新宿2丁目・姫の最近のブログ記事

新宿2丁目にて

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「あら、こんな日にワタシに会いに来るキトクな客が
 いるもんだわね〜と思ったら、なんだ、ツカサか(笑)。」
______降りしきる雨とクソ寒い風に追われてやってきた自分を
カウンターの中のマスター(ママ?)が優しい笑顔で迎えてくれた。

ここのマスター(やっぱママ)には、自分がまだ初心(うぶ)な
19歳の頃から可愛がってもらっている(他意はない、他意は)。

他にお客も居ないし、また、こんな雨の日に来る気配もないので、
マスター(きっとママ)と二人で『Tears in Heaven』をBGMに、
たくさん笑い、そして泣いた。

願掛け

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ある人の為に『願掛け』をしようと思うのだよ。
自分の一番好きなモノをしばらく断とうと思う
のだけれど、一番好きなモノは・・・すでに断ってるし、
じゃあ二番目に好きなモノをしばらく止めるか。
いやいや、それもしばらく我慢している。
それじゃあ三番目・・・と、これではキリがない。

願いにすがるだけでは何も変わらない。
もしもその願いが裏切られた時に
自分はきっと後悔するだろう。
限られた時間の中で、『今』を一緒に笑い合うコトが、
自分に出来る『願掛け』だと思うのだよ。

_______指で折りかけた煙草に火をつけた夜。

楽しい?夕食

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都内の某高級中華料理店で夕食をご馳走になっただのだよ。
上海蟹やらデカいフカヒレやら、自分の金で喰うには
多分に勇気を必要とするモノばかり。

フカヒレ。美味いね。涙出そうになった。
出来る事なら、消化される前に、もう一回胃袋から
取り出して再び食べたいなどと思った自分は
既に負け組なのか。

少し話は戻って、冒頭の『上海蟹』を注文する時に、
オスかメスかを選べるのだけれど、以下は友人二人の会話。
「じゃあボクはオスちょうだい。」
「あら、アンタ、蟹でもオスが好きなのねぇ?(笑)」
「あら、悪い?グフフフフフ(笑)。」
普通の格好した60過ぎのおっさん二人が共に笑う。
こんなテーブルに普通の人は怖くて近寄れないのだよ。

託されるコト

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高知から帰京した夜。

羽田空港から新宿2丁目の馴染みの店に直行。

深夜、他のお客さんがみんな帰り、BGMも消え、
静まり帰った店内には自分とマスターと二人きり。

泣いた。

以下は自分の名誉の為に書き記しておくのだよ。
決して"辛くて悲しい"とかの理由だけで
泣いたわけではないのだけれど、
その理由の詳細は諸事情で説明出来ないので、
やや抽象的な表現になるのだけれど_____。

大切なモノを守りたいと強く願う気持ちは誰もが同じで、
それを自分に託してくれて応援までしてくれようとする、
その気持ちが有り難いほどにココロに浸みて。
なのに、大切なモノを守ろうとすればするほど、
『託されるコト』を拒まざるを得ない
「優しい」だけの自分自身がどうしようもなく悔しくて。

それはまるで子供のように、
喋るそばから涙が溢れてきて、
最後には言葉にもならないほど、
______泣いたのだよ。

優しいだけでは人は救えない。

退院おめでとう

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生活臭が染みつき過ぎてくたびれた
ダウンジャケットをクロークに預け、
スタッフが引いてくれた椅子に腰掛ける。
手渡されたメニュー横に書かれた値段に、
「この料理一品だけで、みんなでファミレスで
 腹一杯飲み食い出来るやんか。」などという
貧しい感想を喉元でこらえるのに必死になる。

新宿2丁目の友人のささやかな退院祝いに招待された、
新宿ヒルトンホテル内の某中華料理店での一コマなのだよ。

蟹肉入りのフカヒレスープを始め、
前菜からデザートまで、
料理はどれも美味しかったのだけれど、
自分の中のナンバー1は『ジャスミン茶』(アイス)。
『プーアル茶』も頼んでみたけれど、
あの『ジャスミン茶』の香りに勝るモノ無し。
と、ここまで書いて、もしもあの『ジャスミン茶』が、
市販のペットボトルの物だったらどうしよう。

食事を終え、友人の一人が宿泊している部屋に入り、
みんなで休憩したのだけれど、部屋の調度品も立派。
幾つか持って帰ってやろうかとも思ったのだけれど、
たとえ高級ソファを持って帰ったとしても、
我が家に置く場所も無いので止めた。

部屋から1階のバーに移動。
女性ボーカルとピアノ、ウッドベースの3人が奏でる
ジャズナンバーの数々は、
決して耳障りな域に達しないBGMで、客は銘々が
自分の会話を楽しみながら聴いているのだけれど、
ミュージシャンの悲しい性だろうか、
自分は聴き入ってしまうのだよ。
「あのボーカル上手いなぁ〜。」だとか
「そうか。そこはそういう持って行き方も
 アリやんね〜。」だとか
「あっ、ピアノの人。今一瞬困った(笑)。」だとか。
 
 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、
ホテルの前でみんなと別れ、
満たされた腹を落ち着かせるには
丁度良いホテルから自宅までのその道を歩く。

__________いつもより少し大きな歩幅で。

歩く

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そこにあるべき風景が
再び戻ってくるのは嬉しい事。
入院の為、昨年12月いっぱい
閉店していた新宿2丁目の店で、
マスターの復帰祝いの輪の中に
入れさせてもらったその帰り、
まだ電車はギリギリ走っている時刻
だったのだけれど、徒歩で自宅まで。

いつもより少しだけ多い星空の下、
客待ちのTAXIが並ぶその脇を、
自分の歩調を確かめながら歩く。
右、左、右、左・・・。
その度に、ポケットの中では
自分の帰りを待つ人も居ない部屋の鍵が
カチャカチャと寂しい音をたてるけれど。

____大丈夫。まだちゃんと歩けるし。
こんなふうに今まで歩いてきたのだから。

優しい人は一日にして成らず

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「優しいのね....。なんか、ちょっと
 ココロが温かくなったわ...。」と、
隣の席で、涙を流しながらそう言ってくれる人よ。
せめてアナタが女性なら、この先の展開も
少しは変わっていたかもしれないのだけれど__。

新宿2丁目でのお話。
その店には、それぞれの荷物を
背負った人がやって来ては、帰って行く。

帰京ー独りの部屋へー

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夕方。
羽田空港から新宿までバスで戻り、
その足でパソコン屋に向かい、
ブック型パソコン用のハードディスクを購入。

誰もいない自宅に急いで帰る必要もないし、
丁度お土産も提げているので、
新宿2丁目の馴染みの店へ。

同じく追悼式出席の為に高知に来ていた
店のマスターと互いの労をねぎらい合って、
深夜0時過ぎに自宅へ戻ったのだよ。

ただいまー。
誰も居ないリビングに響く自分の声。
けれど、今までのような寂しさと
少しだけ違ったモノを感じるのは、
今回の高知での時間が
何かを自分に与えてくれたからかもしれない。

オジ様?オバ様?

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昨日までのポカポカ陽気が懐かしいくらい肌寒い金曜日。
夕方。
シャワーを浴びた後、新宿の某一流「てんぷら屋」に行く。
もちろん自分の財布では、軽々しく行かれないし、
行く勇気もない。

店に入り、上着を預けた後、
先客二人の待つカウンター席へ案内される。

アラ。遅れるって言った割には、意外と早かったのね。
 もうちょっと遅く来れば安くあがったのに、。」

「アラヤダ。この子そんなにお腹が空いてたのかしら。」

「二人とも何言ってんですか。二人に早く逢いたかった
 だけですよ。へっへっへ。」

おネェ言葉丸出しのオジ様二人(オーバー60歳)の
先制パンチを適当な言葉と笑顔で交わしながら、
楽しい夕食会の始まり始まり〜。

エビや白身魚の天ぷらはもちろんのこと、
この季節、タラの芽やぜんまい、こしあぶらといった
春の山菜類の天ぷらがとても美味しかったのだよ。
自分の隣で繰り広げられるオネェ言葉漫才に
吹き出しそうになりながら、全て完食。
ごちそーさま。とても美味しゅうございました。
 

自分の事を我が子のように可愛がってくれるこの二人。
時には優しくしてくれ、時には叱ってくれ、
自分にとっては大切な家族のような存在なのだよ。
二人とも大病を患ったせいもあり、
「アタシたちももう長くないわねぇ。」などと、
最近頻繁に弱音を吐く二人の姿に、
『遺されるであろう側』のこっちは切なくなるし、
まだまだ元気でいてもらわなくては困る。
だってホラ、こーやって美味しい物も
ご馳走してもらえなくなるし____。

そんな憎まれ口混じりの励まし方をする自分に、

「ツカサはアタシ達のタイプじゃないし、
 どんなにご馳走したって無駄銭よね〜。
 あ〜もったいないわ。エビ吐き出しなさい。」などと
これまた憎まれ口を叩けているうちは
二人ともまだまだ大丈夫でしょ。

それにタイプとかタイプじゃないとか言う前に、
自分は「のん気(男性に興味のないいわゆる普通の男性)」だし、
そんな事、二人ともとっくの昔に知っているでしょ。
それともお歳がお歳なだけに、
とうとう「呆け」が始まったのかしら__________。

2丁目に咲く姥桜

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2日連続で午前4時まで花見なのだ。
花見と言っても、ソメイヨシノではなく、
新宿2丁目に咲く姥桜(ウバザクラ)なのだけれど。

パッと見は、一見紳士風なこの姥桜たち数名。
この姥桜たちが、またよく喋るコト喋るコト。
「アラヤダ、カツラが曲がってきちゃったワ。」
「アラ、曲がってんのはカツラだけじゃなくてよ。根性もでしょ?」
「それがさ〜、根性だけならまだ良いけど、
 最近腰まで曲がってきちゃってさ〜あ、ヤ〜ネェ。」
「アンタ、それは道に落ちてるお金探し過ぎたからでしょ?ヤダワ〜。」

誰かが言ったひと言をここまで膨らませる天才達の会話術に、
ただただ笑うしかない自分にも、
「アンタ、歯磨き粉のCMじゃあるまいし、
 ただ白い歯見せて笑ってりゃいいもんでもないのヨッ。」
と、攻撃ならぬ『口撃』を容赦なく浴びせかけてくる。

口は悪いけれど心優しい姥桜たち。
歳の離れた『のん気』の自分を快く仲間に入れてくれるばかりか、
時には『礼儀』や『人としての筋道』を説いてくれ、
時には迷っている人間に対して、標(しるべ)となる有り難いお言葉を
独特のお姉言葉でポンッと吐き捨ててくれる。
自分にとっては本当に楽しく、心から感謝するべき存在なのだよ。
けれど、そんな感謝を少しでも口にしようものなら、

「所詮、アタシらみたいな『棒の付いたおばさん』に
 教えられるようじゃ、アンタもお仕舞いねぇ。」などと、
からかわれるのは火を見るより明らかなので、
口が裂けても、また裂かれても絶対に言わないのだけれど。


『2丁目に 散りそで散らぬ 姥桜』___________お粗末。



※のん気:ノンケ。同性には性的興味のない、いわゆるノーマルな人。

夜に紛れて

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新宿2丁目に初めて足を踏み入れたのは、
19歳の頃で、そのきっかけは故はらたいら氏に
連れられてだった。

当時ウブだった自分は、その怪しげで淫靡な界隈を
行き来する全ての人々が同性愛者に見えて
(↑この時点で間違ってるだろ)、
きっと自分が隙を見せようものなら、さらわれて、
チンチンもお尻もあんな事やこんな事されてしまう、
そんな勘違いな恐怖心で、片時もたいらさんの傍を
離れる事が出来なかった。今思えば、逆にこちらが
ホモカップルに見えたかもしれない。

現在ではニューハーフや旧ハーフの友人知人も増え、
彼ら(彼女ら)のおかげで、たくさんの事を学び、
肉体関係は無いものの、心と心のお付き合いを
させてもらっている。

よく新宿2丁目未経験の人達に、
「行ってみたいけれど、危なくないですか?」と、
以前の自分が思っていたのと同じような質問をされる。
その度に自分は
「男性は時々はその筋の同性に
 ジロジロ見られたりもするけど、
 女性にとってはある意味安全な街なんじゃない?」
と、答えてきた。

けれど、最近の新宿2丁目は何処かガラの悪い若者が
目立ち、昔のような『文化とアイデアの発信地』たる
匂いを失いかけている危惧さえ感じる。

と、その若者達から見れば、自分の方こそ
『ガラの悪いオッサン』な自分の風体を棚に上げ、
今夜も新宿2丁目の夜に紛れ込む_________。

伊平屋の土産話(連日のゆんたく)

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実は台風の12日と13日の夜以外、
連日連夜"ゆんたく"にお呼ばれしていたのだよ。
"ゆんたく"とは、沖縄地方の方言で
「何人かで集まってする井戸端会議のようなもの」で、
早い話「飲み会」みたいなモノ。

ある時は島の居酒屋で、
ある時はホテルの敷地内のテラスで、
ある時は夜道を歩いていると、
すぐ傍の家の中から呼び止められ___。

そして、予定より1日遅れで島にやって来た
新宿2丁目常連軍団と合流したこの日の夜も、
島の青年団の祭りの後、
ホテルのテラスでゆんたくが深夜2時まで
楽しく繰り広げられたのだよ。
2007_iheya08.jpg

穏やかな気持ちで

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昨日のライブに来てくれたお礼も兼ねて、
新宿2丁目の馴染みの店へ。

「あの歌良かったわよ〜。沖縄の歌。」
「アタシなんてあの歌聴いて泣きそうになっちゃったんだけど、
 目の前で先に女の子が泣いててサァ〜、
 泣きそびれちゃった。悔しいワ〜。」
「アラ、そりゃ女の子が泣いてる方が絵になるわよ。
 アンタが泣いたって汚いだけじゃない。」
「ほっといてちょーだいっ!!」

狭い店内。還暦をとっくに過ぎたオカマ、
もとい、ナカマたちの「テニスのラリー」の
ような軽快なテンポの会話が飛び交うその間で、
グラスの中でカランと揺れる氷を眺めながら、
穏やかな気持ちでいられるひと時_____。

ボクはいろいろな人に支えられている。

お座敷バー

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新宿2丁目。
狭い店内に流れる三味線の音と歌声。
この夜、同席した小唄のお師匠さんと
そのお弟子さん達が即興の演奏会を
披露してくれた。

目を閉じるとなんとなくお座敷に居る気分だけれど、
目を開けると実際はオカマのマスターが微笑んでいる水曜日の夜。

しぶといオカマ

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バリ島フリークでもある新宿2丁目のマスター(ママ)が
今回のバリ島から買って来てくれたバティック(蝋纈染め)のズボン。
旅に出る時に持って行こう。
2007.10.15.jpg

そのマスターは今月末頃に再び手術をする。正確には三度。
一度目の時、ボクは落ち込み、
二度目の時、ボクは泣き、
そして今回。
ボクは笑っていた。

「オカマはしぶといっすからね。頭を潰さない限り死にませんよ。」
「私ゃハブかい?」
いつものように軽口をたたき合うカウンターのこちら側で、
願いも込めて思う事。

大丈夫。アナタはまだ生かされる___________。

越冬の地を求めて

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いよいよ明後日出発なのだけれど、
第1渡航先のマレーシアは常夏の国という事もあって、
このクソ寒い12月にTシャツにパーカーだけで、
成田空港まで行かなきゃならんのだよ。

さて、自分の事ばかりにかまけて、
今年お世話になった方々に年末のご挨拶にも行けず、
義理を欠いての今回の旅をどうかお許し下さい。

そのお世話になった方々の中に、この日記にも
度々登場する新宿2丁目のマスターも含まれるのだけれど、
実は今入院中なのだよ。他人にすごく気を使う人なので、
お見舞いに行くのも遠慮しているのだけれど、
どうか快方に向かって欲しいと心の底から願っている。

何はともあれ、
いろんな思いを背負って、ボクは明後日旅に出る___。

水疱を破るのだ!!

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「水泡は決して自分で破ってはいけない。自然に破れるのを待つ事。」
これは、数年前に此処マレーシアで皮膚科医から言われた言葉
なのだけれど、昨夜手に入れた二代目の抗生物質も効かない今、
パンパンに腫れあがった左手首の水泡が、周りの皮までひっぱって
痛いので、医師のいいつけもこの水泡も破る事にしたのだよ。

ライターで熱したカッターの刃を慎重に水泡の表面にあてると、
まだ切ってもいないのに、カッターの刃の熱で水泡破れ、
中から体液がピューッと勢いよく吹き出した。
この体液が体の別の部分に付着すると、その部分に再び水疱が
出来る「とびひ」の恐れもあるので、慌てて近くにあった
トイレットペーパーを水疱痕の穴にあて、体液を吸い出した後、
しぼんだ水疱の皮を剥がし、すぐに水道水で手を洗った。
皮が無くなってもまだ体液が滲み出てくるその傷口に、
消毒軟膏をすりこみ、ガーゼをあてて上からテープで止めるのだけれど、
なにせ右手しか使えないので不便極まりないったらありゃしない。
とりあえずこれで痛みは取り除けたのだけれど、
また同じ箇所に水疱が出来やしないかと不安でならない。
そこで、部屋を出て、再びホテル斜向かいのクリニックに行き、
受付で今朝までのいきさつを説明し、ドクターの診察を受ける事になった。

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「キミ、マレー語上手だねぇ。どこか学校にでも通ったの?」
「本だけですよ。旅の会話本だけで、なんとか。」
「へぇー凄いねぇ!! ところでトゥリマカシって日本語で何て言うんだっけ?」
「アリガトウでしょ、アリガトウ。」
「アリゲーターみたいだねぇ、ワッハッハッハ。」

陽気な医師は、ただ陽気なだけではなく、
「抗生物質が効かないとなると、過剰なアレルギー反応かも。」という
ボクの素人ながらの見解もきちんと理解してくれて、
左手首と左足ふくらはぎの水疱痕の傷口に新しいガーゼを貼ってくれた後、
新しい抗アレルギー剤を処方してくれた。
診療代は薬代込みで26RM(約780円)。
その陽気な医師の明るさに、不安で沈んでいた心も救われた気がする午前11時。

診療後、薬を出してくれる看護師の女の子に、
「旨い飯ってどこで食べられる?」と聞くと、その会話を聞いていた
別の看護師の女の子が、親切にもボクを途中まで案内してくれた。
「あそこよ。あとは1人で行けるでしょ?」と彼女が笑顔で指さした
先の食堂で、ナシ・ダギン(羊肉入りご飯:3.5RM=約105円)
コピ・オー・アイス(ミルク無し砂糖入りアイスコーヒー:1RM=約30円)
遅い朝食を摂った。


ホテルに戻り、昨日言い忘れた「効かないエアコン」の件をスタッフに伝える。
結局、部屋を変わる事になったのだけれど、とうてい一回では持ちきれない
荷物を何回かに分けて、今朝までの部屋と新しい部屋を何往復もする羽目に
なってしまった。
新しい部屋のエアコンは効くのだけれど、今度は部屋のTVが映らない。
すっかりTVッ子になっているボクは、スタッフの許しを得て、
自分の部屋のTVと他の空き部屋のTVとを交換。
額に汗を浮かべてTVを運ぶボクの姿を見て、
「アンタ、ホント変わってるわねぇ(笑)。」と女性清掃スタッフが笑うけれど、
だってTVが見たいんだもの。しょーがないじゃない。

体を動かせば腹が減る。おやつでも食べに出かけようとしたところに、
日本の新宿2丁目のマスター(ママ?)から電話が入る。
「病院巡りの旅してますよ(笑)。」とのボクの報告に、
「アンタまた変な病気になってんの?本当に大丈夫?」と心配をして
くれるけれど、実は彼(彼女?)は最近再発・転移した癌と闘病中で、
来週から放射線治療に入るらしく、ボクよりはるかに大変なのだよ。

「アタシの方は大丈夫だからね。
 とにかく楽しんで元気で帰ってらっしゃい。」
そんなふうにボクの事を気遣ってくれるマスターの優しさに
思わず泣き出しそうになってしまった__________。

やさぐれモード継続っ!!

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行き場を無くしたカップルに挟まれ、

チッと舌打ちをしながら出そうも無い自分の台を
拳の先で軽くこづくクリスマス・イブの夜。

やさぐれるボクの肩をポンと叩いて
先に帰る常連のおっちゃんがボクにくれた、
前歯の抜けた笑顔と「メリークリスマス」___。
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新宿蠅

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新宿ゴールデン街から新宿2丁目へ。
空中で同じ軌跡を描くハエのように、今夜も新宿の街を飛ぶ。
どちらの店にも、心温かい「オトコマエ」な店主がいる。
ま、前者は女性ママで後者はオカマなのだけれど_____。

元旦・夜

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「ボクはふたつの事が同時に出来ないのっ!!
 だから話しかけないでちょーだいっ!!」

お姉ぇ言葉丸出しで、両手を自分の頬にあてて
照れ隠しのポーズを取る還暦をとっくに過ぎた香川のオジさん。

だからといって、しゃぶしゃぶのお肉を
しゃぶしゃぶしない生肉のままでポン酢に付けて
食べようとしたり、
熱くなったお鍋を「コレ熱いから触っちゃダメよ。」と、
指さしたその指で触っちまうのは、天然ボケじゃなくて
本当の呆けの始まりかもしれないので、くれぐれもご注意を。

新宿2丁目のマスター宅で、おせち料理やお鍋を
たらふくご馳走になった帰りのタクシーの中、
「ボクも最近体調が良くないし、あと何回東京に
 出てこられるかしらねぇ・・・。」と香川のオジさんがポツリ。

誰もが拭い切れない憂いを背負っているけれど、
とりあえず今年もみんな健康に気をつけて、
今夜のように明るく笑って過ごせますように______。

いっときの雪

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帰り道。
見上げた闇から音もなく降ってくる白い雪は、
この憂鬱を覆い隠せるほど積もりはしないらしい。

たとえ覆い隠せたとしても
所詮は雪が溶けるまでの時間稼ぎにしかならないと
解ってはいるけれど_____________。

五分咲き

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昨日のライブの筋肉痛が
徐々に太もも辺りに出始めた夕方。
新宿2丁目の店の常連さんたちと
東中野で待ち合わせ。
まだ五分咲きの桜を見ながら
皆で高田馬場まで歩く。

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夜半。雷と雨。

ビッコひきひき舞踊会

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ここんとこ3日ほど左足裏に激痛が走り、歩くのもままならない。
ホントやわな体になったもんだ、加齢だ加齢だ年寄りだ、
と嘆いているうちにゴールデン・ウィーク最終日。

5月だというのにやけに肌寒い雨が伊達の薄着に凍みる中、
予め痛み止めを飲み、足裏に湿布を貼り、
途中新宿で2丁目のマスターらと待ち合わせをし、
ビッコひきひき向かった先は国立劇場。
知り合いの舞踊会に招待されていたのだよ。

ボクは舞も長唄もまったくの素人だけれど、
たまにはジャンルの違う世界を楽しむのも勉強になるわけで・・・。
などと偉そうにうそぶいてはいるけれど、
現実は、舞踊会終了後から駅に着くまで
ずっと「ブラジャーマン」を長唄風に歌って、
周りのみんなの半笑いを誘う、
単に「興奮を引き摺る子供」レベルでしかないのだけれど__。

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ロビーにて。

日除け対策会議

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宵の口に電話で呼び出され、友人Fの待つイ○バシ楽器新宿店へ。
Fが試し終わったギターエフェクターを購入し、晩飯を喰った後、
一緒に新宿2丁目の店に行き、マスターと後から店に入ってきた
常連さんを交えて、この夏の沖縄・伊平屋島に向けての
「日除け対策会議」に入る。

カウンターに某店のチラシを広げ、
やれこのタイプのテントは海には向かないだの、
やれこのテントは重いだの、コンクリートブロックが必要だの、
いい歳のオトナたちがまるで子供のように夢中になって論議する。
その光景は何処か微笑ましくも見えるのだけれど、
よくよく考えてみると、此処は新宿2丁目の老舗オカマ・バーなのだよ。

焼き肉が好きです

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他人様のお金で食べる焼き肉は、
「遠慮」という言葉を何処かに
置き忘れてきた日を境に、本当に旨い。

上タン・上カル・上ロース。
上ミノ・ユッケにエトセトラ。
人の金だしケセラセラ。
とどめはつけ麺 チュルチュララ。

「アンタ達 本当に遠慮しないで食べてくれたわね。
 じゃこれで、ビーチでのテント張りはしっかりやってね。」
と笑いながら勘定を済ませる新宿2丁目のマスターに、
「へいっ!喜んでっ!!」と勢いよく返事を返すボクたち人足1号2号。

本日、沖縄・伊平屋島で使う日除け用テントを購入_______。

どうなる!?伊平屋島ツアー!!

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記者後記______________________。

沖縄・伊平屋島ツアーにおける「日除け対策追加補正案」が
新宿2丁目連合(6名)を除くアーティス党メンバーの全員賛成
により可決したこの日未明。早速、先日購入した日除けテント
よりも一回り大型の追加テントを購入した他、ビーチ・チェア
数脚も購入したアーティス党。
これで、一連の「日除け対策」には目途がついたようにも思われる。
しかし後に残された「伊平屋ミニライブの機材及び候補曲案」や
「異物が口に入れるのが嫌でシュノーケルを
 咥えられないわがままな友人Fの為の補正案」並びに
「ホテルでの部屋割り法案(オカマ隔離法案)」など、
少数与党であるアーティス党にはまだまだ課題が山積みである__。

2009.05.27.jpg

今日こそはテントを張る練習をしておかないと、明日合流して
くる年寄りのオカマ、もとい、ご年配のオカマ、違った、
ん〜要するに還暦とっくに過ぎたオカマに叱られる。
今日到着したN女史を港で出迎え、一旦ホテルに戻ってから、
テントや椅子を車に積み込み、いつものビーチへ向かった。

ギラギラと照りつける太陽の下、早速みんなでテント張り作業を
開始する。
叱られるだけならまだしも、そのオカマスターにすっかり気に
入られている友人Fは、夜中に夜這いをかけると脅されている為、
必死で農作業用のクワを使い、炎天下の砂浜に、ポールを立てる
為の穴をせっせと掘る。ふたまわりも歳の離れたオカマに掘られ
るのがどーしても嫌で一心不乱に穴を掘る。
友人Fよ、穴を掘れ。掘られたくなければ穴を掘れ。
♪泣くのが嫌なら 穴を掘れ〜♪水戸黄門のメロディーに乗せてみる。

____約1時間後。
ようやくテントを張り終え、すっかり日焼けしたボクらの顔には
疲労の色が色濃く残っていて、すぐにシュノーケリングを楽しもう
などという気分にはなれず、誰も自分の椅子から離れようとしない。
しばらくして、回復力が速い歳の若い順で次々に海に入ってゆくその
姿を、ただ見送るだけしか出来ないボクと友人Fの頭上で、
ネイビーブルーのテントが夏の風にはためいている昼下がり____。

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「アタシのお尻ばかり撮るんじゃないわよっ!」
カメラを向けるボクから逃げるように、
内股で波打ち際にかけてゆく初老のオジサンの向こうでは、
新宿2丁目のマスターがカラフルなビキニパンツ姿で
伊平屋の海を眺めている。
彼らを良く知るボクからすれば、それはそれで微笑ましい
光景なのだけれど、関係者以外から見ると明らかに異様な光景だろう。
本日昼過ぎ。新宿2丁目チーム第一陣が到着した。

午後3時過ぎに海から上がり、一旦宿に戻り、午後便でやって来た
2丁目常連チーム第二陣を迎え、夜7時に皆で夕食を済ませた後、
馴染みの居酒屋へ場所を移し、仲の良い地元の人たちも
交えた賑やかな宴が始まった。


2009.07.11_02.jpg

シャコ貝やヤコウ貝の炒め物を酒の肴に、思い出話に花が咲く。
そんな宴もたけなわな頃。すっかり酔っぱらった2丁目のマスター。

「テント張ってくれてありがとうね。
 でもちょっとだけ張りが足りなかったから、
 せめてキスだけでもさせなさいよっ!!」

と、友人Fを力ずくで襲う。友人Fの方もクールな笑顔を崩さず、
それでも結構真剣に両腕でガードする。
そんな二人を包むみんなの笑い声がいついつまでも絶える事なく、
白熱灯の灯りに溶けてゆく夜_______________。


2009.07.11_03.jpg
ね、結構必死やろ。

カマ不幸な日々

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この日記のようなモノにも度々登場する新宿2丁目のマスター。
実は今年2度目となる癌手術の為に、10月から一時的に店を
閉めている。数年前、決して生存率が高くはない種の癌が
見つかり摘出手術をし、その後も再発や転移の度に、
手術や放射線治療や抗ガン剤治療といった癌との
イタチゴッコのような闘いもこれで4度目。

ここだけの話、来年2月には5度目を控え、
さながらボクシング世界チャンプの防衛戦のようだ。
事態は必ずしも楽観視出来ない事は当の本人だけでなく、
ボクら周囲の人間も重々承知なのだけれど、
ついついこちらがそんな軽口を叩いてしまえるのは、
彼自身が癌という病気と対峙しながらも、病気する前と
何ひとつ変わる事なく常に明るく前向きで、もし仮に自分が
同じ立場に立った時、はたしてこのように逆に周囲の人を
勇気づけられる人間でいられるかと考えさせられるほどの姿を
目の当たりにしてきたからこそ。

そりゃあ事情が事情だけに、時々は弱音のような台詞を吐くけれど、
すぐに背筋をピンと張り直すその姿に学ぶべき事数多く、
差し詰め、「還暦をとうに過ぎたオカマに見る人間美」といったところか。

「12月は久しぶりに顔を見せてくれる人も多いから、
 来週には店を開けるわよ。
 それに_____、
 ツカサがなんとかいっぱしになるまでは死ねないしねぇ。」

と、お姉ぇ口調でボクに妙なプレッシャーをかけてくるマスターの
その言葉に、だったらこのまま半端者で居続けてやろーか、
と少しだけ思ってしまう、
なんとも親不幸ならぬカマ不幸な受話器のこちら側______。

桜か酒か

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毎年、桜の咲くこの時期に東中野から高田馬場までの
神田川沿いを、新宿2丁目の常連客のみんなと
夜の桜を愛でながら歩き、高田馬場での酒席で
締めくくるのが慣例となっている。そして今夜も。

「みんな歩くの速いっすよー。早く酒を呑みたいのは
 解るけど速いっすよー。桜愛でてないっすよー。」

ボクよりずっとずっと年上にもかかわらず
その健脚ぶりをおおいに発揮する先輩方の
背中に呼びかけながら、桜の軒下をくぐって歩く神田川___。

花咲爺さん

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最近思ったんだけど、ボクやっぱり少し変なのかしら?」
と、真顔のままオネェ言葉で自問自答する還暦をとっくに
過ぎたオジサン。昨日のライブの為にわざわざ四国から
上京して来てくれたその彼の「昔からずっと変」なエピソードを
酒の肴に、会話の花が咲く新宿2丁目の馴染みの店。

ま、花が咲くと言っても、
共に還暦とーっくに過ぎたマスターとその彼が中心なので、
咲いても姥桜なのだけれども_____________。

籠もってます

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今週明けから再びというか三度というか、
いやこれで何度目かも忘れたのだけれど、
新宿2丁目の馴染みの店が2週間ばかりの
休みに入った。
マスターの癌治療の為の入院にともなう
休業で、その事は前々から知らされては
いたのだけれど、立ち寄れる店が無いと、
なんだか憂鬱な気分にもなるのだけれど、
この時期は、休眠会社の決算書作成やら、
まだしていない再登記申請書作成やら、
次のライブのフライヤー作りやら、
使えない写真DATAの選別やら、
レコーディングの準備やら、
まー何かとやらねばならぬ事だけは山ほどある。
ダラダラとでいいから、さて何から手を着けようか___。

姫の会atゴールデン街

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新宿2丁目の某店の常連客たちで
結成された「姫の会」。
店のマスターが入院するその都度、
会合なるものが開かれるわけであるけれども、
今回は幹事を任されていたので、どーせなら
ボクの夜の新宿周回ルートである
新宿2丁目と新宿ゴールデン街を繋げれば、
新たな出逢いに役立つんじゃなかろうかと、
その思いを汲んでくれたオトコマエな店主の
粋な計らいで、店を貸し切りにして行われた
今回の「姫の会」。
京風居酒屋バー「先斗町」のオーナー・I氏並びに
オトコマエなスタッフJ氏に心より感謝申し上げまする〜。

取引してや

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「退院間近になって薬の副作用が出て・・・。」
新宿2丁目のマスターの退院が伸びた
という知らせを本人から受けた月曜日。

神様神様。アンタのその目の前に置いてある
今回のドリームジャンボは、いや次のサマージャンボも、
その次のオータムジャンボも、なんやったら
これから買うすべての宝くじも当たらんでえーから、
マスターの副作用を弱くしちゃってくれんだろーか__。

ホーレィ that hole

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オカマたちが来る前に
テントを張るのだ穴を掘れ
オカマたちが来る前に
ポール立てるぞ穴を掘れ

オカマたちが来る前に
さぁさ 急いで穴を掘れ
オカマがくつろぐその場所に
違うぞそれは墓穴だ

青い海にも入れぬままに
かれこれ2時間炎天下
風にあおられ舞うテント
倒れるポール また最初から

穴を掘れ(ハイ ハイ ハイ ハイ)
穴を掘れ(ハイ ハイ ハイ ハイ)
掘られたくなきゃ 穴を掘れ

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賑やかというかもはや五月蠅い

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新宿2丁目の古株オカマスターK氏を筆頭に、
今回は漫画家の故・はらたいら氏の弟子でもあり、
同じく漫画家のさとう氏も5年ぶりに同行した
後発隊・通称「オカマ軍団」が合流し、
総勢12名と賑やか且つグループの平均年齢が
思い切り跳ね上がったこの日の夜の酒の席。

昼間、汗だくになってテントを張った友人Fの
股間めがけて顔を埋めるK氏御年68歳。
きちんとテントを張ろうが張るまいが、
こうなる事ぐらい最初から解っていた事ならば、
友人Fよ、そんなに本気で嫌がらず、
少しはズボンをずり下げてやるなりしちゃりなさい。
お年寄りはいたわりましょーって学校でも習ったやろが___。

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アリガトーなライブ(後半)

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とりあえず自分のライブは終えたのだけれど、
ここからまだまだ続くので、書く方のこちらも
読む方のそちらもしんどいだろうから、
ここからは早送りでダダーッとご紹介しようね。


↓漫画家さとう有作氏による「カエルの歌」独り輪唱と
  「静かな湖畔の森の影から〜」の独り輪唱
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あ〜、さとうさんのコレ聞いたの自分の結婚パーティー以来だ、
とほろ苦い過去を思い出してしまった。



↓ホテル西江の主人K氏(おとーさん)の三線沖縄民謡
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↓H氏が披露してくれた伝統舞踊
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↓ばっくれていたトコロをボクに電話で呼び出された
   旧友M氏による三線沖縄民謡
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タイのお坊さんではありませぬ



↓M氏の三線とF氏の太鼓に合わせカチャーシーを踊ってみたら・・・
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↓次々に舞台に上がり、老若男女+オカマ入り乱れてのカチャーシーに
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↓ボクの釣りの師匠でもある西江家の長男T氏とH氏の踊りがあり、
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↓伊平屋島郵便局長のY氏が照れながら舞踊を披露する姿があり、
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↓ホテル西江のおとーさんの弾く三線でおかーさんが舞踊を披露してくれ、
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↓その流れで新宿2丁目オカマスターK氏も混じっての舞踊になり、
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↓とりあえずみんな落ち着けと、三線とギターによるステージに切り替え・・・
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↓・・・てはみたものの、酔った西江家兄弟がエイサーを始めると、
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↓しまいにゃ区長がビールと泡盛を手に下げて
   酔拳のごとくエイサーになだれこみ、
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最後は収拾不可能な状態だったけれど、本当に楽しい時間をアリガトねー!!

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笑っているといふコト

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新宿2丁目の店の常連たちで作る会の忘年会。
様々な職種、様々な世代、様々な癖、様々な事情を
抱えた人たちが集い、こうして本音で笑い合える時間が
たとえ永遠ではないにしろ、いや永遠ではないからこそ、
やはり笑っている時間が多い方がいいのだよ。

折しも今日、会の主役である2丁目の店のマスター(68)は
これで何度目というくらい、またもや出来た癌の治療の為、
病院に入った。
「今度こそ子宮癌かしら。」と笑い飛ばしながら___。

御年68歳のオカマスター

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この日記のようなモノにも度々出てくる、
ボクの「東京の親」代わりでもある新宿2丁目のオカマスター、
御年68歳が先週土曜日に腸閉塞で緊急入院した。
彼(いや彼女?)は長い間、延命率が高くない癌との
闘病で、何度も腹を切ったり、カテーテル手術を受けたり、
許容量ギリギリの放射能を浴びたりして、それは現在も
継続中なのだけれど、一昨年にも一度腸閉塞を起こして
いて今回が二度目なので心配ではあるのだよ。
けれど、店の常連を始め、ボクらは心配以外はしてあげられないし、
以前此処でも書いたように、生きているうちはなるべく皆で
笑って過ごしましょうという、とっても狭い店のカウンター越しに
交わした彼(いややっぱり彼女?)との約束があるので、
ここはひとつ、店の常連客の中でも「ひねくれた子」的な存在の
ボクが元気付けをせねばと、
「これは、この間にマレーシアへ行けっていう神のお告げかも」と、
入院先の彼(もーオバサンでいいやオバサンで)にメールをすると、
翌日ではあるけれど、
「アンタ、ボクを置いて行ったらただじゃおかないわよ。」と、
十分脅しにも取れる返事が来た。オカマの執念は怖い_____。

無知な善意のテロリスト

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「飛ぶわけないじゃないっ!
 ボクの体重が何キロあるかアンタ知ってんのっ!?」

と、早口なお姉言葉でのたまうのは、ボクが日頃から仲良く
させてもらっている60歳も半ばを過ぎた御仁。
お茶の世界ではそれなりにお偉い方だそうだが、
ここでは四国の御仁としておこう。

さて、その四国の御仁。
今回の大震災で被災に遭った被災地の方々に物資を送ろうと、
早速地元のスーパーに出かけ、カセットコンロ用のボンベ
数十本余り買って帰り、いざそれを宅配便に依頼したのだが、
カセットボンベは「危険物」なので、たとえ1本でも
個人は宅配等では送れない。ましてや数十本など危険極まり
ない量である。
どうしようコレ。
 ボク一人暮らしだし、死ぬまで鍋しても使いきれないわ。

と、落ち込む電話の向こうの御仁に、なぐさめの声をかける。

「お尻に1本ずつ挿して火をつけて東京まで飛んでくれば?
 高度が下がったら、サッと新しいのを挿し替えて。」
で、文頭の言葉である。

いやいや、体重が軽かろうが重かろうが、
カセットボンベでは人は空を飛べない。
喉もとまで出そうになった言葉を呑み込んだ。

四国の御仁が優しいのは、ボクを含め彼を知る誰もが
認めるところであり、そんな彼が少しだけ、
ほんの少しだけではあるけれど、何かが足りない事も
誰もが認める周知の事実でもある。
ボクはそんな四国の御仁が大好きだ。

という心温まる無知な善意のテロリストのお話_____。

想像妊婦

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タバコも切らしたし喉も渇いたので、
アスファルトに当たって白く跳ねるあられを
靴の先に見ながらコンビニまで。

東京の水道水から放射能が検出されたというニュースが
流れてからこちら、コンビニの商品棚にミネラルウォーターの
姿はもちろん無く、再び買い占めが起こり始めた事は
察するに容易で、まったくなんだかねーな気分なのだよ。
当分の間、母子手帳提示を義務付けすれば
こーゆーあさましい事も少しは減るんじゃないかね?
と、これまた浅はかな考えを巡らしながら、
レジカウンターで「妊婦です!妊婦です!」とわめき散らす、
スイカを腹に入れた知り合いのオカマを想像して
気分を持ち直す水曜日______________。

花より団子

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「驚かせてやるんだからKには内緒にしててね。」
今日で数えの70歳になる新宿宿2丁目のオカマスターK氏の
誕生日を祝うべく、K氏本人には内緒で、はるばる四国から
出てきた60歳半ば過ぎのオカマ、いや失礼、四国の御仁と、
(「無知な善意のテロリスト」2011年3月21日参照)
新宿の某一流天ぷら料理店で夕食を済ませ、2丁目に向かう。

途中、厭味の意味も込めて買った一輪の
芍薬(シャクヤク)の花を手に、
「立てば芍薬、座れば牡丹〜♪ねぇ、Kはどんな顔をするかしら?」
などと、相変わらずのおネェ言葉で、崩れた鬼瓦のようなその顔を
さらに崩し、悪戯っ子のような笑顔を浮かべる姿が可愛くも見える。
自分の名誉の為に言っておくけれど、ここでの「可愛い」は、
異性に対しての「可愛い」という感情ではなく、例えるならば
お爺ちゃんやお婆ちゃんが可愛く見える時のようなものなので
くれぐれも誤解の無きよう。

K氏の店に到着し、最初は予想通りというか、まーご想像通りの
サプライズとK氏の喜びようであったのだけれど、
ほどなく、K氏抜きで某一流天ぷら屋に行った事が本人に知れ、
お年寄り同士、いつもの罵り合いが始まる。

「アンタ、誕生日のボク抜きで行くとはどーゆー事よ?」
「あらアンタ、天ぷら嫌いって言ってなかったかしら?」
「彼処の天ぷらは別よっ! アンタ、ケチねー。!」
「あら、それがはるばる出てきた友達に対する言葉かしら?」
「あらアンタ、いつから友達になったの? お偉いのねー。」

お互い命に関わる大病を患っている最中の年寄りとは
思えない、そんな二人の元気な罵り合いを見守る花一輪。
果たしてこのオバチャンたちは、この芍薬(シャクヤク)の花言葉が
「はじらい・はにかみ・内気」と知っているのだろうかと、
ふと思った月曜日___________________。

習うより慣れろ

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店主K氏お手製のタケノコご飯に釣られて、
今宵も新宿2丁目へ。
常連客たちも帰った23時過ぎ。
先日の誕生日プレゼントの花たちが賑わうカウンターの
あちらとこちらで、ボクは買ったばかりで
使いこなせぬスマートフォンと、
マスターはマスターで、誕生日にボクらがプレゼントした
水中デジカメと、それぞれ格闘する金曜日______。

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喰えていないイメージ

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「H報堂のRさんたちから美味しい炒飯の
 お土産を貰ったからいらっしゃい。」

夜遅く、マスターに電話で呼び出され新宿2丁目へ。
夕方に食べた遅い昼飯がまだ腹の中に残っては
いたのだけれど、2丁目の常連たちは未だに、
ボクの事を飯もままならない人間として認識して
いるので、こちらとしてもその期待に添うべく、
相手を待たせすぎないようTAXIで駆けつける。

本当は行きと帰りのTAXI代で十分旨い物の
一品や二品は喰えるのだけれど、わざわざ
呼んでくれるマスターの気持ちが嬉しくて、
あまり空いてもいない腹に炒飯をかきこむ木曜日___。

お年寄りには優しく

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■沖縄・伊平屋島2011-6日目・前半-

お年寄りには優しく______。
小さい頃からそう教えられてきた。

肌を刺すような日差しが照りつける通称カズミビーチに、
自分たちの荷物の他、テント用具2式を担いで下ろしたのは、
もう2時間も前の事。真っ青な海を目の前にして、
いまだ先発隊の誰一人として海にも入れていないその理由は、
本日昼過ぎに合流してくる後発隊8名(70歳手前のオカマ2名を含む)の
日除けテントを建てる事が最優先だからなのだよ。
昨年、熱中症になった教訓を活かし、まずは自分たちのテントを建て、
その日陰の下で休んだり、作業中も十分な水分補給をしていたつもり
だけれど、やっぱり熱中症寸前の若手と呼ばれる中年先発隊。
そんな「お年寄りに優しい」ボクら先発隊の頑張りにより、
強い海風にも負けない立派なテントが建った。
パチパチパチ。隊員諸君! 今年もホントーーーにご苦労であった!!

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まもなくして、山側の斜面から70歳手前のオカマを含む後発隊8名が、
ゾロゾロと下りてきて、挨拶もそぞろ、ボクら先発隊の頑張りを労うわけでも
礼を言うわけでもなく、それぞれの椅子にドカッと腰掛けて、ビールを
飲み始める者、釣りの仕掛けを作り始める者、泳ぐ準備をする者、
銘々が自分のペースでうごめき始める。
仕方ない。こちらはこちらで別に礼を求めているわけではないのだから。
あくまでも小さい時からの教え「お年寄りには優しく」を守っているだけなのだし。

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ただ、「年寄り」の割に、隣のテントでグッタリしているボクら先発隊より
ずっと元気な上、やれテントの張りが甘いだの、やれ今朝のウンコは
堅かっただの、ピーチクパーチクと五月蠅いので、
彼らから少し離れた先発隊テントの下、熱中症寸前の体を休めながら、
小声で言う。
「黙れジジィども。埋めて帰るぞ。」

お年寄りには優しく。

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後発隊の中で一番先に、自慢の水着姿を披露しながら、
内股で波打ち際にかけてゆく御年67歳の御仁の背中に声をかける。
「下着姿で泳ぐなオバサン。」
くれぐれもお年寄りには優しく____________。
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酔っぱらい達の輪の外で

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■沖縄・伊平屋島2011-6日目・後半-

広々とした敷地の中に、これまたドデカイ家を建てたのは、
ボクの釣りの師匠でもある西江喜伴氏。
その新築祝いを兼ねた夕食会へ。
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↑庭石代わりにサンゴを敷き詰めた贅沢な庭先でバーベキュー


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↑「オレの家でもないのに、なんで焼く係なのサ〜?」と、照れ隠しの文句を
 言いながらもみんなの分を調理するミヤギ フミタカ氏。

で、酒の肴は・・・
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↑海老の刺身の他に、これだもん(笑)。贅沢過ぎる。


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↑山盛りサザエ。


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↑牛ステーキ肉。

この他にも、島の友人のハヤト氏が海で漁ってきてくれた魚の刺身や、
本当にどれもこれも旨かったのだけれど、ボクが一番旨いと思ったのは、
クチョーこと藤田氏(現・前泊地区長)が差し入れてくれた、
彼特製の海老のサラダ・ガーリック風味だったりするのだよ。



あれだけ大量にあった酒の肴も底を尽き、今度は島の居酒屋に移動する
というみんなを島の友人たちと見送り、後片付けを済ませてから、
居酒屋に行ってみると、案の定というか、そこは既に度を超えた
酔っぱらいたちの奇声やら罵声やらが飛び交う場に。
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その収拾不可能な酔っぱらいたちの輪の外側。
すっかり気後れしてしまったボクの腕の中では、
輪の中に参戦しに行った島の友人夫婦から預かった5ヶ月の赤子が眠る。

酔っぱらいたちの喧騒をよそにスヤスヤと寝息を立てているその子を
起こさぬよう、祈るかのような独り言をその可愛いオデコに呟く。

「あんなオトナになっちゃダメよ」_______________。
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真っ直ぐな人たちに支えられ・2

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■沖縄・伊平屋島2011-7日目・中盤-

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よく見る顔、久しぶりの顔、初めての顔。
みんな集まって、ライブの始まり始まり______________。


まずはこの日の為に、わざわざ集合してくれた伊平屋島・青年団のみんなの
エイサーからスタート!!
ん?突然照明が消えたね。水銀灯って再び灯るのに時間がかかるのよね。
ん?今度はエイサーの曲が入ったCDの調子が悪いね。
まーまーいいじゃないか。
気分を改めて思い切り踊ってくれ島の若人たちよーー!!

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普段は各自の仕事に追われているにもかかわらず、今夜ここに集まってくれ、
本番の衣装まで着て踊ってくれる島の若者達のこちら側で、
その様子をじっとみつめる新宿2丁目オカマスター。
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彼はここ数年、ステージで言うとけして低くはない癌と闘っている。
そのマスターが今年に入り、初めて弱音を吐いた。
渡島前、電話でその事を島の青年団のリーダーである宮城兄弟に伝えると、
自分たちエイサーを見てもらってマスターを励ましたい、と
二つ返事で快諾してくれたどころか、青年団の仲間達にも事情を伝え、
他の仲間達も、オカマスターとは直接的には面識がないにもかかわらず、
「ボクらのエイサーを見て元気になってくれるなら。」と、
忙しい時間の合間を縫って今夜集まってくれ、
誰もが額に汗を浮かべながら、本気で、笑顔で踊ってくれている。

その男気に感謝。いや、島の可愛い女子たちも含めて。
キミらの心意気に「ありがとう」________________。

遊びとはいえ本気です

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■沖縄・伊平屋島2011-7日目・後半-

島の青年団のエイサーの後はいよいよボクのライブ。いざっ!
と、ステージで音を出し始めるも、おやおや?サウンドチェックの時と、
まったく音のバランスが違うじゃないか!?
聞くところによると、勝手を知らぬ子供がミキサーを
グチャグチャ弄ったらしい。
ま、まーええわ。今さら仕方ないし。
一曲目を急遽変更して、「STAND BY ME」唄っている間に、
なんとか、とりあえずのバランスを取ってねヨロシク、ダーリンダーリン♪
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2曲目は夏の伊平屋島を舞台にしたオカマがモデルの
「OH! カマサマー!」

3曲目は、毎年毎年オカマたちのテントを建てる先発隊の悲哀を唄った
「ホーレィ That Hole!(掘られたくなきゃ穴を掘れ)」

4曲目は、先月先に逝った高知の旧友を偲ぶ
「Tears in heaven」 by E.Clapton

5曲目の伊平屋島をテーマにした「照るしのウタ」を唄い始める頃には、
ステージから右側に広がる海の上、満月がその水面を照らす。
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♪月よ月よ今夜も照らせ 余す処なくすべてを照らせ♪


6曲目は、高校進学などの理由から15歳でこの伊平屋島の親元を離れ、
生きてゆかねばならない島の子供達へ。
「島人ぬ宝」 by BEGIN
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♪ボクが生まれたこの島の海をボクはどれくらい知ってるんだろう
 汚れてくサンゴも減ってゆく魚もどうしたらいいのかわからない♪

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♪いつの日かこの島を離れてくその日まで
 大切なモノをもっと深く知っていたい___それが島人ぬ宝♪


7曲目は、そろそろみんなも泡盛で良い気分になっているところで、
高知の"酔うたんぼ(酔っぱらい)"のオッチャンの歌
「やっていきちや!」で、お馴染みチヤチヤの掛け合い。

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最後の曲となった8曲目は、沖縄民謡から、
楽しい"ゆんたく"の様子を唄った「遊び庭(あしびなー)」

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島の人たちから「大和んちゅーなのに、よくマスターしたね。」と、
お褒めの言葉を頂き、ちょっとした嬉しいサプライズで驚かされた後、
気分を改めてのアンコール曲は、
新宿2丁目のオカマスターからのリクエストで、
「Wonderful Tonight」 by E.Clapton


今夜ライブに集まってくれたたくさんの島の人たち、
島の青年団のみんな、フミツグ、ハヤトを始めとする
創作エイサーのメンバーたち、みんな本当に有り難うね。
新宿2丁目のオカマスターのお礼の言葉は、
涙と鼻水でグジュグジュ過ぎて、いったい何を言っているのか
解らなかったけれど、みんなの心意気はマスターの「生きる」勇気に
きっと繋がったはず。本当に本当にありがとう。

最後に友人Fよ、手伝ってくれて有り難う。
これからしばらくは感謝しているので、オマエの嫌いな刺身も「喰え」とは
言わんから安心せい。ほんのしばらくの間だけれどね_______。

見たかったのは別の芸(ゲイ)

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■沖縄・伊平屋島2011-7日目・オマケ-

オバケじゃなくてオマケね。
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ルージュは赤ビニールテープ、
アイラインは黒と青のビニールテープ、
髪飾りはティッシュ。
低予算で「汚いオカマ」の出来上がり。
何度もの手術を経て体力もすっかり落ちたせいで、
「今出来る芸はこれぐらいかしら?」と
久々にステージに立った姿がコレ。
かつて美空ひばり嬢に振り付けを教えた事もある逸話を
彷彿させるダンスと、歌舞伎の睨みにも似たカマの形相。

あー、あんまし見てると夢に見るよ夢に。

しばしの別れ

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■沖縄・伊平屋島2011-8日目・中盤-

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わざわざアナタの為だけに用意してくれた紙テープの
その全てが千切れ、離れてゆく船と岸壁の間に消えようとも、
その姿が見えなくなるまで、アナタに手を振り続けてくれた
島の友人たちがこちらに投げかけてくれた言葉。
それは「サヨナラ。」ではなく「またね。」

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午後5時。避難便にて伊平屋島を離れる_____________。

止まらぬ時間

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此処でも度々顔を出していた新宿2丁目のオカマスター。
ボクの東京の父親代わりでもあり母親代わりでもある。
そのマスターから、体調不良の為、43年間続けてきた店の
閉店を知らせるメールが届く。
マスターが病気を発症して6年。
いつかはと常連客の誰もが覚悟はしていたつもりだけれど、
ボクの希望的観測よりもずっと早いそれに動揺隠せぬ月曜日。
静かな部屋の壁に掛かる時計の針の音さえ腹立たしい。
どうしても別れの準備をしなければならんのか。





_____________寂しいじゃんか。



平均台の上で

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新宿2丁目のK氏。
本日も店を休むという。
その電話の声が弱々しく
いつもの気丈さが覗えず。

何も出来ない歯がゆさを奥歯に挟んだまま、
来月公演予定の芝居の顔合わせに向かう道中。
ボク自身、平均台の上を歩いているかのように__。

新宿二丁目「姫」

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新宿2丁目「姫」。
故・はらたいら氏に初めて連れられて行ってから26年前からずっと、
ボクの逃げ場所だった所。
猥雑な2丁目のネオンの下を丸めた背中でかいくぐり、
そのドアを開け、急な階段を上ると、いつもそこに優しい笑顔があった。
その笑顔についつい甘え、この数年は特に入り浸ってしまった場所。

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自分の東京の親代わりであるマスターを始め、
マスターを通じて知り合ったたくさんの先輩方に、
「不出来な息子(ガキ)」として多いに可愛がってもらった場所。
自分にとって此処は夜の学舎だった。

「姫」のマスターとして43年という長いステージを全うするはずだった今夜。
途中、マスターの体調が急変し、代わりにカウンターの中に入った自分に、
マスターほどの働きが到底出来るはずもなく、閉店予定時間の1時間半も
前での慌てての幕引きに、自分はやはり最後まで不出来な息子(ガキ)
だった事を痛感する。
名残惜し気に階段を下りて行く常連さん達を見送った後、
幾分気力を取り戻したマスターと一緒に後片付けをした。
洗ったグラスを丁寧に拭き、ひとつひとつ棚に戻し、
いつものようにカウンターを拭き、ゴミ出しを終える。
マスターのその一連の作業がいつもと同じ過ぎて、
また来週も店に来てしまいそうな感覚になってしまったのだけれど、
最後に、もう二度と明かりの灯らない店の看板を消して、
店のドアの鍵を閉めるマスターの小っちゃくなった背中を見て、
ああやっぱり今夜が最後なんだと思い知らされた、
新宿2丁目「姫」最後の夜__________________。

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穏やかな時間の中で

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新宿二丁目「姫」マスターご夫妻と二代目嫁と友人Fとで
店の片付けをした後、皆で焼き肉を食べに行く。

「ボクらに気ぃ使って、焼き肉とか。
 病人なんだから、消化の良い物だけ食べてりゃいいのに。」

「病人病人言わないでちょーだいっ! 食べたい物食べさせなさいよっ!
 ビールちょうだいっビール。」



抗いようのない悔しさだとか寂しさだとか、
それぞれの胸にいろいろな思いはあるけれど、
それでもボクらは笑っている。
いつもと変わらず笑っている________________。

静かな時間の中で

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某大学病院の病室。
痩せ細った体をベッドに横たわらせ、
眼力を何処かに忘れてきたかのように、
虚空の一点をみつめる彼は、
前回電話で話した時よりもはるかに弱々しく
なってしまった声でボクに言う。

「このMP3プレーヤー・・・壊れちゃった・・・みたいなの・・・。
 新しいの・・・買ってさ・・・、音楽・・・入れて来てくれる?
 複雑なのは・・・イヤよ・・・。ボタンの・・・少ないの・・・・。」

「了解!! 明日にはちゃんと入れて持ってくるね。」

「ツカサ・・・。アンタ・・・いつも・・・、
 返事だけは・・・いいけどね・・・。」

「あーはいはい。それより簡単にくたばられたら、こっちも
 マレーシア行ってすぐ帰って来なきゃいかんなるし、
 頑張ってよ。」

「解ってるわよ・・・。
 それより・・・早く・・・買ってきて・・・ちょーだいよ・・・
 ・・・M・・・P・・・3・・・。」

病室に居る誰もが笑う。
この期に及んでも、ボクらは笑い合っている。
夕暮れ色の空に東京タワーが浮かぶ日曜日________。

欠けてゆく月を見上げながら

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で、預かった金で買ってきた新しいMP3プレーヤーを
自宅に持ち帰り、自室で彼のお気に入りの曲を次々に
入れてゆき、丁度、画像も表示出来るタイプなので、
ついでに今まで何度も行った沖縄・伊平屋島での画像や、
島に住む彼の友人たちの画像も入れながら、
画像の中に写るみんなの表情を見て思った。
彼はみんなから愛されているのだと________。

さて、「ついで」の方によっぽど時間を喰ってしまい、
気がつけばもう朝6時前。
少しだけ寝て、昼までに届けてあげようかね。

こんな事しか出来ない

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「やれば・・・できんじゃない・・・。」

某大学病院の病室の彼の元まで、
例の新しいMP3プレーヤーを
昼前に届けた時の彼の言葉。

口調こそこちらが聞き取れないほどの小さな声だし、
こちらに心配をかけまいと、ただでさえ普段から周りの者に
気を遣う彼が選んだ精一杯の皮肉に、
こちらも自然と笑みがこぼれる。
調子に乗ってプレーヤーの操作方法を教えるボクに、
「そんな・・・次から次・・・言われても・・・
 わかんないわよ・・・。ゆっくり・・・覚えるから・・・。」
と、真新しいプレーヤーを枕元に置く彼。
朝からお腹が痛いらしく、先ほど配膳係の人が持ってきた
昼食も、痩せ細った彼の背後で、たぶんこのまま下げられ
るのを待つだけだろう。

とにかくゆっくりと覚えてよ。一日でも長くゆっくりと___。

静寂とエピローグ

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トイレまで自力で行く事が出来ないのに、
それでも懸命に行こうとし、結局は間に合わず、
ベッドの傍らで尿瓶を自分の股間にあて、
うなり声をあげながら用を足す。
誰よりも美意識の高い彼の性格からして、そんな姿を
誰にも見られたくないだろうから、ボクはボクで
そっと引いたカーテンのこちら側で、その唸り声が
おさまるのをひたすら待つ。
そして、彼がパジャマのズボンをゆっくりとあげる、
布がこすれる音がし終わる頃にカーテン越しに声をかけ、
彼が再びベッドに横たわる手助けをする。
体を横にして大きく息を吐く彼の下半身の
最後まで上がりきっていないズボンと紙おむつが
ボクを悲しくさせるけれど、ボクがあげようとすると、
きっと彼は厭がるに違いないので、それは後からでも
看護師さんにやってもらう事にして、わざと見ないフリをしながら、
横たわった彼の体にそっと布団をかける。
尿瓶の中身をトイレに捨てた後、彼が床の所々にこぼした
小便を拭くボクの頭の上で、彼の弱々しい呻き声は
やがて寝息に変わる。
ボクはボクで用事を済ませ、再び椅子に腰掛け、
日毎土色に近づいてゆく痩せ痩けた彼の寝顔や、
時折ピクンと動くシワシワになってしまった彼の指先や、
その腕から伸びる2本の点滴のチューブ、
1本は、食事が摂れなくなった彼の為の栄養剤と、
もう1本は痛みを和らげる為のモルヒネが吊されたスタンドを、
彼が再び眼を覚ますまでただただ眺めている夕暮れ時____。

最期の時

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2011年12月15日。
たぶん今日が、ボクと彼とが過ごす最期の時。

「とりあえず、これが第一目標。
 当たったら1割ちょーだいね。」と、
ボクが枕元に置いた『年末ジャンボたからくじ』に、
「当たって・・・他人に言う馬鹿・・・居ないわよ・・・。」と、
息も絶え絶えながら、静かに笑う彼。

日毎にその量を増すモルヒネで混濁している意識の中、
「向こうで・・・ケンカ・・・しちゃダメよ・・・。」と、
明日から旅に出るボクを最期まで気にかけながら、
再び眠ってしまった彼に小さく手を振る。

じゃあね、またゆっくりと。カウンターのこっちとそっちで___。

逝っちゃったか

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海が好きだったその人の分まで 海を眺めている。

今朝9時過ぎに眠るように息を ひきとった彼。
出発前に、病院の彼の枕元に置いた 宝くじの抽選は
まだだけれど、 肝細胞ガン発症から6年、
常に笑いながら、また周囲を笑わせながら、
影では痛みを伴う手術や治療に 頑張って耐えていた
彼をお見送りする為に、 とりあえず明日の便で日本に
帰国するよ_________________。

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雑踏の隙間で

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日本に一時帰国早々、
一昨日亡くなったKさんの通夜と葬儀の準備に参加。
まずは通夜と葬儀のBGM作りから始める。
Kさんが店や旅行先などで必ず聴いていたお気に入りの曲を
一曲一曲パソコンの中で順番に並べてゆく作業。

「これはちょっと五月蠅いんじゃない?」
そんなボクの問いかけに、
「いいのよ。静かなのばかりじゃ、来てくれた人が飽きちゃうでしょ。
 とりあえず入れといてちょーだい。」
と、Kさんが言う。
「あーはいはい。オレ、責任持たんからね。」
「アラ、アンタ責任なんて持てるの? 店の氷も持てないくせに(笑)。」
そんな彼のいつもの嫌味を耳元で聞きながら、
やっぱり五月蠅すぎる曲を勝手に外すボクと、
入れといてよ入れといてよと文句を言う彼。
この期に及んで死んだヤツが文句を言うんじゃない。
優しく見守れっつーの。

Kさんの奥方から遺影にする写真がなかなか決まらず困って
いるとの連絡を受け、BGM作業を一端中止し、外付けハード
ディスクの中から遺影に出来そうなKさんの画像を選ぶ。
「大丈夫? 一番いい男に写ってるの選らんでちょーだいよ。
 あーん、それダメ!! 床屋に行く前の日でしょそれ、ダメよ。」
「黙っててってば!! Kさんの画像なら山ほどあるんだから。」
彼の言葉を右から左へ受け流し、
たぶんボク自身の画像よりも多い彼の画像ファイルの中から、
ボクが良いと思った数枚をCDに焼いた後、
葬儀屋さんとの打ち合わせの時刻が迫っていた事もあり、
大急ぎでKさんの自宅に向かう。
___________結果、遺影の写真は、
彼が30年もの間、毎年行っていた沖縄・伊平屋島の定宿の
テラスで、ボクのミニ・ライブを聴いてくれている時の姿に、
背景をこれまた彼が毎年通い詰めていたバリ島での画像を
合成する事に決まり、そして、弔問客の為のお清め所には、
ボクが今年の5月に撮った、彼が自分の店で働いている、
客の誰もが知る普段の彼の姿を飾る事となったのだよ。

葬儀屋さんとの打ち合わせと、まだ連絡の取れていない関係者
への電話連絡を一通り済ませた後、奥方、それと同じマンションに
住む常連客Sさんと一緒に、近所の葬祭場に保管されいてるKさん
の亡骸に会いに行く。途中から、ボクの仲間で、Kさん家の近所に
住むHくんとFちゃんも来てくれた中、
「此処、黒く染めてあげないとね。いつも髪だけはちゃんと
 2週間に一度、床屋できっちりしてた人が最期に白髪じゃね。」
顔を少しだけ右に向けて眠る彼の冷たくなった額に手をかけ、
その白くなった前髪を撫でる。

病室で、「いいから、それ早く引っこ抜いてっ!!」と、
Kさんが大声で怒鳴った時は、正直、
「アンタ、本当は弱ってるフリしてるんじゃないの?」と、
こちらが思ったほどだけど、やっぱり死んじゃったんだね。
でもね、悲しくはないよ。だってホラ、最期の最期まで笑い合ったし、
あの日ちゃんと約束もしたもの。ね、Kさん。
だから、他のみんなには薄情者と思われるかもしれないけれど、
ホント、悲しくはないのだよ。

ただ、ふとした時に。
例えば、亡骸と面会した後、クリスマスを前に賑わう夜の新宿を
こうして一人で歩いている時。
誰かに電話をかけようと、携帯電話の電話帳をなぞる指が、
アナタの笑っている顔写真と名前が登録されたその場所で
一端止まりかける時。
このどうしようもない寂しさはいったいどうすればいいのか
わからないだけ___________________。

いつもの笑みで

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アナタの顔に自分の顔を近づける、精進落としの意味も
解らぬ無学なボクの、前日食べた「ニンニク」の匂いで、
アナタの眉間に皺が寄るのを心の何処かで多少は期待して
いたのだけれど、石っころを幾ら投げても波立たぬ、
穏やかな日の凪の海のようなその表情に、改めて寂しさを
奥歯で噛みしめるボクと自分自身の亡骸を、
アナタは祭壇の少し斜め上から、いつもの笑みで眺めている。
店が暇な時にいつも読んでいた小説の文庫本を片手に。

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「とりあえずお通夜は無事終わりましたね。
 みんな上で飲んでますよ。Y子さんは相変わらず忙しそうですけど。」

「知ってるよ。それよりさぁ、○○さんに連絡してくれた?
 来てくれてないんだけど。」

「Y子さんと二人で、してはみたんだけど連絡がつかないんですよ。
 ま、そのうち誰かから伝わるんじゃないですか?」

「"そのうち"じゃあダメなのよ。Y子といいアンタといい、
 ホント大雑把なんだから。よくやってられるねぇ。」

「そんな事言うなら、自分で知らせに行けばいいじゃないですか。
 フットワーク軽くなったでしょ? 虫の知らせってヤツですよ。」

「アンタ、いくらフットワーク軽くなっても相手が気づかなきゃ
 意味ないでしょ。それにさ、こんなに寒いんじゃ虫一匹も出やしないよ?」

「一匹だけいますよ。寒い日にも丈夫なヤツが。ゴキブリ。」

「へぇ〜、アンタ、ボクをゴキブリにする気? それにゴキブリだったら、
 知らせる前に見つけられて殺されちゃうから意味無いでしょ。」

「あーはいはい。じゃあ蝶が飛ぶ季節まで待ちましょ。」

「春まで待てってか? ホント、悠長ねぇ。」

「どうせだったら鳴く虫にすりゃあ良いんじゃないですか?
 秋の虫の中に"カマカマカマカマ"って鳴く虫いなかったっけ?」

「アンタね、ホント化けて出るよ(笑)。」

「出られるもんならどーぞ。」

再び上の階のみんなの様子を見に行ったのか、そこからアナタの
気配が消え、アナタの亡骸に再びニンニク臭い息を
吹きかけてみるボクしか居なくなった斎場に流れる曲。
ちあきなおみで「冬隣」________________。

葬儀も終えて

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♪急な階段 のぼると其処に
 昔と変わらぬ アナタが笑う
 夕凪のような その笑みに
 ついつい今夜も最後まで♪

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そう。いつもこの場所に逃げ込み、
アナタの笑顔に背中を押され、
この場所から踏み出して行った。

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__________そして今夜も。
そのドアは二度と開くことはないけれど、
ボクらは今夜も踏み出してゆく。
アナタの笑顔をいつも心に_______。

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不出来な皿は皿なりに

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故人K氏を偲んで下さる方々の為に、臨時ではありますけれど、
今までのこの日記のようなモノの中から、彼に関する事を
カテゴリー「新宿2丁目・姫」として区分いたしました。
枠外右横の「カテゴリ」欄の「新宿2丁目・姫」を押して頂くと、
新しい記事から順に、例えば、今日現在はこの記事が最新ですので、
この記事から順に、下に向かうほど古い出来事になります。

もちろん、自分のような若輩者などその足下にも到底及ばないほど、
故人とのお付き合いも長く、また彼の事を誰よりも思って下さる方々
の中には、「何だ?この小僧は。途中からしゃしゃり出てきて。」と、
不快に思われる方が、この世にもあの世にも大勢いらっしゃる事で
しょうし、稚拙な文章力ゆえ、文章の中に出てくる彼と彼のご友人らの
言動や所作の"奥ゆかしさ"などに関しましても、皆様の誤解を招きかね
ない表現をしている箇所が多々あるとは思いますが、所詮は若輩者の
勝手な妄想と戯れ言でごさいますゆえ、何とぞご容赦下さいますよう
お願いいたします。



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↑題名『その老人たちの笑顔、少年に勝り』 2009年7月沖縄・伊平屋島にて




Y氏「ボクがそんな事いつ言ったっ!?」
K氏「アラ? アンタもう呆けちゃったの? 可哀相な子ねぇ。」
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↑2010年7月沖縄・伊平屋島にて


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自分は晩年の彼しか知らないけれど、彼が癌を患ってから
亡くなるまでの間、特に、店に彼と自分しか居ない時は、
彼の幼少期や少年期、初めてお酒を飲んだ時の事、
東宝歌舞伎の役者時代の事、新宿2丁目「姫」を始めた頃の事、
某有名人たちとの経緯、奥さんと結婚に至った経緯、歌舞伎や
日本舞踊、小唄、長唄、落語の演目についての説明、若い頃の
旅の思い出、昔の新宿2丁目の風景、失敗談、古くからの常連客
を含む一人一人との思い出話から、料理・洋服の片付け方まで、
いやいや、此処では書ききれない程の膨大な量の話を、聞いて
いる側の自分をも彼の物語の中に誘ってくれるかのように、
時にはカウンターの奥から取り出したメモに図を書いたりして、
それはそれは丁寧に聞かせてくれた。
また時には、自分が何かに悩むその度に、いつものあの笑顔と
穏やかな口調で、自身の経験をもとに、その解決の糸口を必ず
提示してくれた。時にそれは、カウンターのこちらで聞く自分に、
まるで自身の大切にしてきた何かを受け継いで欲しいようにも
映った晩年の彼の瞳。
こっちはこっちで彼に教えを請うておきながら、彼が今までして
きた他人への気遣いや心配りが、不出来な自分に真似出来る
はずもなく、いつも最後はこちらが苦笑いでその瞳から視線を
外しては、また彼に優しくたしなめられ。
その繰り返しであったように思える。

ごめんねKさん。今でもやっぱりボクは、アナタの半分すら真似出来
そうもないや。ただアナタは、自分が受け皿として選んだ器に大きな
穴があいているのも承知の上で、あれだけのたくさんの水を注いで
くれたようにも思えるので、穴から漏れるその水を下にこぼさぬよう、
両方の手のひらですくいながら、次の受け皿に注いでゆくよ。
アナタのように穏やか笑みで_______________。

歩いてゆくぜぃっ!!

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毎年恒例となっていた新宿2丁目「姫」の会・メンバーによる
「夜のお花見散歩会」。JR東中野駅から神田川沿いに咲く
夜桜のアーチの下を高田馬場目指して歩くこの集い。
今年はあいにく新宿2丁目「姫」の主はいないのが
少しだけ寂しいけれど、けして哀しくはない。
残されたボクらはボクらで、それぞれの胸に彼との思い出を
思いおこしながら、彼が紡いでくれたその輪の中で
やっぱり笑い合いながら、こうして桜の下を歩いているのだし、
今夜、ボクらが目指して歩くのは、毎年の最終地点である
高田馬場の飲食店だけれど、俯瞰的に見ればボクらは皆、
高田馬場より遥かに遠い、ボクらが簡単にはたどり着けない
その場所で、今夜もグラスを拭いているかもしれない彼の
店を目指して歩いているのだから。
大切なのは其処までなるべく笑い合って歩く事。
そう、今夜のように________________。

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アナタが紡いだ糸を指に絡めて

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昨日は、お足下の悪い中、杵屋 勝力哉こと故・柏木 和美を偲ぶ会に
ご出席して下さった多くの皆様はもちろんの事、素晴らしい長唄を
ご披露頂いた和歌山 富司郎先生ならびに杵屋一門の皆様には、
発起人の一人として心より厚く御礼申し上げますと共に、
こちらもそう何度も『偲ぶ会』はするつもりは毛頭ございませんので、
どうか皆様、お体だけはくれぐれもお大事に_________。

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沖縄・伊平屋島2012ー2日目・前半ー

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午前11時。伊平屋島には今帰仁・運天港からフェリーの第1便が
出港する。およそ1時間20分の船旅。昔は甲板でギター片手に
ジャンジャカ騒いでいたのだけれど、ここ最近はずっと、船内に
乗り込むやいなや、ザコ寝席で毛布を被って爆睡するので、
途中に見られるトビウオの群れなどはしばらく見ていないのだよ。

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午後12時20分。伊平屋島・前泊港に到着。
送迎バスで元・新宿2丁目軍団をホテルまで運び、部屋割りを決めた後、
故人の名前が付いたというか、故人が勝手につけた『カズミ・ビーチ』へ。

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故・柏木 和美氏本人と、彼の友人でもある故・はらたいら氏の二人が
こよなく愛した『カズミ・ビーチ』。カズミさんの奥方と、彼と一番
仲の良かった、この日記でも時々登場する『バカ松の宮さま』こと
四国の御仁の二人が、彼の骨のカケラを海に還すのを見守る。

カズミ・ビーチを後にした一行。途中、クマヤ洞窟で参拝をし、
伊平屋島灯台に登り、旧カズミ・ビーチに立ち寄り、いったい
カズミさんはいくつビーチを持っているんだと、みんなで笑いながら、
島を一周したのだよ。



10人もいるので、島内での移動は車2台に分かれての移動なの
だけれど、若手組と呼ばれるボクたちの方の愛車はコレ。ジャン♪

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オイルタンク剥き出しで『結果、自然に空冷型』の5速マニュアル。
もちろん、エアコンなんぞ壊れて久しい。ガソリンメーターも常に
エンプティ。ちょっと強めにドアを閉めようもんなら天井からサビや
いろんな物がポロポロ落ちてくるぜ! 全開にした窓から入ってくる
伊平屋の海風が最高に気持ち良いのだよ_________。

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夕食後、毎回のように行く居酒屋『つり吉』で、カズミさんと特に
仲の良かった島の友人たちも混じり、故人を偲ぶ。
去年の夏に伊平屋島から東京へ戻ってから亡くなるまでの
約5ヶ月間の彼の様子や、彼が常日頃から口にしていた
島の友人たちへの感謝の言葉を伝えるのが、今回のボクの役目
なので、会った人たち一人一人に、それを伝える。

偲ぶと言っても、結局は楽しい話ばっかりなので、そこに居る誰もが
笑い合っている。
笑い声の絶えぬ輪の少し外側。長い長い歳月をかけてその輪を
紡いだ張本人がこれまた穏やかな笑みを浮かべて皆を見守って
いる伊平屋島の夜____________________。

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後ろ姿ー沖縄・伊平屋島2012・4日目前半-

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数年前に島の友人に教えて貰った野甫の橋の下のビーチ。
割と浅い所でもクマノミを始めその他の小魚が生息するので、
泳ぎの苦手な人でも安心して楽しめるこの場所。
橋の下の日陰で、椅子に腰掛け、ビール片手に、時間毎に色を
変えるその海を眺めていた今は亡き新宿2丁目のマスター。
彼が愛した伊平屋島の海を携帯のカメラにおさめようとする
奥方の後ろで、彼の好きだった『Forever In Love/Kenny G』が
流れる伊平屋島滞在最後の日_____________。

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前泊エイサーで幕を開けた『カズミさんを偲ぶ会・伊平屋島編』。
正装で踊ってくれる青年団の誰もが故人を知る。

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ある若者は、まだ幼い頃、故人が島で披露した芸を真似て、
風呂場で何度もチンチンを股に挟もうとチャレンジしては失敗し、
最後には父親に「挟めないヨー。」と泣きついた。
またある若者は、補助輪の取れたばかりの自転車で転んだところを
故人に「男の子だろ?痛くないだろ?」と励まされたにもかかわらず、
起き上がるやいなや、「オカマ!」と捨て台詞を吐いて自転車を漕いで
逃げた。
やがて成人し結婚し子供が出来、毎年カズミさんが伊平屋島に
滞在中の間に、その子供を抱えてカズミさんに会いに来てくれた
ソイツらが踊る姿をステージ脇で見て、葬式でも出なかった涙が
出たのだけれど、たぶんこの涙はボク自身の涙ではなくて、
カズミさんが憑依していたのだよ、きっと。悲しい気分とかではなくて、
なんだか長い時間が其処にあったなぁという気持ち。アンダースタン?

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で、この島に来てから急遽「ツカサ唄え!」と言われたので、
「そんな事急に言われても譜面持って来てないもん。」というボクの
隣で友人Fが、「こんな事もあろうかと。」と譜面をボクに手渡す。
まったく準備の良いこっちゃ。
連日、朝から遊びすぎた末の疲れとこちらに来てまったく出てないウンチが
溜まりに溜まったこの体で、はたしてどこまで出来るか解らぬけれど、
とりあえず演ってみようではないか、と、急いで島の友人にギターを借り、
カズミさんにまつわるナンバーを数曲披露したのだけれど、
たぶんカズミさんが喉を絞めていたんだろうね。ウンチどころか声まで出ない。
ま、気持ち込めてたからOK、なんてアマチュアみたいな言い訳で逃げてやるぜ。
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で、ボクのミニ・ライブが終わり、ホテルのおとーさんこと、西江 寄進氏の
三線と歌が披露され、それに島の友人たちの踊りが加わり、
最後には故人の遺影を囲んだカチャーシーになり、自然と其処に笑顔の
花が咲く。最期の最期までボクらと笑い合っていたアナタにぴったりの
偲ぶ会になったでしょ? カズミさん________________。

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※故人と面識が無いにもかかわらず、この会に快く参加してくれた方々に
 厚く御礼申し上げます。

思い出ランド

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新宿のビルの背に沈んでゆく太陽が"本日最後のサービスです"と、
舗道脇で黄色く色づいたケヤキの木をキラキラ照らす。
その景色を見た瞬間、丁度1年前の今頃の事がフラッシュバックして、
両手を突っ込んだポケットの中、忘れかけていた切なさを持て余した
ままで眺める新宿2丁目の入り口から向こうすべて、ボクにとっては
『思い出ランド』でしかない_________________。

ミンクオイルの匂いの中で

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新宿二丁目のマスターが亡くなってもうじき1年。
今日夕方からは仲間内だけで、彼の家で彼を偲ぶ予定。

昨日買ってきたばかりのラム革のダウンジャケットにオイルを
塗るついでに、古い革のジャンパーたちも手入れをしてやろうと、
クローゼットから取り出したその中に、彼から貰った革のジャンパーが
数枚あり、その痛み具合やデザインの古さからたぶんこれから先も
ボクが袖を通す事はまずないだろうけれど、その一枚一枚に、指先に
つけたミンクオイルと一緒に、たくさんの思い出を塗り込めた後、余分
な油分をタオルで拭き取り、再びそっとクローゼットの奥に仕舞う__。

思い新たに

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今日は新宿二丁目のマスターの命日。
1年経つのは早いね______。

共に光の射す方へ

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こちらはまだ12月30日なのだけれど、これを読んでくれている日本のアナタに向けて今年2012年を振り返るとだね。

東京の親代わりでもあった新宿2丁目のマスターが亡くなってから1年。なるべく前を向こうとしてみたものの、今思えばやっぱり振り返ってばかりで、其処に在った時間の長さと彼の愛情の深さばかりが身に凍みた1年であったように思う。かといって、こればかりは無理に前を向いても仕方がなく、これから先、ゆっくりと解決してくれるであろう時間の経過に身を任せながら、思い出と上手につき合ってゆく他ない。もちろん、それを解決してくれるのは時間だけではなく、これを読んでくれているアナタを始め、今現在、相変わらずダメダメなボクと多かれ少なかれ繋がりのある人々やこれから先に出逢う方々との『生かされている者同士の共有』だったりする。これには神に感謝なのかアナタに感謝なのか解らぬけれど、ともかくありがとう。

ん〜、要するに何が言いたいかと言うとだね。
少なくとも今これを読んでいるアナタは『独り』ではない。ボクと繋がっている。その繋がりがミュージシャンの「冨岡ツカサ」とのモノなのか、南の島のボート屋の「冨岡ツカサ」なのか、はたまた新宿でやさぐれているオッサン「冨岡ツカサ」なのか、ボクにとってはどれもさほど変わらず、どの「冨岡ツカサ」も結局はアナタの笑顔がみたい為だけに、時に真剣に唄ってみたり、時に三枚目を演じてみたり、時にボートを遠くまで走らせてみたりで、独り部屋に戻る度ヘトヘトだったりするのだけれど、それでもやっぱりアナタのその笑顔に逆に救われ、また頑張れるのだよ。やっぱりアナタに感謝だね、ありがとう。

という事で、明日からの1年、アナタにとっての喜びが悲しみや憂いより少しでも多い年になりますように。そして共に光の射す方へ____________。

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(N.Y時間 12月30日午後10時20分)

紡ぐ人の三回忌

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その人は他人をからかう時も真剣に諭す時も、その頬に穏やかな笑みを浮かべ、常に最後は周りが笑顔で終われるような雰囲気を作り出す天才であった。反りが合わない人同士も何故かその人を中心に据えれば一緒の空間に居られて笑い合える、また、付き合った年数が長かろうが短かろうが分け隔て無くその笑顔はいつも平等であった。気配りの魔術師でもあり、その反面、自身の主張は自然に通していて、それに対して周りの誰もが納得をしていて、時にその技に気づいたボクなどが「ホント上手いね。」と言うと、わざと閉じた口元だけをニッとさせ、してやったりの笑顔を浮かべる姿に嫌味のカケラもなく、やっぱりボクらは笑い合っていた。

そんな彼の人と人との紡ぎ方をボクのような未熟者がすぐ真似出来るはずもなく、今でも彼の事を大好きだった仲間内でのボクは、彼の笑顔に守られていた頃と同じく我が儘で生意気な小僧である。たぶん彼が生きていれば、「ボクだってこれが正解かなんてわかんないよ。それにツカサはツカサの方法でやればいいのよ。」と、独特のオネェ言葉の交じった穏やかな口調で言うだろう。

Kさん、ホント化けてでもいいから困った時は出てきておくれ。
自宅のリビングの片隅で笑う彼の写真に手を合わせる2年目の命日___。

しなやかな人

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アナタが居ない生活にもみんなだんだんと慣れてきてはいるものの、やはり心の何処かで、もしも今でもアナタが居ればさらに楽しいんだろうなと思う事が、特に独りの時間を持て余し気味のボクなんかは思うわけで、明日から再び南へ旅立つボクが諸事情でスーツケースに入れた年越し蕎麦を独りきりで食べる羽目になったのもきっと、「アンタ、ボクを置いて行く気かい? 死んだら化けて祟ってやるからね。」と、芝居掛かった斜め目線で言った後に必ず温かい笑顔をくれたアナタが仕掛けた悪戯だと思うわけで。

アナタのように人と人を紡げるようになるのは、未熟なボクにはまだまだずっと先のような気がしてならないけれど、とりあえずあの日の約束通り、いずれまたアナタに出逢えるその日まで、なるべく笑って、そしてなるべく笑わせていますよ。アナタの足もとには及ばないまでも。

立ち上る線香の煙の向こうの笑顔に誓う、今日はしなやかな人の3回目の命日____。

沖縄・伊平屋島ツアー2015会議開催

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■沖縄・伊平屋島ツアー2015会議開催■
花園神社の神輿を担ぐ威勢の良い掛け声が新宿の街に響く土曜日。
今年で二十数年連続でツアー幹事長を務めるK氏を始め、上は70歳間際、下は30代の新宿2丁目Bar『姫』元常連メンバーが集まり、伊平屋島ツアー2015会議が開催された。
集合場所の確認、移動手段の手配、島でのビーチ選考、台風の場合等々、その他にも今年は村祭りも絡み、その議題の多さにもかかわらず集中力の欠落した酒呑みたちの会話はただでさえすぐに脱線するし、じきに機能しなくなるのは明白で、速やかに各議題を済ませねばならない。

______が、しかし。
数十分後には案の定、会議は早々と閉会になり、各々が自分の好きな酒をドボドボとグラスに注ぎ、「水の酒割り」をグビグビ呑みながら、昨年夏の伊平屋島ツアーの映像を見ては、「嗚呼やっぱり伊平屋は綺麗だねぇ、いいねぇ。」と再来月に向け期待に胸膨らませる週末____。

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何もせぬ鶴

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台風10号の暴風の中、まるで紙飛行機のように風に煽られながらも、なんとかその機体の足を滑走路に付け、沖縄・那覇空港に無事到着した昼過ぎ。

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タクシーに乗り込み、今年4月から那覇市に引っ越したY子さん(故・柏木和美の奥方)宅に直行。荷物を降ろし、仏壇の遺影に手を合わせる。「大好きだった沖縄への引っ越しおめでとさん。」

Y子さん宅のインターネット整備がボクの本来の役割なのだけれど、今日はまだ雨風も強く外出出来そうに無いのでそれは明日からにして、結局昼過ぎから夜遅くまで故人が生前愛用していたシルクのパジャマに袖を通し、Y子さんの用意してくれた料理に舌鼓を打ちながら二人でお喋り。
「こんなにもてなしてくれて、これで何もせずに伊平屋島に行ったらただの穀潰しだね。」と笑い合ううちに夜は更け、故人の口調を真似ながら「あちらの部屋で旗を織ってまいります。けして覗かないでおくんなさいまし。では。」と、やっぱり故人に似せた穏やかな笑みを浮かべながら布団の敷かれた客間の戸を閉めて10分もしないうちに寝てしまった沖縄初日の夜___。

オネェと御札

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先月末、丁度病気をして一週間ほど寝込んだ後、下腹部の激痛により歩くのも困難だった状況を脱し、痛み止めを飲みながらではあるのだけれど、なんとか周囲の人に怪しまれず警察官にも職質を受けない程度の姿勢で歩け始めた頃のお話___。

開店したばかりで他の客の影も少ない午前中の某高級家具店内を煌々と照らす照明に、ついついしかめっ面になりがちな病後間もないボクの隣には、少し内股で歩くスーツ姿の男性70歳。4年前に亡くなった新宿2丁目のオカマスター故・柏木和美氏の親友でもあり、普段は四国の高松市のそばに住んでいるその彼こそ、此処でも過去にチラホラと書かれる(『無知な善意のテロリスト』『花より団子』『役立たずの案内役』『画に教えられるコト』他)、バカマツの宮様その人であらせられる! 頭が高い! ハハー。

そのバカマツの宮様が、この度、四国の大邸宅をお残しになったまま東京へのお引っ越しをなされるのに伴い、お一人では何も出来ない、買い物にでも行こうものなら、販売員の口車に乗せられ必要以上の品物をバカ高い値段で買わされてしまう事もしばしばあり、要するに少々お知恵の足らぬ御方であらせられる為、仲間内で一番暇な自分が『引っ越し侍従長』に任命されたのだよ。

「東京は仮住まいだから家具とかは安物でいいの。ホンットに安いので。」
御上京前に電話口でそうおっしゃっられていたバカマツの宮様は今、若い男性店員の説明を高級ベッドで有名なシモ○ズベッドの上で横になられてお聞きになっている。おまけに17万円もする羽毛布団まで掛けられ、お顔には満面の笑みを浮かべていらっしゃられる。他人を疑う事を知らぬ汚れなき子供の笑みだ。要するに馬鹿なのだ残念な事に。

「あっち(四国)もシモ○ズだしこれにしようかしら。」
高級羽毛布団を掛けられ未だその高級ベッドから起き上がろうともしない彼のこれ見よがしの金持ち自慢を「なんだったらこのまま顔にハンカチでも掛けてやろーか? 高級シルクの。」と受け流し、若い男性店員に「これと同等もしくはそれ以上の機能でもっとお手頃な値段のベッドはあるんですか?」とボクが問うと、あるぢゃーないか。シモ○ズから独立された方が立ち上げたメーカーで、シモ○ズに比べ知名度こそ劣れど技術は折り紙付きだというその展示用ベッドの試用を促され、高級ベッドから剥がされたせいで入店10分にして早くも機嫌を損ねる短気なバカマツの宮様が、「人生の三分の一は眠りなのよ。良い物を買わなきゃ駄目なの。大丈夫なの? それ。」と、古いTVCMの中の王貞治氏の名言をオネェ言葉で台無しにしてみせながら渋々そのベッドに横になった次の瞬間、「あら良いじゃない。うん、これが良いわこれにする。安いし。」
安くはないよ、そりゃーアンタが最初に寝てたベッドより手頃だけれども。

その後、若い男性店員に勧められるがままにサイドテーブルにベッドシーツに枕にピローケースにと、背後で注意をするボクをよそに次々に寝具類を買われてゆく彼と会計のテーブルに着き、それぞれの商品代金と合計金額の書かれた会計書類にサインを済ませ、若い男性店員がクレジットカードとその会計書類を持って手続きを済ませに店の奥へと姿を消してすぐに、バカマツの宮様がこんな事をおっしゃられる。

「ねぇツカサ。ベッドそんなに高くなかったよね? なのになんであんな値段になっちゃったのかしら?」

「そりゃあこんな高級店でサイドボードはまだしも、シーツや枕やピローケースまで買っちゃったからじゃないの? しかも店員に言われるがまま2枚ずつ。ベッド以外は他で探せば安いのいくらでもあるって言ったぢゃんかオレ。」

「いつ言った?」

「ベッド選び終わった頃からずっと。何度も。」

「ボク聞こえなかったよ。聞こえるように言ってよ。」

「あら、ツンボ? ツンボになっちゃったの?」

「・・・ねぇ・・・、今からキャンセル出来るかしら?」


家具店を出た後の家電量販店では、ボクらの接客対応をする店員を相手に、当の店員からすればノルマ達成でクソ忙しい決算前のこの時期に、屁の役にも立ちゃしない身の上話を長々と打ち明けになられたり、1度カウンターに持って行った商品の説明をお聞きになっている間に、多分ちんぷんかんぷん過ぎてワケが解らなくなったのだろう、「わかんない!! もう要らない!! 帰る!!」と耳から蒸気を発するかの如く突然お怒りになられたり、休憩で入った喫茶店の階段の手摺りを持とうとして手摺りの先にスーツの袖を引っ掛けて、まるで罠にかかったイノシシのように藻掻いたりと、朝から日暮れまでずっと、70歳をお迎えになった割には、それはそれはお忙しいというか、落ち着きの無いご様子であらせられた。

そんなご乱心を目にする度に、ボクの口からは、彼の親友である故・和美さんが彼をたしなめる時によく言っていたその言葉が、午前中の家具店での会計テーブルの席、家電量販店、喫茶店、そして東京の街の雑踏の中で、オネェ口調のリズムよろしく、ボクからすれば人生の大先輩である彼の額に御札のごとくペタンと貼り付けられてゆく。
「アンタ馬鹿ぢゃないのっ!?」________。

バ○とあせもとラグマット

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「家具類はアンタのセンスに任せたからね。」

上京前におっしゃっていた四国の御仁・バカマツの宮様が本日上京され、訪れた我が家にて、数日かけてボクがあらかじめ決めておいた家具のひとつひとつに「これはダメ。頭ぶつけたら死んじゃう。」だとか「ボクはお尻に汗をかきやすいからこれもダメ。」だとか難癖をおつけになられ、結局はそのひとつひとつを本人が最初から選び直したのだよ。

テーブルの角に頭をぶつけたり、お尻に汗疹が出来るのは何もヨチヨチ歩きを始めたばかりの赤子に限っての話ではなく、齢70にもなるこの御方には実際起こりうるという事をボクを始めとする仲間内の誰もが理解しているだけに反対も出来ず、今はただ、唯一本人のお許しが出たラグマットと、もうすでにボクが購入してしまっていたローチェストのふたつだけが、これからバカマツの宮様がお住まいになる部屋で少しでもセンスを醸し出してくれる事を願うばかりである。

そのラグマットも最初は「ボク、この端に躓いて転んじゃうよ。」と文句をつけたそばから、「あっち(四国)からムートン(羊の毛皮)の敷物も送ったの、毛が長くてフッサフサのヤツ、二枚も。あったかいんだよー。」と、赤子のような満面の笑みをもって抜かしやがるので、ラグマットの端につまづくよりも、スベッスベの床に敷かれたそのムートンの上でズリッてなって転ぶ確率の方がはるかに高いという心配をこの御方はしないのだろうか、嗚呼そうか、この御方は残念な事に馬鹿だった、馬鹿に本気で腹を立てても仕方ない、そう言えばこの御方の親友でもあり新宿2丁目のオカマスターだったあの人は最期の最期までとても忍耐強い人だったな、と改めて故人の偉大さを思い知る日曜日の昼下がり___。

アタリくじの付いた糸

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朝7時。自宅を出てタクシーで新宿バスターミナルへ。
羽田空港までの高速バスのチケットを買おうとしたら、券売機の前に立つ係員に「8時過ぎまで満席でして・・・。」と言われ、それでは自分たちの乗る飛行機の出発時刻に間に合わないので、再びタクシーに乗るという始末。国際線ターミナルが出来て以来、高速バス(特に新宿発)の予約は必至となったので、ちゃんと覚えておこうと自身に言い聞かせたのはこれで3度目。今度は忘れないように此処に書いておこうかね。

タクシー乗り場で「1台後ろなら乗り心地の良さそうな個人タクシーだったのに。」と、ハズレくじを引かされたような思いで、少し型の古いタクシーに乗車。
この型の古い車の運転手さんが少し個性的で、事情を説明し「羽田空港まで超特急で。」とお願いすると、「どうでしょうねぇ。この前のバスたちが同じ方向に出てゆくんで、これらをなんとかしない事には・・・。」と、のんびりとした穏やかな口調で返して来たのとほぼ同時に、ギュギュギュンとバス数台の傍らを追い越し、半ば信号違反気味でバスターミナル出口から甲州街道に左折。身体にかかるGが半端ない。連なるバスをかわす事が出来たと思った矢先、今度は前方に停車している車が。「此処は駐停車禁止なんですけどねぇ。」とまたもや穏やかな口調で言ったかと思えば、その車に対してこれでもかというほどのクラクションを浴びせる。お陰でその車をかわす時にそのドライバーからボクが睨まれたぢゃないか。
高速に乗ったら乗ったで、飛ばす飛ばす。しかも喋る喋る。その穏やかな口調とは裏腹のレーサー並みのハンドル捌きに、自分の隣に座っているハナモゲラッチョ・セバスチャンは朝から少し車酔いしている模様。その上、彼女は超が付くほどの他人見知りなのでこんな時はボクが運転手さんの話し相手をせねばならない。そんなボクの携帯電話に誰からかのメッセージが入ったので、運転手さんの話に適当な相槌を打ちながらシートの影でそれを読むと「ある意味、アタリやな。私一人なら絶対乗りたくないけどね。」と、隣から。返信に「アンタもちょっとは会話に参加してオレを休ませてくれ。しかも飛ばしてくれるのはいいけど、スピード違反で捕まったりしたら飛行機に乗り遅れるで。」
結果、運転手さんのおかげで20分ほどで空港に到着。時間が有り余ってしょーがない。

昼前。那覇空港に到着し、タクシーで故・柏木和美さんの奥さんが住むマンションまで。今晩は一晩だけこちらでお世話になる。
夕方。夕食を予約していた店の前で、伊平屋島から那覇に出て来ていた"ホテルにしえ"のおとーさんおかーさんと合流。この二人ともかれこれ25年の付き合いになるのだけれど、どれもこれも故・はらたいら氏や故・柏木和美さんが紡いでくれた糸のおかげなのだよ。
みんなで楽しい夕食を済ませ、再びマンションに戻ったところで肝心の和美さんの仏壇に手を合わせていない事に気づき、「和美さんの仏壇が沖縄にあるんだもんなぁ、なんだか不思議だねぇ。ま、生前に最後は沖縄にでも住みたいって言ってたから結果オーライか。」と、自分の家のリビングにあるのと同じ遺影の飾られた仏壇に手を合わせた沖縄初日の夜___。

愛とオケラとダンボール

____「たとえ繁華街で裸虫(オケラ)になっても歩いて帰れるように」
そんな理由から、かれこれ20年近くもの間、新宿の周りを代々木→初台と移り住み、東京の親代わりでもあった新宿2丁目のマスター和美さんの癌との闘病がいよいよ佳境に入ってきた頃、「いつでも和美さんと店の様子を見に行けるように」と新宿に住処を構えたのだけれど、引っ越しの半月ほど前に店を閉め自宅療養から入院を経てこの世を去った和美さんの亡骸に「おひおひ、人に転居までさせておいて、最後の悪戯にしちゃーとんだ悪戯だな。」と恨み言を言ってからまだ5年も経っていないこの夏。

「お幾らなら此処をお売り頂けますか?」
事務所兼自宅である玄関先に突然現れたスーツ姿の二人組のその言葉はまるで「罪滅ぼしよ、ウッフン♪」という和美さんの声に聞こえたような気もしないでもないけれど、自分としては一番最初の理由「オケラでも歩ける距離」がもっとも重要で、最近では更に「翌日に疲れを残さぬ距離」という加齢に伴う備考が付け足されているわけで、早い話が今の場所から離れたくはないのだよ。

「そーだねー、100億円。」と鼻の穴を穿りながら小学校低学年レベルな言動を口走りそうになるも、よくよく考えれば自分は『持ち主』でもなんでもない上に、どちらかと言えば限りなく不法占拠者に近く、いつ『持ち主』に追い出され路上生活になっても不思議ではない身。
「ダンボールとブルーシートを山ほど下さい。」と、涙ながらに訴えそうになるオケラの休日__。

新宿2丁目の少年

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____やっと来られたよ。

東京のボクの親代わりでもあり良き友人でもあった新宿2丁目のマスターが亡くなってこの冬で5年が経とうとしているのに、一度も墓参りをした事がないのには自分なりの理由があり、彼の魂は別に此処だけにあるわけでもなく、現在は沖縄に住む奥方と共にあったり、ボクの自宅のリビングの遺影の傍にあったり、仲の良かったバカマツの宮様の傍にあったり、思い出を共有する全ての人の胸の奥に今でも優しく貼り付いていて、人は生きていようが死んでいようが誰にも思い出されない事ほど寂しい事はないのだから、時折その人を思い出す事こそが大切なのであって、ボクからすればお墓も故人との思い出を辿るひとつのツールに過ぎないわけで、ボクを含めこれだけたくさんの人に思い出して貰える彼に、そもそもお墓自体必要無いんじゃないかと。

ただ、今回、此処まで来て良かったと思えたのは、彼のお墓のある高台から彼が生まれ育った故郷のその長閑な風景を眺めながら、店に二人きりの時にカウンター越しに彼がいつもボクに話してくれた彼の少年期の思い出の中にタイムスリップをしたような感覚を覚え、この湖の傍の静かな町から独り東京に出てやがて『柏木 和美 (杵屋 勝力也)』と成って行ったその少年の背中を見送った___。

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プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

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