2008年1月アーカイブ

元旦で真夏

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新年明けましておめでとう♪
今年も宜しくね。

ボクはパンコール島で元旦からずっとイカ釣り三昧。
釣ったイカをレストランで調理してもらって食べる。
旨いのだけれど、毎日イカばかりだとやはり飽きるのだよ。

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風邪と疲れで脳みそがフリーズしかけているので、
日記は後日書き直すのだ。

パンコールで知り合った日本人の方々、
一緒にすごしてくれてありがとうね♪

2008.01.06ネットカフェより

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目指せティオマン島!!

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マレー半島東海岸に点在する島のひとつである
ティオマン島を目指し、首都クアラ・ルンプールから
バスで5時間半かけて、島への船が出る港町メルシンへ。

バスがメルシンのバスターミナルに到着した頃には
外はあいにくの雨模様。
この時期の東海岸はモンスーン期(雨期)なのだ。
ほとんどの外国人旅行者が敬遠する中、
3年ほど前にもちょうど今ぐらいの時期に
この港町に来て、そして荒波の中をティオマン島へと
渡った記憶がある。

とりあえず前に泊まった事のあるホテルに荷物を下ろした後、
釣具屋で釣り竿(45RM=約1,350円)とリール(50RM=約1,500円)、
釣りに必要なその他の道具を購入。

夜、麻婆豆腐がとびきり旨い中華レストランがあった事を思い出し、
その店へ向かい、その店の女店主と再会。
あいにくこの日は麻婆豆腐用の豆腐が品切れしていた為、
女店主の薦める「鉄板豆腐」(10RM=約300円)を食べたけれど、
あまり旨くはなかった。

とりあえず明日はティオマン島を目指すのだ!!

ゲロゲロフェリー

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フェリー乗り場の待合所。
人々の会話も聞こえないほどトタン屋根を激しい雨が打ち付ける。
2ヶ月ほど前、エンジントラブルで100人余りが海に投げ出され、
6人もの死者を出したという「いわく付き」のフェリーは、
普通なら欠航してもおかしくない気象状況の中、
たくさんの客を乗せて午前10時過ぎにメルシンの港から出航した。
船室のシートを埋める客のほとんどが島へ戻る島民で、
こんな雨の多い時期に、島に渡る「ヘソ曲がり」な旅行者は
さすがに少なく、ボクを含め10人程度しかいない。

出航して間もなく、船員がやって来てビニール袋を配り始める。
船酔い用の吐瀉物を入れる為のそのビニール袋に
客席のあちこちからたくさんの手が伸びる。
そして数十分後・・・。
港を出航したばかりの時には、大きく揺れる船室で、
まるで遊園地のアトラクションを楽しむかのように
はしゃいでいた子供も、サングラスを頭にかけて、
隣の彼女に粋がってみせていた若造も、
誰もかれもがそのビニール袋に顔をうずめている。
その悲惨な光景と微かに匂ってくる吐瀉物の香りに、
船の揺れには強いという自負を持つボクまでもさすがに気持ち悪くなり、
隣席に置いてあった自分のリュックにもたれながら目を閉じて、
パーカーをマスク代わりに鼻と口にあて、
日本から持参したMP3プレーヤーのヘッドホンを耳深く指した。

ゲロゲロ大会の続く周囲から自身の五感を完全に遮断した、
そんなボクの耳の奥に流れてくる曲は、
松田聖子で『青い珊瑚礁』______________。

ティオマン島滞在記

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晴れ。
初日こそ、3年前に世話になったバンガロー「ナザリー2」の
オーナーと再会を喜び合い、現在彼の経営する「ナザリー1」
(1泊40RM=約1,200円/エアコン・ホットシャワー付き)に宿泊したものの、
その所在の変化ゆえか、なんだか自分の気持ちが馴染めず、
3年前に泊まった「ナザリー2」のそば、
丁度アイル・バタン村の端に位置するABCシャレーに宿を移す。
マレー語が話せる上、5泊するという条件も手伝い、
エアコン・ホットシャワー・冷蔵庫・湯沸かし器付きで、
本来ならこの時期でも1泊85RM(約2550円)という
ビーチサイドシャレーを65RM(約1950円)にまけてもらったのだけれど、
ボクからすれば昨日の宿に比べ750円も値上がったのだから、
有難味は薄いのだけれど、それでもやっぱり毎日この場所から、
遊歩道を通り、桟橋に釣りに出かける行動パターンがボクには
しっくりくるのだよ__________________。


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島唯一のレストラン

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モンスーン期(雨期)のこの時期は、
旅行客も少ないので、宿もレストランも
そのほとんどがクローズ状態なのだけれど、
この時期アイル・バタン村で唯一開店している
某レストランに食事の度に足繁く通っている。

3年前は坊主頭で、ボクの中で『くりりん』と命名していた
ウェイターも今では髪の毛がすっかり伸びている。
けれど天然パーマらしく、違った意味で『くりりん』なのだけれど、
今回は『ぱーまん』と改名してあげた。
常に半開きの口元は今でも健在のこの少年が、
ぶっきらぼうにテーブルに置いてゆく
ナシ・ゴレン(4RM=約120円)と
コピ・アイス(ミルク入りアイスコーヒー2.2RM=約66円)を
水平線に沈む夕日を眺めながら腹に流し込んだ後、
オオコウモリの飛び交う宵闇の遊歩道をバンガローへと戻る。
途中、夜空で輝き始める星座の位置を確認しては、
「日本はあっちかぁ。」などと思ったりしながら_____。

食欲に勝るモノ無し

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どうしても食パンが食べたいのだけれど、
アイルバタン村のどの商店にも食パンが売ってなく、
この島で一番栄えている港町・テケッまで、
歩いて食パンを買いに行く事にした。
サンダル姿でアイルバタンの遊歩道を端から端まで歩き、
峠を越え、車が走れるくらいの道路に出ても、
またまたそこからひたすら歩く。遠い。本当に遠い。
こうして炎天下の中を1時間ほど歩き、途中昼食を摂る為に
立ち寄った食堂で、食パンを売っている商店の所在を聞き、
やっと食パンを手に入れる事が出来た。
食パン1袋1.5RM(約45円)とミックスジャム1瓶3.5RM(約105円)と
インスタントコーヒー等を買って、再び1時間かけて歩いて戻る。

帰り道、既に顔なじみになった村人たちに会う度、
「テケッまで歩いて食パン買いに行ってたよ。」と、
手に提げたビニール袋を見せると、誰もが
「よくやるわ。」と呆れ気味で笑う。
それでもボクは、食パンが食べられる嬉しさで幸せだった。
自分のバンガローに戻り、致命的なミス、
つまり、この部屋にトースターなどという有り難いモノは
無いと気づくまでは。

夕方、ミックスジャムを塗っただけの冷たい生の食パンを
口にくわえたまま、子供達の自転車修理を手伝う金曜日____。

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星降るバー

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夕食を済ませた後、バンガローへの帰り道にある
海岸沿いの青空バーへ立ち寄るのが日課になりつつある。

昨夜はこのバーにたまたま来ていた島の知人の紹介で、
この島に遊びに来ていたマレーシアでは結構有名な
シンガーと知り合い(しかし名前を忘れてしまったのだよ)、
ギター片手に互いに持ち歌を歌い合ったり、
即興でセッション等を楽しんだ。
翌朝早くには彼ら一行は島を出てK.Lに戻るらしく、
ボクは楽しい時間を過ごせた礼に、彼にヘンシモのCDをプレゼントした。
喜んだ彼は「ツカサ。この曲カバーしてもいいか?」と
言ってはくれたものの、著作権法が浸透していないこの国では、
それはカバーというよりも「盗作してもいいか?」と
聞いているのと同じなわけで・・・。

昨夜、ボクと彼の歌をうっとりした瞳で聴いていた
とびきり可愛い台湾ガールも、ヤキモチ焼きのイタリア人彼氏と共に
この島を出たらしく、その姿はどこにも見あたらない。

星降るバーでは今夜も、タイガービールと
クオリティの低いガンジャを売りさばく店員たち、
そしてそれらを消費しながらまったりとした夜を過ごす男達からの
「スローなヤツをやってくれ。」というリクエストに応えた
ボクの歌声とアコースティックギターの音色が
潮風に乗って闇に溶けてゆく_________________。

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↑彼はシンガーではなく、島民です。

終わりと始まり

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ティオマン島でのボクは、それはそれは規則正しい生活なのだよ。

どんなに前の晩が遅かろうと、必ず朝9時には目を覚ます。
そしてまずポットで湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れ、
それらとタバコや灰皿、それとマレー語の辞書と会話本を
テラスまで持って行きテーブルに並べた後、テラスの椅子に腰掛け、
午前11時過ぎぐらいまでマレー語の勉強をしたり、
ふと思いついた「言葉」をメモ用紙に書いたりする。

正午近くになると、テラスのテーブルに置いてあったそれらの
荷物を部屋の中に仕舞い、部屋着からTシャツと短パンに着替え、
釣り竿を片手に遊歩道を桟橋へと向かう。

桟橋を一旦通り過ぎ、さらに歩いて、この時期この島で
唯一開いているレストランに着く頃がちょうど午後12時過ぎ。
そこでナシ・ゴレン(焼き飯:4RM=約120円)と
コピ・オー・アイス(ミルク無しアイスコーヒー:2RM=約60円)の
昼食を済ませ、再び来た道を桟橋へと戻る。
そして夕方5時くらいまで、桟橋に集まる地元の釣り師や
桟橋から資材を運ぶ職人たちと他愛も無い話をしながら釣りをする。

夕方5時過ぎ。傾けどまだまだ沈みそうも無い夕日があたる
その桟橋を後にして、一旦バンガローに戻りシャワーを浴び、
夜着に着替えた後、再びテラスの椅子にもたれて、
バンガローの周りで遊ぶ島の子供達のはしゃぎ声と波の音を
聞きながら、本を読んだり歌詞を書いたり。

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夜7時過ぎ。空がようやく夕闇色を見せ始め、
子供達の遊ぶ声も少しずつ消えてゆく頃、再びテラスを片付けて、
桟橋を右手に見ながら遊歩道をレストランへと向かう。
店に着き、注文した料理が運ばれてくる頃には、
夕日はまさに椰子の木越しのその海に沈もうとしていて、
その美しさやどことなく物悲しい感じを誰かに伝えたくても、
悲しいかな一人旅。当然のように一人のテーブルで、
周囲の外国人ツーリストの会話をBGMに、
美しいサンセットを眺めながら黙々と食事をする。
食後のアイスコーヒーとタバコを十分楽しみ、店を出る頃には、
辺りはもう暗く、オオコウモリが飛び交う遊歩道を歩いて帰る。

帰り道、自分の宿泊するバンガローの手前にある
『星降るバー』に立ち寄り、
「オマエ実はモスリム教徒なんじゃねーの?(笑)」などと、
酒を口にしないボクをからかう店員から手渡された
ノンアルコール飲料(2RM=約60円)をチビリチビリと飲みながら、
午前11過ぎまで、ギター片手に歌を唄ったり、お喋りしたり。


そんな緩いながらも規則正しい生活も今夜が最後。
明日にはこの島を出なくてはならない。
何故かって?
話は少し前後するけれど、昨日、左足のくるぶし付近に
水泡が出来てしまい痒いったらありゃしないのだよ。
「ありゃりゃ、また変な虫に刺されたか・・・。」
前回、前々回の旅と同様の症状に、慣れっこと言えば慣れっこな
わけだけれども、1日でも早く病院に行く方が治りが早い事も
重々承知なので、明日一旦メルシンまで船で戻り、
病院に行く事を決意。

こうしてティオマン島滞在は、島を離れるきっかけはともかく、
日程通りに終えたのだけれど、
それは、これから先約1ヶ月間も続く長い「病院通いながら旅」
始まりに過ぎなかったのだよ_________________。

食物連鎖、その実際

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1.
桟橋の周りを泳ぐ黒い絨毯を敷き詰めたかのような
小魚の群れ目掛けて、まずは静かに「引っ掛け用」の針を
投げ入れ、タイミングを見て素早く竿を引く。

2.
針に引っ掛かった小イワシのような小魚を別の針に付け替え、
それをエサに、中型魚を狙う。

3.
うまい具合に中型魚が釣れたら、
今度はその中型魚をエサとして大きめの針に付け替え、
海に投げ入れ、大型魚が針にかかるのを待つ。
そして大型魚が釣れたら、村のレストランに持って行き、
調理してもらって喰う。

4.
そしてそれらはやがてボクの体内から出て、プランクトンに
分解され、そのプランクトンを小魚達が喰い、
1に戻り、その小魚達の群れ目掛けて再び・・・。
これぞ素晴らしき食物連鎖!!

だが実際は口で言うほど上手くゆくはずもなく、
小魚がなかなか針に引っ掛からず、たった一匹引っ掛けるのに
1,2時間も要したり、やっとの思いで引っ掛けた小魚を別の針に
付け替え海に投げ入れた瞬間に、「海のギャング」と
地元の釣り師達から忌み嫌われている『ダツ』が、一瞬で小魚を
針ごとかっさらっていったり、『エサ取り』と呼ばれる熱帯魚たちに、
細かく細かく食い千切られて、終いには魚たちにエサとして認識して
もらえない状態で、プカリプカリと波間を浮遊し続ける『元・小魚』の
姿は儚い事この上なかったり。

「あーぁ、また小魚を引っ掛けるトコからかぁ。」と、
目の前の真っ青な海を恨めしく眺める。
そんな繰り返しだけれど、それでも釣りは楽しいのだよ。

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怪しいインディー

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「実はティオマン島で虫に刺されて、左足に水泡が出来たのよ。」

「OK、ミスター・トミオカ。では、まず15RM(約450円)払って、
 それからこの番号札が呼ばれるまで待ってて。はい、次の方。」


___港町メルシンの病院の待合室。
今朝、ティオマン島から戻ったボクは、ホテルに荷物を下ろしてすぐに、
メルシンの公立病院に行った。

「次の方。スワヒリ・アブディル・タンマットラ。
 ・・・居ないのか?スワヒリ・アブディル・タンマットラ!!」

病院の受付スタッフがやたら長い名前を、
大声で繰り返し呼ぶその度に、ボクの背後では10人ほどの
インド系マレー人(以下インディー)グループの一人が立ち上がってみては
また座り、また別の一人が立ち上がってみてはまた座り。
まるで往年の名クイズ番組「本物は誰でしょう?」の、
クイズの答えが明かされる時のような、本人と偽者たちの
立ったり座ったりの光景が繰り広げられるのだけれど、
彼らの表情や態度はクイズ番組のそれとはかけ離れ、
笑みも余裕も談笑もまったくなく、ただただ落ち着きなくソワソワしている。
その中のリーダー格の男が係員の所に行き、名前を確認した後、
「オマエだ、オマエ。早く来い!!と、苛立ち混じりに
グループの内一人に手招きをすると、
手招きされた男は、オドオドした表情を隠せないままで受付の前まで行く。

「今日は何処が悪いの?」という受付スタッフの質問に、
隣に立つリーダー格の男のどことなく強制的な促しの後、
自身の額に手をあてながら、
「あ、頭が痛い。ね、熱があるかも。」と、
たどたどしい言葉で答えるインディーA
そして前払い制の治療代をリーダー格の男が支払った後、
インディーAは挙動不審なオーラを放ちながらグループの輪に戻ってゆく。


「はい、次の方。インディーBさん!インディーBさん!」
再びやたら長い名前が繰り返し呼ばれる中、
ボクの背後では第2回「本物は誰でしょう?」が行われ、
先ほどと同じくリーダーのイライラ手招きがあり、
その中の一人が、またオドオドしながら受付に向かい、
受付スタッフの質問に、
「あ、頭痛い。ね、熱があるかも。」と、
前のインディーAとまったく同じ仕草をしながら同じ台詞を吐いた後、
リーダーがイライラしながらお金を払い、そいつは輪の中に戻ってゆく。
これがその後インディーJまで8回繰り返された。
もうほとんどデジャヴのようなそのやりとりに、病院スタッフたちも
怪訝そうな表情を見せるものの、受付拒否などはしない。

日本のような保険制度が無い代わりに、何人も医療を受けられるようにと、
治療費(薬代込み)も極めて安いマレーシアの公立病院。
それゆえに、クスリ欲しさにそのシステムを悪用する輩も
確実に存在するようで。


「でも、あんな訴えで手に入るのは、
 所詮は風邪薬程度やろ。」

診療終了後、薬局で抗生物質と抗ヒスタミン剤を受け取り病院を出て、
ホテルに戻る帰り道。
怪しくもおマヌケなインディーたちが少し可笑しく思えた。

11年振りの村へ

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晴れ。朝11時。
昨日メルシンの病院で「水泡」の薬も手に入れた事なので、
次なる目的地を求め、メルシン・バス・ターミナル(以下M・BT)へ。

次の目的地の「チェラティン村」へは、
11年前の記憶通りだと、ここからまず長距離バスで3時間かけ
クアンタンという比較的大きな町まで行き、
そこからローカルバスに乗り換えなければならないのだけれど、
M・BTにあるバス会社の端末コンピューターが壊れ、
予約・発券が出来ないらしく窓口は閉鎖状態。
しばらく窓口付近で途方に暮れる。
目的地を違う場所に変更するという手もあるのだけれど、
11年前に一度だけ行ったチェラティン村への郷愁が、
それを選択させないでいた。

「急ぐ旅でもないし、もしも今日乗れなきゃ明日でもいいや。」と、
気持ちを切り替えると、だいぶ気分も楽になったのだけれど、
すぐにホテルに舞い戻るのもなんとなくつまらない。
丁度窓口付近のベンチには、客待ちをしながら
時間を持て余しているタクシー運転手たちがいる。
マレー語マニアなボクがこれを黙って見逃すわけもなく、
すぐに仲良くなり、やれ日本のナシ・ゴレン(焼き飯)は600円はするだの、
日本のタクシーの初乗り運賃のバカ高さ等、日本とマレーシアの価格差の
話に花が咲き大盛り上がり。

「ところで、日本人のアンちゃん。
 今日はいったい何処へ行くつもりなんだい?」
そう聞いてくるタクシー運転手の一人に、事情を説明すると、
「あー。確かにここの窓口は今日はダメだ。でも、バスは確実に来るぜ。
 街中の窓口で発券してるだろうしな。」という答えが返ってきた。
「どうだい、アンちゃん。5RM(約150円)出してくれりゃ、
 街中の窓口まで乗せて行って、また此処のBTへ戻って来てやるぜ。」
彼の言っている事がすぐには信じられなかったボクは、交渉の末、
もしもバスチケットが手に入ったなら彼の言う通り5RM支払い、万が一
手に入らなかった場合はビタ一文も支払わないという約束を取り付けた。
「そうと決まったら後ろに乗りな。おっと、このヘルメットを
 被ってくれよ。」____バイクタクシーだったのかっ!!
結果、「クアンタン行き」のバスチケットは街中の窓口で
なんなく手に入り、再びBTに戻って来たボクは、バイクを降りた後、
彼に5RMを支払いながら礼を言った。
「な?本当だったろ?」と、親指を立てながら、わざと気障っぽく
顎を突き出した彼の自慢気な笑顔が印象的だった。

間もなくして「クアンタン行き」の長距離バスが到着。
すぐに出発かと思いきや、エンジントラブルらしく、修理の間、
ボクを含めた乗客は車内にも乗れず外で待たされっぱなし。
ボクの傍では、仲良くなったタクシー運転手たちが
「コンピュータートラブルの次はエンジントラブル。
 もしかしてその次はドライバートラブルかもな。
 たまに居眠り運転してるもんな、ハッハッハッ。」と笑っている。
彼らにつられてボクも笑ったものの、実際乗る方としては
それだけは勘弁して欲しいと本気で願ってしまった。

修理を終えたバスは定刻より1時間遅れでメルシン・BTを出発。
眠い。でも事故が不安で熟睡も出来ない。そんな中途半端な眠りを
数十回繰り返しているうちに、バスは午後4時過ぎに無事クアンタンの
BTに到着した。
たしかチェラティン村行きのローカルバスターミナルは、
此処から少し離れた場所にある。そこまで歩いて再びバスに乗って、
チェラティン村に到着するのがだいたい午後6時。
それから辺りが暗くなる日の入りまでおよそ2時間弱。
重いリュックを背負い、おまけにリール付きの釣り竿まで片手に
提げている状態で、気に入った宿がみつかるまで、
一件一件宿を回るには時間的にかなり無理がある。
かといって、此処クアンタンでのお気に入りのホテルまでは
徒歩で20分ほどかかる。
ひとまずベンチで休憩しようと、バスを降りてすぐに目の前のベンチに
腰をかけ、自分の乗って来たバスをぼんやり見ていた。
すると、バスの前面窓に掲げられていた「クアンタン行き」の札が
「クアラ・トレンガヌ行き」の札に差し替えられている最中。
ひょっとしてこの長距離バスはチェラティン村も通るんじゃないか、
と思い、一応運転手に聞いてみたら、案の定通るし、チェラティン村での
乗り降りも可能だと言う。
しかしボクは此処クアンタンまでのチケットしか買っていない。
かといって、此処から長距離バスで20分ほどのチェラティン村へ
行く為に、此処から4時間もかかるクアラ・トレンガヌまでの
チケットを買うのは何だか割高過ぎる。
ダメもとで「チェラティン村まで幾ら?」と運転手に聞いてみた。
「座席が空いてりゃ、そーだなー、5RM(150円)でいいぜ。」
「座席が空いてりゃ?」
「おぅ。ちょっとそこで待ってな。」
と、運転手はバスを降り、BT2階への階段を上がって行き、
間もなくして再び階段を下りて来た。
「大丈夫だ。乗りな。」
どうやらBT2階にある窓口で座席予約状況を確認して来たようだ。
「2階でチケットを買って来なくていいのか?」とのボクの問いかけに、
「俺に払ってくれりゃいいよ。」と小声で答える運転手。
そうか。コイツの小遣い稼ぎってわけか。
「それとよ。そこの欧米人のオッサンオバサンもどうやら
 チェラティン村に行きたいらしいんだが・・・。」
「?」
「オレは英語得意じゃねぇんだ。アンちゃん、その欧米人に
 1人5RM、2人で10RM貰ってくんねぇか。」
「なんだ、そんな事か。OK。」
ボクは欧米人の老夫婦に運転手の意向を伝え、
2人から10RM(約300円)を受け取り、自分の分も含めた金を
運転手に渡した。

こうして、午後5時前にはチェラティン村のバス停に降り立つ事が
出来たわけだけれども、11年振りのチェラティン村は、
かつて砂利道だった小道も大幅な拡張工事とアスファルト舗装が施され、
その脇にはたくさんのシャレーやレストランが建ち並んでいる。
ボクから「懐かしむ」という楽しみを奪ってゆくのに十分過ぎるほどの
その見知らぬ風景の中、何軒かの宿を回って値段交渉をし、
最終的に「チェラティン・コテージ」に泊まる事にした。

「チェラティン・コテージ」。1泊40RM(約1200円)。
エアコン・テレビ・ホットシャワー付き。
しかしホットシャワーは壊れていて水しか出ない。
けして若いとは言えない肌に水シャワーはかなり辛いのだよ____。

変わらない場所

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曇り。
昼、海岸に出てみた。
自殺志願者にここでの入水自殺は無理だろうと
思わせるほどの遠浅の海。
浜辺には小ガニたちの住みかである無数の穴が空き、
海鳥たちが羽を休めている。
ここだけは11年前と変わっていなかった。

左足首付近に出来た水泡は薬のおかげで
どうにかこうにか治まりつつはある。

食事は安いマレー食堂をみつけた。
ナシ・ゴレン3.5RM(焼き飯:約105円)。
コピ・オー・アイス1.2RM(ミルク無しアイスコーヒー:約36円)。
ソトン・ゴレン5RM(イカのフライ:約150円)。

再発!?

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左足首付近の水泡がおさまりつつあったのに、
左足ふくらはぎに一カ所、そして左手首付近に一カ所、
水泡が出来てしまった。痒いし痛い。
メルシンの病院で手に入れた薬も効かないようだ。
何故毎回こっちに来る度にこんな症状になるのだろう。
蚊やダニは日本にでもいるのに、いったい何の虫に刺されると
ここまで立派な水泡になるのか、さっぱり解らない。
しかも今回は左ばっかり。
この『左』というキーワードは何を意味するのだろう。
そんなミステリー的な事をも考えたくなるほどの立派な水泡。
何度も言うが、痒いし痛いのだよ。

此処チェラティン村に医療施設があるのかどうかも分からないし、
クアンタンまで戻るのもなんだか悔しいしで、
とりあえず明日の朝にはここを出て、次の目的地である
クアラ・トレンガヌで病院に行こうと心に決める。

日が暮れてからの水シャワーはとっても寒いので、
散歩から帰って来た夕方にシャワーを浴びる。
ん?お湯出るじゃんか。なんで?
しかもよりによって最終日に出ることないのに。
中途半端なマネしやがって。
オトコならそのまま最後まで壊れとけっ!!
と、シャワーに八つ当たり。
外は降り出した雨がさらにその雨あしを強めていた____。

真夜中。パジャマの腰の辺りがやけに冷たくて目を覚ます。
自分の腰を手で触ってみると、濡れている。

え?おねしょ!? この歳でやっちゃった!?

慌ててベッドから飛び起き、部屋の灯りをつけ、
その付近を見てみると、ベッドシーツと掛け布団の一部が
グッショリと濡れていて、その上を見上げると、
天井に出来た染みの隅っこから水滴が生まれては落ちてきている。
雨漏り。しかし受け皿なんて物はないので、部屋にあったゴミ箱を
ベッドのその部分に置き、パジャマのズボンとパンツを着替え、
部屋の灯りを消した後、すぐ隣のベッドに移動し再び横になった。

再び暗闇に戻った部屋の中、屋根を叩く激しい雨音に混じって、
ゴミ箱に捨ててあった空のペットボトルが
「タッ・・・、タッ・・・、タッ・・・。」と一定のリズムで
その湿った音を鳴らし続けているチェラティン村での最後の夜___。

グッバイ・チェラティン

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国道沿いのバス停。
雨宿りをしながらクアラ・トレンガヌ行きのバスが来るのを待つ。

バスを待つ間、ここ数日間のチェラティン村での出来事を
思い返してみたけれど、遠浅の海岸が昔と変わっていなかったという
事だけで、あとは部屋のハプニングぐらいしか印象になく、
11年前のここでの楽しかった思い出を更新するには
不十分過ぎる数日間だった。
けれど見方を変えれば、「懐かしむ」事に重点を置きすぎて、
その変わりようにショックを受け、新たに楽しむ事をしなかった
ボク自身の非でもある。

「昔付き合っていた彼女に11年振りに逢って、
 その頃と同じ笑顔を見せてくれって言っても、
 そりゃあ虫が良すぎるよなぁ。」

バス停の屋根の下、メンソールのタバコ(1箱6.7RM=約201円)を
燻らせながら、そんな事を思ったりしているうちに、
向こうからバスがやって来た。
重い荷物とメルシンで買った釣り竿を持ってバスに乗り込んだボクは、
左手首とジーンズの中でパンパンに腫れ上がり、昨日よりも一層
痛みを増した水泡をかばいながら、ゆっくりとシートにもたれた。

「痛ぇな・・・。」

水泡のそれとは何処か違った痛みを胸の奥の方で感じながら、
走り出したバスの窓の外で、降りしきる雨に白くかすんで
消えてゆくチェラティン村に別れを告げた__________。

ヤブ医者めっ!!

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午後4時前、クアラ・トレンガヌの長距離バスターミナル(以下BT)で
バスを降り、宿探しをする。チェラティン村同様、この町も11年振りで、
その変わりように驚きながら町を歩く。チェラティン村で降っていた雨も
ここまでは追いかけて来なかったようで、空は晴れていて蒸し暑い。
一刻も早く宿を決めて今日中に病院に行きたかったので、
ガイドブックに掲載されていた目当ての宿よりも、
はるかにBTに近い『ALAMANDA HOTEL』(1泊60RM=約1800円)
チェックインした。

エアコンの効きが悪いけれど、それは後からスタッフにでも言えばいい。
部屋に荷物を下ろして、少しだけ休憩をした後、
「病院よりクリニックの方が良いって。
 もうじき斜向かいのクリニックが再開するはずだから。」
というスタッフの忠告を聞き流し、病院に行く為にホテルを出た。
市街地から病院までは片道2kmと、徒歩で歩くには少々嫌気がさす距離なので、
先程のBTまで徒歩で戻り、ターミナルの前で客待ちをしているタクシーに
乗って病院へ。タクシー代8RM(約240円)。足もとを見られたカタチで少々高め。

自分が思っていたよりはるかに大きな病院の敷地内。
そこの救急外来用の受付前でタクシーを降り、
メルシンの病院でしたのと同じような手続きを済ませ、
薬代込みの診察料を支払うのだけれど、
メルシンの病院と違うのはその料金。
マレーシア人は1RM(約30円)なのに対して、外国人は50RM(約1500円)
メルシンは一律15RM(約450円)だったのに、州が違うとこうも違うのか。
日本に居る感覚なら安いのかもしれないけれど、いかんせん今は予算の
決められた一人旅。安ホテル1泊分に相当するこの金額は正直痛い。
50RM札をしぶしぶ支払い、番号札を受け取り、待合室で順番を待ち、
自分の番号が表示された診察室に入り医師の診察を受けた。
その際、メルシンの病院で貰った薬を医師に見せながら、
「この薬が効かない。自分としてはもっと効き目の強い薬が欲しい。」
と説明をしたにもかかわらず、診察終了後、薬局で受け取った薬は
抗ヒスタミン剤数錠とマルチビタミン数錠、それとカーマインローション。
どれも既に自分が持っている物ばかり。
こっは、タクシー代と合わせ60RM(約1800円)も余計な出費をしている。
その結果がこれでは、なんだか腹が立つ。
すぐに診療室に戻り、既に別の患者を診ていた医師にクレームを入れるも、

「ここは外来だから、とりあえずそれしか出来ないわよ!!
 ちゃんとした薬が欲しければクリニックにでも行きなさい!!」
と、愛想の悪い女医師に逆切れ気味に開き直られる。

「持っている薬が効かないからわざわざ此処に来たんだろ!!
 ちゃんと理解しろっ!!このヤブ医者!!」
なんて事を言えるほどの語学力はさすがに持ち合わせて無く、
結局は舌打ちをひとつ、捨て台詞代わりに残して診療室を出た。

「あー悔しい。あー悔しいったらありゃしない。」
片道2km。流しのタクシーの通らないその道を歩いてホテルまで帰って来た。
 
 
ホテルに戻り、ホテルのスタッフに病院でのいきさつを説明すると、
「ホラごらんなさい。とんだ出費だったわね。もうじき斜向かいの
 クリニックが再開するから、そっちへ行ってみなさい。」
と、再度促された。ボクは「今度は素直にそうする。」と、
何度も頷きながらエレベーターに乗り込んだ。

エアコンの効かない部屋で少し寝た後、部屋を出て、
ホテルの裏手に位置するマレー食堂で遅い夕食を摂る。
ピンク色のサフランで炊かれたご飯と鶏肉カレー(3.5RM=約105円)
それとコピ・オー・アイス(ミルク無し砂糖入りアイスコーヒー1RM=約30円)
 

食後、ホテル斜向かいのクリニックへ行き、受付兼看護師の女の子に
パンパンに腫れあがった左手首の水泡を見せて病状を説明する。

「医師の診察を受ける?」と聞いてくるその子に、
「いや、とりあえず今持っている抗生物質より
 効く薬が欲しいだけだから。」と答えるボク。
間もなくして、彼女が薬品棚から取り出してきた2種類の薬のうち、
「やっぱり値段の高い方が聞くの?ホントに?ホントに?」と、
道化混じりで訪ねるボクを見て、他の看護師たちもクスクス笑う。

結局は彼女を信じて値段の高い方の抗生物質(60RM=約1800円)
購入したのだけれど、ボクの財布からは再び50RM札と10RM札、
それぞれ一枚ずつが消えてゆき、今日一日だけで100RM(約3000円)余りもの
余計な出費に、思わず泣き出しそうになってしまうのだよ。

夜中、左手首の水疱の痒みで何度も目を覚ます
11年振りのクアラ・トレンガヌ初夜_____。

水疱を破るのだ!!

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「水泡は決して自分で破ってはいけない。自然に破れるのを待つ事。」
これは、数年前に此処マレーシアで皮膚科医から言われた言葉
なのだけれど、昨夜手に入れた二代目の抗生物質も効かない今、
パンパンに腫れあがった左手首の水泡が、周りの皮までひっぱって
痛いので、医師のいいつけもこの水泡も破る事にしたのだよ。

ライターで熱したカッターの刃を慎重に水泡の表面にあてると、
まだ切ってもいないのに、カッターの刃の熱で水泡破れ、
中から体液がピューッと勢いよく吹き出した。
この体液が体の別の部分に付着すると、その部分に再び水疱が
出来る「とびひ」の恐れもあるので、慌てて近くにあった
トイレットペーパーを水疱痕の穴にあて、体液を吸い出した後、
しぼんだ水疱の皮を剥がし、すぐに水道水で手を洗った。
皮が無くなってもまだ体液が滲み出てくるその傷口に、
消毒軟膏をすりこみ、ガーゼをあてて上からテープで止めるのだけれど、
なにせ右手しか使えないので不便極まりないったらありゃしない。
とりあえずこれで痛みは取り除けたのだけれど、
また同じ箇所に水疱が出来やしないかと不安でならない。
そこで、部屋を出て、再びホテル斜向かいのクリニックに行き、
受付で今朝までのいきさつを説明し、ドクターの診察を受ける事になった。

2008.01.19.jpg

「キミ、マレー語上手だねぇ。どこか学校にでも通ったの?」
「本だけですよ。旅の会話本だけで、なんとか。」
「へぇー凄いねぇ!! ところでトゥリマカシって日本語で何て言うんだっけ?」
「アリガトウでしょ、アリガトウ。」
「アリゲーターみたいだねぇ、ワッハッハッハ。」

陽気な医師は、ただ陽気なだけではなく、
「抗生物質が効かないとなると、過剰なアレルギー反応かも。」という
ボクの素人ながらの見解もきちんと理解してくれて、
左手首と左足ふくらはぎの水疱痕の傷口に新しいガーゼを貼ってくれた後、
新しい抗アレルギー剤を処方してくれた。
診療代は薬代込みで26RM(約780円)。
その陽気な医師の明るさに、不安で沈んでいた心も救われた気がする午前11時。

診療後、薬を出してくれる看護師の女の子に、
「旨い飯ってどこで食べられる?」と聞くと、その会話を聞いていた
別の看護師の女の子が、親切にもボクを途中まで案内してくれた。
「あそこよ。あとは1人で行けるでしょ?」と彼女が笑顔で指さした
先の食堂で、ナシ・ダギン(羊肉入りご飯:3.5RM=約105円)
コピ・オー・アイス(ミルク無し砂糖入りアイスコーヒー:1RM=約30円)
遅い朝食を摂った。


ホテルに戻り、昨日言い忘れた「効かないエアコン」の件をスタッフに伝える。
結局、部屋を変わる事になったのだけれど、とうてい一回では持ちきれない
荷物を何回かに分けて、今朝までの部屋と新しい部屋を何往復もする羽目に
なってしまった。
新しい部屋のエアコンは効くのだけれど、今度は部屋のTVが映らない。
すっかりTVッ子になっているボクは、スタッフの許しを得て、
自分の部屋のTVと他の空き部屋のTVとを交換。
額に汗を浮かべてTVを運ぶボクの姿を見て、
「アンタ、ホント変わってるわねぇ(笑)。」と女性清掃スタッフが笑うけれど、
だってTVが見たいんだもの。しょーがないじゃない。

体を動かせば腹が減る。おやつでも食べに出かけようとしたところに、
日本の新宿2丁目のマスター(ママ?)から電話が入る。
「病院巡りの旅してますよ(笑)。」とのボクの報告に、
「アンタまた変な病気になってんの?本当に大丈夫?」と心配をして
くれるけれど、実は彼(彼女?)は最近再発・転移した癌と闘病中で、
来週から放射線治療に入るらしく、ボクよりはるかに大変なのだよ。

「アタシの方は大丈夫だからね。
 とにかく楽しんで元気で帰ってらっしゃい。」
そんなふうにボクの事を気遣ってくれるマスターの優しさに
思わず泣き出しそうになってしまった__________。

心地良い午後

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「11年振りなら、セントラル・マーケットでも見てくれば?
 あそこも昔とはずいぶん変わってるよ。」
ホテルのスタッフに促されるまま、丁度おやつを食べに行く
ついででもあったので、セントラル・マーケットまで。
途中、州立モスクの脇を通りながら、青空に突き刺さるような
真っ白いモスクやクアラ・トレンガヌの街並みを
携帯電話のカメラに納めながら歩いてゆく。

昔のそれとは様変わりしたセントラル・マーケットの片隅で、
山積みにされたみかんを売る男性や、お菓子や乾物を説明しながら
売る売り子さんに承諾を得てはカメラで撮影して歩いた。
「ちゃんと撮れたか?(笑)」
「アラ。買って行ってくれないの?(笑)」
誰もが笑顔を返してくれる。

セントラル・マーケットを後にして、帰りはチャイナタウンを通り、
軽い迷子になりながらも、見覚えのあるバスステーションの横に出た。
通りを歩いてホテルの前まで戻って来た時に、クリニックの外で、
携帯電話で誰かと話している看護師の女の子と目が合う。
何度もクリニックに足を運んだボクの事を覚えていてくれたらしく、
ニッコリと微笑んでくれたので、こちらも電話の邪魔にならない程度の
笑顔を返した。
空の青、吹く風、人々の笑顔。
11年前もそうだったけれど、此処クアラ・トレンガヌは
なんとなく居心地の良い町だ。

おやつを食べる店探しをすっかり忘れてホテルに戻った。

TV番組から学ぶ

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モスクや礼拝堂、そしてTVから、毎日決まった時間に
流れてくるコーラン。そのメロディーが耳から離れなく
なってしまった。

TVは基本的に、女性のヌードやエッチなシーンは禁止なので、
外国の映画を放映する時などは際どいシーンの寸前でカットされ、
シーンの変わった辺りから再び放送される。
これではストーリー性が不自然になったり、
キャラクターの奥深さが出ないのではないか、などと思うのは
ボクがスケベィだからだろう(笑)。

お気に入りのドラマは『ムティヤラ・ハティ』。
日本の『おしん』のようなドラマで、主人公の女の子と
その母親が、あからさまに意地の悪そうな人達に
虐められながらも、アラーの神を信じ、強く生きてゆくドラマ。

『プトュリ』はコメディタッチのホームドラマで、
主人公のプトュリ役のノラ・ダニスが可愛いくて、
このドラマを観るのが毎週欠かせなくなっている(笑)。

日本の子供向け番組もこちらでは人気で、
『NARUTO』『名探偵コナン』『鋼の錬金術師』などが
放送されているけれど、すべてマレー語吹き替え。
これが意外とマレー語の勉強になったりするので面白い。

また、こちらのクイズ番組の賞金の額から、
マレーシアの人々の金銭感覚を探ってみたり、
最近はほとんど理解出来るようになったニュース番組を
毎晩のように観ている。

そして部屋の灯りも消えた午前0時過ぎ。
ニュース番組の最後に流れる世界の都市の天気予報。
「TOKYO 5℃」の文字に、
「まだ帰りたくないねぇ。」と独り言をつぶやきながら、
TVの灯りだけが照らされるその部屋で、ボクは今夜も眠りにつく。

コタバル哀歌

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コタバル哀歌   詞/曲 冨岡ツカサ


(イントロ)

この日気温は30℃
クアラ・トレンガヌ後にして
背もたれ壊れた前の席
つっかえ棒は頼りなく
倒れて来ては膝を打つ
ところでエアコン効いてんの?
間違いなくこれ送風ね
そんなオンボロバスに乗り
ブロロン ブロロン 3時間半
やっと来た町よ コタバル

(間奏4小節)
 
何度も言うけど 30℃
目当てのホテルへ行ってみりゃ
名前も値段も様変わり
再び歩く炎天下
肩に食い込むショルダーと
誰もが見ている釣り竿を
時々捨てたくなる衝動
Tシャツに浮いてくる汗が
未練たらしいオンナのように
まとわりついて離れない

(間奏4小節)

しつこいでしょうか?30℃
やっと見つけたこのホテル
1泊60リンギット(約1800円)
遅い朝食 今日2食
晩飯食べたその足で
インターネット屋巡るけど
日本語環境どこも無く
疲れて眠る真夜中に
ゴゾゴゾ えたいの知れない虫を
潰せば真っ赤な血 オレの?

 

※スブリエナ・コート:1泊60リンギット(約1800円)


アタシャ、テロより虫怖い

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実は昨日の昨日まで、国境を越えてタイに行くのは
実のところ迷っていたのだよ。
ボクが向かおうとしているタイの南部は、
ここ数年、地域独立という理念を掲げた過激派ゲリラ達のせいで、
情勢不安で治安も悪く、つい数日前もヤラーという町で
無差別銃撃テロがあったのをニュースで知っていた。
マレーシアのどこかの島に行き、釣りと海水浴をしながら過ごすか、
それともタイの南の町で過ごすか、どちらを選ぶか
昨日まで決めかねていた。

そして、昨晩。ふと目を覚ますと、なんと枕元に米粒大ほどの虫がいた。
慌てて飛び起き、恐る恐る指でその虫を弾くと、つぶれて真っ赤な
血だけがシーツに残った。
___え?オレの血?吸われた?どこを?
未だに、左手首と左ふくらはぎの水疱痕も癒えないというのに、
この上さらに水疱が出来たりしたら、たまったものではない。
よし! 明日タイに行こう! タイなら物価も安いし、ココと同じぐらいの
ホテル代(1泊60RM=約1800円)も払えば、清潔で綺麗なホテルにも
泊まる事も出来る。そこでのんびりと過ごしながら傷を癒そう。
ボクの心の奥の方、いつもは優柔不断な天秤がガタンと音を立て
傾いた瞬間だった。

朝。ホテル隣りの食堂で朝食を済ませた後、ホテルをチェックアウトし、
バスターミナル(以下B.T)に向かった。
間もなくしてやってきたNo.29のオンボロバスに乗り込み、車内で
3.9RM(約117円)を支払い、自由席のシートにもたれた。

コタバルのB.Tを出発して1時間、途中、物々しい検問を通過して、
バスは国境の町・ランタウパンジャンの国境ゲート前に到着。
バスを降り、国境ゲートに向かう。ゲートの向こうには幅50mほどの
川が流れ、その上に橋が架かっていて、橋の向こう側がタイランド。
ボク自身は11年前と7年前に二度ほどここを訪れている。
昔と変わらないその風景。ただ唯一違うのが、数年前にタイ側の
国境ゲート付近で爆破テロ事件があった事に代表される治安の悪さ。
普通の旅行者なら、この国境ルートは避けるのが普通で、
現に外国人ツーリストの姿は、ボクとバスの中で一緒だった
若いイギリス人カップルだけ。
ちなみにこのイギリス人カップル。どうやら初心者バックパッカーの
ようで、これから待ち受ける危険を承知で国境ゲートをくぐろうと
している割には、落ち着きがなく、不安な目で周囲をキョロキョロ。
優しく話しかけてくるマレー人たちにも、怪訝そうな表情を見せて、
フレンドリーの欠片も無い。
そんなんじゃ、テロリストの恰好の的になるぞ!
ワタシを見習え!このミスターフレンドリーを!
ワタシならテロリスト達ともきっとオトモダチになれるのだ。

あっ、『無差別』テロじゃフレンドリーも糞もないか。

マレーシア側のイミグレーションで、パスポートに出国スタンプを
押してもらい、途中、休憩中の国境警備員と
「その釣り竿置いていけよ。」
「やだよ。またこっちに戻って来て使うんだから。」
と、ボクの釣り竿の話題で盛り上がった後、いよいよ国境に架かる
橋を渡る。少し雨が降ってきたので、早足で橋を渡りきり、
タイ側のイミグレーションの軒先で雨宿り。
出入国カードに適当に(というかほとんどいい加減に)記入してから
出入国審査場へ向かう。
審査官に「タイの何処へ行くのか?いつまで滞在するのか?」とか
根掘り葉掘り聞かれるも、そんな事は自分にも解らない。
明日マレーシアに戻るかもしれないし、居心地が良ければ
タイの上の方に北上するかもしれない。
そうボクが答えると、審査官は無愛想な表情をくずさないまま、
ボクのパスポートにドンッと入国スタンプを押して、パスポートを
こちらに突き返した。
入国審査官の彼からすれば、
「なんでまたこんな危険な町に、しかも危険な時に来るのかね。」
と、呆れているのかもしれないけれど、ボクにしてみれば、
テロの危険をおかしてまでココに来る理由があるのだよ。
「アタシャ、テロより虫怖い。」

入国審査をパスし、バイクタクシーに乗り(3RM=約90円)、
国境の町・スンガイコーロクへ。国境の町というだけあって、
マレー語を話せるタイ人も多く、ボクを乗せてバイクを走らせる
この親父も例外ではない。ボクがマレー語で、
「ヤラーの辺りで無差別銃撃テロがあったんだって?」と、
確認がてらに彼に訪ねると、彼からは予想もしない答えが返ってきた。

「あぁ。つい2週間前にも、ここスンガイコーロクでも爆破テロ
 あってよぉ。・・・ったく、危なくってしょーがねぇぜ。」

え? 爆破テロ?
ヤラーの事件はTVニュースで知っていたけれど、
それはニュースでやってたっけ?(汗)
「爆破テロ騒ぎなんてしょっちゅうさ。幸い、この間のは死人も出な
 かったし、ニュースにもならなかったんだろ。ワッハッハ。」

___ワッハッハじゃないでしょ。

爆破テロの町で

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スンガイコーロクの街中にあるメルリンホテルに宿泊。
1泊41RM(約1230円)
クィーンサイズベッド、エアコン、ホットシャワー、TV、冷蔵庫等々、
この旅の最中、今までに泊まったホテルの中で一番綺麗で清潔だ。
あぁ、これで虫におびえる夜とも、病院や薬局に足繁く通う日々とも、
しばらくの間おさらば出来る。万歳!!タイランド!!

昼食は、ホテル近くのマレー食堂。
ナシ・カンビン(山羊肉カレーとご飯:3RM=約90円)を食べ、
コピ・オー・アイス(ミルク無し砂糖入りアイスコーヒー:1RM=約30円)
飲みながら、サリーをまとったイスラム教徒の女性と、ミニスカートで
バイクにまたがるタイ人の女の子たちが混在する、その不思議な風景を
眺める。
ここスンガイコーロクは、「国境の町」というだけあって、
マレー語も通じる上、全部の店でというわけではないけれど、
マレーシア通貨であるリンギットでの支払いも可能。
「売春で成り立つ町」という汚名はあるけれど、
そのおかげかどうか、道行く女の子は可愛らしいし、
自分の泊まっているホテルの受付嬢の笑顔は素敵だし、
テロさえなければさぞかし過ごしやすかろうに、テロさえなければ


夕食は、ホテルと交差点を挟んだ向かいの食堂で
豚の角煮とご飯(5RM=約150円)
コピ・オー・アイス(1RM=約30円)を注文。
夕食を食べている最中、店の前の交差点に大型ジープが停まり、
後部の荷台から小銃を脇にかかえた治安部隊らしき隊員が数名、
素早い動きで降りてきた。
その中の1人は両手に『爆弾探査機』のような機械を持ち、
機械の先を周囲に振りながら、慎重にゆっくりと、一瞬にして封鎖された
その道の真ん中を歩いてゆく。
その隊員の周囲には、常に体を外側に向け、
「いつでも撃てまっせ。」
と、小銃の引き金に指をかけた治安部隊員たちが、
中央の隊員を囲むカタチを保ったまま、周囲の様子を窺っている。
そんなピリピリとした空気を放つ彼らの周り、
封鎖された道の脇では、赤、紫、黄色といった原色のランプが連なる
バーの軒先で、肌を晒したオンナたちが客待ちをしている。
彼女らのけたたましい笑い声と、
氷のように冷たい表情を崩そうとしない治安部隊員たちの緊張感。
対照的なそのふたつが奇妙に混じり合う、そんな満月の夜。


食後、店を出て、昼間少しだけ顔見知りになったバイクタクシーの
男たちが客待ちをしている詰め所のような場所に向かう。
「よぅ。オンナ要るかぃ?」
「要らないよ(笑)。ところで、爆破テロってこの町の何処であったの?」
そこ。ホラ、コンクリートの壁が崩れてるだろ?
 バイクも8台くらい燃えちゃって、大変だったぜ。」
男の1人が、ボクたちの場所から10mほどしか離れていない、
道の斜向かいを指さした。
「ほ、ほぉ〜・・・。そ、そうかぁ〜(汗)。」
平常心を装いながら、彼らに別れを告げて足早にホテルに戻った。

只今、深夜12:30。何か飲み物が飲みたくて仕方ないのだけれど、
コンビニエンス・ストアはすぐ近くにあるのだけれど、
やっぱり怖くてホテルを出られないでいるのだよ_______。

空と雲と人々と

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食事の席にまで押さえきれない性欲を
持ち込んだかのような下品な笑みを浮かべる
中華系中年親父らが食事するその傍らで、
つまらなそうに携帯電話をいじりながら、
時おりこちらに意味深な目配せをする
若き娼婦の女の子たち。

ボクが買い物に行く度に、いちいちタイ語を
教えてくれるコンビニエンス・ストアの中年の女主人。

ボクが席につくだけで、まだ注文もしていない
アイスコーヒーを作り始めてくれる食堂の女主人。

意外とモテモテな毎日と、ホテルの清潔さに、
もっと此処に居たいとも思うのだけれど、
結局のところ、無差別テロが怖くて、
ホテルから200m四方ぐらいしか散歩もしていない。

「あー釣りしてぇなぁ。」
心地よい風が入ってくるホテルの窓のその外側で、
真っ青な空を流れてゆく白い雲たちを
ベッドに寝ころんで眺める火曜日。

部屋の壁に立てかけられた釣り竿。
そろそろマレーシアにというか、
海のある場所に戻ろうと思うのだよ。

マレーに戻る

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再び国境に架かる橋を徒歩で渡り、マレーシアに戻って来た。

コタバルのAZAM HOTELに宿をとる。1泊70RM(約2100円)。
虫は居ないけれど、今朝まで居たタイのホテルに比べれば、
値段も高い上に、部屋も狭いビジネスホテルみたいな感じ。
スタッフ達が明るいのが唯一の救い。

日本語環境のインターネット屋をみつけた。
ホテル前にあるセブンイレブンの2階。1時間1.8RM(約54円)。

晩ご飯は、チャイナタウンまで歩いてワンタンミー(大:3.6RM=約108円)と、
マレー屋台でサティ(焼き鳥)を食べた。

旅に必要な時間

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「ここ東海岸のコタバルから、なんとか楽に西海岸に出られないものかね。」
ホテルの部屋で、もうかれこれ2時間、ガイドブックに付いている
マレーシアの地図を睨み続けている。
コタバルから各地に伸びるそれぞれの主要道路を指でなぞってみては、
その距離の長さに挫けてしまう自分。

手足に出来た水泡痕の傷も気にはなるのだけれど、
ホテル前の薬屋で「抗アレルギー剤」やガーゼも買った事だし、
そろそろ何処かの島で、再び釣りと水浴びの日々を過ごしたいのだよ。

飛行機だとね、結局クアラ・ルンプールまで戻らなきゃいかんのだよ。
今回の旅で何回首都クアラ・ルンプールに戻ってるんだ?
ということで空路はすでに却下。
あとは陸路しか残されておらず、「楽に西海岸まで」は無理な話。

どのみち苦の道。ならば・・・。
知り合いも多いパンコール島に戻ろうと、
島との船の発着場所にあたるルムッまでのバスチケットを購入。
予定よりもだいぶ早く戻るカタチになるけれど、まっいいか。

コタバル→ルムッのバスチケット代38RM(約1140円)。
明日はルムッまで7時間のバス移動になる。正直ゲッソリ。

でもね、地図と睨めっこしながら、その道の先にある町や島、
果たしてそこは自分にとって「当たり」なのか「はずれ」なのか、
などという期待と不安を胸に、いろんな事をイメージするのも
ボクの旅には必要な時間なのだよ_____________。

帰ってきたぞパンコール!!

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「ツカサ!! ツカサが帰って来たぞー!!」
「ツカサ!! 旅はどうだった?」
いつもの海岸沿いでタクシーから降りるやいなや、
ボート屋の友人たちの歓迎を受ける。
パンコール島を離れてまだ20日ほどしか経っていないのに、
ずいぶん長い時間が流れたような気がする。

「ティオマン島で釣りしてたよ。」
「また水泡が出来ちゃって病院巡りだったよ。」
「クアラ・トレンガヌのセントラルマーケットが新しくなってたよ。」
「タイの南にも行ったんだけど、爆破テロがね・・・。」
土産話は尽きない。

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宿は毎回のことながら、Nipah Bay Villa(ニッパーベイビラ)。
ここでも宿のオーナーやスタッフたちが
「あはは。ツカサがまた帰って来たよ。」と笑ってはくれるけれど、
あいにく、いつも泊まっているシャレータイプ
(1泊95RM=約2850円朝食付き)の部屋が空いていないので、
宿の敷地の一番奥のアパートメントタイプの一室に腰を下ろした。

この建物、約2週間後のチャイニーズ・ニューイヤーに
この島にやって来る多くの宿泊客に向けて、
急ピッチで建設の進む未だ未完成の建物。
「ツカサは毎回ウチを使ってくれて知らない間柄でもないし、
 今回もロングステイだから。」
というオーナーの特別のはからいもあり、破格の値段で
新築、いや未完成のアパートメントの入居者第1号にさせてもらった。

もちろんの事ながら、部屋もシャワールームもエアコンもピッカピカ。
「ワーイ♪」
新品のベッドに大の字に倒れ込むボク。
「これだけ新しいと、さすがに虫はいないよね?虫は。」
と、水泡の一件ですっかり虫恐怖症になっているボクに、
部屋まで案内してくれたオーナーが言う。
「予定ではあと2日は、この建物には虫どころか、
 ツカサしかいないんだよ。
 あっ、でも夜は出るかもなぁ。虫じゃなくて・・・オバケ。」
________________それは虫と同じくらい嫌。



■Nipah Bay Villa
虫嫌いなボク専用にと、殺虫スプレー剤も部屋に常備(笑)。
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風に溶ける時間

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この島でボクは何をするわけでもなく、
毎日ボート屋の木陰でスタッフや地元の観光客たちとお喋りしながら、
船が帰って来たら船から投げられたロープを砂浜のアンカーに縛りつけたり、
戻って来た客達に貸し出していた救命胴衣やシュノーケリングセットを
受け取ったり、レンタル用のシーカヤック(カヌー)の修理をしたり、
時には客たちと船に乗り、船のへさきに立ち、碇が結ばれたそのロープを
たぐり寄せたり、海岸を歩く外国人観光客の客引きをしたり、
船の燃料が足らなくなれば、ボート屋の主人であるノンさんと一緒に
バイクに2人乗りし、片道8kmもの距離を空のプラスチックタンク2個を
提げて行き、帰りはそれに満タンのガソリンを入れ、ヨロヨロしながら
帰って来たり・・・。

ここまで書いているうちに、なんだかやたら忙しいんじゃないか?
と、誰もが思うかもしれないけれど、
実際はホントのんびりのんびりで、照りつける陽射しに混じって吹く潮風も、
バイクの後部座席で感じる風も、本当に気持ちが良いのだよ_______。

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モウカリマッカ?

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毎朝9時に起き、ズボンの下に水着を履き、
ホテルのレストランで焼いて貰った食パン2枚とフルーツジュース、
それとコーヒーの朝食をとった後、
サンダルをズルズル鳴らしながら海岸沿いの通りへ出て、
顔見知りの店主やタクシードライバーたちと
「スラマッ パギ〜♪(おはよう)」と笑顔の挨拶を交わしながら
ノンさんのボート屋まで。

日本語で「おはようっ!」と左手を高くあげるボクに対し、
ボート屋のみんなも「オハヨウ!」と手を挙げて応えてくれる。
しかし、最近ボクが変な日本語を教えたせいで、
誰もが言うようになったのが「モウカリマッカー!?」。

最初の頃は、ボクも面白くて「ボチボチでんなー!!」と応えて
いたのだけれど、朝だけでなく顔を合わせるその度に、
「モウカリマッカー!?」「モウカリマッカー!?」と聞いてくるように
なってしまい、挙げ句の果てにボート屋のスタッフたちばかりか
島の子供達も大きな声で
「モウカリマッカー!?」「ボチボチィーデンナー!!」。

「あのね。これは大阪の商売人同士で交わされる挨拶だからね。」
と、一応意味も教えたのだけれど、彼らにとっては意味など関係ない
様子で、その言葉の響きと、標準語とは違う、ちょっとしたスラングを
覚えた嬉しさで、それはそれは何度も何度もオウムのように繰り返す。
「モウカリマッカー!?」「ボチボチィーデンナー!!」。
オマエらしつこい・・・。
「モウカリマッチャー!?」「ボッチボッチデンバー!!」
しかも勝手にアレンジしてるし・・・。

仕事そっちのけで、ヘンテコな日本語を連呼するスタッフや
子供達の輪の少し外側で、
ボート屋の主人のノンさんが1人海をみつめながら、ボソッとつぶやく。
「モウカリマセン・・・。」

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プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

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