃあ縫うよ。・・・ところでキムタク知ってる?
ボク「知ってますよ。」
医師「友達なの!?」
ボク「いやいや。彼は超有名だもん。誰もが知ってる。
   ボクは有名じゃないし(笑)。」
医師「キミはどんな歌を唄ってるの? ちょっと唄ってみてよ。
ボク「無理。今、息をしたり体を動かしたりすると
   左胸がすんげぇー痛いんですよ、ホント気ぃ失うくらい。」
医師「小声でいいから、ちょっとだけ唄ってみてよ。

人前で唄う時はどんな状況でも決して手を抜かない主義のボクは、
『イルカの居る場所・居ない場所』のワンフレーズを熱唱した。
手術台の上で、気絶するほどの左胸の痛みを堪えながら。

「ほぉ上手いじゃないか(笑)。」
医師からお褒めの言葉を頂いた後、しばらくして縫合手術終了。
また来いよ。いや、病院じゃなくマレーシアに(笑)。
「うん!」
手術室の前で陽気な外科医と別れた後、左腕11針と右腕3針
縫ったその体で診察室へ戻り、レントゲン写真をろくに見よう
ともしない診療医に胸と腰の痛みを訴えるも取り合ってもくれず、
診療室を追い出されるカタチで薬局へ。

薬局で飲み薬を受け取り、マレー人の友人・ボウイの車に乗り込み、
警察署(本署)まで行き、私服警官から事情聴取を受け、数時間前に
チェックアウトしたホテルに再びチェックインした時、
ホテルロビーの時計の針はもう夜中の3時をとっくに過ぎていた。

すでに顔なじみになっていたホテル従業員たちの心配顔に
見送られながら、エレベーターに乗り込み自室へ。
胸と腰の痛みのせいで荷物が持てないボクに代わって、
ボウイが部屋まで運んでくれた。
「明日また様子を見に来るから。それまでホテルから一歩も
 出るんじゃないぞ。そんな体で出歩いたら本当に危険だぞ。」
忠告を残して部屋を出て行くボウイを見送った後、
そろりそろりとベッドに仰向けになった。痛みで寝返りさえうてない。

ベッドランプだけの薄明かりの中、傷だらけの自分の腕を眺めながら、
本当なら今頃帰国便の席で映画を観ているか寝ているはずだった
もう一人の自分を思い浮かべたり、携帯電話が盗まれた悔しさや
後悔ばかりが後に立ち、なかなか眠れぬ夜明け前_______。

2008.02.13.jpg

一夜明けて

| コメント(0)
友人ボウイの忠告をよそにホテルを出て、左胸と腰の激痛に
襲われながらも、こんな危険な大都会で痛そうな顔をして
びっこを曳いて歩こうものなら、それこそ犯罪者たちの格好
のエサになってしまうと思い、半袖のTシャツの袖から覗い
ている腕の傷以外はいたって普通に振る舞おうと、普段通り
に胸を張り、普段通りの姿勢とリズムで歩きながら、炎天下
のもと、まずはチャイナタウンで偽時計を売る屋台に行き、
すでに顔馴染みになっていたチンピラ風の店の主人から、
半ば強引に借りたナイフをポケットに入れた後、そこから
少し離れた事件現場に向かい、自分の血が残るその砂利道の
脇や水たまりや側溝をくまなく探すも、昨夜無くした携帯電
話はみつからず、ならばと、強盗団が潜伏している可能性の
高い、仕事にあぶれたミャンマーやネパールからの出稼ぎ労
働者たちが朝から晩までたむろするその区画まで行き、うご
めく人混みの中から、昨夜暗がりの向こうに見た男達の顔を
探したけれど、うる覚えの記憶ではみつかるはずもなく、
仮にそいつらがみつかったところで、「この野郎! 携帯電話
返しやがれ!」と喰ってかかる力など手負いのボクには到底
無理だと解っているのに、それでもホテルの部屋でじっと
しているよりかは、自分が納得出来る方へと動く、
それがボクのやり方なのだよ_____________。

さらばマレー

| コメント(0)

粗い縫い目を露わにした左腕。
姿勢を変える度に気が遠くなるほどの
痛みが走る右胸と尻。
そして破れたままの左耳の鼓膜。
旅の中盤に出来た手足の水疱跡もまだ生々しい。
これが日本に帰国する日のボクの体。
旅の最後のボクの体。正直ボロボロだ。

それでもボクは笑っている。
仲良くなったホテルのスタッフ達と。
街の安食堂の店員たちと。
2月半ばでも気温30度を越すこの町で、
ボクは今日も誰かと笑っている。

____「体が治ったらきっとまた来るよ。」
空港までボクを車で送ってくれたボウイ夫妻に、
財布の中にわずかに残っていたマレーシア紙幣を
すべてあげたボクは、二人にお礼と別れを言って、
イミグレーションへのエスカレーターを下った。
そこから機内の自分の席に座るまでの記憶は、
体中を駆け巡る痛みのせいで薄く白濁していて
今でも思い出せない。
そんなマレーシアの旅の終わり_______。

MTBlog50c2BetaInner

プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

最近のコメント

月別 アーカイブ