生まれた時から反抗期

この歳で娘が生まれ、寝不足の日々が始まり早数週間。
やはり体力的に辛いのだけれど、そんな辛さも娘の表情で癒やされると思いきや___。

生物学的に、餌の匂いのするモノを見る時には瞳が大きくなるようで、乳臭い香りを身体から発している嫁に抱かれている時の娘の表情は可愛い。そりゃそうだ。10ヶ月も一体化していたのだから安心もするし、なにより彼女にとって嫁の腕の中は即ち餌場なのだから。

それに比べ、クソの付いたオムツ越しに、寝つかずにグズって振り回している自身の小さな腕越しに、自分の意思とは関係無く服を脱がされ、全裸で泡まみれにされた挙げ句、心の準備も出来ていないうちに湯に浸けられるバスタブ越しに、全力で泣いてこそようやく与えてくれるミルクのその哺乳瓶越しにしか見ない無精髭面の男を見る時の娘の表情は、まだ感情表現が豊かでない乳幼児とは思えないほど、眉間に皺を寄せたり、まるで「アナタが私を満たしてくれるの? ところで、アナタ、どなた?」と言わんばかりに、素っとぼけた表情を見せたりして、その後ですぐに必ず顔を背ける。まだ首すら座っていないくせに、全力で顔を背ける。

そして娘は、ボクに抱き上げられる度に、ボクの顔を先に書いた表情で見つめながら、まるで戦闘中に気を集中させるドラゴンボールの悟空並みに全身に力を入れながら顔を紅潮させ、ブビビビビーッと勢いよくクソをする。ボクはどうやら彼女にクソ始末係に任命されたようで、その度に、さっき抱き上げたその身体を下ろし、母乳とミルクしか与えていないのにそれなりに臭いクソの付いた紙オムツを剥がし、まだ刺激に弱い肌を気にしながら、下半身についたそれらをソロリソロリと丁寧に拭き取り、「早くしろよ!」と言わんばかりに暴れる両足の間隙を縫って新しいオムツを装着する。そしてようやく再び抱き上げるも、再びボクの顔を見る彼女はその顔を紅潮させブビビビビ。
ため息交じりの笑いをこぼしながら、再び彼女を腕から下ろす日々。
オムツを替えている最中にもブビビビビ。オシッコも何度も手のひらで受け止めたよ。

___生まれた時から反抗期。そんなキャッチフレーズを付けた娘がボクに微笑んでくれる日を夢見て、親バカな日々は続く____。
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___2018年10月14日午前10時44分 女児誕生、この歳で。

他人様より早く訪れた思春期から現在までの約40年にも及ぶ自身の半生の、これまで自分の股間にぶら下がっているコイツがしでかした事のひとつひとつを、せめて思い出せる分だけでもと、既に曖昧になりつつある記憶力をフルに使い鑑みても、やはり自分には次代に残す種のひとつぶも残っていないであろう、ならばせめて甥っ子たちを含め、他人の子らを無責任に可愛がって生きてゆこうと、とっくに心に決めていた昨年9月。

2代目嫁であるハナモゲラッチョ・セバスチャンから子供が欲しいと言われた時に、間髪入れずに返した「まず検査を」という言葉から始まった不妊治療。
これまでの半生においての数え切れない使い捨て、試し打ち、暴発に加え、昨年のパンコール島で足の手術後まもなくして原因不明の高熱にうなされた数日間(「平熱36.2度→高熱40.8度」2017年3月10日:参照)で、白髪交じりの密林の奥深くに潜伏する我が軍の残党兵はことごとく敵軍の火炎放射器によって焼かれたに違いないと思っていた自分にとって、まずは2代目嫁を納得させる事が大切であり、その為の不妊治療だった。

不妊治療はお金もかかるし、なにより女性の身体と精神に負担がかかる事は、誰でもご存じだろうけれど、実は男も精神的に辛いわけで、これより書く事は、女性の大変さを重々承知した上で、不妊治療を経験した世の中の男性たちの、あまり堂々と拳を突き上げきれない嘆きと思って読んで欲しい。

間もなくして、段取りの早い2代目が主治医から紹介してもらったクリニックに通う事となり、その気が起こりそうにもない小綺麗な小部屋に案内され、クリニックが用意している「好みじゃないアダルトDVD」数本を、ズボンもパンツも下ろした情けない姿で、使い捨ての消毒紙が敷かれた椅子に腰掛け、死んだ魚の目をしながら、反応おぼつかない我が銃を片手に、もう一方の手にはDVDプレーヤーのリモコンを持ち、次から次へとDVDのチャプターボタンを押しながら「これぢゃない、これでもない、これぢゃ起たない、嗚呼時間がない、でも出さなきゃいけない」と、なんだか自分が養鶏場のプロイラーに思えて仕方なかったあの小部屋。

そして時間を気にしながらも、風貌もサービスも悪い風俗嬢相手に文句も言えず、結局自身で処理してしまった時のような男の哀しい性の入ったボトル片手に小部屋を出て、検査室前のボックスに入れ、待合室で待つ事小一時間。
夫婦共々、診察室に呼ばれ、医師から「男の成績表」を見せられながら説明を受けるのだけれど、数々の戦禍の中で朽ち果てたと思われていた残党兵たちが僅かながらまだ生き残っている事に素直に驚き、だったら今まで何故、他の女性たちとの間に出来なかったのかと、そんな素朴な疑問を口にした瞬間、隣に座る2代目にパンッと額を叩かれた、初対面の医師の目の前で。

世の中の不妊治療を経験した旦那さんと違い自分が楽なのは、「次回はあの小部屋に出張風俗嬢を呼ぶ」だの「それがダメなら自分好みのバカ高いダッチドールを背負って電車でクリニックまで行く二宮金次郎みたいに」だの、けして公共電波には乗せられないコントのネタのような男側の不平不満を時折ツッコミを入れながら笑って聞いてくれる家内であるという事で、これには多いに頭が下がる。

「だってDVD入れ替えるのも、こっちの手は使えんやんか。だから片手でこーしてこーして、次のDVDをパッケージから取り出す時も片手やし、なかなか取れんし、時間気になるし、チンチン出したままやし。」
え?もういい? そうか。男同士なら死ぬほど解り合える話なんだがね。

普段の自慰行為ですら不妊治療スケジュール中心なので、催した時に出来るわけでもなく、催さなくても出さなきゃいけない日には必ず出して、あとは次回クリニックに行く日まで弘法大師なみの悟りの境地でいなければならない。
毎日時間通りにホルモンの薬を飲んだり貼ったりしなければならない女性に比べれば、そんなのたいした事ではないと一般的には思いがちだけれど、一方は生理現象を抑える精神的苦行であり、もう一方は義務であるので、自分からすれば、そもそも比べるモノではなくどっちも大変なのだよ。

苦行僧の境地のまま、クリニックに通い、鶏のように小部屋で出す事数ヶ月、奮わぬ成績と結果に、金銭面的な事も考慮し、早々と体外受精に切り替えて臨んだ数回目には、自分の好みの動画を持参するまでになり、これから治療に臨まれる男性は、恥ずかしがらず初回からフル装備で向かわれる事をお薦めする。男からすれば負けた気分の種より勝った気分の種の方が良いし、ホラ。

自分が日本不在中に使用する為に、最後に「勝った気分」で出した種を冷凍保存したのを確認し、毎年恒例のマレーシア・パンコール島に旅立って5日目。家内から懐妊の知らせを聞く。
「それは勝った気分のヤツぢゃない、負けたヤツぢゃ。」と携帯電話越しに家内に文句を言いながら、一方で取り敢えず安堵するも、まだ不安定な時期なので、周囲に公言出来ず、島の友人たちに来年のパンコール島の話を出されても、ゴニョゴニョ言葉を濁しながら、取り敢えず今は、お腹の子をててなし児にせぬように、昨年のように現地で緊急手術だとか高熱だとかないように、仲間たちとのビーチバレーやサッカーに参加して怪我やら疲れで抵抗力が落ちぬようにと、仮病で体育の授業を見学する生徒に徹し、帽子も被らずボートの上で1日中イカを釣るなどというような腕白坊主も封印し、毎日バイクを運転する身においては、思い出した時にはヘルメットを被る事をなるべく心掛けて、詰まりはすべてにおいて自分なりに自重して過ごした約2ヶ月半のパンコール島生活だったのだよ。
一方、日本では、亭主不在の中、毎日仕事に通いながら、時折点滴を打ちに病院に行かなければならないレベルの悪阻(つわり)を繰り返す家内。結局、その酷いレベルのつわりは、自分が日本に帰国する5日前まで毎日続いたそうで、帰国後の家内の視線が痛いったらありゃしない桜散った4月初旬。

予定していた毎夏恒例の沖縄・伊平屋島にも家内は行けず、検査で女児と判ってから以降、「チンチン付いてないといろんな意味で弄ってやる事も出来んやん、つまらん。」と落ち込む自分に反発するかのように膨らんだ腹の中でうごめきを見せる7月。

切迫早産のおそれがある事から予定より数日早く産休に入ってすぐの8月初頭から、ほぼ1ヶ月近く、よりによってなんでこんな時にと感じるほど珍しく忙しい仕事の合間を縫って、入院した家内の病室に、ほぼ毎日のようにノンカフェインのお茶を始め、毎週日曜日には「刑務所だって時々は甘いもん出るし」と、菓子を差し入れ、家内も行くはずだった長野にある恩人の墓参りに友人と二人で行き、2週間ローテーションで同じメニューに戻る病院食に辟易している家内に、こっちは旨い物ばかりと長野から美味しい料理の画像を送ってやった8月。

担当医によると、このぶんだと9月半ばには生まれるかもしれないとの事で、今生まれてしまうとまだ未熟児専用の無菌ボックスの中に入れられるし、障害が出るおそれもまだまだあるしで、退院後も毎日、何処か緊張感の中で過ごしていたのだけれど、9月半ばを過ぎてもその気配すらないので、次第に開いた骨盤の痛みから逃れるかのように、毎日、彼方此方に1人で出歩くようになった家内を仕事場である自室から見送る日々が過ぎ___。

お印が来ても当初の予定日の10月9日を過ぎても一向に気配のないその膨らんだお腹を軽く叩きながら「あんたまで家賃も払わんとこのまま居座る気か!? 不法占拠や! 腰も限界やし強制執行いたします!」と言っているその言葉を、丸めた背中で受け流しながら過ごしていた昨日土曜日。
徹夜続きで睡眠サイクルが崩れ、夕方から寝ていた自分が家内から起こされたのは夜9時過ぎ。
不確かではあるけれど、破水しているみたいだと言うので、病院に連絡を入れると、出産の為に荷支度をしていた入院セットを持ってすぐに来るようにと言われ、昼間のうちにシャワー浴びてて良かった臭くないもん、と思いながら病院に向かい、車を降りた後、何度も二の腕辺りをクンクン嗅ぎながら、やっぱり臭くない安心と救急外来口から産科病棟まで広くて薄暗い夜の大学病院内を歩くのだけれど、夏に1ヶ月近くお世話になっている病院なので、家内も自分も勝手知ったるトコロもあり不安もまったくない。
家内はそのまま検査を経て入院。
「明日の朝から陣痛誘発剤を用いて出産に入るので、ご主人は9時前には病院に来て下さい。」と言う看護師さんからの言葉を持ち帰った午前0時前。

約束通り、寝坊もせず、翌日曜日午前9時前に病院に行くと、病室ではなく、陣痛室に通され、目の前には苦痛を浮かべ涙目で処置台に横たわる家内の姿が。事前のマタニティクラスで教わった通り、陣痛が来る度に家内の座骨を握り拳で押してやるも、どうやら力が足りないらしい。
「全力でやっていいの? 痛いぞ?」と聞いてもそれでも良いと痛みを堪えた震え声で言うので、座骨が折れんばかりの力で押すと、それが正解だったらしいので、陣痛の痛みでそんなんだったらお産になったらどーなるの?

座骨を押す事30分。そろそろ分娩の態勢に移るとの事で、分娩は立ち会わない自分はロビーで待つ事にしたのだけれど、初産だし、そんなに直ぐには出てくる事もないだろうと、病院を抜け出し、最寄り駅の傍の喫煙所で暫く頭上の曇り空を見上げた後、再び病院に戻り、余りにも手持ち無沙汰のせいで、さっき吸った電子タバコを再び吸いたくなるという欲求を抑える事が出来ず、再び病院を抜け出そうと、それなりの言い訳を看護師さんに言ってみたのだけれど、生まれてくる時間は分からないし、ひょっとしたらもう生まれてるかもしれないし、とごもっともな意見に論破され、たしなめられた駄々っ子よろしく、口を尖らせてロビーの椅子に腰かけ待つ事約30分。
「おめでとうございます、生まれましたよ。」
我が儘な父の気持ちを察してくれた子は、初産にもかかわらず陣痛から僅か3時間で出て来てくれた。

がしかし、思いのほか出血量が多いのと痛みのせいで、普段他人の前では見せない姿で泣いている2代目の方が心配になり、看護師さんの「元気な赤ちゃんで良かったですね。」と我が子へ視線を促してくれる気遣いを他所に、「それより大丈夫ですかね? アレ。アレが普通なんですかね?」と、分娩台の上の家内の状態の方が気になり、正直、子供どころではなかったのは、そもそも自分の中では、子供を授からない人生を覚悟していて、それは妊娠を知ってからこちらも、「まずはアンタ在りき。アンタが健康で笑ってないとなんの意味もない。」と2代目に言い続けてきた気持ちは、子供を授かって間もない今現在も変わっていないのだけれど、これから徐々に変わるのかね? コレも。

という事で、この歳で父になるという壮大なコントのキャストがようやく出揃いました事、この場をお借りしてご報告申し上げますと共に、今までご心配をお掛けした仲間内の皆様に厚く御礼を申し上げます。

さてさて、こんな歳だし、いつまで型破りな父親役が出来るのやら___。

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10月なのに30℃越え

長時間パソコンの前に座っているせいで凝り固まった首筋をほぐす為、周囲の目も気にせず、グリングリンと頭を振りながら歩くうどん屋までの道すがら、季節外れの暑さと連日徹夜続きですでに溶けかけのアイスクリームな脳みそが、その頭の動きで攪拌され、耳からこぼれ落ちるんぢゃなかろうかと心配になり、動きを止めたと同時に視界に入ってきたビルの壁のポスター。

其処に貼られている来月から開催される酉の市のポスターに、嗚呼、こんなに暑くても、すぐに冬はやって来るのだなと季節の移ろいを感じながら、例年であれば毎年、この時期ぐらいからマレーシア・パンコール島に行く準備を少しずつ始めるのに、今年はそれも出来ないのか、嗚呼、つまんねー、神も仏もありゃしねー、と季節外れの陽気とは裏腹に薄青色した秋の空を見上げる神無月。

アンタ、4月に帰国してまだ半年しか経ってないぢゃないというツッコミは聞こえない、聞きたくもない___。

無理なく自分に出来る事が大切

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先日の北海道地震でお亡くなりになられた方々のご遺族に心からお悔やみ申し上げます。
また、震災被害に遭われた多くの方々。遠く離れた地からでは想像もつかない憂いや不安があると思いますが、1日も早く平穏な日々が取り戻せますよう願っております。

こちらも、なんらかのカタチで手助けが出来ればと、日々、コンビニのレジ横や店先に設置された義援金箱に、無理のない程度の額を入れさせて頂いてはおりますが、その義援金の行き先までは未確認のため、万が一、体臭のやたらキツイ留学生アルバイト店員くんたちのお小遣いになっていたとしても、「だったらその金でまず消臭スプレー買えよ」と、ツッコまれる寛大な心が復興への糧となるやもしれませんし、何卒ご了承下さい___。

稲穂は実りボクは枯れる

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平成最後の夏の今年は例年に比べ台風の発生個数が多く、その中でも一番強い勢力の台風が徐々に日本列島に近づいている9月初頭。

自分は未だに8月初頭に受け、初期に設定した納期をとっくに過ぎたデザイン仕事の直しを中心にパソコンの前で地蔵と化す日々が続いている。ひとつひとつの作業の山場を越えるその度に、右腕と一体化しそうになるマウスから手のひらを剥がし、火を付ける必要のなくなったつまらぬタバコを口に咥えながら、目の前のディスプレイに映る、クライアントから修正や追加の要望がある度にどんどん格好悪くなってゆくそれを眺めながらつく大きなため息が足元にゴロゴロ転がる自宅の作業場。

この仕事の影響もあり今年のお盆も帰省出来ず、父親の墓掃除も出来ていないし、先週郷里で開かれた同窓会にも出られていない。当然、友の顔にも逢えていないし、腕白盛りの甥っ子たちとも遊べていないし、年老いた母に憎まれ口もきけていない。

この歳になると、大切なモノも自ずと減り、その順番と位置づけぐらいは揺るがさない自信はあったのだけれど、仕事を真面目にすればするほど、その大切なモノとかけ離れてゆくこの感覚がどーにもこーにも嫌でならない。昨年までは、この先数ヶ月後から翌年春までマレーシア・パンコール島滞在という項目があり、それに向けて頑張りようもあったのだけれど、今年は諸事情で渾身のデザイン同様、その項目も削除されている。つまらぬ。

___あれ? こんな事をする為に郷里の高校を中退して遙々東京にまで出て来たんだっけ俺?
などと思い、今日一番の大きなため息をつく自分を、スタンドに立てられたままのギターたちがフンッと鼻で笑う9月の真夜中_________。

___随分とこちらとFacebookを、というか世間様との繋がりをサボっている。
5月の東京でのライブの告知記事を書いた前回から今まで、ライブの御礼すら皆にしないまま、6月初頭の柏でのライブ、6月半ばの高知でのライブ、6月後半の自身の誕生日を中心に大好きなメロンを食べまくった結果、アレルギー症状でのたうち回った事や、7月の今年で28年目となる沖縄・伊平屋島でずっと便秘に悩まされた事を始め、最近では自作の歌詞も間違えがちな自分が、この夏、甲子園3回戦にまで進んだ高知商業の校歌を母校でもないのに暗譜で唄える無駄な情熱だったり、お盆休みも関係無く長時間働いた結果、ひとつの仕事を時給に換算するとメキシコの最低賃金を下回る、これまた無駄な情熱だったり、その他の日常での出来事や感情を何ひとつ書き留めないまま今に至るわけで、此処をたまに覗いてくれるアナタには大変申し訳なく思ってはいるのだよ。

申し訳ないついでに、現状を説明しようにも、此処では詳しい事が話せず、遠回しな言い方でこれまた申し訳ないのだけれど、諸事情で8月初頭からずっと独りの暮らしが続いており、たまに友人とご飯に出かけたりはするのだけれど、やはりメインは毎食事前に独りで割り箸をパチンと割る、端から見ると一見寂しい男の独り暮らしが続いているのだけれど、当の本人はそんな淋しさを片方の天秤に、もう片方に堂々とHなビデオを見られる喜びだったり、散らかしっぱなしでも叱られない喜びを乗せ、うーんどっちかなーと、毎日変わるその傾きを片眼をつぶって凝視して、自分の意思に関係無くどのみち来週半ばまでは独りなのだからと、自由の乗った天秤の皿を指で押し下げる愚者なので、心配する方が無駄というもの。

来月か再来月にはこの『諸事情』という煩わしい言葉を使わずに、Facebookにも書いた「18年間、ほぼ毎年1年のうちの2〜3ヶ月を過ごしたマレーシア・パンコール島滞在ライフが今回で暫く小休止する」理由も含め、全ての事を明らかに出来ると思うのだよ。ま、それを書いたところで、この戯れ言をサボっていた理由には全くならないのだけれも。

どーしてもSNS等で世間様と繋がっておかなければ不安になるわけじゃなし、小まめに更新したところで仕事が増えるわけじゃなし、だったら、これをたまに読んでくれる物好きなアナタが許してくれるのであれば、もう少しだけこのまま『半裸なだらしなさ』でいさせて下さいまし____。

今年7月の伊平屋島にて。『すまし顔でも熱中症、おまけに便秘』
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今週土曜は『男の浪漫を守る会』です

2018年05月19日(土) 三鷹バイユーゲイト
OPEN 18:00 START 18:30 CHARGE ¥3,000 別途1drink order
1部 Vo&Ag 冨岡ツカサ, Ba 古川真一, Dr&Per ヒロエちゃん
2部 Vo&Ag 冨岡ツカサ, Ag&Cho 冨士忠洋

週末にかけて下り坂に向かう空模様の下、三鷹くんだりまできっと来てくれるであろうアナタをけして飽きさせないように、毛色の違った1部と2部を、出来るか出来ないかは別としてたっぷりと用意してあるし、個人的重大発表を含め、此処でさえ書けない内容の身を切ったMCトークを、当日来てくれた男性諸君と一緒に深く深く頷きたいので、日々、世の中の女性の『理不尽な正論』に奥歯を噛みしめっぱなしの男性諸君よ、集え! 共に拳をあげようぞ! ジークジオン!!_____。

連休明けの紙芝居製作

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パンコール島からずっとこちらをサボってますね。

先月、東京の桜がとっくに散った頃に日本に帰国してから今まで、粛々と次回のライブの準備をしております。その証拠にホラ。
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次回のライブ(5月19日三鷹バイユーゲイト/PM6:00開場・PM6:30開演)でやる曲の為に、30枚にも及ぶ紙芝居を製作していたのだよ。各辺の皺や糊付けの甘さが手先の不器用さを物語っているでしょ。
え? 頑張るベクトルが違うって? うん、アナタの言う事は正しい。でも、正しい事がすべて幸せなのかと聞かれたら、そーとも限らないので、とにかく5月19日に三鷹まで遊びにおいで。個人的重大発表もあるし、ウフフのフ____。

18年目のパンコール島にて

重い重い荷物を背負ったり引きずったりしながら、先月の27日、なんとか無事にマレーシア・パンコール島に到着し、今回で18年目となるパンコール島滞在を島の仲間たちとのんびり笑い合って過ごしている中、ついついFacebookの方ばかりを更新して、こちらを忘れている薄情者からアナタヘ。


昨年の滞在中に足の手術やらなんやら痛い思いばかりしたので、今年はだいぶ自重して、仲間たちとのビーチバレーもフットサルもサッカーもすべて、笑い声のする輪のちょっと外側で、体育の授業を見学している生徒の如く見ているのだよ。


おかげでボートの上で独り釣りをする時間も含め、例年に比べ独りの時間が多く、心地良いほどに吹く潮風の向こうに、水平線に沈む夕陽に、深夜遅くにたまに香る雨の匂いに、その時々にアナタの少しだけ憂いを含んだ笑顔を思い出す、海とジャングルのその隙間で。


BGMは『My funny valentine』_____。

小学生を担いでの出発

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ほらね、やれば出来る子。
とは言っても、大きなスーツケースの内側に残されたスペースは写真の青い部分でも解るようにあと僅かしかなく、これでは約2ヶ月もの間、パンツやシャツといった向こうでの着替えも、毎年昼間に着ているビーチ用のシャツもズボンも常備薬も収まりきらないわけで、結局は明日の晩に再会する友人にあげる予定の、写真の奥に写るバックパッカー時代の大きな登山用リュックサックも使う羽目になってしまったのだよ。

スーツケースの総重量約19kg。リュックサックの総重量約6kg。カメラバッグの総重量約4kg。あと、これにipadや携帯電話、その充電機器、マレー語辞書、冷房避けパーカーを入れたショルダーバッグ約3kgで、合計32kg。これは全国小学生の平均体重で言うと5年生(11歳)と6年生(12歳)の丁度中間ぐらいで、6時間後の早朝から土曜日の昼過ぎまで、マレーシアへ到着後は気温30度を超す蒸し暑い熱気の中を、ボクは第二次成長期を迎える人間をずっと担いだり引き摺ったりしながら移動せねばならんと云う事らしい。
時々は引き摺る事の出来るスーツケースの重さを差っ引いても13kgあり、これは常に両肩には3歳児を乗せているのと同じなのだよ。常に両肩にぶら下がる3歳児。水子の霊にしても育ち過ぎていて心底げんなりする。

なにはともあれ、無事にパンコール島に着いて体力も気力も戻ったらこの戯れ言を更新するつもりだけれども、今回ばかりは本気で途中で倒れそうな気がして不安な出発6時間前____。

渡航ブルー

48年振りの異常なほどの冷たい夜の空気に覆われた『THE 冬』の東京で、それでも暖かい人たちと他愛も無い話で笑い合える居心地の良さとその幸せに、少しだけ後ろ髪を引かれながら自宅に戻り、そろそろ荷造りに掛からなければいけないのだけれども、ここ10年、毎年出発日近辺のこんな日は、マリッジブルーならぬ渡航ブルーになるその原因が目の前に堆く積まれた大量の土産物の山なわけで、その中でもスーツケースの中で一番嵩張る其奴を手に和歌を詠んでみたよ。

何がいい?
聞いてもないのに "源氏パイ"
いつになったら飽きてくれるの?_____お粗末。

未だ荷造りする気もおきないほどの

____「バカデカいスーツケース貸そうか?」
18年目のマレーシア・パンコール島への越冬を前にして、今年も日本から持って行く大量の土産にウンザリしているボクに、☆ひろさん奥方が提案してくれた心優しいその申し出をやんわりとお断りする理由は、ボクのパンコール島までの道のりが彼女らが想像しうる旅行とは全然違うからなわけで____。

まず写真1を見て欲しい。
【写真1】
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これは島から日本に戻る時のモノなので、スーツケースの中身はほとんど空で、そのせいか幾分表情も穏やかではあるが、往路はスーツケースの重さが毎年18kg〜20Kgになり、そんな重たいスーツケース(大)に加え、一眼レフカメラ用バッグ(レンズ3個入)と、ipadや充電機器や冷房避けのパーカーが入ったショルダーバッグという、そのひとつひとつが以外と肩にズッシリとくるものばかり。今年はさらに、毎年初日の晩に空港まで迎えに来てくれる友達に、ボクがバックパッカー時代に使用していた『登山用リュック(45L〜55L)』をあげるのでそれも加わる。

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さぁ、想像してみてね。これらを全てを担ぎ、または引き摺り、湿気をたっぷり含んだ気温30度超の炎天下で、スロープも満足に無い、時に側溝の蓋が剥がれ落ちたクアラ・ルンプール市街の、日本とは比べ物にならないほどガタガタしたその舗道を、半ば20Kg弱のスーツケースを浮かせた状態で、10年前に遭った強盗団のような輩に目を付けられる事なく、いかにも「俺、力ありますよ。隙さえありませんよ。」的なスピードで颯爽とホテルから長距離バスターミナルまで歩くボクの姿を。眉間に皺を寄せながら、それでも精一杯浮かべた涼しげな表情の裏で、奥歯がすり減るかと思うほど腕に力を込めるその道。

クアラ・ルンプールから高速バスで片道約3時間半。
パンコール島への港町ルムッに到着し、ここまでくれば治安的には問題ないのだれど、バスを降りてから港まで徒歩5分、やっぱりガタガタの道を移動し、港のチケット窓口でフェリーの切符を買ってもう安心・・・ではない。最後の難関がフェリーに乗り込む直前と直後の浮桟橋に待ち受けているのだよ。
【写真3】
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浮桟橋とフェリーを結ぶブリッジは木製の板1枚。
想像しにくいアナタの為に簡単な【説明イラスト】を描いてみたので、上の【写真3】と照らし合わせて思い浮かべてみてほしい。

【説明イラスト】
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この急な階段をカメラバッグとショルダーバッグを肩からずり落ちないようしっかりと肩にかけ、重量20kg弱のスーツケースを両手でしっかり担ぎ上げた状態で降り、バランスを崩さないよう、海に落ちないように木製の板をフェリーまで渡らないとならない。その距離2歩。たった2歩、されど2歩。もちろん、手摺りなどは無い。何故なら木の板なのだから。
高齢者などはフェリーのスタッフが荷物も身体も介助してくれるのだけれど、ボクにはもちろんそんな者は付かず、片手をクイックイッ「はよ行け」と促されるのみ。下船時も同じで、ここ数年は毎年日本から重い荷物を持ってくるボクを心配して、ボート屋の主人が島の浮桟橋まで出迎えてフェリーからの荷下ろしを手伝ってくれる。

以上が、ボクが毎年繰り返しているパンコール島までの重い重い、違った、長い長い道のりなのだよ。否が応でも今週土曜日にはこれらの試練が待っているかと思うと、げんなりする。
かといって、慣れないバカデカいスーツケースぢゃ余計にオタオタして、クアラ・ルンプールで遭いたくもない犯罪被害にあったり、海に落ちたりしかねないでしょ。

現地の友人家族や島の子供たちへの土産さえ無ければ、ショルダーバッグとカメラバッグだけで行けるんぢゃないかと毎回思うのだけれども、それを選ばなかったからこそ今のボクがあるという自分なりの誇りを胸に、今回も腕の筋肉プルプルさせながら行ってきますね___。

誰かお願い

誰か空港の免税店でアイコスのミントを1カートン買って、パンコール島まで持って来てくれんかなー。税金分も足してちゃんとお代は払うのになー。4月まで1週間に1人のペースで島まで持って来てくれたら紙巻きタバコに戻らなくてすむんだけどなー。帰国後にライブ2本控えて、せっかく取れてきたタールをまた喉に貼り付けたくないんだよなー。え?やめる意思はないのかって? ないよ、まったくない。

と云ふ事で、パンコール島までアイコス・ミントを買って来てくれた方。
お食事奢ります。ボートにもタダで乗せます。バイクで島内案内もいたします。出来る事ならこの身体も捧げたいのですが、なにぶん最近は前も後ろも役に立つかどうか自信がございませんので、なんなら現地の若い独身男性および女性を紹介します。

今日は夜から東京にも雪が降るとかどうとか。
嗚呼、もっと早くにパンコール島に行くべきだった、と出発日の金曜を待ち望む週明け___。

セイシをかけた闘いの果て

連日徹夜の甲斐あって、なんとか某CDジャケットデザインの仕事もうっすらとではあるけれど、先が見えてきた。丁度、夜が明ける今頃はiTunesライブラリーの中に収録されたジミヘンのギターが徹夜明けのボクのとろっとろに溶けた脳みそをかき混ぜるせいで、「こんなに徹夜続きだと精子が死んぢゃう。」とワケのわからぬ心配をしてみたりもする。
昨年3月のパンコール島で数日間出した40度を越える高熱の時に、たったひとつの保冷剤を額にあてるか股ぐらにあてるか悩んだ末、やはりここは脳みそを守る事を優先しようと股ぐらを切り捨てたあの晩。圧倒的戦力に勝る米軍の火炎放射に、「熱い熱い」と逃げ惑いながら次々に倒れてゆく我が子たちに「オマエたち、1匹でも生き延びてくれ」と願ったっけ。

ダメだ、徹夜明けで脳みそが馬鹿になっているせいで、今さら役に立つかどうかも分からないヤツの事ばかり考えてしまう。

さて、金曜日に日本を脱出するに向けて、アマゾンで注文していた現地の友人への土産が次から次へと届いたのだけれども。果たしてこの量をどうやってスーツケースに詰め込もうか考えただけでゲンナリしてきたので少し寝ようね、コタツで。おやすみ___。

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ライブ演る、生きて帰国したらね

「え? こんなに寒いのに今年はまだ日本に居るの?」

会う友人たちに聞かれる度に「居るよ、居たくて居るわけぢゃないけどね。」と能面のような無表情で答える日々も来週木曜日まで。金曜からは18回目のマレーシア渡航が待っているものの、年々失われてゆく体力に加え、昨年は現地で脚の手術入院やら数日間40度を越える高熱にうなされたりしたものだから、今年は不安の方が大きかったりもする。

おまけに、出発まで一週間を切った今も、急遽入った某デザイン&制作の仕事に追われ連日徹夜の日々で、今の時点で時給に換算すると250円ぐらいになってしまっているこの仕事を果たして出発までに入稿出来るのか不安で仕方ない。当然、渡航の支度もしていないわけでさらに不安が増すばかりなのだよ。

と、ここまで不安な事ばかり書いてしまったので、希望も書こうね。
日本に帰国後の5月に東京で、6月に郷里・高知で、ヘンシモギターの冨士と二人でアコースティック・ライブを演ります。乞うご期待!!
墓石のCMソングで高知ではお馴染みのあの曲も唄うので、良かったらまた元気な顔で逢いませう。

さて、仕事に戻ろっかね、ファイト____。

2018年が明けてしまいました

本当は昨年のうちに更新するつもりが、とうとう2018年が明けてしまった。

数ヶ月前からずっと続くこの脳内での耳鳴りも左肩の痛みも、年相応に多少出て来たお腹の贅肉も全部持ち越したままでの年越しとなったわけで、じゃあ今年も昨年同様まったく他人様の前で唄わないのか!?

ま、そのうちこの耳鳴りの事を「俺、実はWi-Fiが聞こえるようになった」だとか「宇宙からのメッセージがね・・・」だとか言い出したとしても、これを今でも読んでくれているアナタはきっと「ここら辺はWi-Fiがたくさん飛んでるしね」と、菩薩様のような眼差しで話を合わせてくれるに違いないだろうから、そんなアナタの為に今年は少し唄ってゆこうかなと。

昨年のアナタの憂いをチャラにするライブが出来ずに本当にごめんなさいね。
心優しきアナタの今年1年がなるべく笑いの多い年になりますよう。
そしてたまにライブで一緒に笑い合いましょう____。

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来期パンコール島キャンプ日程

今回で18年目を重ねるマレーシア・パンコール島の日程がようやく決まったのでお知らせしておきますね。
1月26日出国、4月4日帰国。

毎回のようにこの期間は日本の携帯電話番号にかけられても出ませんし、おまけに今回はSIMフリーのスマホを使用中につき、あちらで買った携帯電話SIMカードと日本のSIMカードをスパッと挿し替えるので、たとえ貴方が電話をしてきても、こちらはその事すら気づかないでしょう。
あちらでの電話番号はいつものように此処にでも載せておきますので、ご連絡はそちらかメールか各種SNSアプリで宜しくです。

これも毎回の事ながら、貴方の日本からのお越しをお待ちしております。
「行ってみた〜い♪」と鼻に掛かった声で言うオンナに限って絶対来やしない事ぐらい、これまでの長い渡航歴の経験から痛いほど解ってはおります。解ってはおりますが今回も敢えて言いますね。

可愛い貴女はクアラ・ルンプールの空港まで片道4時間半かけてお迎えにあがりますし、そうでもない方、及び、髭剃り痕の残る可愛い貴方は島の港まではお迎えにあがりますし、いやいや、ツカサさんに負担はかけたくないという心優しいアナタは島のビーチでお迎えいたしますので、私作のパンコール島情報サイトをご参考の上、是非遊びに来て下さいまし___。

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お面を探す散歩の末に

再来月からの18回目のマレーシア渡航に向け、そう言えば島の子供と交わした「そんなにウルトラマンが好きなら今度ウルトラマンのマスクを持って来てやるよ。」という約束を思い出し、値段の高いマスクは無理だとしてもウルトラマンのお面程度ならあげられるし、丁度、今夜で今年最後の酉の市・三の酉が開催されている新宿花園神社なら屋台も出ているだろうしと、晩飯探しのついでにフラリと家を出た夜8時半。

神社が近づくに連れ、去年買った熊手を返しに行く人たちが目につき始め、神社に向かう人々の塊はみるみる大きくなって、屋台が並ぶ神社入り口付近の舗道からは歩くペースもグンと遅くなるほどの賑わいを見せる中、参道奥までの両脇に並ぶ屋台の一軒一軒を、イカ焼きの醤油の匂いやベビーカステラの甘い匂いに惑わされながら、いやいや、まずはお面だお面、と目的の屋台を探す。

けれど、境内中を人混みに交じってウネウネと歩くも最後まで見つける事が出来ず、熊手を買った人たちに送られる威勢の良い三本締めの掛け声が響き渡る夜の空の下で独り途方に暮れながら、せっかく来たんだから酉の市の雰囲気だけでもカメラに収めて帰ろうと、参拝客の行列が並ぶ本殿にスマホを向けてパシャリ。
「最近はお面もネット通販の時代かぁ、なんだかなぁ。」と、時代の流れに取り残されたような寂しさに晩飯を買う事すら忘れ、見世物小屋のアナウンスのおばちゃんのダミ声に背中をさすられながら、神社を後にした。

自宅へ戻り、ジャージに着替えコタツに潜り込み、しばらくして、さっき撮った写真を確認しようと寝転んだ態勢のまま覗いたスマホの画面。写真の左下の方に映り込んでいるその屋台に、嗚呼自分は本当に老いたんだ、老いたのでなければ呆けたのだと痛感した2017年11月の終わり____。

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子供染みた言い理由

「どーせオンナがおるがやろ、おるに違い無い!」

先日、帰省した折の食事の席で、約40年ぶりぐらいに偶然再会した元同級生に、自分はここ17年間ほど冬はマレーシアにいると言った時のその元同級生の反応。人づてに聞いた話によれば、彼は中学校を卒業してから頑張って働き、事業の成功もあり10億円以上もの金を稼いだ成功者であり、隣に座らせたタレントの卵だか鶏の卵だかわからぬ若い女性にメロメロの中年男である。ボクとの共通点は中年男というぐらいで、収入金額も歩んできた道もまったく違う彼の物差しからすれば、ボクは「マレーシアにオンナがいるので17年間もせっせと通っている」という理由が一番納得がいくのだろう。

別段、腹も立たない。
自分の身近な人の中でも、その話題が出る度「オンナがいるのよ、きっと。」と、意地の悪いお局さまのような笑みを周囲に撒き散らす年老いたオカマを現に一人知っているし。

ま、大人になるという事は単にチン毛が生えてくる事ではなくて、様々な場面で清濁併せ呑むその度に心のあちこちに汚れがへばりつき、その汚れにも鈍感になってゆくと云う事でもあり、戸籍まで汚した自分が言える立場でない事は重々承知しているのだけれど、それでも声を大にして言おう。

子供の頃のままピッカピカにしておきたい箇所のひとつやふたつはあるでしょーよ___。

家族の時間

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その山肌の表面に朝陽が当たるか当たらないかの早朝。
王様の如く椅子に腰かけた甥っ子3rd(4歳)が見守る中、皆せっせと雑草を抜く。
自分が何故ここに連れてこられたのかも理解出来ていない幼い王様は、眠気で閉じそうな瞼をしばしばさせては、時折、皆の懸命な働きに背を向け、空宙に視線を漂わせながら歌を唄う。

「つーちゃんは王様やないき、サボらんとこっち来て草抜きや。」
今年中学生になり、そんなもっともな事を言う甥っ子1stに対して、「ちん毛がボーボーになってから俺に意見せい。」と大人げ無い反論と共に王様の傍を離れないボクはここでも怠け者である。

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家族がこうして揃ってお喋りしながら草を抜く事が大切、と一向に父親の墓に砂利を敷こうとしない我が母親を指さしながら「この人が死んでから此処に砂利を敷くぞ、草が生える隙間もないくらいびっしりと。」と、わざと憎まれ口を叩いてみると、「そんな悲しい事言われん。」と甥っ子1stと2ndに諭された。祖母にあたる我が母親に対し普段は生意気な口をきく二人だが、うん、一応は優しい人間に育っているらしい。

父親の37回目の命日を高知で迎えた11月第1週のお話____。

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プロフィール

冨岡ツカサ
職業:旅人
もといミュージシャン
マレー語,小型ボート操船

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